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ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります  作者: はぶさん


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第六十一話:勝利の余韻と、静かなる宣戦布告


祝賀の宴が熱狂のうちに幕を閉じた翌朝。

城壁都市ランドールは、まるで何事もなかったかのように、いつもと同じ穏やかな朝を迎えていた。だが、その水面下では、昨夜投じられた一石が、静かに、しかし大きな波紋を広げ始めていた。


俺の実験農場は、朝の柔らかな光を浴びて、黄金色に輝いていた。満開のひまわりたちが、誇らしげに空の太陽を見上げている。その光景は、昨夜の喧騒と緊張が嘘であったかのように、どこまでも平和だった。


「ルークスさん!やりましたわね!」


朝一番に、まるで春の蝶のように軽やかな足取りで農場にやってきたエレナ様は、開口一番、そう言って満面の笑みを浮かべた。その手には、祝宴の残りだという、小さなバスケットが提げられている。


「昨夜の、オーギュスト料理長の啖呵たんか、お聞きになりました?まるで舞台の役者のようでしたわ!バルザック様たちの、あの悔しそうなお顔といったら!」


彼女は、心底楽しそうに、昨夜の勝利を振り返る。その無邪気な喜びように、俺も思わず笑みがこぼれた。


「ええ。でも、あれはオーギュスト師匠一人の力じゃありません。エレナ様が、僕を信じてくれたからです」

「まあ!」


俺の言葉に、彼女は頬をぽっと赤らめた。俺たちは、ひまわり畑の脇に設えた小さなベンチに腰掛け、バスケットに入っていた焼きたてのパンと、温かい乳を分け合った。


穏やかで、温かい時間。だが、俺は知っていた。昨夜の勝利は、決して終着点ではない。むしろ、新たな戦いの始まりを告げる、号砲に過ぎないことを。



俺たちのささやかな朝食が終わる頃、農場の古びた木の扉が、静かに、しかし堂々と開かれた。現れたのは、城の料理長、オーギュストだった。純白のコックコートに身を包んだその姿は、昨夜の祝宴の時と寸分違わぬ、威風堂々としたものだった。


だが、俺の前に立った彼は、次の瞬間、俺が、そしてエレナ様さえもが予想だにしなかった行動に出た。

この辺境一のプライドを持つ料理長が、八歳の子供である俺の前に、深く、深く、頭を下げたのだ。


「……ルークス殿。昨夜は、失礼をば、いたしました」


その声には、昨日の厨房での敵意は微塵もなかった。代わりにあったのは、己の未熟さを認めた、一人の求道者としての、真摯な響きだった。


「そして、改めて、お願いしたい。どうか、わたくしに、あの『奇跡』の作り方を、ご教授願えまいか。金輪際、あなたの知恵を試すような愚かな真似はいたしません。ただ、一人の料理人として、あの至高の領域に、少しでも近づきたいのです」


その、あまりにも真摯な願い。俺は、彼の前に差し伸べられた、節くれだった大きな手を、両手で、力強く握り返した。


「もちろんです、オーギュスト師匠。一緒に、この街の人たちを、もっと笑顔にするお菓子を作りましょう」

「……師匠、などと……。ありがたき、お言葉」


オーギュストは、顔を上げると、少しだけ照れくさそうに、しかし心の底から嬉しそうに、微笑んだ。


こうして、俺の『プリン教室』が、急遽、この実験農場で開かれることになった。最高の弟子は、最高の教師でもある。オーギュスト師匠は、俺が感覚的にしか伝えられない「火加減」や「混ぜ方」の秘訣を、彼自身の長年の経験と理論に置き換え、驚くべき速さで吸収し、体系化していく。


「なるほど!カラメルソースの色合いは、ただ焦がせばいいのではない。糖が分解され、メイラード反応が起きる、その一瞬を見極めるのか!」

「卵液と乳を混ぜる際、温度差がありすぎると、タンパク質が変性してしまう。だから、人肌程度に温めた乳を、糸を垂らすように……。なんと、科学的な!」


彼の口から飛び出す、俺も知らない専門用語の数々。それは、俺の前世の断片的な知識が、この世界の最高の知性と出会い、一つの完璧な『レシピ』へと昇華されていく、奇跡の瞬間だった。


その光景を、エレナ様が、目を輝かせながら、羊皮紙に懸命に書き留めている。彼女は、俺たちの共同研究の、最初の記録者となった。



光が、輝きを増せば、影もまた、その色を濃くする。


その頃、辺境伯の城、文官長バルザックの執務室は、春の陽光が届かない、重苦しい沈黙に満ちていた。


テーブルを囲むのは、昨夜の祝宴で、完膚なきまでにプライドを打ち砕かれた、保守派の貴族たちだ。その顔には、屈辱と、そしてそれを上回る、どす黒い憎悪の色が浮かんでいた。


