第25話 値札の向こう
アリアクランの朝は、少しだけ騒がしくなった。
食堂では鍋が二つ並び、湯気が上がっている。
奥では生活班の者たちが器を拭いていた。
倉庫の前では、木箱を抱えた若い冒険者が足を止める。
その前に、在庫表を持ったユイトがいた。
「薬草束、十二。包帯、八。油壺、三」
「違います。油壺は四です。昨日、訓練場に一つ回しています」
「ああ、そうだった」
冒険者が頭をかく。
ユイトは板に刻んだ数字を見直し、短く頷いた。
少し前まで、ここには「救われた者たち」しかいなかった。
今は違う。
食べる者がいる。
働く者がいる。
記録する者がいる。
運ぶ者がいる。
叱る者がいて、叱られる者がいる。
助けられた場所が、仕事のある場所に変わり始めていた。
ただし、千人分の供託金を積んだからといって、千人をすぐ抱えられるわけではない。
寝床がいる。
食事がいる。
教える者がいる。
怪我をした時の補償もいる。
人を箱に入れるだけなら、壊れたクランと同じだ。
小路の家は、正規構成員を増やす前に、補助班を整えることにした。
荷運び。
見張り。
炊事。
帳簿補助。
納品確認。
工房連絡。
戦う前に、仕事を覚える場所。
所属する前に、履歴を積む場所。
その記録を、小路の家が残す。
受付の前にも、人が増えている。
だが、彼らはまだアリアクランの紋章をつけていない。
革鎧の肩を古い布で補修した男。
片足を少し引きずる斥候。
年配の女冒険者。
大きなクランには入らなさそうな、身軽で、少し疲れている者たち。
彼らは掲示された依頼票を見ながら、受付係の説明を聞いていた。
「この採取は二人組で十分です。危険度は低。ただし、納品確認後に刻払いとなります」
「刻で出るのか」
片足を引きずる男が、思わず聞き返した。
「ええ。半額は受領時、残りは確認後です」
「助かる。最近は現物払いばかりでな。干し肉をもらっても、宿代にはならねえ」
ユイトは、その言葉に顔を上げた。
刻が、回っていない。
仕事はある。
品もある。
人もいる。
それなのに、支払うための刻だけが足りない。
小さな商店ほど釣り銭を惜しみ、末端の冒険者ほど現物払いでは生きられない。
最近、受付でよく聞く言葉だった。
アリアクランは、人を抱え込むだけの場所ではなくなりつつあった。
仕事が入り、分けられ、外へ流れていく。
紋章を持つ者だけでなく、持たない者にも、少しずつ入口が開いていた。
「ユイト」
呼ばれて振り返ると、レティシアが立っていた。
手には小さな布袋が三つある。
隣にはミリとライも呼ばれていた。
「三人とも、こちらへ」
レティシアは事務机の上に布袋を置く。
「今月分の給金です」
ライの目が丸くなった。
「これ、俺たちの分か?」
「働いた分です。受け取りなさい」
ミリは恐る恐る布袋を持ち上げる。
思っていたより重かったのか、少しだけ息を呑んだ。
「こんなにもらっていいんですか」
「いいのではありません。決まった分です」
レティシアの声は淡々としている。
だが、その言葉は不思議と重かった。
施しではない。
褒美でもない。
働きに対する、正当な報酬だった。
ユイトは袋の口を開き、中を確認する。
銅の刻。
銀の刻。
数えなくても、おおよその額は重さで分かる。
それでも、指が勝手に動いた。
「支給品分は、引かれていないんですね」
「初回ですから。次からは内訳も説明します」
「分かりました」
ユイトは頷く。
そのまま袋を懐にしまおうとしたところで、レティシアが言った。
「三人とも、今日は午後の仕事を外します」
「ですが、在庫表の確認がまだ残っています」
「明日で構いません」
「でも」
「街へ行ってきなさい」
ユイトの言葉が止まる。
ライは、すぐに顔を輝かせた。
「買い物か?」
