第二百七十八話:熱砂の巨大猪(サンド・ベヒモス)。極炎スパイスと超特大BBQ串焼き
ズシン……! ズシン……! ズドォォォォンッ!!
灼熱の大砂漠。
『神話級・絶対冷却シャツ』のおかげで快適な室温を保っている俺たちの前に、陽炎がぐにゃぐにゃと景色を歪ませる砂丘の向こうから、地響きと共に「それ」は姿を現した。
巨大な建物を思わせる圧倒的な質量。
体長は優に15メートルを超え、全身が周囲の岩山と同じ赤茶色の、分厚く強靭な岩の甲殻で覆われている。歩くたびに、纏っている熱砂が滝のように崩れ落ちる。
だが、その岩の装甲の隙間から覗くのは、紛れもなく獰猛な四足歩行の獣のシルエット。そして、口元から反り返るように天へ向かって突き出した、二本の巨大な牙だ。
【鑑定結果】
【対象:砂漠の巨豚】
【状態:極度の空腹・凶暴化】
【肉質:岩の装甲の下に、極上の脂を蓄えた特上豚肉(UR)】
【危険度:災害級(街を一つ容易く蹂躙する)】
「ブゴォォォォォォッ!!!」
サンド・ベヒモスは俺たちという「餌」を認識するや否や、岩の装甲を擦れ合わせて火花を散らしながら、猛烈な勢いで砂煙を上げて突進してきた。
その迫力たるや、まさに暴走するダンプカーの群れ。いや、意思を持った移動要塞だ。
「ひぃぃぃっ! ルークス君! あんな岩の塊みたいな化け物、どうやって倒すのだ!? キャンピングカーの装甲でも、あの突進をまともに受ければ無事では済まんぞ!」
「ガリウス所長、あれがただの岩の塊に見えるんですか? ちゃんと俺の共有した鑑定結果の『肉質』の項目を読みましたか?」
俺は『真・アダマンタイトの鍬』を肩に担ぎ、口の周りをビチャビチャにしながら歓喜の笑みを浮かべていた。
恐怖など微塵もない。俺の瞳孔は完全に開き、食欲という名のアドレナリンが全身を駆け巡っている。
「あれは……豚肉だぞ!!」
「は……?」
「過酷な砂漠を生き抜くために、分厚い岩の鎧の下に極上の脂をこれでもかと蓄え込んだ、天然の超特大イベリコ豚だ! しかも豚肉の脂の甘みは、さっき手に入れた『極炎唐辛子』の激辛スパイスと、全魔獣の中でナンバーワンの相性を誇るんだよ!!」
俺の脳内では、すでにあの巨大な岩の塊が、こんがりと焼けたジューシーな豚バラ肉の串焼きに変換されていた。
想像してほしい。分厚い豚バラ肉から滴る甘い脂。そこに絡みつく、痛いほど辛いスパイスの刺激。
「行くぞフェン! 極炎スパイスの最高の相棒を仕留めるぞ!」
「ガウッ! 豚肉か! ならば我の胃袋の準備は万端だ! どう料理するつもりだ!?」
「いいか、装甲の上から力任せに叩き潰すと、中の極上バラ肉が内出血で痛む! フェン、風魔法であいつの突進のベクトルをいなして、柔らかい脇腹を上に向けさせろ!」
俺とフェンは、災害級モンスターの突進を前にして、完全に「厨房の仕込み」のテンションになっていた。
日常と非日常の境界線など、俺たちの食欲の前では無意味だ。
「承知! 風よ、猪口才な豚をひっくり返せ! 『大竜巻・横滑り』!!」
フェンが放った強烈な局地的大竜巻が、突進してくるサンド・ベヒモスの足元の砂を大きくえぐり取り、その巨体を横方向へと強引に押し流した。
ズザザザザァッ!!
バランスを崩した巨豚が、砂丘の斜面で無防備な腹部(岩の装甲が薄い部分)を天に晒す。
「そこだっ!!」
俺は『絶対冷却シャツ』の快適さに物を言わせ、灼熱の砂を蹴って十メートル以上も高く跳躍した。
狙うは、首の付け根からバラ肉へと至る急所。肉の繊維を傷つけず、一撃で絶命させる「血抜き」の黄金ポイント。農民が家畜を屠る時の、最も慈悲深く、そして肉を美味く保つための一撃だ。
「農業スキル奥義・『大地の解体新書・一刀両断』!!」
俺の振り下ろしたアダマンタイトの鍬が、重力を味方につけ、サンド・ベヒモスの急所を正確無比に貫いた。
刃は岩の隙間をすり抜け、硬い筋肉の繊維をスッと裂き、命の根源を断つ。
ブヒィィィィンッ……!
