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 キラは悩んでいた。

 目の前に落ちているものをどうするかについて。



 見たところ手足は二本ずつ付いているし、頭も潰れていない。僅かに胸が上下に動いているので、生きてはいるらしい。

 ただし、その腹部には長大な剣が突き刺さっているが。


 生きているのは目の前の存在だけのようだった。辺り一面血の海というやつで、いくつか死体が転がっているが、キラは軽く一瞥しただけですぐに視線を戻した。

 見ず知らずの赤の他人の為に墓を作ってやろうとか、弔ってやろうなどという気にはならない。放っておけば獣たちに食われて自然と土に還るだろう。



 問題は死人ではなく、生きている方だ。

 血塗れではあるが、身分の高そうな服を身に着けた、端正な顔立ちの男。おそらく貴族出身の騎士というところだろう。

 関わると面倒なことになるに違いない、とキラの勘が告げている。


 たが、このまま放っておけば確実に死ぬだろう。剣によってもたらされたのは致命傷ではないが、出血量が多すぎるのだ。


 キラは面倒なことが嫌いだ。だが、人並みに良心や罪悪感とか言われるものを持っているのである。そして皮肉なことに、自分が助けられるだけの能力を有していることを知っていた。

 諦めたように溜め息を吐いた。


「怒るかな」


 ぼそりと呟いた言葉は、家にいる相棒に対してだ。今現在は家にて調理中のはずだ。


 そもそもキラの外出の目的は、山で鳥かウサギを捕まえて夕食に使う肉を調達することだったのだ。

 代わりにこんなのを持って帰ったら何を言われるだろう。


 面倒を増やしたと怒るか、食べられないものを取ってきたことに呆れるか。


「あ、悪魔って人肉も食べるのか?」


 目を輝かせて調理し始めたらどうしようか。

 さすがにそんな料理は遠慮したいなぁとキラは思った。


 目の前の死体もどきを持ち帰ることは、決定済みだった。







「馬鹿か」


開口一番に馬鹿にされた。わかってはいたが、人間貶されれば傷つく。


「しかも獲物なしだと?こんな食えもしないものだけ拾ってきやがって」


(あ、食べないんだ…)


 ちょっと安心したような、がっかりしたような微妙な気持ちになるキラであった。


 キラが連れ帰った男は一通り治療され、今はベッドで寝ている。出血量が多かったため顔に血の気はないが、絶望的な状態からは脱していた。あと数日は経過を診なければならないが、若く体力のありそうな男なのでなんとかなるだろう。

 しばらくすると台所の方からいい匂いがしてきた。間抜けに鳴いた腹の虫によって、自分が空腹であることに気づく。


 どうやらルゥは戦利品抜きでもうまい料理を作ってくれたらしい。さすが悪魔だ、とキラは微妙に感心する。


 キラはさらに感心した。匂いにつられたのか、男が目を開けたのだ。


「こ、ここは…」


 男の目は見慣れぬ天井を虚ろにさまよい、しばらくしてキラの顔で焦点を結んだ。


 見知らぬ存在を警戒したのだろう。男は一瞬体をこわばらせ、無意識に腰に手を伸ばした。彼の持っていた剣など治療の邪魔にしかならないのでとうに取り除いていたのだが、そのことが男にいっそう不信感を抱かせたらしい。射殺すような鋭い視線をキラにむけ、隙なく身構える…はずだった。


「―――!?」


 あれだけの重傷だったのだから、当たり前だが動けば痛い。男は痛みに悶絶した。涙までながしそうな勢いだ。


(アホらし…)


 苦しむ男を視界の端に入れながら、キラは呆れて溜め息をついた。どうやら男には自分の体の状態が理解できていなかったらしい。


「全身打撲の上切り傷だらけ。肋骨四本が骨折して一本は肺に突き刺さってた。右手と両足の腱は切れてたし、左足は毒で壊死寸前。腹部に刺さった剣は貫通。けど、致命的な臓器や神経の損傷はなかったし、一番太い血管は無事だった。不幸中の幸いだな。だから助かったんだ」


 そんな体で平気な顔して動き回れる奴などいない。鎮痛剤を使うにしても限界がある。


「大体あんたを殺すぐらいわけなかったよ。見ない振りして立ち去ればよかったんだから。それをわざわざ連れて帰って手当までして。恨まれる謂われなんて一つもないんだけど」


 怪我人相手でもキラは容赦しない。冷たい視線で軽く相手を見据え、小馬鹿にしたようにふっと笑った。

 さて、どんな反応が帰ってくるだろう。あまりにも恩知らずな発言をしたら蹴りの一つも入れてやる、と意地悪く考えていたキラの思考を遮ったのは静かな声だった。


「すまない。命の恩人に対して無礼な態度をとった。助けてくれたこと、礼を言う」


 先ほどまでとは打って変わって物静かな雰囲気を称えた、まさに騎士と呼べる人物がそこにいた。おそらく、普段の男はこういう人格なのだろう。


「わかればいいさ」


 キラとてそれほど気にしていない。怪我をして気が立つのは人も獣も同じだ。

 先ほどとは異なる柔らかな笑みを見せたキラに安心したのか、男も表情を緩めた。


「私はセージュ国白炎騎士団第3部隊隊長クロード・ラドナだ」


「俺はキラ。よろしく隊長さん」


 場が和やかになったところで、低く唸るような音が響いた。

 そういえば、男が目を覚ましたきっかけは…


「とりあえず、飯にするか」


 顔を赤らめた男の肩を軽く叩き、キラはまた笑った。

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