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ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります  作者: はぶさん


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第三十四話:存在しない種と、300ポイントの太陽

城壁都市ランドールに、俺だけの『実験農場』という名の城が与えられてから、数日が過ぎた。


俺の新しい日常は、土作りから始まった。最高の土地を与えられたからといって、手を抜くわけにはいかない。俺は、まず畑全体を深く、深く耕し、硬くなった土に空気を含ませていく。前世のブラック企業で、連日の徹夜作業で培った無尽蔵の体力と、単調な作業を黙々とこなす精神力が、今、この異世界で最も平和な形で活かされていた。


「ルークスさん!おはようございます!」


今日も、朝一番に元気な声と共に、俺の城の扉が開かれた。エレナ様だ。彼女は、あの日以来、本当に毎日、執事のセバスチャンを伴ってこの農場にやってくるのが日課となっていた。


「おはようございます、エレナ様」

「もう、『様』付けはよしにしてくださいませ。わたくしは、あなたの最初の弟子なのですから」


彼女はそう言って、頬を少しだけ赤らめる。その手には、すっかり元気を取り戻した雪中花の鉢が、大事そうに抱えられていた。この農場の一角に、彼女専用の小さな花壇を作るのが、最近の彼女の楽しみの一つだった。


「それで、ルークスさん。今日は、何をすればよろしいですか?」


目をキラキラさせて尋ねてくる彼女に、俺は少しだけ困ったように笑った。彼女が着ているのは、今日も今日とて、刺繍の美しい上質な絹のドレスだ。


「ええと……じゃあ、そこの石を拾って、畑の隅に集めてもらえますか?」

「石拾い、ですのね!お任せください!」


彼女は、心得たとばかりに頷くと、小さな籠を手に、畑の中の石を拾い始めた。その姿は、貴族の令嬢というよりも、初めてのお手伝いに胸を躍らせる、無邪気な少女そのものだった。


「エレナお嬢様、そのようなことを……。手の皮が剥けてしまいますぞ!」


セバスチャンが悲鳴に近い声を上げるが、当の本人は全く気にする様子もない。その光景を、農場の入り口で警護にあたっているギデオンが、鉄仮面のような表情のまま、静かに見守っていた。腕の中から解放されたフェンは、そんな三人の間を、嬉々として走り回っている。


穏やかで、温かい時間。俺は、この日常が一日でも長く続くことを、心の底から願っていた。



だが、俺たちの最初の計画は、早々に暗礁に乗り上げることになった。


「ひまわりの、種?」


ランドールの市場で、最も品揃えが良いと評判の種物屋の店主は、俺の質問に、不思議そうに首を傾げた。


「すまねえな、坊主。そんな名前の花は、聞いたこともねえよ」


一軒だけではない。俺は、丸一日かけて、街中の種物屋、薬草屋、果ては行商人のクラウスの店まで訪ね歩いた。だが、答えはどこも同じだった。


「ひまわり?南の方の国には、そういう太陽みたいな花が咲くって話は聞いたことがあるが……。すくなくとも、この辺境伯領で、その種を扱ってる物好きはいないねぇ」


クラウスの言葉が、全てを物語っていた。そうだ。ひまわりは、本来、暖かい地方の植物だ。雪が降るこの寒冷な辺境の地で、栽培しようと考える者など、これまで一人もいなかったのだ。前例がなければ、種が流通しているはずもなかった。


「……そう、でしたか」


城へ戻る道すがら、隣を歩くエレナ様の肩が、がっくりと落ちているのが分かった。彼女も、俺のために城の書庫を調べてくれたらしいが、やはり「ひまわり」に関する記述は、一冊も見つけられなかったという。


「ごめんなさい、ルークスさん。わたくし、お役に立てなくて……」

「いえ、そんなことは……」


彼女の純粋な善意が、逆に俺の胸を締め付ける。俺は、自分の知識がこの世界の常識からいかにかけ離れているかを、改めて痛感していた。そして、安易に「ひまわりを作る」などと、彼女に夢を語ってしまったことを、少しだけ後悔した。


その夜、俺は実験農場の小さな小屋のベッドの上で、一人、頭を抱えていた。


(どうする……。種がなければ、何も始まらない)


辺境伯に頼んで、南の国から取り寄せてもらう?いや、それには何か月かかるか分からない。その頃には、とっくに種まきの時期を逃してしまう。


(……使うしか、ないのか)


俺は、意を決して、意識を集中させた。目の前に、半透明のウィンドウがふわりと浮かび上がる。


天の恵み(ヘブンズ・ギフト)ポイントシステム。


正直なところ、あまり使いたくはなかった。この力は、あまりにも万能すぎる。これに頼りすぎれば、俺は、自分の頭で考え、自分の手で道を切り開くことを、やめてしまうかもしれない。前世で、無機質な数字を追いかけることに没頭するあまり、本当に大切なものから目を背けていた、あの虚しい日々の二の舞になるのだけは、ごめんだった。

だが、今は他に、手段がない。


俺は、アイテムリストを開き、心のなかで強く念じた。


(……ひまわりの種!)


