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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪女と呼ばれておりますが身に覚えがございません

作者: 稲井田そう


「貴様はあらぬ策謀によりいたずらに皇妃たちが謀り合いをしないよう迎えただけの皇后に過ぎない。それを心に留めておくように」


 結婚式当日、皇帝に言われた言葉だった。


 私は宰相の娘だ。


 本来、宰相も宰相の娘も、政治的重要視される存在だが、こんな感じなのは理由がある。


 皇帝は私が皇后として権力を持ちすぎることを、危惧しているのだ。


 なぜなら自分がお飾りの皇帝になってしまうから。


 意味が分からないと思うが、宰相と私、皇帝の関係をまとめるとこうなる。


 私の父である宰相は、前皇帝こと皇帝の父親と関係が良好。

 私の父である宰相と、前皇帝こと皇帝の父親は私を有能だと評価している。

 私の父である宰相と、前皇帝こと皇帝の父親はどちらも皇帝を見下している。


 私以外、全員男の相関図。


 私はほぼ、巻き込まれた形だ。


 男は男同士結託してくれない?


 騎士団ってだいぶ「フッス」「ウォー」「オーイ」の三段活用で意思疎通取ってるけど?


 そう訴えたくなるほど、ややこしい人間関係によって冷遇皇后が爆誕した。


 ちなみに宰相である私の父は、娘を政治の駒としか見ていない。


 周囲には、「ついついあれこれ周りの人間について考えちゃうんです」なんて善人面をしながら。


 母親は私を産み死んだ。後妻を迎えようにも、妻に求める知能指数や立ち振る舞いに関する理想が高すぎて結婚に至らない。


 結果、娘を溺愛し亡き妻に愛を捧げ続ける宰相でいるほうが世間体も良い、と判断し、愛妻家の演技をするような人間だ。


 よって皇帝がこんな感じでも、そんな逆境が乗り越えられずして何が皇后か、と私を責める。


 次の皇帝の娘を産めないのであれば、産める妃を殺してこいになる。


 国の為に死ね──そういう男だから。


 人の心がないから。


 実父だからよく分かる。そうしないと宰相になれない。


 さて。


 私は城に設けられた寝室で、作戦を立てることにした。


 この国ではかつて後宮が設けられていたが、暗殺等の活発化、家同士の謀り合いによって一時国が衰退し、廃されたという経緯がある。


 一応世継ぎの為、皇帝には皇后とは別に第一皇妃、第二皇妃、第三皇妃と重婚が許されていたが、本当に一応の制度だ。後宮を廃する時に、万が一に備えてのこと。


 後宮廃止以来、皇后とは別に妃を迎える人間はいなかったが、今代の皇帝こと私の夫が初陣を飾ることとなった。


 このままではいつ、次期皇帝の母親が現れるか分からない。私は手を尽くすことにした。誠心誠意、心がほぐれるように、寄り添っていけば篭絡できない人間なんていない。


 努力が実を結んだのは、数週間。結構早かった。


■■■


「皇后さま、次はいつ来てくださるの?」


 しっとりとした目つきで妃たちが私を見つめる。第一皇妃のヴィクトリアだ。


 私は「明日から陛下と共に隣国の外遊に向かわねばなりませんからね」と、ヴィクトリアの頬を撫でた。彼女は私と皇帝より年上の妃であり、最も皇后の座に近いとされていた。


 そんな彼女は、壮絶な色香を持ちながら、上品で優美な佇まい。ふっくらとした唇に、指を押しこめば弾けそうなくらい豊かで丸みのある胸を私の腕に押し付け、妖艶な眼差しを一心に注いでくる。


 でも、先月、この女は私の毒殺を企ててきた。やり方は王道、茶に混ぜる手法だ。毒の種類も単純。私は宰相の娘なので、宰相の娘として標的にされることも多く、すぐ分かった。


