第二百七十一話:新たなる開拓地は絶対零度。凍てつく北の大陸と、氷温熟成の誘惑
空の旅からリーフ村へと帰還し、村人たちとの大宴会(マグロとトウモロコシと綿飴の狂宴)を終えてから数日が過ぎた。
村はすっかりいつもの平穏で牧歌的な日常を取り戻し、俺、ルークス・グルトもまた、一人の農民としてのルーティンワークに戻っていた。
「……ダメか。やっぱり芽が出ないな」
秋風が吹き始めた村の畑の隅。
俺はしゃがみ込み、土を軽く掘り返して、小さくため息をついた。
そこに埋まっていたのは、天空の浮島から持ち帰った【天空トウモロコシ(スカイ・コーン)】の種だ。
あの弾けるような甘さと、雷を纏う刺激的な味わい。あれを地上でも栽培できれば、俺のポイ活農業はさらに盤石なものになるはずだった。俺のチートスキルである『絶対耕作』をもってすれば、どんな種でも発芽させられるという絶対の自信があった。
だが、現実は非情だった。
種は腐ってはいないものの、一向に発芽の兆しを見せない。完全に休眠状態に入ってしまっている。
「どうした、主よ。あの美味い『雷の豆』はまだ食えんのか?」
「ああ。どうやら、この地上の土と環境じゃあ、アイツらは目覚めないらしい」
隣で退屈そうにあくびをしているフェンに、俺は首を横に振った。
ガリウス所長の見解によれば、天空トウモロコシが発芽・成長するためには、浮島特有の「高濃度のマナを含んだ希薄な大気」と「遮るもののない強烈な紫外線」、そして何より「雲海から供給される特殊な水分」が不可欠なのだという。
要するに、標高ゼロメートル地帯の普通の畑では、条件が全く合わないのだ。ビニールハウスや土壌改良でどうにかなるレベルの環境差ではない。
「美味いものを食うには、やっぱりそれ相応の環境が必要ってことだな。……まあいい。今年は地上で採れるサツマイモでも焼いて、のんびり過ごすとしよう」
俺は立ち上がり、パンパンと膝の土を払った。
季節は晩秋。朝夕はめっきり冷え込むようになり、冬の足音が聞こえ始めている。
俺は屋敷のリビングに特注の『魔導コタツ(ポイントショップで購入したヒーターユニットを組み込んだ自信作)』を設置し、その上でミカンによく似た甘酸っぱい果実『オレンジベリー』を剥きながら、来るべき冬の引きこもり生活を満喫する準備を万端に整えていた。
「ルークスくぅぅぅん!! 大変だ!!」
その時。
屋敷のドアがバンッ!と勢いよく開き、ガリウス所長が血相を変えて飛び込んできた。
その手には、天空の浮島で発見したあの古代のモノリスの拓本と、分厚い古文書の束が握られている。
「どうしたんですか所長。そんなに慌てて。コタツの熱が逃げるんで、早くドアを閉めてください」
「コタツなどに入っている場合ではない! 解読できたのだ! あの石碑に刻まれていた、『大地の澱みを払い、海を清めよ』に続く、次なる浄化の地の座標が!」
ガリウス所長は、俺がコタツの上に広げていたミカンの皮を払い除け、バサッと古文書を広げた。
そして、興奮で震える指で、古地図のずっと上の方――大陸の北の果てを指し示した。
「次の『澱み(浄化目標)』は、ここだ! 遥か北方に位置する、一年中氷と雪に閉ざされた死の大地……『永久凍土の大陸』だ!!」
「……」
所長の悲壮な、しかしどこか使命感に燃えた宣言が、リビングに響き渡る。
エレナ様もマリアさんも、ゴクリと息を呑んだ。
だが。
俺の心は、微塵も動かなかった。
「……あー、なるほど。北の果て。永久凍土。絶対零度の死の大地、ですか」
「そうだ! 古代の邪悪な呪いが氷の下に封じられ、今まさに目覚めようとしているらしい! これを放置すれば、世界中が氷河期に突入してしまう大惨事になるぞ!」
「大変ですねぇ」
俺はそう生返事をすると、みかんを一つ口に放り込み、コタツの布団を肩口までギュッと引き上げた。
「ル、ルークス君……? なぜそんなに薄い反応なのだ? 君の力が必要なのだぞ!」
「絶対に行きません」
「なっ!?」
俺はきっぱりと、即座に、1ミリの迷いもなく断言した。
「俺は、寒いのがこの世で一番嫌いなんです」
前世の記憶が蘇る。
ブラック企業時代、暖房代をケチられた隙間風だらけのボロアパート。凍えるような指先でキーボードを叩き、カップラーメンの湯気だけが唯一の暖だったあの地獄の冬。
寒さは人間の尊厳を奪う。思考を停止させ、気力を削ぎ落とす。
「コタツでみかんを食う最高の季節に、わざわざ好き好んで極寒の北上をするバカがどこにいるんですか。俺は農民ですよ? 冬は土を休ませ、春の種まきに備えて英気を養うのが正しいサイクルってもんです」
「だ、だが、世界の危機が……!」
「世界を救うのは勇者の仕事です。俺の仕事は、美味い飯を食って寝ることです」
俺の完璧なロジックに、ガリウス所長は絶句した。
フェンも「まあ、主は寒がりだからな。我も暖かい部屋で寝ている方が好きだ」と、コタツの中で丸くなっている。
「そ、そんな……。せっかく、この大陸に眠る『幻の食材』の記述まで解読したというのに……」
ガリウス所長が、ガックリと肩を落として呟いた。
「……幻の食材?」
ピクッ。
俺の耳が、その単語を逃さずキャッチした。
コタツから、顔だけをヌッと出す。
「所長。今、なんと?」
「い、いや……古代の文献によれば、その永久凍土の大陸には、数百年前から全く腐敗せずに氷漬けになっている『氷温熟成肉』……おそらく古代のマンモスのような巨大獣の肉が眠っているという伝承があってな……」
「……ほう」
「それに、その過酷な寒さに耐え抜き、氷点下の中で極限まで糖度を増した『雪中キャベツの原種』が自生しているという記録も……。なんでも、そのキャベツはフルーツよりも甘く、肉は舌の上でとろけるような……」
バンッ!!
