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殺人の独奏者  作者: ダス
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静かな逮捕

人の心は、思ったよりも脆い。

ほんのひと言、ほんのひとつの映像で、揺れ、変わり、崩れる。


この物語の主人公――堂嶋蓮は、そんな人の心の隙間を知っていた。

穏やかな笑顔の裏で、誰も気づかぬ形で世界を操る力を持っている。


人を傷つけるためではない。ただ、確かめたかっただけだ。

――人はどこまで自分を見せ、どこまで騙されるのか。


あなたも、目の前の現実をそのまま信じてはいけない。

これは、心の奥底で響く“静かな旋律”の物語だ。

都会の夜は、光と影が静かに交差していた。

遠くで鳴るサイレンの音と、ビル群に反射するネオンが、街全体を微かにざわめかせている。


「堂嶋、逮捕する――」


石井刑事の声は硬く、冷たく響いた。

だが、手錠をかけられる男――堂嶋蓮の顔には、動揺の影すらない。


整った顔立ちだった。

黒髪は軽く流してあるだけで、手をかけすぎた感じはない。

スーツの襟元も乱れず、どこにいても浮かない清潔さがある。

目は深くて落ち着いていて、口元には常に小さな笑みがある――そんな男だ。

話すときの声も穏やかで、聞く人を安心させる。

けれどその笑みの奥で、何を考えているのかは誰にもわからない。

ほんの一瞬、光の角度で見える表情の陰が、なぜか記憶に残る。


かつてはテレビの取材にも何度か登場し、

「人の心は、言葉の選び方で変わるんです」と柔らかく語っていた男。

清廉で知的、誠実――そう言われ続けてきた。

だが今、その手首には冷たい金属が嵌められている。


「……そうですか」

堂嶋の声は低く、静かだった。

その音の穏やかさが、逆に石井たちの神経を逆撫でする。


手錠をかける間、スマートフォンの通知音が絶え間なく鳴り続けた。

通行人たちは足を止め、レンズを構え、ニュースアプリの速報が次々と更新される。


【速報】

都内マンションで男女2名の遺体。“心中事件”とされていたが、男性心理士・堂嶋蓮(34)を殺人容疑で逮捕。


SNSは瞬く間に炎上した。

ニュースアプリのコメント欄、Xのトレンド、動画配信者の切り抜き。

情報は、形を変えながら増殖していく。


「あの人、テレビで見た!いつも穏やかだったのに」

「見た目だけは誠実そのものだよな」

「あの笑顔、作り物っぽかった」

「目が笑ってなかったんだよ。ずっと」

「こういうタイプが一番怖い。表は優しいけど裏では何考えてるかわかんねぇ」

「心中事件とか言われてたけど、結局、操ってたんじゃない?」

「なんか全部、計算してた気がする。ニュース映像の表情すら演技っぽい」


コメント欄は止まらない。

匿名の群れが、同じテンポで反応を重ねていく。

堂嶋はその流れを、どこか嬉しそうに眺めた。


「いいテンポだ」

小さく呟いた言葉を、誰も聞き取れなかった。

雨音が、すべてをかき消していく。


石井は堂嶋の肩を軽く押さえ、車へと誘導する。

「堂嶋、車までだ」


濡れたアスファルトが街灯の光を反射し、パトカーの赤色灯がその光を切り裂く。

堂嶋は、滑るような動作で車の後部座席に腰を下ろした。

その姿には、諦めでも抵抗でもない“静かな肯定”があった。


石井がドアを閉める。

金属の音が、やけに澄んで響いた。


堂嶋は窓越しに街を見た。

レンズを向ける人々、コメントを打つ指、更新され続けるニュース。

そのすべてが、まるでひとつの画面の中に収まっているかのようだった。


「予定通りだ……」

小さくつぶやく。

雨粒が窓を伝い、街の灯を歪ませた。


車が動き出す。

遠ざかる群衆、濡れた道路、ぼやけるネオン。


石井は無言のまま前を見つめていた。

しかし胸の奥に、ひとつの違和感が残っている。


――逮捕したというのに、まるで何も終わっていない。

いや、そもそも“戦い”が始まってすらいない。


堂嶋の横顔は静かで、どこまでも整っていた。

まるでこの瞬間すら、彼自身が描いたシナリオの一部であるかのように。

結末は、誰も完全には理解できないかもしれない。

堂嶋の思惑、彼が奏でた“旋律”、そして人々の選択――それぞれの目線で、物語は終わる。


だがひとつだけ確かなことがある。

人の心は、少しの光でも影でも、揺れ動く。

そして、それを見つめる者がいれば、世界は少しだけ変わる。


この物語を読んだあなたも、きっとその“揺れ”を感じただろう。

それは堂嶋が仕掛けたものか、あるいはあなた自身の心か――判断は、あなた次第だ。

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