 犯人を捜したところ、行きついたのがヴィクトリアであり、証拠を出して詰めたところ、白状した。


 彼女は元々、家の政略で後宮入りし皇帝に気に入られ寵愛を受けたが、皇帝から愛が得られなくなれば家と国の関係、そして家と自分の関係に影響するため、私を毒殺しようとしたのだ。


 なので、助けた。


 何を引き換えにすればいいのか、と言ってきたので、経験が無い為、男を篭絡する夜伽の作法を教えてほしいと伝えた。


 最初ヴィクトリアは、私が皇后として彼女に教えを乞うことで、皮肉、屈辱をヴィクトリアに与える──ようは仕返しが目的と解釈していた。


 そんなことはありえない。


 なぜなら私の目的はヴィクトリアだから。


 私は、生まれつき男に興味がなかった。男になりたいとも思わなかったので、女として女が好きだった。


 自分の立場も理解していたので、政治の駒として男に嫁がされることも覚悟していた。宰相の娘に生まれた以上、国の為に尽くす。


 私が自分の好きを選ぶことは、ただ私がいい思いをするだけで国民の幸せには繋がらない。


 価値がない。


 私の幸せは無価値だ。


 ゆえに皇帝が私に手を出さない、というのは実に好都合だ。しかも、皇帝は私と女の好みが似ている。


 というか、皇帝が寵愛を向ける妃三人全員、直撃で好みだった。


 こういう女に囲まれて手を握られて死にたいと思う理想郷、それを皇帝が作っていた。ありがたい限りである。


 しかもヴィクトリアと過ごして分かったが、ただ出会うだけでは得られない喜びがある。


「皇帝がおりますからね、貴女は、皇帝の妃です。私ばかりが貴女と時を過ごすことは、許されない」


 ヴィクトリアの目を見つめながら囁くと、彼女は私の腕をぎゅうっと握った。そして切なそうに、私を見返す。


「酷いことおっしゃる……」

「なにが酷いのでしょう? 貴女は皇帝にその心を捧げている。それを私が、強引に奪おうとしているにすぎない……」

「皇后さま……‼」


 悲痛な面持ちでヴィクトリアは私を抱きしめてきた。


 皇帝の存在があると、こんな風に駆け引きをして愛しい表情を見られる。大変助かっている。


 ありがたい。ただ出会っただけではこうはならない。


 皇帝の存在で、彩りが生まれている。皇帝の存在があってこそだ。


■■■


 第一皇妃ヴィクトリアが陥落してすぐのこと。私は皇帝に呼び出された。


「最近ヴィクトリアの様子がおかしい。お前が何かしているのではないだろうな」


 皇帝はどうやら私を疑っているようだ。「様子がおかしいとは」と聞き返せば、眉間に皺を寄せる。


「お前が来てからというもの、お前に遠慮をしてか夜伽はさりげなくかわしてくる。お前が何か、ヴィクトリアに言っているのではないか」

「たとえば」

「皇后は自分だ。身の程は弁えろ、とな。政治だけを考えれば皇后が子を産むのが正しい。ヴィクトリアのみならず皇妃たちに子が生まれ、皇帝を継ぐ者が増えていくことは、あらぬ争いを増やす可能性もあるからな」

「はい」


 その通りだが、皇后は自分だと主張したことはないし、身の程は弁えろと警告もしてない。


 ただ、何かはしてる。言えないことを。それはもうたくさん。


「遠慮をするならば、その心に寄り添うのが皇帝の役割ではないでしょうか。もし私が弁えろとヴィクトリアに警告していたとしたら、私はこうして叱責を受けたことで、ヴィクトリアが告げ口をしたと、もっとヴィクトリアへの当たりを強くする可能性もあったでしょう、その点、どうお考えで?」