短い断末魔と共に、巨大な魔獣は光の粒子となって浄化され、後には山のようなどデカい【特上・砂漠巨豚のバラ肉ブロック】と【特上・肩ロースブロック】がドロップアイテムとして残された。
「よしっ! 極上の豚肉、収穫だ!」
俺は着地と同時にガッツポーズを決めた。
目の前には、キャンピングカー並みに巨大な肉の塊。
美しい桜色の赤身に、雪のように真っ白で分厚い脂身が、芸術的な層を描いている。常温の砂漠の熱気だけで、すでに極上の脂がとろけ出し、甘い香りを漂わせていた。
「さあ! 肉は手に入った! あとは最高の環境で焼くだけだ!」
「ル、ルークス君……君たちは、魔獣討伐を完全にバーベキューの買い出しとしか思っていないね……。世界の危機はどうしたのだ……」
呆れ顔のガリウス所長を無視して、俺はシステムウィンドウを勢いよく開いた。
「ただの焚き火じゃあ、この極厚の肉の中まで均等に火を通すのは難しい。直火だと外が焦げて中が生焼けになっちまう。BBQには最高の機材が必要だ!」
俺は迷わずポイントショップの「アウトドア・調理器具」カテゴリを検索し、目当ての品をカートに放り込んだ。
【神話級・自動回転式グリル&ミスリル極太串セット(火力自動調整魔石付き)】
【価格:50,000pt】
5万ポイント。普通の冒険者が一生かかっても稼げない大金だが、俺の感覚は完全に麻痺していた。
(なに、この肉を最高の状態で味わうための投資だ。美味いものを食って英気を養えば、次の狩りの効率も上がる。つまり実質無料だ!)
自己正当化のロジックを光の速さで回し、購入ボタンをタップする。
チャリンッ♪
(灼熱の砂漠に響き渡る、涼しげで残酷な決済音)
光の粒子が収束し、キャンピングカーの傍らに、頑丈な黒鋼のスタンドと、大人がぶら下がっても曲がらないミスリル製の極太串、そして魔力で火力を完全制御する超大型グリルが出現した。
「さあ、調理開始だ! マリアさん、エレナ様、手伝ってくれ!」
俺は、スイカほどもある巨大なサイズにバラ肉と肩ロースをサイコロ状に切り分けていく。
その間に、マリアさんが先ほど収穫したばかりの【極炎唐辛子】をすり鉢に入れ、岩塩、ニンニク、数種類のハーブと共にゴリゴリとすり潰し始めた。
――フワァァァッ。
すり潰された極炎唐辛子から、目が痛くなるほどの刺激臭と、それを上回る圧倒的な旨味の香りが立ち昇る。
俺はその「特製激辛ルビースパイス」を、切り分けた巨大な豚肉のブロックに、これでもかとたっぷりと、表面が真っ赤に染まるまで手で直接揉み込んでいった。
「うおおお……スパイスを揉み込んでいるだけで、匂いで毛穴が開いて汗が出てくるぞ……!(冷却シャツ着てるのに!)」
「主よ、早く! 早く焼いてくれ! 我の胃袋が暴動を起こしそうだ!」
スパイスで真っ赤に染まった肉の塊を、ミスリルの極太串に隙間なく刺していく。
そして、それを神話級のグリルにセットした。
スイッチを入れると、グリル下部の魔石が真っ赤に熱を帯び、串がゆっくりと自動回転を始める。
砂漠の強烈な太陽光と、グリルの超高温。上下からのダブル加熱だ。
ジュウウウウウゥゥゥゥッ……!!!
肉の表面が焼ける音が、砂漠の静寂を切り裂いた。
サンド・ベヒモスの極上の脂が溶け出し、スパイスの層を突き破って、グリルの熱源へとポタポタと滴り落ちる。
ジュワァァァァァッ!!!
ボウッ!!
脂が弾け、炎が舞い上がる。
その瞬間、暴力的なまでの「焦げた肉の脂の甘い匂い」と、極炎スパイスが熱せられて放つ「むせ返るような刺激的かつ芳醇な香り」が混ざり合い、核爆発クラスの飯テロ臭となって周囲を包み込んだ。
メイラード反応の極致。焼けた肉とスパイスの香りが、理性を根こそぎ奪い去っていく。
「あ、あかん……これはあかんですわ……。香気だけで、理性が飛んでしまいそうです……。お腹が……鳴り止みませんの……!」
「お肉が……お肉がキラキラ光って、汗をかいてるみたいだよ!」
エレナ様がフラフラとグリルに引き寄せられ、マキナが目を輝かせる。
表面のスパイスがこんがりと焦げ、分厚い赤身の中にじっくりと火が通り、脂身は半透明の琥珀色へと変化していく。
「よし……焼き上がりだ! 『熱砂の巨豚・極炎スパイス超特大BBQ串』、完成!!」
俺はグリルから熱々の串を外し、ドーン!と巨大な大皿に乗せた。
肉の表面では、まだ脂がパチパチとはぜている。
「熱いうちに食うぞ! いただきます!」
俺は、スイカサイズの肉塊の一つに両手で掴みかかり、そのまま豪快にかぶりついた。
……ガブリッ!!
ブチュワァァァァァッ!!!!
