7 転生者との再会
「なんか……馬車、多くねえか?」
歩き始めて数日後。アフィアートの城壁が遠くに見え始めた頃、リヒトが眉をひそめた。
街道を行く二人の横を、ひっきりなしに荷馬車が行き交う。すっかり周囲は騒がしくなっていた。
「そりゃそうだよ」
軽快な声が、すぐ横から飛んでくる。
「『アフィアート』は『魔導具の街』だからね。道具の素材や商品を運ぶ馬車で、いつもこの通りさ」
いつの間にか並走していた馬車の荷台から、若い男が顔を出していた。
緑がかった髪を後ろでまとめ、爽やかな笑みを浮かべている。
「うおっ! いきなり声かけるな!」
リヒトは思わず後ずさる。
「あはは、ごめんごめん。見たことあるような背中だったから、つい気になっちゃって」
人当たりのよい笑顔を浮かべながら、彼は胸に手を当てた。
「僕はロレイン。行商人をして──」
そこで彼の表情が固まった。
口をパクパクさせたかと思うと、次の瞬間、腹の底から絞り出すような声が響く。
「──て、て、てんめぇぇぇぇぇえええ!!」
先ほどまでの爽やかな好青年はどこへやら。
馬車の上から飛びかからん勢いで、リヒトの襟をつかもうとする。
「ここで会ったが百年目えええぇぇぇ!」
「……かみさま、なにしたの?」
「……い、いや。まったく身に覚えがないな」
リヒトの言葉が、彼の怒りに油を注いだ。
「忘れたとは言わせねえぞ! 異世界転生できると思った僕に『簿記会計レベルMAX』とかいう地味スキル与えやがってええ! 無双ハーレムどころか、行商人になったじぇねえかああ!!」
「あ、あー……なるほど。……わかった、とりあえず落ち着け」
彼はリヒトに転移させられた被害者の一人だった。
加害者は法衣の襟を正しながら、気まずげに口を開く。
「ま、まあでも……『コーニンカイケーシ』? とかいう奴らにも勝てるくらい、金勘定は最強になってるはずだ。……きっと、役に立つ……かもしれん」
「必要ねえんだよそんな複雑な計算!!」
ロレインが涙目で吠える中、ルナが両手を広げて割って入った。
「かみさま……もう、しゃべらないで」
少女の必死な仲裁により、二人はようやく黙り込んだ。
***
「あはは、ごめん。取り乱しちゃった。つい、底に沈んでた怒りが出ちゃってね」
リヒトがこの世界・フィアレスに来た経緯を聞きながら、ロレインは次第に落ち着きを取り戻し、最初の爽やかな青年に戻ってゆく。
「実を言うと、もう大して怒ってないんだ。『簿記会計レベルMAX』も……まあ、かなり役に立ったしね」
そう口にしながらも、その目はどこか笑い切れていなかった。
一方のリヒトは──視線を遠くに奪われていた。
城壁の向こう、空に突き立つような巨大な影。
それは『塔』だった。中心に一本、太い光脈が走り、赤紫の光が脈動している。
「……ロレイン、あの塔はなんだ?」
リヒトの空気を読めない言動に、青年は笑みを浮かべたまま青筋を立て、かすかにつぶやく。
「……いつか絶対⚪︎す……」
そして小さくため息をつくと、律儀に答えを口にした。基本的に彼は性格の良い好青年なのだ。
「……あれは『アフィアート・ハート』。あの街のすべての魔導具の魔力の供給源だよ。民家や道端の灯り……それに」
『魔導具』──魔力を流すことで魔法を発生させる道具のことだ。
彼は言葉を重ねた。
「歩行や食事に至るまで──全部、あの塔に依存してる。……ひどい代償とともにね」
「……どういうことだ?」
ロレインはリヒトの疑問には答えず、物憂げにその塔を見つめる。
光脈が、心臓のように不気味に明滅していた。
「ま、行けばわかるさ......ところで君たち、さっきの話だとお金を持ってなさそうだけど、街でどうするつもりなんだい?」
「「......あ......わすれてた......」」
二人の声が重なる。青年は呆れたようにため息をついた。
リヒトはしばし考える。
『神通力』で作ろうにも、そもそもこの世界の貨幣を知らない。
金がなければ今晩の宿も取れない。ベッドで寝られることを楽しみにしていたというのに。
「......ロレイン、今、買取りはできるか?」
「......できるけど、売れるものはあるのかい?」
「今作る」
そう言って、リヒトがパチンと指を鳴らす。『神通力』が光を形に成していく。
やがて出来上がったのは、長方形をした小型の魔導具だった。
「えーと、名前は確か......『ライター』だ。ここを押すと、ほら、火がつく」
「........................そんなこともできるのムカつくなあ」
納得できないように、ジトっとリヒトを睨む。だが、やがて真顔に切り替えた。
「......まあ、いいよ、買い取る。物好きの貴族に売れそうだ.......金貨二枚でどうだい?」
「宿は一晩いくらだ?」
「銀貨一枚もあれば。金貨の十分の一だよ」
「十分だ」
取引成立。お互いの品を交換する。
手綱を握り直しながら、ロレインがふと口を開く。
「……さて、僕はもう行くよ」
彼は軽く笑みを浮かべ、馬車を動かしながら片手を振った。
「えーと、ルナちゃん? 道中、気をつけてね。……そっちの神様は、できるだけ危険な目にあうことを願ってるよ」
それだけ言って、ロレインの馬車は砂煙を上げて走り去っていった。