「そうしたら、お前を処罰するだけだ」

「私がヴィクトリアへ報復するよりも、早く?」


 言い返すと、皇帝は沈黙した。


「今、ヴィクトリアはどちらに? きちんと護衛はつけていらっしゃるのですか?」


 皇帝は黙ったまま私を見返す。


 詰めが甘い。女一人まともに守れやしないくせに、何が第一第二第三皇妃だ。


「皇帝陛下ですら証拠が掴めず、こうして直接、お時間を設けて尋問なさるくらい、私は悪さをするのであれば、皇帝直々に私を監視でもしてみますか? 今から」

「出ていけ」

「承知いたしました」


 あぶないところだった。



 詰めの甘さに苛立ったので煽ったが、煽りにのられていたら困った。


 私は安堵しながら皇帝のもとを後にした。


■■■



 皇帝が皇后を疑っている、嫌悪しているという話は、皇帝との出来事の後、城の中ですぐ広まった。


 もうあれから二ヶ月ほど経つが、印象としては完全に固まっている。


 今後皇帝が私に目を向けることがあっても、気のせいだろうと鼻で笑われるほどに。


 こうした状況を望むのは、皇妃たちだろう。


 皇后は皇妃たちからすれば敵なので、大抵は「ざまあみろ」と思ったり安堵したりする。


 最も皇后に近いと言われていた第一皇妃のヴィクトリアだけだけだ。不満を漏らすのは。


「皇后さまの良さが分からないなんて、浅はかな男」


 うっとりとしながら私に寄り添い、葡萄を食べさせてくるヴィクトリアは、私──より少し隣に目を向ける。


「どうなの? 貴女は、あの男と同じで、皇后さまを嫌悪していたでしょう──マーガレット」


 ヴィクトリアが冷ややかに睨むのは第二皇妃マーガレットだ。


 マーガレットは第一皇妃のヴィクトリアと異なり、気が強く、底意地の悪い女だった。見目はお人形のように可憐で愛くるしく小動物的、皇妃の中で一番年若いこともあり、庇護欲をかきたてる存在だった。


 皇帝が私を嫌っていると知るや否や、追い出せと言わんばかりに、嫌味を言ってきたり、わざわざ顔を出して皇帝がいかに自分を愛しているか語った。


 嫌味はともかく、私からすれば、寝取られた気持ちになるので中々利いた。


 まだ私のものではないけれど。


 皇帝にそんなことされてるんだ。

 皇帝にそんなこと言われたんだ。

 なら、私は初めてになれないんだ。

 じゃあもう、全部その思い出塗り替えてしまおう。


 最後のほうは思考を切り替えた。皇帝とこういうことをしたと聞くたびに、同じことを彼女にしようと誓った。


 そんなある日のこと、平手打ちをされた。マーガレットからすれば、嫌がらせが利いていないと思ったのだろう。私は確かに利いていたのに。


 だってこんな無垢そうな存在、中々ない。一緒に手を繋いで景色を見たりお茶をしたりしたかったのに、皇帝はすでにお茶の銘柄のうんちくまで語っていた。悲しい。女の趣味が同じなだけあってお茶の趣味まで一緒だったので最悪だった。豆知識披露かぶりしてた。これからは何をしても二番煎じになる。


 それなのに「ひょうひょうとした顔をして」と言われたので、もう、もう全部いいやと思い、抱きしめた。


 平手打ちの仕返しというか、平手打ちを許すかわりに抱きしめるくらいいいだろと思った。


 何にもしてないのに平手打ちされたから。最初に手を出してきたのはマーガレットだから。


 その後、池に落とされた。


 もうこれはいいだろうと、口づけした。


 激怒された。


 以後、嫌がらせをされるたびに応戦した。時が流れるにつれ、どんどん過激になっていたので「仕返しを求めて嫌がらせをしているのなら、別に嫌がらせせずとも私は貴女を求める」と置手紙をしたところ、寝所に来た。


