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3 ネズミから人へ

 川だ。それなりの幅の水面が、日にきらめきながらサラサラと流れていた。

 川辺に立ち、リヒトは少し考える。


「……なあ、丁度いいし一回体洗えよ。汚いわお前」

「……ひどい」


 ルナは頬をふくらませて抗議したが、結局リヒトに従うことになった。 


 ***


 彼が指先を軽く弾くと、掌に小さな白い塊が生まれた。それをルナに放る。


「これ、なに?」

「人間が言うところの『石鹸』だ。汚れを落とすのに使う」


 少女はきょとんとした顔をする。


「......どうやってつかうの?」


 リヒトはため息をつくと、彼女の髪をざぶりと川水に浸した。


「ひゃっ……つめたい!」

「我慢しろ。どうせ普段洗ってねえんだろ」

「……ちょっとはあらってるもん……」


 むくれるルナを横目に、リヒトは石鹸を泡立て、髪をこすり始めた。

 灰色に見えていた髪が、段々と色を変えていく。


「……こりゃ灰色じゃねえな。銀だ」


 リヒトは川水をすくって彼女の髪をすすぐ。濡れた髪が光を受け、白銀にきらめいた。


「んじゃ、今の感じで体も洗え」


 リヒトはそう言ってルナへ再び石鹸を放る。


「……えっち」

「お前に欲情するかクソガキ!」


 彼女は納得していないようだったが、着ていたボロ布を脱いで、石鹸を泡立てると肌をこすり始めた。

 泥で汚れていた肌も、本来の白さを取り戻す。


「.......小綺麗になると、髪も切りたくなってきたな」


 リヒトは少女のうっとうしく伸びた髪の毛をみてつぶやく。

 彼は小さなハサミを生み出し、ルナに座るように(うなが)した。だが、


「かみは......ヤダ」

「はあ、なんで?」

「目、かくせなくなる」

「............うるせえ! 座れ!」


 一瞬やめようかと思ったリヒトだったが、なぜ神が人間の意思を尊重しなければならないんだと考え直し、強制的に座らせる。

 ざくざくと肩くらいに切り揃えていく。

 もちろん、嫌がるルナを無視して前髪も強制的に切る。


「よし、これでいい」


 リヒトは髪を払い、軽くうなずいた。


「……かみさま、いじわる」


 ルナはむっと頬を膨らませながら、上目遣いにリヒトを見上げてきた。

 大きな赤い瞳が、あらわになった顔立ちの中でひときわ強く光っている。


「……」


 無意識のうちにリヒトは思わずその頭をワシャワシャと撫でていた。

 ──はっとして手を止める。


(あぶねえ、無意識だった。……なんだこの小動物的な可愛さ。さっきの男どもとほんとに同じ種族なのか? 人間奥深えー)


 ごまかすように頭をかきながら、わざとそっぽを向いた。

 一方、少女の口元にはほんの少し笑みが浮かんでいる。


「……お父さんって、こんなかんじ、かな」


 頭を抑えながら、ポツリと呟いたその言葉は、彼には届かない。


 リヒトは、ふと川辺に脱ぎ捨てられたルナが着ていた布に目をやった。


「……なんかもうここまできたら服も新しくするか……どうみても雑巾だしアレ……」

「ふ、ふくだもん」


 少女の抗議を無視しながら、指先を鳴らす。

 光がかたちを成し、彼の手に一枚のワンピースが現れる。


「ほらよ」


 ルナは目を丸くしてそれらを受け取った。

 簡素な黒のワンピース。黒にしたのは汚れを目立たせないためだ。

 少女は慌ててそれに袖を通す。

 白銀の髪が肩にかかり、赤い瞳が丸く映える。泥とススに隠れていた姿が、別人のようにあどけなくも可憐に整った。


「これで、ネズミから人間になったな」

「ひどい! …………でも……かみさま、ほんとに……ありがと……」


 言葉尻にかけて、ルナの声は震え、涙をこらえるような声音に変わっていった。

 彼女は大事そうに着ているワンピースをぎゅっと抱きしめる。

 リヒトは所在なさげに頭をかき、目を逸らした。


 ***


 その後、二人はルナの寝床だという場所へ到着した。

 ちなみに、せっかく洗ったのに汚れるのもしゃくということで、神様は靴もあげている。


「……ただの洞窟だな」


 森の中、岩肌にぽっかりと開いた小さな洞窟。

 人が数人寝そべればいっぱいになる程度。床には枯葉が敷かれているが、快適とは言えそうにない。


「ルナ、火は起こせるのか?」


 辺りはすでに薄暗くなってきている。リヒトは普段少女が夜をどう過ごしているのか気になった。


「うん」


 そう言うとルナは、指先に小さな火を灯した。


(ふうん。火の魔法が使えるから今まで生き残ってきたってことか)


 内心納得する。寒さや獣など、少女が暮らすには森の生活は過酷だろう。だが、魔法で火が起こせるならまだマシな生活環境になる。


 辺りはすっかり暗くなっていた。洞窟の入り口で焚き火を囲む。

 礼だというルナが溜めていた木の実をかじりながら、二人はぽつぽつと会話を交わしていた。


「……かみさま、いつもなにしてるの?」


 枯葉を敷いた上にちょこんと座り、ルナが問いかける。


「昼寝、世界鑑賞、あとは、『マンガ』とかいう本読んだり……」

「……ヒマガミ……ぷっ……」

「バカにしてんのか!? 俺も仕事してるわ! 新しい世界に行く魂に『スキル』を与えてるし!」


 ルナは首をかしげる。


「……『スキル』?」

「お前らの言うとことの魔法、だな。どんな魔法でも俺なら与えてやれる」

「……すごい。いまもあげられる?」


 リヒトは得意げに鼻を鳴らした。


「当たり前だ。ただし、それなりの『神力』を使うからな。天界へ帰るために今後半年は使うつもりはないが」

「みれないんだ……」


 焚き火の光が、少女の赤い瞳に反射していた。

 リヒトはその横顔を見やる。人間などただの『器』だと思っていた。だが、人間との── この少女とのやり取りは、予想外に心地が良い。


 少し沈黙が訪れた、その時だった。


「キャーーーーーーーーーーーー!!!!」


 遠く、闇を裂くように叫び声が響いた。

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