ミトラ山脈に行こう!
ロビーからミトラ山脈に移動した二人、山の麓に広がる森の中へ転移した彼らを出迎えたのは…………
Gaaaaa…………
熊でした、それも体長二メートルくらいの。
「……クソリスだぁ」
「出直しだなぁ……」
凶悪なベアクローを叩き込まれたサナダが上半身を奪われ、倒れ込みました。逃げ足スキルを使えば逃げ切れなくもありませんが、ここから逃げるより死んで出直した方が手っ取り早いですからね。彼は大人しく熊さんのおやつになる道を選びました。そしてマリーも猫パンチの要領で頭からぺちゃんこにされて即死します、死亡までのタイム僅か10秒。
Guuuuu……
不味い飯で小腹を満たした熊がそそくさと立ち去って行きます。幽体となった二人はそれを見届けると、スッとロビーの自宅へ転移しました。地球という恵まれた環境で育った人類は、過酷な異世界ではあまりにも貧弱で…………質の悪い骨肉は、熊のオヤツとしてすら不足なのです。
「よし、今回は熊も大丈夫だな」
「出オチはもうこりごりだよ~」
気を取り直してミトラ山脈。今回は無事山道に転移できたようで、二人がてくてくと道を歩いて行きます。今回の目標は麓の木に時々なるらしい『ミトラリンゴ』の果実、収穫した者は高確率で捕食者のオヤツにされる魔性のフルーツです。
「割と人がいるねぇ」
「比較的安全なダンジョンだしな、割と気軽に来れるんだろう」
ミトラ山脈の難易度は2、対策スキルが無くても生きて探索できる初心者向けのダンジョンです。「ミトラ山脈を登頂して初めて一人前」という言葉もあるほどで、ダンジョン探索を始めたビギナーが挑むべき登龍門がここなのです。
そして初心者向けということは雑魚人間が沢山集まるということで。
「よう兄ちゃん、ここを通りたきゃ命を置いて行きな」
「おいおいママは何処に行ったんだ? はぐれたのか? 俺たちは優しいからなぁ、お家まで送り返してやるよ」
「礼はいいさ、その身包みで勘弁してやる」
このように、初心者狩りがたむろしているものなのです。異世界における人類は雑魚で、死んでも復活して……そしてなにより、殺すと集めたアイテムをドロップする、オイシイ獲物なのです。
無限の命は殺人の価値を暴落させました、人間が強大なモンスターを狩るには多大な労力を要します。であれば簡単に殺せる同族を狙うのは当然のことで、殺人とはアイテムを横取りするコソ泥行為でしかありません。
つまり彼らはバーゲンセールでライバルを押しのけるくらいの感覚で、年端もいかない初心者の子供をぶっ殺そうとしているのです。世も末ですね、殺される側も同じような感覚なのですから救いようがありません。
「ん~~、流石に二連続で出直すのはマリーちゃん嫌だなぁ」
「同感、今回はテキトーに逃げよう」
そう言うとマリーがサナダの背に掴まり、そして二人は素早く逃げ出しました。一瞬で逃走態勢を整えた二人に初心者狩りタッグも面食らっていましたが、当然すぐに追跡を始めます。
「おいおい迷子が逃げちゃダメだろう! 大人しくエスコートされておくれ!」
「怖くないよーー!! ちょっと手足を切り落とすだけだよぉーー!!!」
本当に絵面が酷い、世紀末だってまだ慎みがあります。痩せ身の長身男とガタイの良い悪人面が頭のおかしいことを言いながら子供達を追跡して、子供達もせっせと逃げ続けます。100メートル以上走り続けても追う側と追われる側の距離は変わりません、子供と大人なら当然前者の方が早くスタミナ切れになる。そう考えて初心者狩りは二人を追い続けます。
それから500メートルほど走り続けて、彼我の距離は変わらないままです。
「いつまで逃げ続けられるかな? そろそろ諦めたらどうだ?」
「早く諦めなよぉ! ママと同じところに送ってあげるからさぁ!!」
別に彼らが二人のママを殺したというような事実はありませんが、こういうのはノリですからね。とりあえずそれっぽいこと言っておけば良いみたいな風潮があります。
もう500メートルほど走り続けて、相変わらず距離は変わらないままです。
「なんでまだ走り続けられるんだ……?」
「ぜぇ……ぜぇ……まだだぁ、まだ走れる……!」
そしてもう1キロメートル走ったあたりで、初心者狩りタッグが息切れを起こして倒れました。