 だんだんと自分でも分からなくなっていったらしい。


 仕返しを求めて嫌がらせしているのか。私が邪魔なのか。


『貴女のせいで全部めちゃくちゃ‼ 全部壊れた』と素晴らしい宣言をされたので、『ならもっと壊れれば悩まなくて済む』と徹底的に手を尽くした。


「この人のことなんか今も嫌いよ。私のこと壊したんだもの」


 マーガレットは私を睨んでくる。


「壊した?」


 あえて聞き返すと「信じられない‼」とマーガレットは私を責めた。可愛いなと思う。


「信じられないのはマーガレットのほうだけど? 嫌いな私とこうして一緒にいるなんて。私が嫌なら寝所に来なければいいのに」

「なによ、来るなってこと?」

「私は来てほしいと思ってる」

「ならいさせなさいよ、責任取りなさいよ」


 マーガレットはぐいぐい私の腕を掴む。マーガレット側に寄ると、その分ヴィクトリアがのしかかってくる。


 皇帝は相変わらず、私の寝所には来ない。白い結婚のおかげでこんなにも豊かな日々が送れている。なんとかその恩に報いたいと思い、最近は皇帝の手の行き届かない、宰相ですら放置している案件を片づけている。第一皇妃ヴィクトリア、第二皇妃マーガレットの支援もあり、順調だ。


■■■


 第二皇妃マーガレットが壊れたと言って私に迫るようになってから、前皇帝に呼び出された。


「最近第二皇妃の立ち振る舞いが変わったと聞く。お前が教育してくれているのか」


 前皇帝はどうやら私がマーガレットに影響を与えたと考えているらしい。「変わったとは」と聞き返せば、口角を上げた。


「お前が来てからというもの、マーガレットは政治や貿易に興味を持つようになった。ヴィクトリアに言っているのではないか」

「たとえば」

「皇后として、皇妃としてどうあるべきか」

「はい」


 その通りだ。「皇后なのにいいの? こんなことして」「私は皇后だけど」と、定期的に問いかけている。「皇帝のことはどうしたの?」とも聞いているが、「意地悪」「最低」としか返ってこない。


「しかし、マーガレット様は私が皇后として迎え入れて頂く前から皇帝に愛されていたお方。私が現れて政治や貿易を通して国益に興味を持つと言うのは、いささか不自然です。皇帝を愛しているならば、皇帝の為に動いているはずでしょう。それに、皇帝もすすめていたはずです。その点、どうお考えで?」

「我が息子の考えが、至らなかったのだろう」

「なぜ、そのままにされていたのです?」


 言い返すと、皇帝は沈黙した。


「同じように、皇帝がそのままにされていた政策、私がお預かりしてもよろしいでしょうか?」


 皇帝は黙ったまま私を見返す。


「……何かあれば前皇帝として、責任を持とう」

「ありがとうございます。では、ヴィクトリアやマーガレットが不慣れな政治で失態を犯し、あろうことか現皇帝が掌を返したおり、誠に恐縮ではございますが、その御心、拝受したく存じます」


 これで第一皇妃ヴィクトリアや第二皇妃マーガレットが政治に身を乗り出しても、文句は言われない。何かあった時、二人は守られる。私は安堵しながら前皇帝のもとを後にした。


■■■


 第一皇妃ヴィクトリアが毒殺、第二皇妃マーガレットが嫌がらせをしてきたわけだが。


 第三皇妃シャーロットは何をしたかといえば、噂だった。


 シャーロットは、表面上友好的だった。


 裏では「皇后が皇妃たちに良からぬことをして篭絡し、城を牛耳っている。このままだと今の体制が危ない」と私の噂を広げていた。


 なので放置した。


 合っていたので。


 噂は一言一句、合っていた。全弾一致である。


 驚いた。普通、誰かを陥れるための噂を広める場合、事実は半分ほど盛られる。


 相手がどうしようもない極悪人であればあるほど、悪事を繰り返せる程度の知能は持っているため、証拠隠滅をしているからだ。その分盛る。


 でも今回、全部合っていた。


 篭絡したし、皇帝の行き届かない部分の権利を私にすり替えている。


 なので否定してもおかしいかと放置していたら、皇帝についている有能な護衛騎士たちが第三皇妃の味方をするようになった。私の護衛を手薄にしたり、分かりやすく第三皇妃を守ったり。