「ええ。初めての給金です。自分で使い道を考え、自分で品を選び、自分で支払いなさい」
ミリが少し戸惑う。
「でも、必要なものは、だいたい支給されていますし」
「必要なものだけで生きる練習は、もう十分です」
レティシアは三人を順に見た。
「働くことを覚えたなら、次は使うことを覚えなさい。給金は、しまっておくだけのものではありません。使い方を考えるところまでが、あなたたちのものです」
ユイトは布袋を握る。
使う。
その言葉が、少し遠かった。
「使う額は、給金の半分まで。残りは手元に残すこと。商業区から外へは出ないこと。夕方の鐘までに戻ること」
ライが勢いよく頷く。
「分かった!」
「ライ。まず聞き終えなさい」
「聞いてた」
「聞いていた顔ではありません」
ミリが小さく笑う。
ユイトは、まだ少し考えていた。
「半分も使う必要はないと思います」
「必要かどうかだけで決めないこと」
レティシアの視線が、ユイトに止まる。
「ユイト。自分のために選ぶ練習をしなさい」
ユイトは返事に詰まった。
その隣で、ミリがふと思いついたように手を合わせる。
「じゃあ……エリセ先生に、何か買わない?」
「あ、それいいな。先生、いつも世話してくれてるし」
「自分のために使いなさいと言ったのですが」
レティシアが呆れたように目を細める。
ミリが慌てた。
「ぜ、全部じゃありません。少しだけです」
ユイトは真面目に言った。
「自分たちで選ぶ練習には、なると思います」
レティシアはため息をつく。
「……夕方までです」
三人は、そろって頷いた。
◇
商業区は、昼過ぎの光の中でにぎわっていた。
布を吊るした店。
焼き菓子の匂いを流す屋台。
筆記具を並べた露店。
その奥で、磨かれた小物が光る飾り物の店。
ミリは店先を覗くたび、足を止める。
「見て、これ。かわいい」
「値段もかわいいか?」
ライが横から覗き込む。
「かわいくない」
「じゃあ駄目だな」
「見るだけならいいでしょ」
二人のやり取りを聞きながら、ユイトは店の値札を見ていた。
同じ布紐でも、通りの入口側は少し高い。
奥の店は客寄せのためか安いが、縫い目が荒い。
釣り銭を嫌って、あえて二つまとめた値段にしている店もある。
「ユイト、何見てるの?」
「値札の付け方。こっちは小さい刻を出したくないんだと思う。二つ買わせる値段になってる」
ライが眉を寄せる。
「そんなの見て楽しいか?」
「分かると、損しにくい」
「商人みたいだな」
ユイトは小さく笑った。
「昔の癖だよ」
ミリはそれ以上、聞かなかった。
最初に入ったのは、小さな文具店だった。
エリセはよく書類を持っている。
紙の端に目印を挟み、必要なところをすぐ開ける。
ミリは、布で作られたしおりを手に取った。
「これ、先生に似合うかな」
「怒るんじゃないか。無駄遣いですって」
「でも、使うでしょ」
「使うな」
二人は顔を見合わせ、頷く。
ライは丈夫そうなペンを選んだ。
飾り気はないが軸が太く、長く使えそうなものだった。
ユイトはしばらく棚を見ていた。
高すぎるものは、エリセが受け取りにくい。
安すぎるものは、感謝を形にするには軽い。
しおりもペンも選ばれている。
なら、邪魔にならず、使えるもの。
ユイトは小さなインク壺を手に取った。
深い青のインク。
派手ではないが、書いた文字が読みやすそうだった。
「それ?」
「うん。先生、赤いインクは注意を書くときに使うから。普段使いなら、こっちの方がいいと思う」
「赤い字、怖いよな」
「ライは赤くされることが多いから」
「ミリだってあるだろ」
「私は少ない」
「少なくない」
ユイトは、二人の声を聞きながら店主に刻を渡す。
店主は釣り銭箱を開け、少し顔をしかめた。
「すまないね、細かい刻が足りなくて。こっちの紙束を一つ足して、釣りなしってことでどうだい?」
