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ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります  作者: はぶさん


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第七十二話:授けられた権限と、動き出す歯車


謁見の間を出た俺の足取りは、来た時とは比べ物にならないほど重かった。

背中に感じるのは、勝利の高揚感ではない。辺境伯レオナルドという、底知れない男から託された、『全権』という名の、あまりにも重すぎる鉛だった。


「……とんでもないものを、背負い込んだな」


静まり返った廊下を歩きながら、隣を歩くギデオンが、ぽつりと呟いた。その声には、呆れと、そしてほんの少しの心配の色が滲んでいた。


「仕方ありません。あれしか、道はなかったですから」

「辺境伯様は、お前を試しておられる。そして、おそらくは楽しんでおられる。……だが、忘れるな。あの御方は、結果に対しては、誰よりも厳しい。秋の実りがなければ、お前の首だけでは済まんぞ」


ギデオンの、無骨だが的を射た忠告。俺は、黙って頷いた。分かっている。これは、失敗の許されない戦いだ。


「バルザック殿は……どう動くでしょうか」

「……奴は、蛇だ」


ギデオンは、忌々しげに吐き捨てた。


「表面上は、辺境伯様の命に従うだろう。だが、水面下では、必ずやお前の足をすくおうとするはずだ。役所の連中は、ほとんどが奴の息のかかった者たち。決して、信用するな」


やはり、そうか。辺境伯が俺に全権を与えたのは、俺への信頼だけではない。俺という異物を投入することで、バルザックという古い癌を炙り出し、場合によっては共に排除しようという、冷徹な計算も含まれているのかもしれない。貴族の政治とは、なんと複雑で、そして非情なものか。



実験農場の小さな小屋に戻ると、そこにはエレナ様、ゴードン、そしてセバスチャンが、固唾を飲んで俺たちの帰りを待っていた。


俺が、辺境伯から『疾風』分配に関する全権を委任されたことを告げると、小屋の中は、一瞬の沈黙の後、爆発したような歓声に包まれた。


「まあ!やりましたわね、ルークスさん!」


エレナ様が、満面の笑みで俺の手を取る。


「へっ!あの狸爺バルザックも、これで観念するしかねえだろうよ!ざまあみやがれ!」


ゴードンは、テーブルを拳で叩き、心の底から愉快そうに笑っている。


だが、俺は、彼らの歓喜の輪に加わることなく、冷静に言葉を続けた。


「……喜ぶのは、まだ早いです。これは、戦いの始まりの合図に過ぎません。バルザックは、必ず妨害してくる。俺たちは、彼らの想像を超える速さで、そして確実さで、この計画を成功させなければならない」


俺の、水を差すような言葉に、仲間たちの顔が、再び引き締まる。


俺は、テーブルの上に、ランドール周辺の農村の地図を広げた。


「まず、やるべきことは、農民たちへの説明です。ただ鋤を配るだけでは意味がない。なぜ、この鋤が革命なのか。そして、彼らが支払う『対価』は金ではなく、秋の収穫の一部であること。その新しい『約束』の形を、彼らに理解してもらう必要があります」


俺は、トーマスさんの畑がある辺りを指さした。


「最初の説明会は、トーマスさんの畑で開きましょう。彼の畑の奇跡的な変化を目の当たりにすれば、どんな言葉よりも雄弁に、『疾風』の価値を証明できるはずです」

「人集めは、トーマスさんに任せましょう。彼なら、きっと、本当にこの鋤を必要としている、覚悟のある農夫たちを集めてくれるはずです」

「そして、ゴードンさん」


俺は、熊のように大きな鍛冶屋に向き直った。


「説明会には、あなたにも来てもらいます。あなたが、どれだけの魂を込めてこの鋤を打ったのか。それを、あなたの言葉で、農夫たちに直接伝えてほしいんです。道具への敬意と、作り手への感謝。それがなければ、どんなに優れた道具も、ただの鉄の塊になってしまうから」


俺の言葉に、ゴードンは、最初は面倒くさそうな顔をしていたが、やがて、「……分かったよ。俺の魂の値段、安く見られたら困るからな」と、ぶっきらぼうに頷いた。


「エレナ様には、お願いがあります」


俺は、隣に座る姫君に向き直った。


「農民たちの中には、まだ貴族への不信感が根強い者もいるでしょう。どうか、エレナ様の、その太陽のような笑顔で、彼らの心を解きほぐし、この計画が、辺境伯家と民とが手を取り合って進める、未来への希望なのだと、伝えていただけませんか?」