 私の護衛騎士たちは「そのほうがいい」と言っていた。


 特に女騎士のレイチェルは「皇后陛下は手が早すぎる。そんなこと知られないほうがいい、駄目です」「素行態度が知られずに済んでいいことです」と、全く味方にならない。


 皇帝陛下についている騎士たちが私を睨むと「合ってますよあの態度は。節操がない穢れを見る目、あっちは普通に嫌がらせをする程度の想像でしょうけど、貴女の本性を知ったらどうなることやら。節操もなく、不埒で」と、私を軽蔑の目で見るほどだ。忠誠心が全くない。


「この間だってとんでもないことして」


 今日も変わらず忠誠心の低い私の護衛騎士、レイチェルが責めてくる。


 とんでもないこと、というのは、私が前皇后と皇帝の乳母との逢瀬の日付を重ねてしまったことだ。


 第一皇妃、第二皇妃と関係を持っていたが、前皇帝は前皇后をほったらかしにし、政治の駒といわんばかりにぞんざいに扱っていたので、愛した。


 皇帝の乳母は元々、前皇帝の愛人だった人だ。複雑な関係性がありながら、前皇帝は乳母に対しても敬意を欠いていたので、愛した。


 とはいえ政治もすすめなくてはならないので、あれこれ動かしていたところ逢瀬の日を一緒にしてしまったのだ。


 幸いその日、皇帝が「お前のもとに訪れてやってもいいと言ってるんだ」と言い出し、実際寝室には現れないという正気の妻であれば自尊心を削るような嫌がらせをしてきたことで命拾いした。


 どちらに対しても「皇帝との時間があり」と言い訳が出来た。


 ありがたい。


 さすが我らの皇帝。


 いざという時頼りになる、役に立つ男。


■■■


 第三皇妃シャーロットは、噂を流すだけで自分は手を汚さない。


 味方を作り慣れているし、助けてもらうことに長けた女だった。


 なので、私について噂を流す現場を押さえることにした。


「皇后が皇妃たちに良からぬことをして篭絡し、城を牛耳っている……そう不安を感じて、周囲にお話ししていたのですか」

「そんな、私そんなことしていません‼」


 シャーロットは首をぶんぶん振る。感情的で愛らしい仕草だった。


 二人きりの部屋の中、私はシャーロットを見据える。


 シャーロットは私に呼び出された時点で、内々に計画を立てていた。私と二人で話をしているとき、彼女は外に騎士を待機させる。


 機会をうかがい泣き出して騎士に突入させ、私を陥れる、というものだ。


「皇后さまは、私を疑っているんですか⁉ 酷い、私、皇后さまを尊敬しているのに」


 第三皇妃シャーロットは、公衆の面前で都度、言っていた。皇后を尊敬している。皇后さまは素敵だと。


 皇帝についている騎士団は、シャーロットが私を慕っているのに、私は想いを返さない、それどころか嫌っていると、私に反感を持っている。


「そうですか。良かった。てっきり秘密が知られてしまったのかと、心配していたんです」

「え……ヒミツって?」

「良からぬことをしているという、秘密です」

「ど、え……な……」

「尊敬している、私の為なら何でもできる、素敵、そうおっしゃってくださっていたので、ずっと、抑えていたんですけど……、そんな風に泣くのなら、もう私は、耐えられない」