「……クソッ、もう限界だ……!」
「なんだあのガキ共……どういう、スタミナをして……」
初心者狩りをするだけあってスタミナ系スキルをそれなりに鍛えているようですが、流石に2キロメートル全力疾走に耐える体力は無かったようです。汗をびっしりと流して倒れた二人は息も絶え絶えで、今モンスターに襲われたらなすすべなく死んでしまうでしょう。
「サナダ戻って、あいつら息切れしたよ」
「意外と早かったな」
そんな彼らの近くに、サナダとマリーが寄ってきました。逃げ足スキルの恩恵もあって二人はまだまだ余裕そうです。
この異様なスタミナに恐怖を覚えたのか、ガタイの良い方の初心者狩りがサナダを問い詰めます。
「ぜぇ……お前……どうして、そこまで走れる……! ぜぇ……」
「君たちがモヤシなだけじゃなーい?」
マリーがメスガキのような煽りをかましました。悪人面の顔を上からのぞき込み、最大限屈辱を与えられるようにナメ腐った笑顔を浮かべています。
「マリー煽らないの。まぁスキルの恩恵だよね、そういう物もあるんだよ」
そう言いながら二人がスタミナ切れタッグの首元にナイフを押し当てました、初心者狩り狩りですね。
「ま、待て! 助けてくれ!」
「ミトラリンゴならある! 勘弁してくれぇ!!」
迫真の命乞いです、首元に刃物を突き付けられ必死に命乞いをする様は同情を誘うものですが……
「へぇ? そんなに命乞いするなんて、イイモノ持ってそうだね?」
「格上殺すと経験値が美味しいんだよねぇ。まあ運が悪かったと思ってさ、ね?」
「待っ」「やめてくれっ……!」
当然、容赦するようなことはありません。
ギャアアァァァ!! と悲鳴が響き、初心者狩られタッグが死亡しました。ダンジョンで死亡した人間はいくつかの装備品と、ダンジョンで得た全ての戦利品をドロップします。そしてこの二人の落としたドロップアイテムには、大量のミトラリンゴがありました。
「ちょっ……!」
収穫されたミトラリンゴは甘い香りを振りまきます、そして香りに釣られた大量の熊がそれの取り合いを始めて巻き込まれた人間は死ぬ。これこそがミトラリンゴの収穫における最難関の壁であり、ここの死因ランキング三位に君臨する脅威なのです。
つまりこの大量のミトラリンゴは熊たちのバトルロワイアル開始を告げるゴングであり、一帯の生物を巻き込んで殺す死の果実でもあるのですよ。あのタッグは特殊なカバンで匂いを遮断していたようですね。
しかし思い出してほしいのですが、この二人は元々ミトラリンゴの収穫を目的に来ていました。つまり当然、その香りに対する対策があります。
「はいはい、回収するよー」
マリーが大量のミトラリンゴと、ついでに二人のドロップした良さげな武器に手をかざせば、それらがフッと消えました。これこそが【荷物持ち】レベル10で解禁されるインベントリ能力、時間の流れない異空間にアイテムを保管・隔離する強力な技能です。
異空間のリンゴは当然現世に香りを放ちません、一瞬で収納したこともあって熊の大戦争は回避されました。
「はあっ……心臓に悪い……!」
「私がいるから大丈夫だよー、ほらほら早く帰ろう? 私はこれを換金したくて仕方ないんだよ!」
ダンジョンからの脱出には各所に配置された【出口】を利用せねばなりません、レアアイテムを手に入れたものの出口が見つかれず力尽きた……というのは探索者に良くある話です。
しかし彼らは少しすごいので、その問題にも対策を持っているのです。
「…………ふぅ。そうだな、良い臨時収入になりそうだ」
「そうそう! ほらっ早く帰るよ!」
マリーがガッと手を繋いでから10秒ほど、スッと二人の姿が掻き消えました。これぞ【逃げ足】レベル10で解禁されるエスケープ能力、少しの間待機すれば出口を経由せずにダンジョンから即時撤退できる、破格の能力です。強過ぎる分一日の使用回数に制限はありますが、それを差し引いても極めて強力な能力と言えましょう。
こうして二人のミトラ山脈初挑戦は大成功に終わりました、初心者狩りが殺されたことでこのダンジョンも少しは平和になるでしょう。まあ、ああいう奴は掃いて捨てるほどいるので、本当に少しですけど。




