第六話:三年の月日と、乾いた風
あれから、三年の月日が過ぎた。
俺、ルークス・グルトは八歳になった。この三年間、俺の日常は表と裏、二つの顔を持っていた。
表の顔は、リーフ村でも評判の、働き者で家族思いの少年だ。夜明けと共に起き出し、父さんの畑仕事を手伝い、母さんの言いつけで薪を拾い、水を運ぶ。三つ年下の妹マキナはすっかり俺に懐き、俺の後ろをいつも雛のようについて回った。彼女の面倒を見るのも、俺の重要な日課の一つだった。
そして、裏の顔。それは、ポイントシステムを駆使し、来るべき「スローライフ」のために着々と準備を進める、元・ポイントゲッターとしての顔だ。
俺の主なポイント収入源は、森でのマンドラゴラ採取になっていた。最初の頃こそ、あの奇怪な絶叫に肝を冷やしたものだが、今では手慣れたものだ。より密度の高い耳栓を開発し、鑑定スキルでマンドラゴラが好みそうな場所を予測することで、採取の効率は飛躍的に向上した。
採取したマンドラゴラは、その場でポイントに変換する。一日で一体見つけられれば上出来。運が良ければ二体。そうして地道に稼いだポイントは、俺たちの生活を、誰にも気づかれない範囲で、しかし確実に豊かにしていった。
食卓に並ぶ豆のスープは、いつも上質な『精製された塩』で味付けされている。時折、俺が森で「見つけた」というていで母さんに渡す『精製された砂糖』は、ささやかなお菓子作りの時間に、マキナの満面の笑みを咲かせた。父さんの鍬の柄は、俺がポイントで交換した『丈夫なロープ』で補強され、母さんの指先は、今でも『救急セット』の軟膏が守っている。
劇的な変化ではない。だが、俺たちの食卓は、確実に温かみを増していた。それが、俺の誇りだった。
そして、三年という月日は、俺に新たな力を得る機会を与えてくれた。地道なマンドラゴラ・ハンティングを続けた結果、俺はついに二千ポイントを貯めることに成功したのだ。
そのポイントで、俺は迷わず新しいスキルを取得した。
『薬草知識 (Lv.1)』
鑑定スキルがモノの「価値」を教えてくれるなら、この薬草知識スキルは、植物の「効能」を教えてくれる。この二つのスキルが揃ったことで、俺の森での探索は、ただの宝探しから、より専門的な資源調査へと進化した。例えば『鑑定』で価値を見出した植物を、次に『薬草知識』でその効能と最適な採取時期まで特定する。このコンボによって、俺は森の恵みを文字通り“しゃぶり尽くす”ことが可能になったのだ。
「ルークス、また森へ行くのかい?あまり奥へは行くんじゃないよ」
「うん、わかってるよ母さん!すぐそこの、薬草を採ってくるだけだから!」
母さんに笑顔で手を振り、俺は慣れた足取りで森へ入る。今やこの森は、俺にとっての巨大なポイントサイトそのものだった。
◇
だが、そんな平穏な日々に、少しずつ、しかし確実に変化の兆しが現れ始めたのは、俺が八歳になった年の夏のことだった。
最初の異変は、雨だった。例年であれば、春の終わりから夏にかけて、畑を潤す慈雨が幾度となく降り注ぐ。だが、その年は違った。数えるほどしか雨が降らず、乾いた日が続いたのだ。
乾いた土埃が舞う村の広場で、井戸の水位を確かめていた村長のハンスさんが、深く刻まれた皺をさらに深くして、ぎらつく空を見上げながら呟いた。
「おかしいな……。こんなに雨が少ない年は、わしが生まれてから初めてじゃ……」
彼の周りに集まった村の大人たちも、皆、不安げな表情で頷き合っている。
父さんの畑仕事は、日に日に過酷さを増していった。遠い川から、何度も水を汲んでは、乾き始めた畑に撒いていく。その作業は夜遅くまで続き、寡黙な父さんの背中は、以前よりも小さく見えた。
そして、夏が本格的になると、今度は太陽が牙を剥いた。
ジリジリと肌を焼くような日差しが、容赦なく大地に降り注ぐ。地面は固くひび割れ、村を流れる小川の水位は、目に見えて下がっていった。
村の空気は、少しずつ重く、張り詰めたものに変わっていく。大人たちの会話から笑顔が消え、交わされるのは天候への不満と、作物の育ち具合へのため息ばかり。
カラカラに乾いた風が、痩せた畑の土をさらう。その光景が、俺の前世の記憶――テレビのニュースで見た、遠い国の光景と重なった。ひび割れた大地、枯れた作物、そして、虚ろな目で食料を求めて彷徨う人々の姿。
(……干ばつだ)
ぞくり、と背筋に悪寒が走った。
俺が三年間、必死で守り、育んできた、あの「温かい食卓」。それが、失われるかもしれない。父さんの笑顔が消え、母さんが疲れ果て、そして、マキナがお腹を空かせて泣く日が来るかもしれない。
(冗談じゃない……!)
脳裏に、病院のベッドで力なく笑っていた後輩の顔が、再び蘇る。あの時、俺は何もできなかった。ただ、無力感に打ちひしがれるだけだった。
だが、今は違う。
俺には、この三年間で貯めたポイントがある。鑑定と薬草知識のスキルがある。そして、ブラック企業で培った、絶望的な状況を打開するための、問題解決能力がある。
俺のポイント稼ぎは、もはや個人的なスローライフのための趣味じゃない。
これは、俺が手に入れたこの幸福な日常を、家族を、そしてこの村を、理不尽な天災から守り抜くための、戦いだ。
俺は、家の畑の前に立ち、固くひび割れた地面を強く踏みしめた。土はカラカラに乾き、悲鳴を上げているようだった。
「ルークス?どうしたんだい、そんな難しい顔をして」
母さんが、心配そうに俺の顔を覗き込む。俺は、母さんを安心させるように、にっこりと笑って見せた。
「ううん、なんでもないよ。ねえ母さん、今度の冬は、きっとすごく寒くなると思うんだ」
唐突な俺の言葉に、母さんはきょとんと目を丸くした。
「え?どうしてそんなことが分かるんだい?」
「なんとなく、そんな気がするだけ!それに、森で見たんだけど、木の実を運ぶリスたちが、なんだかすごく慌ててたんだ。動物たちは、僕たちより先に冬が分かるって言うだろ?だからさ、今のうちに、たくさん薪を集めておかないとね!」
俺はそう言って、薪割り用の小さな斧を手に取った。俺の言葉の真意は、母さんには分からないだろう。
だが、俺には分かっていた。干ばつは、食料不足だけでなく、冬を越すための体力すら奪っていく。今から、やれることは全てやっておく必要がある。
俺は、来るべき危機を見据え、静かに、しかし固い決意を胸に、自分だけの戦いを始めた。
【読者へのメッセージ】
第六話、お読みいただきありがとうございます!
平穏な日々に、忍び寄る危機の影……。物語が大きく動き出します。
ルークスは、この村の危機を救うことができるのか。彼の知識とポイントが、ついに真価を発揮する時が来ます!
「いよいよ本番か!」「主人公の活躍に期待!」と思っていただけましたら、ぜひ下の評価(☆)や感想、ブックマークで応援をお願いいたします!
次回、ルークス、動きます!