 そう言って、私はシャーロットを力強く抱きしめる。私の声を聞きながら突入した騎士団は、騎士団の天使が悪女に奪われる瞬間を目の当たりにし、絶句していた。


■■■


「皇后さま、クッキーはいかがですか?」


 執務室で仕事をしていると、第三皇妃シャーロットが後ろから抱きしめてきた。


「膝の上に座って食べさせてくれるなら、仕事を止めずに出来るんですけどね」

「最初から食べさせてほしいって頼めばいいのに、おねだりが下手なんですから!」

「下手な私は、貴女の尊敬する皇后さまとは違いますか」

「そうやって拗ねる! もう、手のかかる皇后さまっ」


 第三皇妃シャーロットは私の膝に座った。


「別に、手がかかって邪魔ならば、皇帝のほうに行っても」

「それ、やだって言わせようとしてません?」

「…………」

「面倒な人」


 第三皇妃シャーロットが、私にクッキーを食べさせる。


 騎士たちに密会を目撃されてからというもの、第三皇妃シャーロットは騎士団からの応援、支援、同情を失った。


 というか、私に健気に接しても報われない可哀そうなシャーロットを演じていたので、騎士の手前、実は皇后と想いが通じ合っていたシャーロットを、演じざるをえなくなったのだ。


 さらに、私は本気でシャーロットを狙っているが、シャーロットは私の言葉すべて、計略のためか疑っている。手を尽くして愛を伝えてはいるが、自分が私を好きな演技をしていたからか、疑っているようだ。


 この間、シャーロットを思う騎士に私が殺されかけたとき、本気で助けに入ってくれたので、ある程度の情はあるのだろうけど。


「それより、これからどうなさるおつもりでしょう? 皇后さま」


 執務室の机を、トン、と第一皇妃ヴィクトリアがつつく。


「どうするのがいいと思う? マーガレット」

「なんで私に聞くのよ」

「頭がいいから」

「皇妃全員篭絡した貴女がよく言う」


 マーガレットの言葉を受けた私は、「全員、幸せにします」と三人を見た。


「三人だけ?」


 第一皇妃ヴィクトリアが私を見つめる。


 何も言わず、笑みで返した。


■■■



 第一皇妃、第二皇妃と共に、第三皇妃シャーロットと政治を動かすようになってから、私は宰相に呼び出された。


「最近、三人の皇妃たちを懐柔しているようだが、なにが目的だ?」


 宰相はなにやら思うことがあるらしい。「目的とは」と問い返せば、「二人きりなのだから楽にしていい」と、座るよう促してくる。


 ここは宰相の別荘。壁伝いに本棚が並び、部分的に前皇帝から賜った剣や、褒章が飾られている。


「最近、皇帝ではなくお前が政治を動かしているのではないかと噂が広がり始めた。このままでは、いくら皇妃を懐柔しようと皇帝からの冷遇はひどくなる一方だろう。そうなると、問題だ」

「たとえば」

「皇后が子を産むのが正しい。皇妃たちが未来の皇帝を産むことはあってはならない。それはお前も分かっているんだろうな」


 宰相は私を冷ややかに見据える。


「では、なぜ第一皇妃から第三皇妃まで迎えた状態で私は皇后の座につくことになったのでしょうか。皇后が産むことが正しいのであれば、制度や構造でそれを絶対にすべきだったのでは?」

「皇帝は絶対だ」

「その皇帝が、私を望まぬと言っています」

「私はこの国の未来のために言っている」

「貴方はただ、言いやすい人間に命令するのが得意なだけだ。そして面倒なことは放置する。やりたくないけど進めたいことはお前のために、未来のためにと放り投げ、責任から逃れる貴方の、願う、未来? 自分の為でしょう?」


