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ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります  作者: はぶさん


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第三十七話:発酵する想いと、街のざわめき


俺の実験農場に、異臭を放つ『宝の山』が築かれてから、二週間ほどの時が流れた。


ランドールの街は、冬の厳しさが最も深まる季節を迎えていた。空は鉛色に閉ざされ、石畳の道は凍てつき、人々は分厚い外套の襟を立て、足早に家路へと急ぐ。


だが、高い城壁に囲まれた俺の農場だけは、そんな外の世界の厳しさとは無縁だった。ひまわりの苗は、あの日の小さな双葉が嘘のように、力強く成長していた。本葉は手のひらほどの大きさに広がり、その瑞々しい緑色は、日に日にその濃さを増している。その生命力溢れる姿は、この凍てついた街にあって、唯一季節を先取りした、希望の象徴のようだった。


そして、その希望を支える源こそ、農場の隅で静かに眠る、あの堆肥の山だった。


「ルークスさん、本当に温かいですわね!」


今日も、鍬で堆肥の山を切り返す俺の隣で、エレナ様が驚きの声を上げる。切り返された山の断面からは、ほわりと白い湯気が立ち上っていた。外気温は氷点下に近いというのに、この山の内部は、まるで生きているかのように、確かな熱を発しているのだ。


「はい。土の中にいる小さな生き物たちが、一生懸命パーティーをしている証拠です。この熱が、野菜くずやお馬さんの糞を、最高のご馳走に変えてくれるんです」

「まあ、素敵!わたくしも、パーティーのお手伝いをさせてくださいませ!」


彼女はそう言うと、自分用に用意された小さな鋤を手に取り、俺の真似をしながら、一生懸命に山を切り返そうとする。もちろん、そのか細い腕では大した仕事にはならない。だが、その額に浮かぶ汗と、泥だらけの頬で浮かべる満面の笑みは、彼女が今、心の底から「生きる力」に触れる喜びを感じていることを、何よりも雄弁に物語っていた。


「エレナお嬢様!その異臭は、お体に障ります!どうか、そのような汚れ仕事は、下々の者に……!」


後方でセバスチャンが悲鳴を上げているが、もはや俺たちの耳には届いていない。その光景を、農場の入り口で警護にあたるギデオンが、鉄仮面のような表情のまま、静かに見守っている。彼の足元では、すっかり大きくなったフェンが、欠伸をしながら日向ぼっこをしていた。


穏やかで、満ち足りた時間。この二週間で、俺たちの関係は、確実に変化していた。


エレナ様は、もはや単なる「弟子」ではなかった。彼女は、俺の知識をただ受け取るだけでなく、自ら考え、質問し、時には俺も気づかなかったような、植物の小さな変化を発見する、最高の「研究パートナー」となっていた。


ギデオンも、ただの見張り役ではなかった。俺が重い荷物を運んでいると、何も言わずにすっと手を貸してくれる。フェンが彼の足元に擦り寄っても、もう追い払うことはなく、時折、その武骨な指で、不器用に黒い毛皮を撫でている姿を見かけるようになった。


そして、セバスチャン。彼は相変わらず気苦労が絶えないようだったが、俺を見るその目から、当初の侮蔑の色は完全に消えていた。何より敬愛するエレナお嬢様が、心の底から笑っている。その事実の前では、農民の少年に対する個人的な感情など、些細な問題だった。お嬢様の笑顔を守ること、それこそが彼の至上の務めなのだ。彼が淹れてくれる紅茶が、日に日に美味しくなっているのは、きっと気のせいではないだろう。


この実験農場は、もはやただの畑ではない。身分も、育ちも違う俺たちが、土を通じて心を繋げる、一つの大きな「家族」の食卓のような場所になりつつあった。



そんな穏やかな午後。俺たちの静かな城に、嵐のような訪問者が、再び姿を現した。


「ルークス君!大変なことになったよ!」


扉を蹴破らんばかりの勢いで農場に駆け込んできたのは、行商人のクラウスだった。その顔は、興奮と焦りが入り混じった、何とも言えない表情をしていた。


「クラウスさん?どうしたんですか、そんなに慌てて」

「どうしたもこうしたもないさ!君が、君がこの街に火をつけたんだ!」


訳が分からず首を傾げる俺に、クラウスは矢継ぎ早にまくし立てた。


彼が言うには、あの日、彼が辺境伯に献上した冬野菜と『奇跡のプリン』は、城内で、まさに革命的な衝撃をもたらしたらしい。


「辺境伯様は、家臣たちを集めた晩餐会で、君の野菜を振る舞われたそうだ。真冬に、採れたてのトマトの味を知った貴族の方々が、どんな顔をしたか、想像がつくかい?最初は毒を疑い、次に魔法を疑い、そして最後には、そのあまりの美味さに、皆、言葉を失ったそうだ!」