「はい!お任せくださいまし!」


彼女は、力強く頷いた。その青い瞳には、自らに与えられた重要な役割への、確かな使命感が燃えていた。


「ギデオンさんと、セバスチャンさんには、当日の警護と、会場の設営をお願いします。……何が起こるか、分かりませんから」


俺の言葉に、二人は無言で、しかし力強く頷いた。


こうして、俺たちの、最初の反撃計画が、形になり始めた。



その翌日の午後。

約束通り、辺境伯の命を受けたというバルザックが、数人の役人を伴って、実験農場を訪れた。


「これはこれは、ルークス殿。辺境伯様より、よしなに頼む、とのお言葉を賜っておりますぞ」


彼は、蛇のような、ねっとりとした笑みを浮かべ、慇懃無礼いんぎんぶれいに頭を下げた。その瞳の奥には、隠しようのない敵意と侮蔑の色が渦巻いている。


「つきましては、今後の『疾風』の分配計画について、我ら役所の者にも、ご指示をいただければと存じます。名簿の作成や、輸送の手配など、煩雑な実務は、我らにお任せくだされ」


その申し出は、一見、親切な協力の申し出に見えた。だが、俺には分かっていた。これは、俺の計画の主導権を奪い、再び役所の官僚主義という名の泥沼に引きずり込もうとする、巧妙な罠だ。


「……ご親切に、どうも」


俺は、表情を変えずに、答えた。


「ですが、ご心配には及びません。分配計画については、すでに腹案がございます。まずは、私のやり方で、試させていただきたい」

「ほう。して、その『腹案』とやらを、お聞かせ願えますかな?我らも、参考にさせていただきたい」


探るような、バルザックの視線。俺は、笑顔で答えた。


「もちろん。最初の説明会を、明後日、貧民街の外れにある、トーマスという農夫の畑で開きます。ご多忙とは存じますが、バルザック様も、ぜひお越しください。百聞は一見に如かず、と申しますから」


俺の、あまりにも堂々とした、そして挑発的ですらある返答。バルザックの笑みが、一瞬だけ、凍りついた。彼は、俺がただの子供ではないことを、改めて思い知らされたのだろう。


「……承知いたしました。楽しみに、しておりますぞ」


彼は、そう言うと、再び蛇のような笑みを浮かべ、役人たちを引き連れて、足早に去っていった。


「……ルークスさん。大丈夫ですの?」


彼らの姿が見えなくなると、エレナ様が、心配そうに尋ねてきた。


「はい。敵の動きは、見えましたから。……あとは、俺たちのやり方で、結果を出すだけです」


俺は、空を見上げた。春の、力強い日差し。



その日の夕暮れ。俺は、一人、小屋の中で、黄金色に輝く液体と向き合っていた。

圧搾機から搾り出されたばかりの、ひまわり油だ。


香ばしく、甘い香り。指先に取ると、絹のように滑らかで、温かい。

俺は、小さなガラス瓶に、その黄金色の雫を、丁寧に満たしていく。


(母さん、待ってて。必ず、この油を、届けに行くから)


遠い故郷への想いが、胸に込み上げてくる。

だが、感傷に浸っている暇はなかった。俺は、もう一つの瓶を取り出すと、そこに、別の液体を注ぎ始めた。それは、この油を使って、オーギュスト師匠と一緒に試作した、新しい『ドレッシング』だった。酢と、塩と、そしてほんの少しの蜂蜜を加えただけの、シンプルなもの。だが、ひまわり油の持つ豊かな風味が、それを、どんな高価なソースにも負けない、魔法の液体へと変えていた。


(明日の説明会で、これを使おう)


農民たちに、『疾風』が生み出す未来を、舌で、直接感じてもらうのだ。

革命の味を。


俺は、二つの瓶を、大切に棚にしまうと、再びステータスウィンドウを開いた。


――ピロン♪

【『疾風』普及計画の具体的な立案と実行への着手が評価され、60ポイントを獲得しました。】


【現在の所持ポイント:3,184 pt】


(バルザックの鼻を明かしたことへの評価か、計画実行への期待値か…。いずれにせよ、確実に前進している。目標の『土壌改良』まで、あと816ポイント。まだ遠いが、着実に近づいている)


俺は、決意を新たに、明日の戦いに備え、目を閉じた。

静かな小屋の中に、俺とフェンの、穏やかな寝息だけが響いていた。


【読者へのメッセージ】

第七十二話、お読みいただきありがとうございました!

辺境伯から全権委任を受け、ついにバルザックとの直接対決へと動き出したルークス。仲間たちとの作戦会議、そして見えざる敵との静かなる心理戦。物語が、新たなステージへと進む、その緊張感を感じていただけましたでしょうか。ご指摘いただいたポイント描写なども修正いたしました。

「ルークスの作戦、どうなる!?」「バルザック、食えない奴だ…!」「ひまわり油ドレッシング、気になる!」など、皆さんの感想や応援が、明日の説明会を成功へと導く力になります。下の評価(☆)やブックマークも、ぜひよろしくお願いいたします!

ついに始まる、農民たちへの説明会。それは、ルークスの革命が、本当に民衆に受け入れられるかの、最初の試金石となります。そして、バルザックは、このまま黙って見ているのか…?次回、どうぞお見逃しなく!

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