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 気の利く悪魔によって作られた、かなり美味しい病人食を一通り食べ終えて、クロードは満足そうに息を吐き出した。


「こんなに美味しい食事が食べられるなんて思いませんでした」


 聞きようによっては失礼な発言だが、悪気はないのだろう。これほど山奥に住んでいるのだから、そう思うのも無理からぬことだ。

 クロードは純粋にルゥの料理の腕を賞賛していた。


「それはどうも」


 それがわかっているので、ルゥも軽く笑みを返した。誉められたら悪い気はしない。それは悪魔にとっても同じなのである。


 ルゥの笑顔にクロードは目が釘付けになった。

 彼自身も今までその美しい容姿を賞賛され続けてきた立場だが、ルゥは別格だった。ふとした所作でさえ、万民の目を引きつける。

 その笑顔を向けてもらうためなら、全財産を差し出しても構わない、という者さえざらだろう。



 まさに傾国というに相応しい。



 ぼうっとルゥに見とれるクロードと、分かっていてやっているであろうルゥを見やり、キラは


(あーあ、またやってるよ)


と冷静に状況を考えていた。



 この悪魔との付き合いもそこそこ長くなってきたキラが、今更笑顔ごときで動揺するはずもない。


 一緒に旅をしているときも、有力者を誑かして便宜をはからせたり、情報を聞き出したりと有効活用されていた。

 本性を知っているキラからすればいっそ寒気がするぐらいだが、初対面の相手は悉く引っかかる。知らないというのは幸せなことだ。


 ルゥがそういう行動をとるということは、何か意図があるということだ。おそらくクロードの情報や目的を聞き出そうとしているのだろう。



 怪我人相手に少々酷かもしれない。ルゥはキラに対して遠慮しないが、他に対しては容赦をしないのだ。



 まあ、笑顔であるだけましであろう。美形を怒らせると凄みがありすぎる。



「ルゥ殿たちはなぜこのような山奥に住んでおられるのですか?いろいろと不便でしょうに…」


「人が多いところは苦手でね。以前はいろいろなところを転々としていたが、誰にも煩わされずに過ごせるところが気に入ってね。以来ここに住んでいるんだ。不自由なこともあるが、住めば都さ」


 ものは言いようである。決して嘘ではないが詳しい事情は話さない。相手はルゥの見た目も相まって、きっと以前に人間関係での問題(おもに痴情のもつれ)があったに違いない、と勝手に思い込んで深く突っ込んできたりしない。まったくもって美形とやらは得である。


「ところで、クロードさん。あんたこそこんな山奥に一人でどうしたんだ?キラの話じゃ相当深い怪我だったようだし」


いや、話したくなければ別にいいんだ。元気になるまでここでゆっくりするといい。


 すかさず笑顔で付け加えるところは悪魔的だ。悪意なぞ少しもないと見せかけた顔は、輝くばかりに美しい。


 短い時間の中でも、この騎士殿の誠実さが伝わってきた。だから、そう言われれば、クロードは恩人に対して事情を話さなければ誠意を見せたことにならない、と認識するに違いない。

 案の定少しだけ苦笑いしたあと、話を切り出した。


「実は私はとある任務の為にこの地に赴いたのです。」


しかし、これは極秘の任務です。どうか他言無用に…


 などと言い出すので、キラは、おいおい、極秘任務の内容を赤の他人に話してもいいのかよと心の中で突っこんだ。同時に何か嫌な予感がした。


「我が王国の第2王子ユリウス様は高い癒しの能力があり、どんな難病でもたちどころに治してしまうほどの力をお持ちです」


「───噂には聞いている。“奇跡の御子”と呼ばれているとか…」


 そう答えながら、ユリウス、という名を聞いた途端、キラは心がすっと冷えるのを感じていた。おそらくはルゥも同じような心持ちだろう。本当のところ、知っているどころではない。


 そんな二人の変化には気づかず、クロードは話を続ける。


「はい。ご気性も穏やかで、兄君である第1王子との仲もよく、我ら騎士を始め、民にも広く慕われたお方です。しかし、ある時、殿下は原因不明の病に倒れられてしまったのです」


 癒しの能力はかなり難しい怪我や病気でも治してしまうが、その能力の持ち主が自らに使用することはできない。他人の怪我は治せても、自分の怪我は治せないのだ。

 そのことをキラは誰よりもよく知っていた。かつてはキラも、同じ能力を持っていたのだから。


「王室付きの医師を始め、市井で評判の医師、薬師、祈祷師、占術師に至るまで、ありとあらゆる方面の人材を集め、治療に奔走したものの、結局殿下の容体は回復しませんでした。むしろ日に日に悪くなっていくばかりで…。そんなとき、とある噂を耳にしたのです」


 寒さ厳しく、凶暴な獣がうろつくことで有名なレギナ山。その山深くに腕のいい医者が住んでいるというのだ。


「……」


 話の流れがわかった。このあとの展開も容易に予想できる。すでにキラの顔は引きつっていた。


「私はその噂に一縷の望みをかけました。部隊の派遣を申請し許可をとるには、根拠が噂だけでは時間がかかります。私はそれを待てませんでした。時間が過ぎれば過ぎるほど、殿下は死へと近づかれる。一人で出発した私に、レギナ山の獣たちと、暗殺者たちが待ち受けていました。暗殺者の狙いが殿下の回復を阻止することだったのか、それとも私自身が狙いだったのかはわかりません。しかし、私は命の危機に瀕していました。正直もう駄目だと諦めてさえいたのです。だが、神は私を、殿下を見捨ててはいなかった!」


 クロードは興奮が頂点に達し、けが人とは思えないスピードと力でキラの両手を握った。一時的に痛みさえも忘れているようだった。


「キラ殿!死にかけていた私をこれほどまでに回復させる技をお持ちのあなたこそっ、私が探していた、殿下を御救いできる唯一の希望であるに違いない!どうか王都へ来て殿下の病を癒してください!!」

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