すると、膨大なアイテムリストの中から、一つの項目が、淡い光を放ってポップアップした。


【ひまわりの種(品種:ロシアン・ジャイアント)】

【特徴:極めて強健で、寒冷地での栽培にも適した品種。人の背丈を優に超えるほど大きく育ち、巨大な花を咲かせる。種からは高品質な油が採れる。】

【必要ポイント:300 pt】


「……あった」


俺は、安堵のため息を漏らした。雪中花の一件で手に入れた500ptがある。これなら、余裕で交換できる。


(ロシアン・ジャイアント……。ロシアの巨人、か。前世の品種改良された種だな)


異世界のポイントシステムが、なぜ地球の、それも特定の国の品種名を知っているのか。その根源的な謎に、一瞬だけ思考が引きずられそうになる。だが、俺は首を振って、その思考を追い出した。今は、目の前の問題を解決することが最優先だ。


俺は、躊躇いを振り払うように、【交換】のボタンを、強く念じた。


【300ptを消費し、『ひまわりの種(品種:ロシアン・ジャイアント)』を取得しました。】

【現在の所持ポイント:200 pt】


俺の手の中に、ふわりと、小さな革袋が現れた。中には、白と黒の縞模様をした、見慣れた形の種が、数十粒、入っている。


その、確かな重みを手のひらに感じながら、俺は、明日、エレナ様にどう説明するか、頭の中で言い訳のシミュレーションを開始していた。



翌朝。俺は、エレナ様と、そしてなぜかいつもより厳しい顔つきのセバスチャンを前に、一つの古びた革袋を、おもむろに取り出して見せた。


「エレナ様。探していたものが、見つかりました」

「まあ!これが、ひまわりの種ですの!?」


エレナ様が、歓声を上げる。俺は、さも当然であるかのように、頷いてみせた。


「これは、昔、旅の薬師さんから、お守りだと言って持たされていたものなんです。その人が言うには、『この種は、とても気難しくて、最高に居心地の良い土の上じゃないと、決して芽を出さない』って。だから、今までずっと、この種にふさわしい場所を探していたんです」


我ながら、完璧なストーリーだった。これで、なぜ今までこの種を出さなかったのか、そして、なぜこの最高の土壌を持つ実験農場でなければならなかったのか、その両方の疑問に、完璧な答えを提示できる。


案の定、エレナ様は「まあ、素敵!運命ですわね!」と、純粋に感動していた。


だが、セバスチャンだけは、まだ疑いの目を向けている。


「……ルークスとやら。その話、まことか?昨日は、街中を探し回っても見つからなかったものが、そう都合よく、今になって見つかるとは……」

「ええ、まことですよ」


俺が、一点の曇りもない瞳(を意識して)でそう答えると、セバスチャンは「ふん」と鼻を鳴らしたが、それ以上追及することはなかった。令嬢が信じ切っている以上、彼にはどうすることもできないのだろう。


こうして、俺たちは、ついに最初の種まきの日を迎えた。


俺は、エレナ様に、種の蒔き方を、一から丁寧に教えた。人差し指の第一関節くらいの深さに穴を掘ること。種のとがった方を、下に向けて植えること。そして、土のお布団を、優しくかけてあげること。


「こう、ですの?」

「はい、お上手です」


エレナ様は、高価なドレスの裾が汚れるのも全く意に介さず、土の上に膝をつき、夢中になって種を蒔いていく。その横顔は、真剣そのものだった。彼女は、ただの遊びで、これをやっているのではない。新しいことを学び、自分の手で何かを生み出すという、純粋な喜びに、満ち溢れていた。


その光景を、セバスチャンは、もはや諦めたように、しかしどこか誇らしげな、複雑な表情で見守っていた。


全ての種を蒔き終え、俺たちがじょうろで優しく水をやっていると、農場の入り口で見張りをしていたギデオンが、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。その鉄仮面のような表情は相変わらずだったが、その目は、楽しそうに土に触れる令嬢と、それを穏やかに見守る俺の姿を、どこか眩しいものを見るかのように、ほんの少しだけ細められているように見えた。

そして、俺たちの前に立つと、無言のまま、一つのものを、そっと差し出してきた。


それは、彼がどこかで見つけてきたのだろう、木の枝を無骨に組んだだけの、粗末な柵だった。


「……猪や、鹿が入ってくるかもしれん。気休めだが、ないよりはマシだろう」


ぶっきらぼうな口調。だが、その行動に込められた、不器用な優しさが、俺の胸にじんわりと染みた。


「……ありがとうございます、ギデオンさん」


俺がそう言って頭を下げると、彼は「ふん」とだけ言って、再び持ち場へと戻っていった。


小さな実験農場に、未来への種は、確かに蒔かれた。


貴族の令嬢と、執事と、寡黙な騎士。そして、辺境の農民の少年と、黒い子犬。


その、あまりにも不釣り合いな仲間たちによって育まれる太陽の花が、やがて、この凍てついた辺境の地に、どんな温かい光をもたらすのか。


その答えを、今はまだ、誰も知らなかった。



【読者へのメッセージ】

第三十四話、お読みいただきありがとうございました!

存在しない種を、ポイントと知恵で乗り切るルークスの姿、そして、少しずつ彼に影響されていくエレナ様やギデオンとの交流、楽しんでいただけましたでしょうか。

「ルークスの言い訳、完璧(笑)」「エレナ様の弟子っぷりが可愛い!」「ギデオンさん、ツンデレ!」など、皆さんの感想や応援が、蒔かれたひまわりの種に芽吹く力を与えます。下の評価(☆)やブックマークも、ぜひよろしくお願いいたします!

ついに蒔かれた、ひまわりの種。異世界の土で、前世の植物は育つのか?そして、この農場での日常は、彼らにどんな変化をもたらすのか。次回、小さな芽生えの物語。どうぞお楽しみに!

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