表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります  作者: はぶさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/51

第四十四話:最初の一振り(ひとふり)と、夜明けの土


ゴードンの工房を後にした時、東の空は、ようやく白み始めていた。


職人の魂が燃え盛る一夜が明け、街はまだ深い眠りについている。俺と、俺の新たな相棒『星喰み(ステラ・ファング)』を背負ったギデオンは、静寂に包まれた石畳の道を、城壁の内側にある俺の実験農場へと、黙って歩いていた。


俺たちの背後から、ふらふらとした、しかし確かな足取りがついてくる。熊のように大柄な鍛冶屋、ゴードンだ。


「……おい、小僧。俺を置いていく気か」


その声は、一睡もしていない疲労でかすれていたが、瞳の奥には、自らが産み落とした我が子の最初の産声を聞き届けんとする、父親のような執念の炎が揺らめいていた。


「ゴードンさん、体は…」

「うるせえ。自分の打った魂が、どう大地を抱くのか、この目で見届けるまで、倒れるわけにはいかねえんだよ」


彼はそう言って、ニヤリと歯を見せて笑った。その顔は煤と汗で汚れていたが、俺が今まで見たどんな人間の顔よりも、誇りに満ちて輝いて見えた。


寡黙な騎士ギデオンは、そんなゴードンの様子を一瞥すると、何も言わずに歩く速度を少しだけ緩めた。奇妙な、しかし不思議な一体感をまとった男三人の行進は、やがて俺の実験農場へとたどり着いた。


農場の小さな小屋の前では、執事のセバスチャンが、血の気の引いた顔でうろうろと歩き回っていた。俺たちの姿を認めるや否や、彼は泣きそうな顔で駆け寄ってくる。


「ルークス様!ギデオン殿!それにゴードン殿まで!一体、どこへ行っておられたのですか!エレナ様が、朝からずっと、ご心配なされておりましたぞ!」

「……少し、夜明けを見にな」


ギデオンは、そう短く答えると、俺の背中を軽く押し、小屋の中へと促した。小屋の中では、エレナ様が、ソファの上で小さな毛布にくるまり、こくりこくりと舟を漕いでいた。その傍らでは、フェンが主人の帰りを健気に待ちながら、彼女の番犬役を務めていたようだ。


俺たちの気配に、エレナ様ははっと目を覚ました。


「ルークスさん!ご無事でしたのね!昨夜からお戻りにならないから、てっきり、街のならず者にでも……!」

「ご心配をおかけしました。少し、野暮用が長引いただけです」


俺がそう言って頭を下げると、彼女は安堵のため息をつき、そして、ギデオンが壁に立てかけた、異様な存在感を放つ黒い鍬に、気づいた。


「まあ……。これは、なんという……」


彼女は、おそるおずるといった様子で、その黒く輝く刃に近づいた。


「……鍬、ですの?ですが、わたくしが知っている鍬とは、まるで……。まるで、夜空のかけらを、そのまま削り出して作ったかのようですわ」


その、詩的な表現。彼女の純粋な感性は、この道具の本質を、一目で見抜いていた。


「はい。俺の、新しい相棒です」


俺は、彼女に微笑みかけると、『星喰み』を手に取り、外へと出た。


朝の光が、実験農場を黄金色に染め上げている。ひまわりの苗は、今日も元気に、太陽に向かって葉を伸ばしていた。


俺は、まだ一度も耕されていない、硬く、そして冷たく凍てついたままの、畑の片隅へと向かった。ここが、俺の革命の、最初の舞台となる。


俺が鍬を構えるのを、エレナ様、セバスチャン、ギデオン、そして産みの親であるゴードンが、固唾を飲んで見守っている。


俺は、一度、深く息を吸い込んだ。そして、手の中の『星喰み』の感触を確かめる。


軽い。信じられないほどに。だが、その軽さの中には、揺るぎない芯が一本、通っている。まるで、俺の腕の骨が、そのまま柄となり、刃の先端まで続いているかのような、完璧な一体感。


