第百九十二話:商人とプリンと、新たな風
収穫祭の熱気が渦巻く中、俺の屋台の前で、一人の男が天を仰いで固まっていた。
豪奢な旅装束に身を包んだその男――行商人クラウスは、先程まで手に持っていたはずの「じゃがバター」の紙皿を、まるで聖遺物でも扱うかのように大切に、そして震える手で握りしめている。
「……信じられない。この最果ての地で、私は一体、何を口にしたというのですか」
クラウスは眼鏡を指先で押し上げ、その奥にある商人の鋭い目を、今は好奇心に満ちた少年のように輝かせていた。
「このジャガイモ……いや、『ポマ・デ・テラ』自体の品質も異常ですが、何よりこの黄色い油脂と、不純物の一切ない純白の塩。これほどの精製技術は、王都の最高級工房でも……いや、宮廷の錬金術師ですら不可能ですよ」
「故郷に伝わる、ちょっとした工夫(ポイント交換)ですよ。お口に合いましたか?」
俺が努めて平然と答えると、クラウスは急に真剣な、獲物を狙う「狼」のような商人の顔になった。
「『ちょっとした工夫』? ルークス殿、とぼけないでいただきたい。これは、この国全体の流通、いや、食の歴史を塗り替える『劇薬』だ。……失礼、自己紹介が遅れましたね。私はクラウス。王都を拠点に辺境伯領までを商圏とする、しがない流れの商い人です」
クラウスは丁寧に一礼したが、その視線は既に俺の背後にある荷車……そこにあるジャガイモの山を見定めている。
俺はこっそりと、鑑定スキルを起動した。
【鑑定(Lv.1)実行:クラウス・フォン・ラングレン】
【属性:行商人 / 誠実度:88% / 興味:未知の食材、高い利潤】
【現在の市場評価:貴方の持つ特級ジャガイモは、王都で銀貨5枚(通常の10倍)で取引される可能性があります】
(……誠実度は高いな。これなら、対等なビジネスパートナーとして交渉の余地がある)
クラウスは懐から金貨を一枚取り出し、カウンターに置いた。金貨一枚は約一万円。農民の年収が金貨一、二枚であることを考えれば、たかだかジャガイモへの提示としては「破格」に見える。
「ルークス殿。この村のジャガイモの独占販売権を、この金貨五枚で譲っていただけませんか? 運搬の手配もすべてこちらで持ちましょう」
俺は前世のブラック企業時代、狡猾なクライアントを相手に「ポイント還元率」や「リベートの裏側」を分析し、一歩も引かずに交渉してきた。
このポテンシャルを金貨五枚で買い叩かせてたまるか。
「クラウスさん。俺は農民です。家族とこの村の平穏を守るのが第一。……独占権は渡せませんが、『王都への優先供給権』なら検討しましょう。ただし、物流ルートの確保と、村への肥料(魔石の残渣)の安価な提供、そして買取価格は一袋につき銀貨五枚。これを飲めないなら、別の商人を探すまでです」
「……っ! 子供の交渉術ではありませんね。まるで王都の銀行家と話しているようだ」
クラウスは苦笑し、同時に俺への評価を「面白い子供」から「警戒すべき契約相手」へと格上げしたようだった。
交渉の火花が散る中、足元でフェンが「グルル……」と低く唸り、クラウスを威嚇する。急激に成長し、また縮んだフェンにとって、外部の人間はまだ警戒の対象なのだ。
「おやっと、怖い護衛だ。……分かりました。その条件で、まずは辺境伯閣下へのサンプルとして契約を結びましょう。……しかし、これだけではありませんね? 貴方の瞳には、まだ隠し持っている『真打ち』があるように見える」
流石はプロだ。俺は口角を上げ、用意していた最後の一皿をカウンターに置いた。
「……食後のデザートは、いかがですか?」
それは、ポイントを投じて交換した『精製砂糖(100pt)』と、最高級の卵、そして朝採れのミルクを贅沢に使った、黄金色の「カスタードプリン」だった。
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「……なんだ、この美しさは。まるで宝石を溶かして、絹で濾したかのような」
クラウスがスプーンを手に取り、恐る恐るその表面を掬う。
ぷるん、と弾むような弾力。そして、カラメルソースのほろ苦い香りが鼻孔をくすぐる。
