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ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります  作者: はぶさん


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第十七話:陽だまりの家と、未来への種

ゲルトとの静かな決闘から一夜が明けた。


俺は、まだ夜の名残が空気に溶けている早朝、一人で家の裏手へと向かった。昨夜の激闘(というよりは一方的な蹂躙だったが)の痕跡を確認するためだ。


俺が仕掛けた落とし穴は、もぬけの殻だった。穴の壁には、彼が必死でよじ登ったであろう無数の爪痕が、痛々しく残されている。その執念に少しだけ感心しながらも、俺は安堵のため息をついた。これで、俺の計画を物理的に妨害する者は、もう現れないだろう。


「さて、と」


俺は、気持ちを切り替えるようにひとつ伸びをすると、母屋へと戻った。暖炉のそばでは、すでに母さんが朝食の準備を始めており、豆のスープの優しい匂いが部屋を満たしている。


「おはよう、ルークス。早いのね」

「おはよう、母さん」


俺がテーブルにつくと、足元に温かい感触がした。見れば、いつの間にか起きていたフェンが、俺の足に体をすり寄せ、尻尾をぱたぱたと振っている。その姿は、もはやただの預かりものではなく、完全に家族の一員としての風格を漂わせていた。


「にいちゃん、おはよー!」


眠い目をこすりながら、マキナが寝室から出てくる。彼女は、俺の隣に座るよりも先に、フェンのもとへ駆け寄ると、その漆黒の毛皮に小さな顔をうずめた。


「フェン、もふもふー」

「クゥン……」


フェンも、満更でもないといった様子で、マキナの顔をぺろりと舐める。その光景を、スープをかき混ぜていた母さんが、呆れたような、しかし慈愛に満ちた眼差しで見つめていた。


やがて、畑仕事の準備を終えた父さんが食卓につき、いつもの、しかし、かけがえのない温かい朝食が始まった。硬い黒パン、滋味深い豆のスープ、そして家族の笑顔。俺が、この異世界で何よりも守りたいと願う、日常の光景だ。


この陽だまりのような食卓を、冬の間も、もっと豊かにする。そのための革命が、今日から本格的に始まるのだ。



朝食を終えた俺は、早速スライムレザーの本格的な生産に取り掛かった。


まずは、素材の確保からだ。俺はフェンを連れて、ゲルトの縄張りを避けるように、森の奥深くへと分け入っていく。


「フェン、お願いできるかい?」


俺がそう声をかけると、フェンは心得たというように鼻をひくつかせ、地面の匂いを嗅ぎ始めた。クリスタルスライムは微弱な魔力を帯びている。フェンは、その魔力の匂いを、まるで猟犬のように正確に嗅ぎ分けることができるのだ。


数分後、フェンが「ワン!」と短く吠えた先には、案の定、苔むした岩陰でぷるぷると震えるクリスタルスライムが数匹、固まって生息していた。


「よし、よくやった、フェン!」


俺はフェンの頭を撫でてやると、手際よくスライムを仕留め、その粘液を麻袋に詰めた水筒へと回収していく。フェンという最高の相棒のおげで、以前とは比較にならないほどの効率で、素材を集めることができた。


家に帰ると、俺は家の裏手に、父さんが作ってくれた作業台の上に、粘液を加工するための平たい木の板を何枚も並べた。


粘液を水筒から板の上に流し出す。ゼリー状のそれは、太陽の光を受けて、内側から淡い虹色の光を放っているようだった。俺は、木のヘラを使い、その粘液を、息を止めるほどの集中力で、均一な厚さになるように薄く、薄く伸ばしていく。


気泡が入らないように。厚みにムラができないように。前世で、深夜残業の果てに精密なデータを入力し続けた、あの病的ともいえる集中力が、今、この異世界で遺憾なく発揮されていた。


伸ばし終えた板を、日当たりの良い軒下に立てかけて、数日間乾燥させる。その地道な作業を、俺は来る日も来る日も繰り返した。


「ルークス。それは、本当に壁になるのか?」


作業の途中、父さんが、不思議そうな顔で声をかけてきた。その目には、疑いではなく、純粋な好奇心が浮かんでいる。


「うん、父さん。太陽の光だけを通して、冷たい風は通さない、不思議な壁になるんだ。この中でなら、きっと冬でも野菜が元気に育つよ」


俺の言葉に、父さんは何も言わず、ただ深く頷いた。そして、俺が作業しやすいようにと、黙って新しい木の板を削り、何枚も用意してくれるのだった。その節くれだった大きな背中が、何よりも雄弁に、俺への信頼を物語っていた。



俺が家の裏手で始めた奇妙な作業は、あっという間に村中の噂となった。


「聞いたかい?救世主様が、今度はぷるぷるしたもので、キラキラ光るお家を作っているそうだよ」


井戸の周りに集まる女たちの井戸端会議は、今や俺の新しいプロジェクトの話題で持ちきりだった。


「お兄ちゃん、これなあに?ゼリーみたい!食べられるの?」


一番弟子のリサが、目を輝かせながら作業場にやってきて、乾燥途中のスライムレザーをつんつんと突いている。


「まあ、不思議なものだねぇ。太陽の光に透かすと、虹色に光るようじゃ。まるで宝石みたいだ」


マーサさんも、腰をかがめて、感心したようにその半透明の膜を眺めていた。


最初は遠巻きに様子を窺っていた他の村人たちも、井戸の一件で俺に絶大な信頼を寄せている。彼らは、俺がまた何か「とんでもない奇跡」を起こそうとしているのだと察し、一人、また一人と、興味津々で集まってきた。


