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ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります  作者: はぶさん


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第六十七話:灰の中の真実と、反撃の灯火


「ルークス……!マキナの、様子が……!」


母さんの、悲鳴に近い声。それは、俺が心のどこかで恐れていた、最悪の鐘の音だった。

広場で燃え盛る浄化の炎も、村中に満ちていく清涼な香りも、全てが色褪せて見える。俺は、振り返ることもせず、ただマキナが眠る家へと、全力で駆け戻った。


転がるように部屋に飛び込むと、そこには息も絶え絶えな妹の姿があった。

顔色は土気色に変わり、唇は紫色を帯びている。浅く、不規則な呼吸は、今にも止まってしまいそうだ。握りしめた小さな手は、熱を失い、氷のように冷たくなっていた。


「マキナ……!しっかりしろ!」


俺の叫び声にも、彼女はもう応えない。その、あまりにもか細い命の灯火を前に、俺の中で再び、黒い絶望が鎌首をもたげた。

炭も、煙も、ダメだったのか。俺の知恵など、所詮はこの程度だったのか。また、間に合わなかったのか――。


「……ルークス」


俺が膝から崩れ落ちそうになった、その時。背後から、母さんの、震える声がした。


「……分からないの。気のせいかもしれないけれど……。あの子の枕元に、あなたが作った炭の袋を置いてから……ほんの少しだけ、ほんの少しだけれど、呼吸が、楽になったような……気がするのよ」


母さんの、藁にもすがるような言葉。

俺は、はっと顔を上げた。マキナの寝顔を、もう一度注意深く観察する。

確かに、顔色は悪い。呼吸も浅い。だが、数分前まで聞こえていた、喉の奥で鳴る、苦しげな「ゼェゼェ」という音が、わずかに、本当にわずかに、和らいでいる……?


(炭が……効いている……?)


そうだ。炭は、毒そのものを消す力はない。だが、空気中の有害な物質を『吸着』する力がある。もし、毒が気体として、今もこの部屋のどこかから発生し続けているとしたら。炭袋は、その拡散を、わずかに抑えているのかもしれない。


(まだだ……!まだ、諦めるな!)


絶望の淵で、ほんの一筋の光が見えた気がした。俺は、再び立ち上がった。震える膝を叱咤し、急速に思考を回転させる。


毒は、気体。

汚hened源は、家の中。それも、全ての家で共通して存在する何か。

そして、その発生源を示す『サイン』は、あの『甘ったるい香』。


ゲルトの母親の証言が、雷鳴のように脳内で反響する。『あの子の服に、嗅いだことのない、甘ったるい、香の匂いが、染みついていた』。

なぜ、服に?薪そのものに毒が仕込まれているなら、匂いは薪から直接漂うはずだ。服に染みつくほど強い匂いが、なぜ薪を運んだだけの子に移る?


(違う……!薪じゃない……!)


薪を燃やした時に発生する、『何か』だ。

毒ガスそのものではない。だが、毒ガスが発生する際に、同時に発生する、副産物。


(燃えカス……いや、もっと細かい……灰だ!)


そうだ、灰だ!暖炉で薪を燃やせば、必ず灰が出る。その灰は、掃除の時に舞い上がり、服にも、髪にも付着する。村人たちは、その灰を、捨てるだけではない。畑の肥料として、あるいは、冬道の滑り止めとして、日常的に扱っているはずだ。


もし、ジルヴァの手先が、毒の胞子を薪に仕込む際、目印として、あるいは毒の効果を高める触媒として、あの『甘い香り』を持つ、別の物質を混ぜ込んでいたとしたら?その物質が、燃焼によって、灰の中に残留しているとしたら?


見つけた。

敵の、隠された牙を。

汚染源は、希望の象徴であったはずの、暖炉の『灰』そのものだったのだ。


俺は、すぐさま暖炉へと駆け寄った。そこには、昨夜燃やした薪の、白い灰がまだ残っている。俺は、その灰を、指先でほんのひとつまみ、慎重にすくい上げた。そして、鼻を近づけ、注意深くその匂いを嗅ぐ。

(……普通の灰の匂い。だが、その奥に、ごく微かに……焦げ付いた砂糖のような、甘い匂いが混じっている……!)