俺は、特別な力を込めることなく、ただ、自然に、その腕を振り下ろした。


**スッ……。**


音が、しなかった。


硬く凍てついた大地が、まるで熟した果実のように、音もなく、切り裂かれる。抵抗というものが、全くない。刃が、まるで水面に吸い込まれるかのように、何の躊躇もなく、黒い土の中へと沈んでいった。


「「「……え?」」」


背後から、三者三様の、間の抜けた声が聞こえた。だが一人、ゴードンだけは声も出せず、ただ己の目を疑うように、その光景に釘付けになっていた。


俺は、鍬を引き上げる。そこには、深々と、そして驚くほど滑らかな断面を持つ、一本の溝が刻まれていた。掘り起こされた土は、大きな塊になることなく、まるで最初からそうであったかのように、ふかふかと、柔らかく、畝の脇に盛り上がっている。


「……嘘、でしょう……?」


セバスチャンが、信じられないというように、目を見開いている。彼は、慌てて溝のそばに駆け寄ると、その断面を、自分の指で恐る恐る触れた。


「こ、この時期の大地は、鉄のように硬く凍てついているはず……。それを、まるで、バターでも切るかのように……。ば、馬鹿な……!」


エレナ様も、言葉を失っていた。ただ、その青い瞳を、奇跡の光景に釘付けにしている。


その時、背後で、どさり、と何かが崩れる音がした。


「……お、俺の……俺の槌は……化け物を……産んじまっただ……」


ゴードンが、その場にへたり込み、腰を抜かしていた。自らが産み出した道具が、物理法則すら捻じ曲げかねない、人知を超えた性能を発揮している。その事実に、喜びよりも先に、畏怖が彼を襲ったのだ。


そして、ギデオンは。


彼は、鍬ではなく、俺が立っている足元――その踏み込みの浅さに、気づいていた。


「……お前、今、力を込めていないな」


その、呟きとも問いともつかない声に、俺は振り返って頷いた。


「はい。この子の重さだけで、勝手に土が切れていくんです」


その答えに、ギデオンの鉄仮面が、初めて、明確に揺らいだ。

(……この切れ味。これがあれば、痩せた土地でも少ない人数で耕せる。収穫が増えれば、民は飢えない。兵士たちの腹も満たされる。兵糧。それこそが、北の獣人族との長い睨み合いを支える、この辺境の生命線だ。この少年がもたらしたものは、ただの農具ではない。この辺境伯領の民の命を、冬の飢えと外敵から守るための、まさしく『力』そのものだ)

彼の騎士としての視点が、この道具の真の価値を、誰よりも現実的に理解していた。


俺は、そんな彼らの驚きを背に、再び『星喰み』を振るった。


夢中で土を耕す。その行為が、これほどまでに楽しく、心地よいものだとは知らなかった。前世で、キーボードを叩き続けた指が、今、大地の脈動をダイレクトに感じている。


手にした『星喰み』の、星屑のように輝く刃を、誇らしげに見つめる。


これで、もっとたくさんの野菜が作れる。母さんのスープが、もっと美味しくなる。エレナ様や、村のみんなの笑顔が、もっと増える。


それこそが、俺が目指す、最高の「スローライフ」の、確かな一歩だった。




【読者へのメッセージ】

第四十四話、お読みいただきありがとうございました!

ついに振るわれた、革命の刃『星喰み(ステラ・ファング)』!その圧倒的な切れ味と、それを見た仲間たちの驚愕、そして産みの親であるゴードンの反応。この静かな感動を、皆さんと共有できていれば幸いです。

「ゴードン、腰抜かすの可愛い!」「ギデオンの視点、深い!」「これぞスローライフ!」など、皆さんの感想や応援が、耕された大地に蒔かれる、次の希望の種となります。下の評価(☆)やブックマークも、ぜひよろしくお願いいたします!

最強の農具を手に入れ、最高の土壌も準備万端。ルークスの実験農場は、ここから一気に加速していきます。彼の知識は、次にどんな奇跡を生み出すのか。そして、その噂は、城壁の外にまで届き始める…。次回も、どうぞお見逃しなく!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