俺は、コタツの天板をひっくり返す勢いで立ち上がった。
コタツ布団が宙を舞い、ミカンが転がる。
「行くか」
「えっ?」
「行くぞフェン! ガリウス所長! 今すぐ出発の準備だ!!」
俺の瞳には、先ほどまでの冬眠モードは欠片も残っていなかった。
あるのは、極上の食材を求める狂戦士の光だけだ。
「や、やはりコイツは食い気か……! 見事な手のひら返しだな!」
「ルークス様、さっき『絶対に行かない』と……」
フェンが呆れ返り、エレナ様が目を丸くしているが、そんなことはどうでもいい。
「いいですか、皆さん! なぜ寒い地方の野菜が美味いか、分かりますか!?」
俺は拳を握りしめ、熱弁を振るった。
「野菜はな、凍るまいとして体内の水分を減らし、代わりに『糖分』を蓄えるんだ! 糖分は不凍液の役割を果たすからな! つまり、極寒の『雪中キャベツ』は、過酷な環境を生き抜くために、果物をも凌駕する暴力的なまでの甘みをその葉に凝縮させているってことだ!」
「な、なるほど……」
「そして『氷温熟成肉』! 低温で長期間、凍るか凍らないかのギリギリの温度で保存されることで、肉のタンパク質がゆっくりとアミノ酸――つまり『旨味成分』に分解される! 数百年の時を経て熟成されたマンモスの肉なんて、焼けば溢れる肉汁と共に、舌の上で細胞レベルでとろけるはずだ!!」
俺はハァハァと息を切らしながら、熱く語った。
想像しただけで、口の中が唾液で大洪水だ。
「最高の熟成肉と、甘みを極限まで蓄えた冬野菜! これを使った『極・ロールキャベツ』や『超絶・マンモスステーキ』! ……食わずして、何が農民か! 何がスローライフか!」
「わ、分かった! 分かったから落ち着きたまえルークス君! つまり、行ってくれるのだな!?」
「当たり前です! むしろ、なぜもっと早く言わなかったんですか! 出発は明日だ!」
俺の号令により、屋敷は一気に遠征準備のパニックへと突入した。
◇
翌朝。
俺は一人、自室でシステムウィンドウを開き、血走った目でポイントショップを睨みつけていた。
行くからには、完璧な防寒対策が必要だ。
あんなブラック企業のすきま風以上の、命に関わる絶対零度の世界に、ただの布切れで挑むなど愚の骨頂である。
【検索ワード:絶対零度、防寒、ヒートテック、無敵】
ズラリと並ぶ商品リストの中から、俺は最上位のアイテムをカートに放り込んだ。
【神話級・極暖ヒートインナー(発熱魔石繊維100%)】×7着
価格:50,000pt(セット割引)
【絶対結界付き・特注ダウンジャケット(火竜の羽毛使用)】×7着
価格:150,000pt(セット割引)
合計、20万ポイント。
一瞬、指が硬直した。
20万。避雷針の15万を超えてきた。俺のポイント残高(現在約1400万)からすれば払えない額ではないが、それでも庶民の魂が「高い!」と悲鳴を上げる。
だが、俺はギュッと目を閉じ、己に言い聞かせた。
(これは、命を守るための必要経費だ。凍傷で指が切り落ちたら、美味い肉も焼けなくなる。それに、これは最高の『氷温熟成肉』と『雪中キャベツ』を手に入れるための、先行投資! 極上のグルメを味わうためなら、実質無料……いや、プラスだ!!)