これだ。これが、あの香りの正体。薪が燃える高温によって、毒の胞子と共に仕込まれた何らかの有機物が分解され、この微かな匂いを発している。そして同時に、無味無臭の毒ガスを発生させているに違いない。前世でかじった化学の知識が、断片的な情報を繋ぎ合わせ、一つの結論を導き出した。


「……ビンゴだ」


俺の口から、乾いた声が漏れた。

汚染源は、特定した。

村人たちは、知らず知らずのうちに、暖炉の灰を掃除するたびに、あるいは畑に撒くたびに、微量の毒ガスを吸い込み続けていたのだ。そして、体力のある大人は耐えられても、免疫力の低い老人や子供たちから、順にその毒牙にかかっていった。なんと悪魔的な、時限爆弾のような罠だろうか。


だが、原因が分かれば、対策は立てられる。


俺は、家の外へと飛び出した。広場では、父さんとギデオン、そしてハンスさんが、心配そうにこちらを見守っていた。


「父さん!ギデオンさん!」


俺は、息も継がずに叫んだ。


「原因が分かりました!毒は、暖炉の『灰』です!今すぐ、村中の家を回って、全ての暖炉から灰を掻き出し、村の外れに、深く穴を掘って埋めてください!絶対に、素手で触らないように!濡れた布で口と鼻を覆うように、皆に伝えて!」


俺の、あまりにも衝撃的な言葉に、三人は息を呑んだ。だが、彼らはもう、俺の言葉を疑わなかった。父さんとギデオンは、すぐさま頷くと、村の家々へと駆け出す。ハンスさんも、杖を突きながら、必死に彼らの後を追った。


村に、新たな騒動が巻き起こる。俺の指示を信じ、慌てて灰を掻き出す者。依然として俺を呪い、扉を固く閉ざす者。村は、再び混乱に包まれた。


だが、俺にはもう、迷っている時間はなかった。原因物質を除去しただけでは、すでに体内に蓄積された毒は消えない。炭による吸着も、対症療法に過ぎない。


(解毒だ……!この毒を、中和する、あるいは体外へ排出させる、何かが必要だ……!)


俺は、再びスキルリストを呼び出した。だが、解毒系のスキルは、どれも高価で、今の俺のポイント(残1,124pt)では到底手が届かない。アイテムリストにも、都合の良い解毒薬は見当たらなかった。


(くそっ……!万策尽きたのか……!?)


俺が、再び壁にぶち当たり、歯噛みしていると。

ふと、俺の足元で、小さな相棒が、くん、と鼻を鳴らした。フェンだ。彼は、俺が父さんに託した、あの『すーっとする匂いの木の葉』の燃え残りを、興味深そうに、ぺろりと舐めていた。そして、何事もなかったかのように、満足げに尻尾を振っている。


その、あまりにも無邪気な光景。

それを見た瞬間。俺の脳裏に、再び、前世の記憶の断片が、閃光のように蘇った。


ブラック企業の休憩室。風邪気味の同僚が、マグカップで何か茶色い液体を飲んでいた。

『それ、何飲んでるんですか?』

『ああ、これ?ユーカリの葉っぱのお茶だよ。喉に良いんだってさ。なんか、スーッとして、毒素を洗い流してくれる感じがするんだよね』


ユーカリ。毒素を、洗い流す。


(……これだ!)