ユイトは釣り銭箱を見る。
小さな刻が、極端に少ない。
「最近、多いんですか」
「ああ。大きい刻は来るんだが、小さいのが戻ってこない。神殿への納めもあるし、大商会は溜め込むし、小さい店は困るばかりさ」
ユイトは、ほんの少し黙った。
交換が、細いところから詰まり始めている。
「ユイト?」
ミリに呼ばれて、顔を上げる。
「大丈夫」
追加で紙束を一つ買い、三人は店を出る。
次に、ミリが香り袋を見つけた。
ライは焼き菓子の屋台に吸い寄せられた。
ユイトは二人の支払いを見ながら、釣り銭の出方を確認する。
どの店も、小さい刻を出したがらなかった。
夕方までに戻ればいい。
レティシアの言葉を思い出しながら、三人は商業区の奥へ進んだ。
そのとき、ユイトの足が止まる。
飾り物の店だった。
窓辺に、小さな髪飾りが置かれている。
銀の細工で、白い花弁のような形をしていた。
中央には、淡い青の石が一つだけ嵌められている。
派手ではない。
けれど、光を受けると静かに澄んだ色を返す。
アリアに似合うと思った。
ただ、それだけだった。
「ユイト?」
ミリが隣に立つ。
ライも覗き込んだ。
「あれ、アリア様にか?」
ユイトは少し遅れて答える。
「見るだけ」
「高いのか?」
値札を見る。
高い。
今の給金では届かない。
全額を使えば届くかもしれないが、それは違う。
残す分を削る。
予備を削る。
エリセへの贈り物を引く。
次の給金までの日数。
必要な出費。
急な支払い。
今月は無理。
来月も、無理をすれば届く。
安全に買うなら、五回分。
そこまでは、すぐに出た。
「今は無理」
ユイトは言う。
「無理に買ったら、次に困る」
ミリは髪飾りを見つめる。
「でも、似合いそう」
「うん」
ユイトは短く頷いた。
欲しいものを見つけると、頭が勝手に計算する。
何回分。
何日分。
何を削れば届くか。
届かないものを見るとき、計算する癖だけが残っていた。
◇
帰り道、三人は買ったものを袋に入れて歩いていた。
ライは焼き菓子を一つだけ買い、ミリに半分取られている。
「それ、俺のだぞ」
「半分って言ったじゃない」
「半分が大きい」
「ライの半分は大きすぎるの」
ユイトは二人のやり取りを聞きながら、紙袋を抱えている。
クランに戻ったら、エリセはどんな顔をするだろう。
怒るだろうか。
呆れるだろうか。
それでも、受け取ってくれるだろうか。
そのとき、横の道から声がした。
「ユイト?」
足が止まる。
同じ年頃の三人が、通りの向こうに立っていた。
整った服。
革の鞄。
腕に抱えた本。
筆記具の包み。
顔を見て、記憶が戻る。
小等教育の教室。
机。
黒板。
商家の子どもたち。
昼の休憩。
計算の競争。
「……久しぶり」
ユイトは言った。
一人が明るく笑う。
「本当にユイトだ。元気だった?」
「うん。今はアリアクランで働いてる」
「そうなんだ」
少女がほっとしたように微笑む。
「よかった。ちゃんと、居場所があるのね」
その言葉は優しかった。
だから、胸の奥に小さく刺さった。
別の一人が、抱えていた本を持ち直す。
「俺たち、今度学院の試験があってさ。今日も参考書を……あ、ごめん」
ユイトは、なるべく自然に笑う。
「大丈夫」
少女が、少し困った顔でユイトを見る。
「ユイトなら、勉強もできたのにね」
「ありがとう」
ユイトは、きちんと返した。
それ以上は続かなかった。
彼らは「またね」と言い、通りの向こうへ歩いていく。
短い挨拶だった。
ただ、それだけだった。
けれど、三人の背中には本があった。
試験があった。
次の場所があった。
「……帰ろうぜ」
ライが、少しだけ明るい声を出す。
「エリセ先生、怒るかもしれないしな」
ミリも頷く。
「怒った顔で喜ぶと思う」
