表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/18

7 転生者との再会

 「なんか……馬車、多くねえか?」


 歩き始めて数日後。アフィアートの城壁が遠くに見え始めた頃、リヒトが眉をひそめた。

 街道を行く二人の横を、ひっきりなしに荷馬車が行き交う。すっかり周囲は騒がしくなっていた。


「そりゃそうだよ」


 軽快な声が、すぐ横から飛んでくる。


「『アフィアート』は『魔導具の街』だからね。道具の素材や商品を運ぶ馬車で、いつもこの通りさ」


 いつの間にか並走していた馬車の荷台から、若い男が顔を出していた。

 緑がかった髪を後ろでまとめ、爽やかな笑みを浮かべている。


「うおっ! いきなり声かけるな!」


 リヒトは思わず後ずさる。


「あはは、ごめんごめん。()()()()()()()()()()()だったから、つい気になっちゃって」


 人当たりのよい笑顔を浮かべながら、彼は胸に手を当てた。


「僕はロレイン。行商人をして──」


 そこで彼の表情が固まった。

 口をパクパクさせたかと思うと、次の瞬間、腹の底から絞り出すような声が響く。


「──て、て、てんめぇぇぇぇぇえええ!!」


 先ほどまでの爽やかな好青年はどこへやら。

 馬車の上から飛びかからん勢いで、リヒトの襟をつかもうとする。


「ここで会ったが百年目えええぇぇぇ!」

「……かみさま、なにしたの?」

「……い、いや。まったく身に覚えがないな」


 リヒトの言葉が、彼の怒りに油を注いだ。


「忘れたとは言わせねえぞ! 異世界転生できると思った僕に『簿記会計レベルMAX』とかいう地味スキル与えやがってええ! 無双ハーレムどころか、行商人になったじぇねえかああ!!」

「あ、あー……なるほど。……わかった、とりあえず落ち着け」


 彼はリヒトに転移させられた被害者の一人だった。

 加害者は法衣の襟を正しながら、気まずげに口を開く。


「ま、まあでも……『コーニンカイケーシ』? とかいう奴らにも勝てるくらい、金勘定は最強になってるはずだ。……きっと、役に立つ……かもしれん」

「必要ねえんだよそんな複雑な計算!!」


 ロレインが涙目で吠える中、ルナが両手を広げて割って入った。


「かみさま……もう、しゃべらないで」


 少女の必死な仲裁により、二人はようやく黙り込んだ。


 ***


「あはは、ごめん。取り乱しちゃった。つい、底に沈んでた怒りが出ちゃってね」


 リヒトがこの世界・フィアレスに来た経緯を聞きながら、ロレインは次第に落ち着きを取り戻し、最初の爽やかな青年に戻ってゆく。


「実を言うと、もう大して怒ってないんだ。『簿記会計レベルMAX』も……まあ、かなり役に立ったしね」


 そう口にしながらも、その目はどこか笑い切れていなかった。

 一方のリヒトは──視線を遠くに奪われていた。

 城壁の向こう、空に突き立つような巨大な影。

 それは『塔』だった。中心に一本、太い光脈が走り、赤紫の光が脈動している。


「……ロレイン、あの塔はなんだ?」


 リヒトの空気を読めない言動に、青年は笑みを浮かべたまま青筋を立て、かすかにつぶやく。


「……いつか絶対⚪︎す……」


 そして小さくため息をつくと、律儀に答えを口にした。基本的に彼は性格の良い好青年なのだ。


「……あれは『アフィアート・ハート』。あの街のすべての魔導具の魔力の供給源だよ。民家や道端の灯り……それに」


 『魔導具』──魔力を流すことで魔法を発生させる道具のことだ。

 彼は言葉を重ねた。


()()()()()()()()()()──全部、あの塔に依存してる。……ひどい代償とともにね」

「……どういうことだ?」


 ロレインはリヒトの疑問には答えず、物憂げにその塔を見つめる。

 光脈が、心臓のように不気味に明滅していた。


「ま、行けばわかるさ......ところで君たち、さっきの話だとお金を持ってなさそうだけど、街でどうするつもりなんだい?」

「「......あ......わすれてた......」」


 二人の声が重なる。青年は呆れたようにため息をついた。

 リヒトはしばし考える。

『神通力』で作ろうにも、そもそもこの世界の貨幣を知らない。

 金がなければ今晩の宿も取れない。ベッドで寝られることを楽しみにしていたというのに。


「......ロレイン、今、買取りはできるか?」

「......できるけど、売れるものはあるのかい?」

「今作る」


 そう言って、リヒトがパチンと指を鳴らす。『神通力』が光を形に成していく。

 やがて出来上がったのは、長方形をした小型の魔導具だった。 


「えーと、名前は確か......『ライター』だ。ここを押すと、ほら、火がつく」

「........................そんなこともできるのムカつくなあ」


 納得できないように、ジトっとリヒトを睨む。だが、やがて真顔に切り替えた。


「......まあ、いいよ、買い取る。物好きの貴族に売れそうだ.......金貨二枚でどうだい?」

「宿は一晩いくらだ?」

「銀貨一枚もあれば。金貨の十分の一だよ」

「十分だ」


 取引成立。お互いの品を交換する。


 手綱を握り直しながら、ロレインがふと口を開く。


「……さて、僕はもう行くよ」


 彼は軽く笑みを浮かべ、馬車を動かしながら片手を振った。


「えーと、ルナちゃん? 道中、気をつけてね。……そっちの神様は、できるだけ危険な目にあうことを願ってるよ」


 それだけ言って、ロレインの馬車は砂煙を上げて走り去っていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