やがて、見ているだけでは飽き足らなくなったのか、村の男たちが、次々と手伝いを申し出てくれたのだ。


「ルークス様、何か手伝えることはあるかい?」

「俺は力仕事なら任せてくれ!」


俺は、彼らの申し出を、笑顔で受け入れた。その輪の中に、一番弟子のリサも混じっていることに気づき、俺は彼女に優しく声をかけた。


「リサも、手伝ってくれるのかい?」

「うん!私、ルークスお兄ちゃんの一番弟子だもん!」


彼女は、小さなこぶしを握りしめ、やる気に満ちた顔で頷いた。その真剣な眼差しに応えるように、俺はただやみくもに作業をさせるのではなく、前世のブラック企業で培った「業務プロセスの最適化」の知識を、この小さな村の生産ラインに導入した。


「Aさんは粘液を板に出す係、Bさんはそれを大まかに伸ばす係…。そして、最後の仕上げ。一番重要で、一番手先の器用さが求められるこの作業は――リサ、君にお願いできるかい?」


俺がそう言うと、リサだけでなく、周りの大人たちも「えっ」と驚きの声を上げた。だが、俺は彼女の純粋な集中力と、何よりその熱意を信じていた。


「任せて!」


リサは、期待に応えようと、目を輝かせた。彼女は、俺が作った小さな木のヘラを手に取ると、大人たちが大まかに伸ばしたスライムレザーの表面を、驚くほどの集中力で、均一な厚さになるように丁寧に、丁寧に仕上げていく。その姿は、まるで小さな職人のようだった。


この流れ作業でやれば、きっと今の三倍は速くなるはずだ。


俺の指示と、そして一番弟子の予想外の活躍に、村人たちは最初こそ戸惑っていたが、実際にその効率の良さと、リサが生み出す美しい仕上がりを目の当たりにすると、「すげえ!」「リサちゃん、筋がいいじゃないか!」「さすがは救世主様の一番弟子だ!」と歓声を上げ、生き生きとした表情で作業に没頭し始めた。


村中を巻き込んだ一大プロジェクト。それは、俺が夢見たスローライフとは少し違う、賑やかで、活気に満ちた光景だった。だが、皆が同じ目標に向かって、笑顔で汗を流すこの時間も、悪くない。俺は、そう思った。


そして、あの日から二週間後。ついに、その瞬間は訪れた。


村人たちの協力のおかげで、ハウスの壁を覆うのに十分な量のスライムレザーが、ついに完成したのだ。それは、琥珀のような色合いをした、ガラスとも違う、しなやかで美しい半透明のシートだった。


「よし、みんな!一気に仕上げるぞ!」


父さんの号令一下、男たちが、完成した木の骨組みに、スライムレザーを一枚一枚、丁寧に貼り付けていく。


トン、トン、と木釘を打つリズミカルな音。村人たちの期待に満ちた声。その全てが、新しい時代の到来を告げるファンファーレのように、村の澄んだ空に響き渡った。


そして、最後の壁がはめ込まれた、その時。


「「「おお……!」」」


そこにいた誰もが、息をのむ。


目の前に現れたのは、家、というよりも、まるで巨大な宝石細工のような、美しい建造物だった。太陽の光が、半透明のスライムレザーの壁を通り抜け、ハウスの内部を、暖かな黄金色の光で満たしている。外の肌寒い風は完全に遮断され、一歩足を踏み入れれば、そこはまるで春の『陽だまりの温もり』そのものに満ちた、穏やかな別世界だった。


「すごい……本当に、光の家だわ……」


母さんが、うっとりと呟く。子供たちは、その幻想的な光景に、ただただ歓声を上げていた。


俺たちの、いや、リーフ村の夢と希望が詰まった『陽だまりのサニー・ハウス』が、完成した瞬間だった。


俺は、その暖かい光の中で、早速、持ってきた鍬で畝を作ると、懐から取り出した、冬野菜の種を蒔き始めた。霜が降り始めたこの季節に種を蒔くという、常識外れの行動。だが、もうそれを笑う者は、この村には誰もいなかった。村人たちは、固唾を飲んで、俺のその一挙手一投足を見守っている。


その、希望に満ちた光景を。

少し離れた、樫の木の陰から、じっと見つめる一対の瞳があった。


ゲルトだ。


彼は、村人たちの歓声の輪に加わることもなく、ただ一人、完成した光の家と、その中で種を蒔く俺の姿を、複雑な表情で見つめていた。その瞳に宿るのは、もはや憎しみや嫉妬の色だけではなかった。敗北感、戸惑い、そして、自分が決して手の届かない場所で起きている奇跡に対する、ほんのかすかな、憧れにも似た光。


やがて、彼は誰に気づかれることもなく、静かに踵を返し、森の奥へとその姿を消した。彼の、長い冬が、終わろうとしているのかもしれない。俺は、そう感じた。


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【読者へのメッセージ】

第十七話、お読みいただきありがとうございました!

ついに完成した『陽だまりのサニー・ハウス』!村人たちとの協力で作り上げた光の家、そして未来への種まきに、ワクワクしていただけましたでしょうか?

「ハウス、綺麗そう!」「ゲルトの今後が気になる!」など、皆さんの感想や応援が、ハウスの中で育つ野菜たちの栄養になります!下の評価(☆)やブックマークも、どうぞよろしくお願いいたします!

ついに冬の農業革命への舞台は整った!果たして、ハウスの中ではどんな奇跡が起きるのか?次回、ご期待ください!

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