「それ、喜んでるのか?」
「先生はそういう人」
ユイトは笑った。
「たぶん」
返事は、少しだけ遅れた。
ミリが横目でユイトを見る。
「ユイト」
「何?」
「……何でもない」
三人は、クランへの道を歩き出した。
◇
夕方の鐘が鳴る少し前、三人は拠点に戻った。
受付では、まだソロ冒険者が依頼票を見ている。
食堂からは夕食の匂いが流れていた。
倉庫の扉は閉められ、訓練場ではライより少し年上の少年が木剣を片づけている。
クランは、まだ動いていた。
エリセは事務室にいた。
書類を整えていた手が、三人を見て止まる。
「夕方までに戻ったのですね」
「はい」
ミリが、緊張した顔で前に出る。
「あの、エリセ先生」
ライが袋を差し出す。
ユイトも続く。
「初めての給金で、三人で選びました」
エリセは袋を見る。
次に、三人を見る。
「初めての給金を、私に使ったのですか」
声が低い。
ライの肩が跳ねた。
「だ、駄目だったか?」
「駄目です」
ミリの顔が青くなる。
エリセは、すぐに続けた。
「次からは、自分のためにも使いなさい」
三人は固まる。
エリセは小さく息を吐き、袋を受け取った。
「……ありがとうございます。大切にします」
ミリの顔が明るくなる。
ライは分かりやすく息を吐いた。
ユイトも、少しだけ笑う。
エリセはしおりを見て、ペンを見て、青いインク壺を手に取った。
「これは、ユイトですね」
「はい」
「よく見ています」
短い言葉だった。
けれど、ユイトの胸に温かく落ちた。
廊下の向こうでは、アリアがその様子を少し離れて見守っていた。
働いた者が給金を受け取る。
誰かへの感謝を形にする。
受け取った者が、また次の誰かを見守る。
小さな循環が、ここに生まれていた。
けれど、アリアは見逃さなかった。
ユイトの笑顔が、わずかに遅れたことを。
◇
その夜、ユイトは寝台の上で給金袋を開いた。
残った硬貨を並べる。
髪飾りまで、あといくら。
次の給金まで、あと何日。
何を残し、何を削れば、いつ届くか。
そこまでは、すぐに分かった。
街の刻が足りず、交換が詰まり始めていることも分かった。
なら、どうすればいいのか。
ユイトの頭が、勝手に動く。
アリアが青蜜村で切った、先買い証文。
あれは、手元に刻がなくても価値を動かしていた。
刻がないなら、刻の代わりに約束を動かせばいいのではないか。
だが、その約束を誰が信じるのか。
誰が守らせるのか。
誰が嘘ではないと確かめるのか。
そこから先は、まだ分からなかった。
硬貨の上に、昼間見た参考書の表紙が重なる。
旧友たちが抱えていた、きれいに製本された学院の本。
あの本を読めば、もっと正しい言葉で世界を説明できるようになるのだろう。
けれど、あの本には載っているのだろうか。
街から小さな刻が消える理由。
仕事があるのに人が困る理由。
ユイトには分からない。
分からないことが、悔しかった。
帰り道で聞いた言葉が、計算の外に残っている。
――ユイトなら、勉強もできたのにね。
ユイトは硬貨を袋に戻す。
買えるものは、数えれば分かる。
でも、取り戻せないものの値段は、まだ分からなかった。
◇
同じ頃。
執務室で書類を見ていたアリアは、ふとペンを止めた。
窓の外は暗い。
拠点の明かりだけが、静かに揺れている。
「セレス」
アリアは書類から目を離さずに呼ぶ。
暗がりに立っていたセレスが、静かに顔を上げた。
「はい」
『ユイトの顔が曇った理由、あなたには見えましたか?』
「街で、昔の学友に会ったようです」
セレスの声は淡い。
だが、言葉は正確だった。
「彼らは学院の試験を控えていました。ユイト様は、小等教育まで同じ場所で学んでいたようです」
アリアの指が、ペンの軸を軽くなぞる。
それだけで、分かった。
奪われた教育。