俺は、震える指で「購入」ボタンをタップした。
チャリンッ♪
(冷酷なまでに軽快な決済音)
光の粒子と共に、ベッドの上に最高級の防寒具一式が出現した。
触ってみると、インナーは驚くほど薄いのに、すでにポカポカと温かい。ダウンジャケットに至っては、着ていることを忘れそうなほど軽く、指先から火竜の魔力がジンジンと伝わってくる。
「……よし。これで俺たちは、寒さという概念から解放された」
俺は満足げに頷き、装備を抱えて広場へと向かった。
◇
「システム・オールグリーン。空調ユニット、冬期特別モード(暖房MAX)へ移行。床暖房システム、オンライン」
広場に停められた『魔導キャンピングカー』の運転席で、俺はコンソールのスイッチを次々と切り替えていった。
ゴードンが天空編から帰還後にさらに調整を加えたこの車は、外気を完全に遮断し、車内を常春の楽園に保つことができる。
「ルークス、無理はするなよ。……何かヤバい氷の化け物が出たら、車ごと体当たりして逃げ帰ってこいよ」
「ああ、任せてくれゴードン。土産のマンモスの牙、期待しててくれ」
見送りに来てくれたゴードンやハンス村長に手を振り、俺はアクセルを踏み込んだ。
ヒュオォォォン……!
青白い光を放ち、キャンピングカーが浮上する。
今回は宇宙(上空)ではなく、真北を目指して一直線に飛ぶルートだ。
出発から数時間。
景色は緑豊かな山々から、荒涼とした岩肌へ、そして、見渡す限りの銀世界へと変わっていった。
窓の外では、視界を遮るほどの猛吹雪が吹き荒れている。
風の唸る音が、車の装甲を叩きつけているのが微かに聞こえる。外の気温は、すでにマイナス数十度を下回っているだろう。
だが。
車内は、どうだ。
「はぁ~……。天国ですわ~」
エレナ様が、薄手のワンピース姿で、ふかふかのソファに寝そべっている。
マキナとフィオナは、床暖房が効いたカーペットの上でゴロゴロと転げ回っている。
フェンは「暑いぞ主!」と文句を言いながらも、備え付けの冷蔵庫の前で冷気にあたって涼んでいる。
ガリウス所長は、Tシャツに半ズボンというふざけた格好で、温かいホットココアをすすっていた。
そして俺は。
半袖のTシャツ一枚で運転席に座り、片手でチョコミントアイスを食べていた。
「猛吹雪を見ながら、暖房の効いた部屋で食うアイス。……これ以上の贅沢(背徳感)が、この世にあるだろうか」
窓の外の、凍てつくような地獄の吹雪。
そして車内の、汗をかくほどの圧倒的快適さ。
80万ポイントのキャンピングカーと、20万ポイントの防寒具。合計100万ポイントがもたらした、資本主義(ポイ活)の勝利の光景がここにあった。
「さあ、見えてきたぞ」
俺がアイスの棒をゴミ箱に捨て、前方を指差した。
猛吹雪の向こうに、天を衝くほどの巨大な「氷の壁」――大陸を囲む大氷河が立ち塞がっていた。
「あれを越えれば、未開の『永久凍土の大陸』だ」
「ルークス君! あんな分厚い氷の壁、どうやって越えるつもりだ!? 上空はブリザードが強すぎて飛べないぞ!」
ガリウス所長が慌ててココアを置く。
俺はニヤリと笑い、ダッシュボードの赤いカバーを開けた。
「キャンピングカーのスペックを舐めないでくださいよ。障害物があるなら、ぶち破る。それが農民の開拓精神です」
俺は『魔導熱線砲』のスイッチを押し込んだ。
ズギュゥゥゥゥンッ!!!!!
車体のフロントグリルから、超高熱の赤いレーザーが発射された。
何万トンもある分厚い氷河が、熱線に触れた瞬間、ジュワァァッ!と爆発的な水蒸気を上げて融解し、巨大なトンネルが開通した。
「突貫するぞ! 舌を噛むなよ!」
キャンピングカーは速度を落とすことなく、水蒸気のトンネルへと突入し、氷の壁を突き破った。
パァァァッ……。
壁を抜けた先。
そこには、吹雪が嘘のように晴れ渡り、オーロラが空を彩る、果てしなく続く真っ白な大地が広がっていた。
「さあ、世界一甘いキャベツと、最高の熟成肉を探しに行くぞ!」
俺の力強い宣誓と共に。
最強農民の、極寒の大地での「食欲全開・開拓サバイバル(圧倒的快適)」が、今、幕を開けた。
【読者へのメッセージ】
第二百七十一話、いかがでしたでしょうか。
新章「極寒の大地編」のスタートです!
「寒いのは絶対に嫌だ」と言っていたルークスが、「氷温熟成肉」と「雪中キャベツ」というパワーワードの前に、秒で手のひらを返す見事なコメディ(?)。
食欲のためなら世界も救う。これがブレない農民の強さです。
そして、猛吹雪の外の景色と、Tシャツでアイスを食べる車内の圧倒的な温度差。
ポイントの力(とキャンピングカーの性能)で、過酷なサバイバルも完全なグランピングへと変貌します。
次回、いよいよ永久凍土での食材探しがスタート!
氷の下に眠る「幻の肉」とは?
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