8 魔導具に依存した街
「……すごい……!」
城門をくぐった瞬間、ルナは思わず声を漏らした。
通りの両脇には、開け放たれた作業場がずらり。カンカンと鉄を叩く音、炉の中で燃え盛る炎。
店先には見たこともない魔導具の数々が並んでいる。
けれど、もっとも目を引いたのは──
「みんな、へんなあるき方」
街ゆく住人が、足を動かさずに進んでいた。
よく見ると、彼らは羽の装飾がついた靴をはいている。それが人を運んでいたのだ。
だが、驚くべき光景はそれだけでは終わらない。
「かみさま、アレ」
ルナが指差したのは、レストランの屋外テーブル。
ちょうど店員が運んできたのは──料理ではなく、大きめの石。
客たちがその石に手を置くと、一瞬光った。すると、彼らは満足げにうなずいて席を立っていく。
首をかしげていると、店先の黒板に気づいた。
── 『幻味亭』
ジャポネ味の『満腹石』入荷! ぜひご賞味ください!
......察するに、どうやらあの石が、料理の代わりとなっているらしい。
「......みらい......」
ルナはしばらく呆然と立ち尽くす。彼女の知る世界からは、あまりにかけ離れた光景だった。
隣では、リヒトが不気味なものを見るように少し目を細めている。
『アフィアート』── 最も魔導具の生産が盛んな街にして、同時に、魔導具に依存しすぎた街。
***
奇妙な光景に目を奪われながら街の奥へ進んで行くと、通りの角に、石造りの建物があった。
入り口に『公衆浴場』と彫られた看板。その横の魔導灯が光を放っている。
「……浴場?」
リヒトが眉を上げる。
天界では湯を張って風呂に入るのも好きだったが、この世界に来てから、湯船には一度も浸かれていない。
旅の疲れもあり、リヒトはその看板を見た瞬間、一気に湯船に入りたい衝動に取り憑かれた。
「行くぞ」
それだけ言って、ズンズンと建物の中に進んでいく。
「……『よくじょう』ってなに?」
ルナは小首を傾げ、その後を追った。
浴室内は白い蒸気が立ちこめていた。
入り口で渡された布を巻いた人々で賑わっている。混浴が当然のものらしく、誰も気にした様子なく言葉を交わしていた。
── 『羽つき靴』は室内用もあるらしい、ほとんど足を動かしている人はいない。
「みずがいっぱい……!」
ルナは目を輝かせ、恐る恐る足を入れる。
湯が細い足首を包み込むと、彼女の肩が震えた。
熱すぎずぬるすぎず──浴槽という魔導具によって、『ちょうどいい温度』が保たれている。
「……あったかい……!」
体全体が浸かると、芯までじんわりと温もりが染み込んでいく。
筋肉がほぐれ、疲れが溶けていくようだった。
「「……っ、いきかえる……!」」
二人はしばし無言で湯に浸かり、旅のホコリを洗い流した。
***
「──隣、失礼するわねぇ」
そう言いながらリヒトの隣に入ってきたのは、黒髪の色気のある女だった。
彼女が湯に沈むと、ざばりと波が立ち、豊かな胸元が水面を割る。
「ん〜さすが、『魔導具の街』。こんなに気持ちいい施設があるなんてねぇ......やってくれるわぁ」
そう言って女は大きく伸びをする。余計に胸が強調される格好になった。
普通の男性ならチラチラ、いや全ての体裁を投げ打ち凝視まであり得るシチュエーション。だが神様は、興味なさげに湯を堪能する。むしろ──
「……お、大きい……」
その存在感に、ルナが思わず目を丸くしていた。
女は艶やかな笑みを浮かべて口を開く。
「あら、おませさんねぇ。『神の子』のお嬢ちゃん」
「? ……わたし、そんな名まえじゃないけど……」
女は一瞬きょとんとしたが、「狭い世界で生きてきたのねぇ」と独りごちて、リヒトへ視線を向けた。
「二人は……親子じゃないわよねぇ」
湿った唇が光る。
「旅の連れだ」
「ふぅん。『神の子』と、ハーフエルフ? ずいぶん珍しい取り合わせねぇ」
「……かみさま、エルフ?」
「見た目が近いだけだ。この俺が地上の種族と同列なわけがない」
彼らの会話を聞いて、彼女の表情が一瞬固まった。
「……今、『神様』って言ったかしらぁ?」
「そうだが? 神は神と呼ばれるものだろう?」
リヒトは平然と答える。
……沈黙。
彼女の表情がじわじわと引きつっていく。
「そ、そう……そうよねぇ。ふふふ……」
乾いた笑みを残しつつ、女は身を乗り出すとルナの耳元に顔を近づけた。
「嫌なことがあったら、すぐに周りの大人に言うのよぉ」
どうやら、子供思いのお姉さんらしい。
だがその思いはルナには届かず、少女は不思議そうに首を傾げただけだった。