驚くべき溺愛
我がファルネーゼ侯爵家は男子が生まれにくいようで、婿を迎えて家を継いできました。
そこに、第三王子をねじ込まれたのです。
国王は少し離れた国から王妃を娶っています。
遡れば同じ血筋の王家ですが、数百年も経てば文化も風習も変わるもの。
そして、王妃は自分の国が本家で、こちらの国は分家だと見下し、こちらのことを学ぼうとしませんでした。
ですから、国王の母――母后が第一王子と第二王子に教育を施したのです。
王妃の強い要望で、第三王子は王妃が育てました。
もともと嫁いでくるはずだった王女が病没し、急遽入れ替わった末の姫。勉強嫌いで、嫁いだ当初はこちらの言葉も不自由だったと聞いています。
その気質を受け継ぎ、第三王子は幼少期から評判がよくありませんでした。
怠け者で、横柄で、すぐに王妃に泣きついて処罰させる。国王も、成人したら王家から出すと匙を投げたようでした。
ちなみに王女がお一人いますが、母后が教育しています。
我が家としては、能力があって家を乗っ取るつもりの野心家よりは、能力がない方がマシと考えています。
これも貴族の義務かと、我慢して婚約を受け入れました。
当然、それなりの見返りは要求しています。
ところが、第三王子は王都学園に入学してから、思った以上の暴君ぶりを発揮しました。
ある程度は想像していたのに、それ以上です。
特に、冬学期に女生徒に手を出し始めてからがひどかった……。
裏通りの破落戸と変わりないようです。
わたくしが入学する前に、国王と王妃に面会を求めました。
母が当主として、「種を撒き散らすような男を、婿に迎えることはできない」と貴族言葉で上品に訴えます。
すると王妃が息子をかばいました。
学生時代のお遊びくらい、目をつぶれと。
ご自分は国王に側室も認めない狭量ぶりを見せておいて、よくも、まあ……。
国王は、王妃が癇癪を起こすのを嫌って、たしなめることもしません。
そこで、我が家としては、王家の血筋を大事にする義理はないと判断しました。
「婿なのに愛人を作られては困る、それはご理解いただけますね?
学生時代のお遊びとは違いますから」
母が、当主の威厳でもって、国王を威圧します。
本当なら「学生時代のお遊び」の範囲を逸脱していると追及したいところですが、王妃には話が通じませんからね。
母后に意見を言えず、嫁を抑えることができない男など、母の敵ではありませんでした。
そこで、第三王子は婿入りに際して、侍女を伴えないことが決まりました。愛人を侍女と偽装して連れてこられては堪らない、という理屈です。
更に、授業もろくに受けていないので、領政をする気がないなら侍従も連れてくるなと主張しました。
つまり、身一つで来いということですね。
王妃は「仕事をしないで済むなんて、羨ましい」と呑気に賛成しました。
国王は青ざめましたが、反論しませんでした。できませんよね。
これで、領地に連れて行った後に王子の身柄がどうなるか、王家は知ることができません。
知ったとしても、手遅れになってから。
こうなったら、王都学園に入学して二年間は我慢して、最後の一年は伸び伸びと第三王子がいない学生生活をしようと考えていたのです。
――想像と現実は違いますね。
春学期の四ヶ月弱で、もう耐えられないと思いました。
「俺が侯爵になってやるんだ。ありがたいと思え」
学園で、貴族の子女の前で言うとは、なんと思慮の浅い人間なのでしょう。
わかっている高位貴族は呆気にとられ、事情がわからない生徒はわたくしが生意気なせいで王子に嫌われていると思ったようです。
大公家や公爵家を立てることを許されず、女系の家系に婿入りをする。その際に王位継承権を返上するのです。
まったく期待されていない故の婿入りだということに、いつになったら気がつくのでしょうか。
次期侯爵はわたくしです。
わたくしに万が一のことがあったら、妹です。
第三王子の出る幕など、どこにもありません。
風紀の乱れもひどいものでした。
野心を持って上の爵位の殿方を狙っている子なら、どうなろうと知ったことではありません。
ですが、子爵や男爵といった下位の真面目で大人しい女生徒が、いろいろと被害に遭っているようなのです。
訴えられない弱者を狙うとは、卑怯極まりない。
教師に相談しても、埒があきませんでした。
対策を取ろうとした教員は、すでに冬学期の間にクビにされていたらしいのです。
とにかく集団行動を心がけ、学園に滞在する時間を短くするしかありませんでした。
図書室でお友達と勉強とか、同好会に参加するとか、楽しみを諦めるのが悔しくて。
ですが、お友達とお互いのタウンハウスに行けばいいと気付いてからは、それもまた楽しみになりました。
お友達のマリアーナ・メンデスは、七歳も年上の婚約者がいます。
しかも、厳めしいお顔で、他国との小競り合いで武勇を轟かせた恐ろしい武人。
お互いに政略結婚とはいえ、辛いですねと同情しました。
ところが、マリアーナは婚約者のことが好きだと言うのです。
子どもの頃に兄の学友として紹介され、肩車をしてくれたので大好きになったと。
子どもならそういうことで好きになるかもしれないけれど、成長しても同じような「好き」でいいのかしら?
彼女は恋愛小説よりも推理小説が好きで、たくさん本を貸してくれました。
貴族社会が舞台だったり、平民が活躍したり多種多様な作品があります。
様々な世界がのぞけて、とても興味深い。
貴族社会を想像して書いたんだなという違和感のある作品もあります。
ですから、描かれた平民の世界も若干異なるのだろうなとは思うのですが、それでも知ってからの方が断然楽しいです。
野菜を見ても、買ったのかしら、作ったのかしらと考えたり。
新聞を見ると、記事を書いて、印刷して、配達する人がいるのねと感動したり。
当たり前だと深く考えなかった物が、事件を紐解くきっかけになるかもしれないのです。
学園でお友達ができてよかった。
そう思う一方で、秋になって気の抜けない学園生活が再開するのが憂うつです。
そんなふうに思っていたら、「夏期休暇が終わったら新しい学院に転入しないか」というお話をいただきました。
北方の三つの領地が作る、学院だそうです。
王都学園の状況を知って、開校を早めるとのこと。
母に転校したいと申し出たら、すんなりと認めてくれました。
それからは、連れて行く侍女と荷造りの日々です。
どうせ、第三王子からはお茶会も観劇も何の誘いもないのです。
文句を言われる前に北方へ旅立ちました。
身の危険を感じる生活は、思った以上に負担だったようです。
普通なら旅の間は疲れたり緊張したりするものですが、今回は開放感でいっぱいになりました。
初めは十人に満たない学生で始まった、北方の私立学院。
マリアーナと仲の良い女学生と、北方三領で王都学園に入学できなかった貴族たち。
……完全に、マリアーナのための前倒し開校ですわね?