噛みちぎった瞬間。
弾力のある肉を突き破り、ベヒモスの濃厚で、狂おしいほどに甘い脂(肉汁)が、口の端からドバドバと溢れ出した。
「うまっ! なんだこの甘い脂は!?」と感じた、そのコンマ1秒後。
――ドガガガガァァァァァンッ!!!!
口の中に、落雷が落ちた。
極炎スパイスの、痛覚を直接殴りつけるような激辛の熱波。
舌が痺れ、喉が燃える。
辛い! 痛い! 口の中が火事だ!!
だが、その強烈な刺激の直後、再び肉の暴力的な旨味と脂の甘みが押し寄せ、燃え盛る辛味を優しく、そして濃厚に包み込んで中和していく。
「辛いっ!! 痛いっ!! ……なのに、クソ美味いぃぃぃぃッ!!!」
俺は砂漠のど真ん中で絶叫した。
汗が吹き出し、息が荒くなる。でも、次の一口が、どうしても止まらない。
辛味が食欲に火をつけ、脂の甘みがその火に油を注ぐ。
激辛と極上の脂の、終わりのない無限ループだ。
「はふっ、はふっ! かれぇぇぇ! でもうめぇぇぇ! 脂が甘いぃぃぃ!」
「ガツガツガツ! 口から火が出そうだが、この肉の旨さは神の領域だ!」
ガリウス所長もフェンも、涙と鼻水を流しながら、一心不乱に肉に食らいついている。
口の中が熱狂の坩堝と化した、その時。
「ルークス様! 皆様! こちらを!」
マリアさんが、キャンピングカーの冷蔵庫から出してきたジョッキを配ってくれた。
中には、氷がたっぷりと入った、キンキンに冷えた麦茶(俺と所長にはエール)だ。
俺はそれをひったくり、火事になった口内へと一気に流し込んだ。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……!
プハァァァァァァァァァッ!!!!!
――整った。
氷のように冷たい液体が、燃える喉を滑り落ちていく。
極限まで熱せられたサウナから、極寒の水風呂へと飛び込んだような、究極の温度差がもたらすカタルシス。
毛穴が開いて噴き出した汗がスッと引き、絶対冷却シャツの冷感が心地よく肌を撫でる。
頭の奥がジンジンと痺れ、多幸感(βエンドルフィン)が全身を駆け巡った。
「最高だ……。この極炎BBQからのキンキンに冷えたエール……悪魔的すぎる」
辛い。美味い。冷たい。気持ちいい。
俺たちは無言で、狂ったように肉を喰らい、冷たい飲み物を流し込み続けた。
◇
数時間後。
超特大のBBQ串を全て平らげ、キャンピングカーの冷房の効いた車内で、俺たちは全員、腹を出して床に転がっていた。
完全燃焼。多幸感の極み。
「食った……。もう何も入らねえ……。砂漠、最高だったな……」
俺がポツリと呟いた、その時だった。
フェンが、むくりと顔を上げ、窓の外――先ほどサンド・ベヒモスが突進してきた砂丘の向こう側をジッと見つめた。
「主よ。……あそこを見ろ」
俺は重い体を起こし、窓の外を見た。
そこには、ベヒモスが突進の勢いで掘り返した、巨大なクレーターのような地形が広がっていた。
そして、そのクレーターの中心。
巨大なアリジゴクの巣のように、砂漠の砂が不気味に、そしてゆっくりと、すり鉢状に渦を巻いて地中へと吸い込まれていた。
その中心からは、禍々しく黒く脈打つ、強烈な「マナの澱み」が立ち昇っている。
「……なるほどな」
俺はニヤリと笑い、膨れたお腹をポンと叩いた。
「どうやら、この砂漠を枯らしている本命の『大地の澱み』は、あの流砂の底みたいだな」
「また行くのかルークス君!? 今しがた満腹になったばかりだろう!」
「何言ってるんですか所長。極上BBQを食ったんだ。……これくらい、ちょうどいい『腹ごなし(食後の運動)』ですよ」
俺は『真・アダマンタイトの鍬』を手に取り、立ち上がった。
スパイスは味わい尽くした。次なる地下には、一体どんな神話級の「メインディッシュ」が隠されているのか。
最強農民の飽くなき食欲は、地獄の流砂の底へと向けられていた。
【読者へのメッセージ】
第二百七十八話、いかがでしたでしょうか。
「極炎スパイス」と「サンド・ベヒモスの極上の脂」が織りなす、暴力的なまでのBBQ回!
肉の焼ける音、滴る脂、そして口から火を噴くような辛さと、キンキンに冷えた飲み物で「整う」究極のサウナ的快感。深夜に読んではいけない、本作屈指の飯テロを目指して全力で描写しました。
「魔獣討伐」を完全に「買い出しと調理」としてしか認識していないルークスのブレなさも健在ですね。
さて、最高のBBQを堪能した一行の前に現れた、不気味な流砂の渦。
この砂漠を枯らす「澱み」の正体とは? そして次なる食材(?)とは?
次回、流砂の底へと向かう「腹ごなし」のダンジョン探索にご期待ください! ブックマークと評価もよろしくお願いいたします!




