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ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります  作者: はぶさん


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第三十八話:最初の壁と、頑固な職人

辺境伯の城、その一室で迎える朝は、何もかもがリーフ村のそれとは違っていた。


鳥のさえずりの代わりに聞こえてくるのは、遠くで鳴り響く城の鐘の音と、城下町の目覚めを告げるざわめき。俺は、生まれて初めて眠る、体が沈み込むほどに柔らかいベッドの上で、ほとんど一睡もできずに、その朝を迎えていた。


部屋は、八歳の子供が一人で使うには、あまりにも広すぎた。磨き上げられた床、美しい彫刻が施された家具、そして、窓から差し込む朝の光を優しく反射する、歪みのないガラス。その全てが、俺がこの場所にいることの場違いさを、静かに物語っているようだった。


「クゥン……」


ベッドの足元で丸くなっていたフェンが、俺が身を起こしたのに気づき、眠そうに一つ伸びをした。彼は、この贅沢な環境にもすっかり順応しているらしい。俺がベッドから降りると、すぐに足元に駆け寄り、主人の起床を喜ぶかのように、尻尾をぱたぱたと振った。


(……父さん、母さん、元気にしてるかな)


窓の外に広がる、見慣れない街の屋根並みを眺めながら、俺は故郷を想った。懐で、父さんが作ってくれた木彫りの人形を、そっと握りしめる。この温もりだけが、俺とあの温かい食卓とを繋ぐ、唯一の絆だった。


コンコン、と控えめなノックの音がした。

「ルークス様、朝食をお持ちいたしました」

入ってきたのは、辺境伯の執事であるセバスチャンだった。彼が押す豪奢なワゴンには、湯気の立つスープや焼きたてのパン、色とりどりの果物など、俺が村では見たこともないような豪華な朝食が並べられている。


「ありがとう、セバスチャンさん」

「いえ。……それと、エレナ様がお見えです」


セバスチャンが少しだけ困ったような顔でそう言うと、彼の背後から、金色の髪を揺らしながら、エレナがひょっこりと顔を出した。


「おはようございます、ルークス様!昨夜は、よく眠れましたか?」


その笑顔は、冬の朝の光を全て集めたかのように、まぶしく輝いていた。彼女は、俺がここに滞在すると決まってから、こうして毎日、朝の挨拶に訪れるのが日課となっていた。


「はい、おかげさまで」

「それはようございました!わたくし、今日のおやつに、ルークス様に教わった『プリン』を、料理長と一緒に作るのです!もしよろしければ、後で味見をしていただけませんか?」


その、一点の曇りもない好意。俺は、貴族という存在にまだ拭いきれぬ警戒心を抱きながらも、彼女の純粋さには、毒気を抜かれてしまうしかなかった。


「……はい、喜んで」


俺がそう答えると、エレナは花が咲くように微笑んだ。この城での生活は、息が詰まることばかりではない。だが、俺は忘れてはいなかった。自分がここにいる理由を。そして、辺境伯から与えられた、あまりにも巨大な課題を。


『この辺境伯領全体の、食料事情を改善してみせよ』


それは、井戸を掘ったり、一つのハウスで野菜を作ったりするのとは、訳が違う。領地全体の、農業というシステムの根幹に、メスを入れるということだ。


(スローライフのためだ……。この課題をクリアしなければ、俺はリーフ村に帰れない)


俺は、決意を新たに、朝食のパンを口へと運んだ。



その日の午後。俺は、セバスチャンに案内されて、城の一角にある、巨大な書庫を訪れていた。


「ここに、当家の治世に関する記録が、全て保管されております。何かお探しのものがございましたら、お申し付けください」


セバスチャンはそう言って一礼すると、静かに書庫を退出していった。


俺は、天井まで届く本棚にぎっしりと詰め込まれた、羊皮紙の巻物や、分厚い革張りの書物を前に、ごくりと唾を飲んだ。前世のブラック企業で、膨大な資料の中から必要なデータを探し出す作業は、嫌というほどやってきた。やることは、あの頃と同じだ。


(まずは、情報収集と現状分析。問題点を特定しなければ、解決策は見えてこない)


俺は、過去百年分の、この辺境伯領の気候データ、各村の収穫量、そして税の徴収記録などを、片っ端から読み漁り始めた。羊皮紙に書かれた、独特の癖のある文字を解読するのは骨が折れたが、俺は驚異的な集中力で、情報を脳内にインプットしていく。


そして、数時間が過ぎた頃。俺は、ある一つの「ボトルネック」にたどり着いた。


「……これか」


俺が見つけたのは、歴代の領主たちが、何度も頭を悩ませてきた記録だった。それは、この土地の農業生産性が、何百年もの間、ほとんど向上していないという事実。その最大の原因は、気候や土壌の問題だけではなかった。


『農具』だ。


この土地で使われている鍬や鋤は、驚くほどに原始的で、非効率な形状をしていた。硬い土を深く耕すことができず、種を効率的に蒔くこともできない。これでは、どれだけ農民が汗を流そうと、収穫量には限界がある。


前世で、祖父母の家の家庭菜園を手伝った時の記憶が蘇る。人体工学に基づいて設計された、軽くて丈夫な鍬。土の抵抗を最小限に抑える、流線形の鋤。あの世界の農具は、長い年月をかけて、最適化され続けた科学技術の結晶だった。


(……ドワーフ族との交流が途絶え、鍛冶技術が停滞している、か)


書物には、そんな記述もあった。技術革新が、完全に止まっているのだ。


(これだ。ここを改善すれば、領地全体の収穫量は、飛躍的に向上するはずだ)