「……あの、小僧……!我らの顔に、泥を塗りおって……!」

「もはや、生かしてはおけぬ!」


口々に、呪詛のような言葉が飛び交う。だが、その激昂を、バルザックの、氷のように冷たい一言が、制した。


「……静まれ。感情で動けば、それこそ、あの小僧の思う壺よ」


彼は、窓の外に広がる、活気に満ちた城下町を、蛇のような目で見下ろしていた。


「昨夜の一件で、奴は、辺境伯様と、そして民衆の、絶大な信頼を得た。もはや、正面から手出しはできん。……やり方を、変えるのだ」

「と、申しますと?」


「奴の力の源泉は、何か?それは、民からの『信頼』と『希望』だ。ならば、それを、根こそぎ奪い去ってやればよい」


バルザックは、その口元に、冷酷な笑みを浮かべた。


「奴が始めた、あの忌々しい農具改革。あれこそが、奴の、そして我らにとっての、最大の戦場となる。……農民どもは、今、夢を見ておる。一本の鍬で、自分たちの暮らしが豊かになるという、甘い夢をな」

「その夢を、悪夢に変えてやるのだ」


彼は、懐から、一枚の羊皮紙を取り出した。そこには、この辺境伯領の、全ての村々の名前と、その収穫高、そして、各村に影響力を持つ、名主たちの名前が、びっしりと書き連ねられていた。


「ゴードンが打つ『疾風』は、百本。だが、それを求める農民は、千、いや、一万はいるだろう。誰がそれを手に入れ、誰が手に入れられないのか。その『天秤』を、我らが握るのだ」


「なるほど!」


貴族たちから、合点がいったような声が上がる。


「我らに近しい村や、忠誠を誓う名主には、優先的に『疾風』を融通してやる。だが、そうでない者たちには、様々な理由をつけて、その分配を遅らせる。あるいは、全く渡さない」

「『疾風』を手にした村と、そうでない村。その間には、秋の収穫の頃には、埋めがたい格差が生まれるだろう。飢える者と、富む者。その時、農民どもの間に生まれるのは、感謝ではない。『嫉妬』と『憎悪』だ。なぜ、俺たちの村には、あの魔法の鋤が来ないのか、と」

「その怒りの矛先は、どこへ向かう?鋤の分配を決めている、我らか?いや、違う。全ての元凶である、あの『救世主』へと向かうのだ。『あいつが現れたせいで、俺たちの暮らしは、前よりもっと苦しくなった』、と」


その、あまりにも狡猾で、悪意に満ちた策略。それは、俺が描いた、誰もが幸福になるための『循環』の仕組みを、内側から腐らせ、分断と対立を生み出す、毒そのものだった。


「……そして、もう一つ」


バルザックは、地図の上の一点、リーフ村という名を、その長い指で、なぞった。


「奴の故郷。ここが、奴の唯一の弱点だ。……この村に、ほんの少しだけ、『不幸な事故』が起きるように、手配しておけ。……故郷が焼かれ、家族が嘆き悲しむ様を見れば、いかにあの小僧とて、平常心ではおれまい。焦りは、必ず、判断を誤らせる」


その言葉は、もはや政治闘争などではない。ただの、卑劣な脅迫だった。


「……分かったら、行け。我らの、静かなる『宣戦布告』の準備を、始めるのだ」


貴族たちは、深々と頭を下げると、蛇の巣から散っていく子蛇のように、静かに、そして迅速に、部屋を退出していった。


一人残されたバルザックは、窓の外に広がる城下町を、蛇のような冷たい目で見下ろしていた。**彼の目に映っているのは、黄金色のひまわり畑ではない。自らが守るべき『秩序』という名の、美しくも脆い天秤だ。あの小僧は、その天秤に、民衆という重すぎる分銅を乗せようとしている。放置すれば、天秤は壊れ、国は乱れる。**その口元に浮かんだのは、笑みではなかった。自らの信じる正義のためならば、如何なる非情な手段も厭わぬという、氷のような覚悟だった。


春の陽光が降り注ぐランドールの街の、陽の当たらぬ城の一室で。

俺の、そして俺が愛する全ての人々の運命を狂わせる、黒い天秤が、今、静かに傾き始めていた。


---

【読者へのメッセージ】

第六十一話、お読みいただきありがとうございました!

祝宴の勝利の余韻と、その裏で静かに進行する、保守派貴族たちの陰湿な策略。光と影が、よりくっきりと描き出された今回の物語、楽しんでいただけましたでしょうか。

「オーギュスト師匠、頼もしすぎる!」「バルザック、外道!」「故郷が狙われるなんて…!」など、皆さんの感想や応援が、この物語の次なる展開を照らす光となります。下の評価(☆)やブックマークも、ぜひよろしくお願いいたします!

ついに始まった、バルザックによる静かなる宣戦布告。彼の仕掛ける悪意の罠に、ルークスは気づくことができるのか。そして、遠い故郷に、忍び寄る影…。物語は、新たな嵐の予感をはらみ、次なるステージへと進みます。次回も、どうぞお見逃しなく!

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