クラウスは、まるで見てきたかのように、身振り手振りを交えて熱弁する。


「そして、極めつけはプリンだ!特に、辺境伯夫人が、いたくお気に召されたらしくてね。『この世に、これほど人を幸せにする菓子があったとは』と、涙を流して喜ばれたそうだ!今や、城の料理人たちは、どうにかしてあの味を再現しようと、毎日、卵と乳を山のように無駄にしているらしいよ!」


その光景を想像し、俺は思わず苦笑した。俺のささやかなお菓子が、そんな大騒動を巻き起こしているとは。


だが、クラウスの話は、それだけでは終わらなかった。


「問題は、その噂が、城の外にまで漏れ出したことさ。今、このランドールの腕利きの料理人たちの間で、君の名前は、一種の伝説になりつつある。『リーフ村の救世主』、『冬に夏を呼ぶ少年』、果ては『神の舌を持つ料理人』だなんて、尾ひれがついてね!」


その、あまりにも大袈裟な二つ名に、俺は頭が痛くなってきた。俺が望んでいるのは、静かなスローライフだ。これ以上の注目は、前世でうんざりするほど味わった、他人の都合で利用され、搾取されるだけの人生の再来を意味する。そんな面倒は、ごめんだった。


「勘弁してくださいよ……。俺は、ただの農民ですって」


俺がうんざりしたように言うと、クラウスは「いやいや、もう手遅れだよ」と、楽しそうに笑った。


「君のこの『実験農場』のことも、すでに街では噂になっている。辺境伯様直々のお墨付きを得た、謎の天才少年が、ここでまた何かとんでもない奇跡を起こそうとしている、ってね。毎日、何人もの人間が、この扉の前をうろついては、中の様子を窺っているそうだよ」


その言葉に、俺は農場の入り口に立つギデオンを見た。彼は、俺の視線に気づくと、わずかに頷いてみせた。どうやら、クラウスの言うことは、事実らしい。


俺は、深く、深いため息をついた。俺が望むと望まざるとにかかわらず、俺の存在は、この街の中で、無視できないほどの大きなものになりつつある。それは、俺が望んだスローライフとは、真逆の方向だった。


俺が、自分の行動が生み出した予想外の結果に、戸惑い、俯いていると。


「……わたくしは、素晴らしいことだと思いますわ」


静かな、しかし凛とした声がした。エレナ様だった。


彼女は、俺の前に立つと、その澄んだ青い瞳で、真っ直ぐに俺を見つめて言った。


「ルークスさんの作るものは、人を幸せにします。わたくしの雪中花がそうであったように。あなたの野菜やプリンが、お母様や、城の人々を笑顔にしたように。……その幸せが、もっとたくさんの人に広まっていくのは、とても、とても素敵なことではありませんか?」


その、一点の曇りもない、純粋な言葉。


それは、スローライフという小さな夢に固執し、視野が狭くなっていた俺の心を、優しく、しかし確かに、揺さぶった。


そうだ。俺は、いつから、自分のことばかり考えるようになっていた?俺の力の源は、いつだって、「誰かを笑顔にしたい」という、純粋な願いだったはずだ。家族を、村を、そして、目の前のこの少女を。


その輪が、少しだけ、大きくなる。ただ、それだけのことじゃないか。


「……そう、ですね」


俺は、顔を上げ、彼女に微笑み返した。


「そうかもしれません」


俺の迷いが晴れたのを見て取ると、クラウスは、待ってましたとばかりに、にやりと商人の顔で笑った。


「そうと決まれば、話は早い!実は、君に、とっておきの儲け話があるんだがね……!」


彼が、身を乗り出してそう言った、まさにその時。


「グルルルル……!」


俺の足元で、それまで大人しくしていたフェンが、クラウスに向かって、鋭い牙を剥き出し、威嚇の唸り声を上げた。その金色の瞳が、「俺のご主人様に、余計なことを吹き込むな」と、雄弁に語っていた。


「お、おいおい!冗談だよ、冗談!」


突然の威嚇に、クラウスは慌てて両手を上げた。その、あまりにも対照的な二人の姿に、俺とエレナ様は、思わず顔を見合わせて、声を立てて笑い出した。


冬の実験農場に響く、明るい笑い声。


それは、これから始まる、新たな物語の、賑やかなプロローグのようだった。




【読者へのメッセージ】

第三十七話、お読みいただきありがとうございました!

今回は、堆肥作りという地道な日常と、城壁の外で巻き起こるルークス伝説(?)のギャップを描いてみました。穏やかな時間の中で、キャラクターたちの絆が少しずつ深まっていく様子に、温かい気持ちになっていただけましたでしょうか。

「エレナ様、マジ天使!」「セバスチャンの気苦労に同情する(笑)」「フェンの威嚇、グッジョブ!」など、皆さんの感想や応援が、この農場をさらに豊かにしていきます。下の評価(☆)やブックマークも、ぜひよろしくお願いいたします!

ついに街中を巻き込む存在となり始めたルークス。彼の「人を幸せにする力」は、次にどんな奇跡を生み出すのか。そして、クラウスが持ち込もうとした「儲け話」とは…?物語はゆっくりと、しかし確実に、その根を広げていきます。次回も、どうぞお楽しみに!

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