彼がそれを一口運んだ瞬間――時間は止まった。
「――っっ!!」
クラウスの喉が大きく上下し、その場に立ち尽くす。
じゃがバターが、大地がもたらす暴力的な旨味だとするならば、このプリンは、天上から降り注ぐような洗練された幸福そのものだった。
舌の上で一瞬にしてとろけ、濃厚な卵のコクと、砂糖の「一切の雑味がない甘み」が、多幸感の波となって脳を揺さぶる。
「……あ、ありえない。この滑らかさ……。煮詰めた蜜(蜂蜜)とは違う、この透き通った甘みは一体……!? ルークス殿、これは……これは、辺境伯閣下どころか、王妃様すら跪かせる『王の菓子』ですよ!」
クラウスは立ち上がり、椅子をなぎ倒さんばかりの勢いで俺に詰め寄った。その目には、商人としての損得を超えた、純粋な「感動」の涙すら浮かんでいる。
「これです。この味が、時代を変える。……私は確信しました。貴方との契約、命を賭けても成し遂げてみせる! このプリンの噂が広まれば、王都から騎士団が買い付けに来るかもしれませんよ!」
【通知:大商人の魂を揺さぶる「食の革命」を達成】
【ボーナスポイント:+1,000pt 獲得!】
【通知:行商人クラウスとの信頼関係構築により『異世界商品売却レート 5%還元』が解放されました】
ウィンドウに表示される数字が、一気に跳ね上がる。収穫祭全体での「感謝ポイント」も合わさり、俺の残高は二千五百ポイントを超えていた。
(……よし、これで冬支度のための『スライムレザー』も大量に確保できるし、何より……)
クラウスは興奮冷めやらぬ様子で、再会を誓い、辺境伯領への報告のために大急ぎで馬車を走らせて去っていった。
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祭りの余韻が漂う夜。
俺は家の裏庭で、一人静かにポイントウィンドウを見つめていた。
「……待たせたな、みんな」
俺は震える指で、リストから「最高級」の品々を選択した。
【アイテム交換:『最高級・ひまわりの香りの石鹸』 350pt】
【アイテム交換:『牛革製の滑り止め軍手(強化仕様)』 200pt】
【アイテム交換:『色とりどりの果実飴セット』 150pt】
収納魔法から現れたそれらを手に、俺は家の扉を開けた。
「ルークス! お疲れ様、すごかったわね今日の収穫祭は」
母さんが優しく迎えてくれる。俺は、少し照れくさそうに、背中に隠していた包みを差し出した。
「これ……遅くなったけど、収穫祭の土産。母さんに、一番いい香りの石鹸。父さんに、丈夫な手袋。マキナには、飴だ」
「あら……! なんていい匂いなの。こんなに立派なもの、本当にいいの?」
母さんは石鹸を宝物のように抱きしめ、父さんは無言で新しい手袋をはめ、その頑丈さに力強く頷いた。マキナは飴を頬張り、「おにーちゃん、だいちゅき!」と俺の足に抱きついてくる。
一万五千ポイントを失い、あの地下水路で死ぬ思いをして守り抜いた、この小さな温もり。
ポイントは、貯めるためにあるんじゃない。
こうして、大切な誰かの笑顔に変えるためにあるんだ。
俺はフェンを抱き上げ、遠い空を見上げた。
クラウスが運んでいったプリンの噂は、やがて巨大なうねりとなって俺のスローライフを脅かすかもしれない。
けれど、この笑顔を守るためなら、俺は何度でも、世界を驚かせる作物を作ってみせる。
俺は農民。
最強の、そして、最高に幸せな農民になるんだ。
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読者の皆様、第百九十二話「商人とプリンと、新たな風」をお読みいただきありがとうございました!
これにて第1章「辺境伯領編」の大きな山場は、最高の形でお開きとなります。
失ったポイント以上の「絆」と、新たな未来への切符を手にしたルークス。
次回より、いよいよ物語は第2章、さらなる大きな舞台へと動き出します!
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皆様の声が、ルークスの次なるポイントになります!