 言い返すと、宰相は沈黙した。


「貴方は愛妻家の演技が得意だった」

「ああ。人間、明るく朗らかな人間の失敗は許す。悪気が無いと、ある程度の管理や支配を行うとき、人柄や印象ほど侮れないものはない」

「なので、不思議だったんです。お父様は皆に偽るのに、どうして私の前では演技をせず、支配者と管理者でしかなかったのだろうと」

「……それはお前の未来のために必要だったからだ」

「なるほど、ならばこの結末も、お父様のお考えには必要なこと、なのでしょうか?」


 私は壁にかかっていた剣を手に取ると、宰相の胸に突き刺した。


 まどろっこしい復讐は嫌いだ。


 正面から、強行突破。


 これが私。


 それに、人を使うのは嫌いだ。


 不愉快を抹消する至福を、誰にも渡したくないから。


 宰相は信じられないものをみるように振り返る。こういう顔をするのかと、驚くとともに愉快だった。


 想定していなかったんだ。


 私が歯向かうことも、自分が殺されることも。管理するのが当たり前だから。


 国の未来を見据えて、周囲のことを考えてしまうと宣いながら自分の人生の転落について考えることはなかった人だから。


「国の為に死ね──でしたっけ? 尊敬します。お父様、自らのお言葉を、生き方で証明して見せるなんて、私には出来ないことです」

「お前、いつから」

「最初から」


 もう一度、心臓を突き刺す。


「こうしてみたいって思ってました」


 

■■■


 宰相の葬儀は身内だけ、簡素に終わらせた。別荘のそばに湖があるので事故死扱いだ。


 宰相はずっと私を愛娘として外では扱っていたので、私が殺したとは誰も思わない。


 身辺が落ち着きしばらくして、皇帝に呼び出された。


「最近国が変わってきた。調べたところ、前宰相と前皇帝が行っていた悪しき政治の影響で立ち回らなくなっていたものを、お前が少しずつ変えていっていることが分かった」

「さようですか」

「お前は何を考えているんだ」

「何を考えているとおっしゃいましても……」

「皇妃たちは、明らかにおかしい。俺を見る目が違う。そして、お前に向ける目も、以前とは大きく異なる。数多の女を誑かし、お前は何を望む?」

「そのお言葉、そのままお返しします。三人もの女性を皇妃に迎え入れ、何を考えていらっしゃったのですか」

「皆を愛し、いずれ、一人の人間に愛を誓おうと……」

「愛を、誓う。ほかのふたりは」

「分かってもらう。話せば祝福してくれるはずだ」

「くだらない」

 

 くだらないから。


 全員愛せぬならば、知れたこと。一人に選ばれながらも、ほかの人間にも愛されたい、許されたいなどと、浅い器だ。


 他の誰からの赦しも愛もいらぬと捨てられぬ人間の誓いに、何の価値がある?


「貴方は自分を愛しているだけ。私は違う。皆を愛する。たとえ、殺されようとも最期まで皆を愛しぬく。この身を捧げる。選ばれなかった人間など、私の目の前には存在させない。すべて愛する。私を愛する存在を、全員」

「この、悪女め」


 悪女。


 それは、だれかを誑かしたりする存在だ。


 私が誑かした人間から言われるのは分かる。


 でも私は、皇帝を誑かしてなんかない。


 愛したい人間を愛しているだけだ。我が身全て、捧げながら。


「身に覚えがありませんわ」


 私は悠然と微笑み、皇帝の後を去った。


 そして、今日もまた私を求める、花園へ向かう。


 花園というには若干主張が強く、毒々しい気もするけれど。









最近「トワのキッチン」という、平凡な中学生の女の子とアイドル女子高校生(破天荒)のほのぼのとした優しい話を書いています。とても穏やかです。今週の土曜日に完結予定です。作家リンクからどうぞ。



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― 新着の感想 ―
寵愛を競わせ良いとこ取りを目論む皇帝と、皆を愛し、例え悪意を向けられ殺されようとも、誰も取り零すこと無く全てを愛し抜く覚悟の皇后。両者の器の差は歴然ですね。 政治においても、皇后のカリスマ性は皇帝を圧…
すごーい!!相手を選ばず…いや、選んでちゃんと愛してるの凄いな〜〜!!全員の求めるものを与えてるのしゅごい…これは好きになるし、愛してくれているのがわかるから皇帝の寵愛を奪い合うのとかめんどくさくなっ…
ハーレムものは苦手なので普段は読まないのですが、その苦手をいっとき忘れるくらいには主人公が次々落とすので呆気にとられ、またそれがとても面白かったです。GLタグは見ていましたが突然の実質NTRに笑ってし…
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