俺の目に、確かな光が宿った。次なる一手は、決まった。



「……鍛冶屋、ですか?」


俺の唐突な申し出に、セバスチャンは少しだけ驚いたように眉を上げた。


「はい。この城下町で、一番腕の立つ鍛冶屋を紹介してください」

「腕の一番、でございますか……。それならば、一人おりますが……少々、気難しい男でして」


セバスチャンは、少しだけためらったが、すぐに頷いた。


「分かりました。ゴードンという男です。案内させましょう」


俺が案内されたのは、城下町の職人街の一角にある、ひときわ大きく、そして煤けた鍛冶工房だった。


カーン!カーン!と、リズミカルに鋼を打つ甲高い音と、ふいごが風を送る低い唸り声が、工房の中から響いてくる。入り口に近づくだけで、肌を焼くような熱気が伝わってきた。


工房の中は、薄暗く、火花と汗の匂いで満ちていた。その中央で、巨大な金床を前に、一人の男が黙々と槌を振っている。


年の頃は、父さんと同じくらいだろうか。熊のように大柄な体に、岩のように盛り上がった腕の筋肉。無精髭に覆われた顔は、頑固一徹という言葉をそのまま形にしたかのようだ。彼が、この街一番の鍛冶屋、ゴードン。


俺の存在に気づくと、彼は槌を振るう手を止め、訝しげな視線をこちらに向けた。


「……なんだ、小僧。ここは、子供の遊び場じゃねえぞ」


その声は、まるで地鳴りのように、低く、そしてぶっきらぼうだった。


「あなたが、ゴードンさんですか?」

「いかにも。……して、救世主様が、こんな薄汚え場所に、何の用だ?」


その言葉には、明らかに棘があった。俺の噂は、すでに彼の耳にも届いているらしい。だが、その瞳には、他の人々が向けるような、畏敬や好奇の色は一切なかった。ただ、職人だけが持つ、実力のない者を値踏みするような、厳しい光だけが宿っていた。


俺は、彼の敵意を正面から受け止めながら、単刀直入に切り出した。


「あなたに、新しい農具を作ってもらいたい」

「……農具だと?」


ゴードンは、心底馬鹿にしたように、ふんと鼻を鳴らした。


「はっ。救世主様は、剣の作り方でも教えに来てくれたのかと思えば、鍬や鋤の注文かい。悪いが、俺は今、騎士団から頼まれた剣を打つので手一杯でな。農具なんぞ、他の鍛冶屋に頼んでくれ」


彼は、そう言って俺に背を向け、再び槌を手に取ろうとした。


「その剣、完成しても、きっとすぐに刃こぼれするよ」 工房の喧騒を切り裂いたのは、槌音ではなかった。場違いなほどに静かな、しかし鋼よりも鋭い子供の声だった。ゴードンの動きが、ぴたりと止まる。まるで、熱された鋼が水で急冷される瞬間のように、彼の周りの時間だけが凍りついた。


「……なんだと、小僧」


俺は、彼の背後にある炉の火の色、金床の温度、そして彼が鋼を冷やしていた水の濁り具合を、冷静に指摘した。前世で、趣味のキャンプで使うナイフを自作しようと、動画サイトで飽きるほど見た町工場の映像。そこで得た、雑多な知識の断片が、この異世界で、一つの「真理」として繋がった。


「その温度管理じゃ、鋼の硬度と粘りのバランスが、最適じゃない。見た目は良くても、強い衝撃には耐えられない、脆い剣になる」


ゴードンは、言葉を失っていた。八歳の子供に、自らの仕事の、それも長年の経験で培ってきた感覚的な領域の欠陥を、的確に、そして理論的に指摘されたのだ。その衝撃は、計り知れない。


「……てめえ、一体、何者だ」


彼の声は、かすかに震えていた。俺は、その問いには答えず、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。そこには、俺が書庫で得た情報と、前世の記憶を元に描き起こした、新しい鍬の設計図が描かれていた。


「俺は、あんたを馬鹿にしに来たんじゃない。あんたの腕を見込んで、頼みに来たんだ」


俺は、設計図を彼に差し出した。


「ここに描かれているのは、今の鍬よりも、三倍は深く、そして半分の力で土を耕せる、革命的な農具だ。あんたの腕なら、きっと作れるはずだ。……どうだ、ゴード-ン。俺と、この辺境の農業の歴史を、変えてみる気はないか?」


ゴードンは、俺が差し出す設計図と、俺の顔を、呆然と見比べていた。


彼の、職人としてのプライドが、目の前の小さな少年がもたらした、未知の挑戦状を前に、激しく、激しく揺さぶられていた。




【読者へのメッセージ】

第三十八話、お読みいただきありがとうございました!

校閲者様からのご指摘を受け、ルークスの知識の根拠をより具体的に、そしてクライマックスシーンの描写をより劇的に修正いたしました。彼の分析力が頑固な職人の心を揺さぶる瞬間、その緊張感がより強く伝わっていれば幸いです。

「知識の裏付け、説得力が増した!」「ゴードンとの対決、熱い!」など、皆さんの感想や応援が、ゴードンの心を動かす槌音となります。下の評価(☆)やブックマークも、ぜひよろしくお願いいたします!

ついに提示された、革命的な農具の設計図。頑固な職人ゴードンのプライドは、この挑戦状を受け取るのか?辺境伯領の農業革命が、今、一つの鍛冶工房から始まろうとしています。次回、どうぞお見逃しなく!

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