俺は、広場でまだ煙を上げてくすぶっている、葉と枝の山へと駆け寄った。そして、燃え残った葉を一枚拾い上げる。鼻を近づけると、やはりあの強烈な清涼感のある香りがした。スキル『薬草知識』はポイント不足で使えない。だが、諦めるわけにはいかない。俺は、村で一番の薬草の知識を持つ人物を思い出した。


俺は、マーサさんの家へと駆け込んだ。彼女は、村の異変を案じ、家の窓から心配そうに外を眺めていた。


「マーサさん!この葉っぱ、見たことありますか!?」


俺が差し出した葉を見て、マーサさんは目を丸くした。


「おお……これは、『風邪除けの木』の葉じゃないか。わしの婆様の代から、冬場にこの葉を煮出したお茶を飲むと、咳が楽になるって言い伝えられておるが……。こんなに強い匂いのものは、初めて見たねぇ。森の奥深くにしか生えておらん、珍しい木のはずじゃが……」


風邪除けの木。咳が楽になる。言い伝え。

間違いない。この世界の、知られざる薬草だ。


「マーサさん!この葉っぱを、今すぐ煮出してお茶を作ってください!村中の病人に、飲ませるんです!」

「ま、まあ!そりゃあ、構わんが……。本当に、効くのかねえ?」

「効きます!僕を、信じてください!」


俺の、ただならぬ気迫に押され、マーサさんは「分かったよ」と頷くと、すぐさま囲炉裏に火を入れ、大きな鍋に水を張り始めた。


俺は、再び自分の家へと駆け戻った。母さんが、すでにマーサさんから教わったのか、囲炉裏で例の葉を煮出しているところだった。家の中に、清涼な香りが湯気と共に立ち込めている。


「母さん!」

「ルークス!ちょうど、できたところよ」


俺は、母さんが淹れてくれた濃い緑色のお茶を、息を吹きかけ冷ましながら、スプーンで少しずつ、マキナの口元へと運んだ。


最初は、弱々しく抵抗していたマキナ。だが、その香りに誘われたのか、やがて、こくり、こくりと、小さな喉を鳴らして、お茶を飲み込み始めた。


俺は、祈るような気持ちで、その様子を見守っていた。

頼む。効いてくれ。俺の知識よ。父さんの見つけた奇跡よ。そして、マキナ自身の、生きようとする力よ。


どれくらいの時間が、経っただろうか。

マキナの、浅く不規則だった呼吸が、ほんの少しだけ、深くなったような気がした。土気色だった顔に、わずかに、本当にわずかに、血の気が戻ってきたような……。


その時、家の外から、村人たちの、どよめきと、そして、歓声が聞こえてきた。


「おい!爺様の咳が、止まったぞ!」

「うちの子もだ!熱が、少し下がったみてえだ!」

「マーサさんのくれたお茶を飲んだら、体が、軽くなった!」


炭袋と、灰の除去。そして、森の木がもたらした、予期せぬ解毒効果。俺の、必死の反撃が、ついに、この村を覆っていた絶望の闇に、確かな亀裂を入れた瞬間だった。


俺は、マキナの、少しだけ穏やかになった寝顔を見つめ、安堵のため息をついた。

涙が、再び溢れてきた。だが、それはもう、絶望の涙ではなかった。


戦いは、まだ終わらない。だが、俺たちは、確かに、勝機を掴んだのだ。


【読者へのメッセージ】

第六十七話、お読みいただきありがとうございました!

ついに明かされた毒の正体、そして父が見つけた奇跡の木による反撃の開始!絶望の淵から、希望の光が見え始めた瞬間のカタルシスを、楽しんでいただけましたでしょうか。スキルに頼らず、前世の知識と仲間たちの助けで道を切り開くルークスの姿を描写しました。

「灰が原因だったとは!」「父さん、グッジョブ!」「マキナ、頑張れ!」など、皆さんの感想や応援が、マキナと村人たちの回復力となります。下の評価(☆)やブックマークも、ぜひよろしくお願いいたします!

ついに反撃の糸口を掴んだルークス。しかし、ジルヴァの悪意は、まだこの村に影を落としています。病からの回復、そして村人たちとの和解はなるのか。物語は、いよいよクライマックスへと向かいます。次回も、どうぞお見逃しなく!

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