止まった時間。
追いつけない場所へ進んでいく、かつての同級生。
今のユイトには、それを買い戻すだけの刻も、身分も、入口もない。
『……そうですか』
アリアは短く言う。
声は穏やかだった。
けれど、セレスはわずかに目を細める。
「怒っておいでですか」
『いいえ』
アリアは微笑む。
『仕様を確認しているだけですわ』
セレスは黙った。
その言葉の冷たさを、彼女は知っていた。
アリアは新しい羊皮紙を引き寄せる。
そこに、細い文字で一つ項目を書き加えた。
――学舎。
『拠点の中では、仕事が回り始めました。人も、依頼も、刻も、少しずつ流れています』
ペン先が、紙の上を進む。
『なら、次は学びの入口ですわ』
「アリア様が、教えるのですか」
『わたくし一人が教えても意味はありませんわ』
アリアは即座に答えた。
『教えられる者を探します。学院に入れなかった者。残れなかった者。家の事情で教える場を失った者。そういう方々が、必ずいます』
アリアは、羊皮紙の端へさらに書き足す。
読み書き。
計算。
契約。
地図。
衛生。
刻の流れ。
それは授業名ではない。
生き抜くための入口だった。
「神殿や学院に喧嘩を売るのですか」
『いいえ。入口を増やすだけですわ』
その声は、女神のように優しかった。
だが、僕の脳内では別の計算が動いていた。
学歴や資格は、知性そのものではない。
社会が発行した、ただの通行証だ。
未知の人間を測る手間を省くための、効率上の仕組み。
それがあること自体は、悪ではない。
だが、問題はその先だ。
通行証を持たない者が、無能とは限らない。
ただ、その制度が想定した型に、合わなかっただけだ。
教室に座れない。
決められた速度で、進めない。
試験用の言葉に、自分の知性を変換できない。
それだけで、入口に立つ前に弾き出される。
能力がないのではない。
設計に、適合しなかっただけだ。
かつての僕と姉がそうだった。
授業では浮いた。
集団の歩幅には、どうしても合わせられなかった。
なのに、誰も触れていない構造の穴だけは見えた。
評価しにくい異常値。
列からはみ出す欠陥品。
正しいとされる制度の中では、そう処理されるしかなかった。
けれど、場所を変えれば、異常値はそのまま才能になる。
測り方を変えれば、欠陥は武器に変わる。
なら、壊れているのは人間の方なのか。
違う。
通れる道が一つしかない、この世界の設計が壊れているのだ。
ユイトは、決して怠けているわけではない。
数字のずれに、誰よりも早く気づく。
誰が何を使い、いつ資源が尽きるのかを正確に把握している。
帳簿の向こう側にある現実を、彼は見ている。
けれど、学院の試験にその項目はない。
神殿の台帳にも、その才能を載せる欄はない。
ギルドは、推薦状のない子どもを存在しないものとして扱う。
僕が作りたいのは、慈善ではない。
神殿の印がなくても。
学院の卒業証書がなくても。
その者が何を理解し、何を作り、何を任せられるのか。
積み上げた事実だけで、能力を証明できる道だ。
人を制度に合わせて削るのではない。
制度の側が、人の伸びる形を拾い上げる。
壊れているのは、ユイトではない。
かつての僕でもない。
壊れているのは、合わない者を無能と見なして切り捨てる、この世界の設計の方だ。
彼らが次の入口に立てる、別の道を作る。
救うだけでは足りない。
教えるだけでも足りない。
自分の足で立てる形にして、取り戻させる。
アリアはペンを置いた。
『あの子たちから奪われた時間は、利子をつけて取り戻させますわ』
微笑みは、静かだった。
誰よりも優しく。
誰よりも冷たく。
それは女神の顔ではなかった。
社会が人を選別する仕組みそのものを書き換えようとする、紛れもない設計者《システム屋》の顔だった。




