2 ハズレの少女
ルナがびくりと肩を震わせる。
「こっちから聞こえたぞ」
声とともに、数人の男たちが木々の間から姿を現した。
くわや棒切れを手に、警戒するように歩いてくる。
どうやら、リヒトが落ちてきたときの音を聞きつけてやってきたらしい。
「……っ」
ルナの顔が一瞬で青ざめた。
男たちの目が彼女を見つけた瞬間、空気が変わる。
「……あれは、『外れ者』じゃないか」
「……あれは、『外れ者』じゃないか」
「……あれは、『外れ者』じゃないか」
ひそひそとささやく声。
不気味なことに──三人が口にした内容は全く同じだった。
ルナはただうつむいて、彼らの声に耐えている。
リヒトが口を開く。
「お前ら村の人間か? いくらなんでも目の色が違うだけで追い出すのはどうかと思うぞ」
「……なんだアイツ。……エルフ?」
リヒトの言葉に男たちは一瞬面食らったようだったが、すぐに言い返してきた。
「……大問題だ!」
「……大問題だ!」
「……大問題だ!」
再び同じセリフが口にされる。よく見ると、顔立ちは違うものの、全員服装や髪型も似ている。
「はぁ? なんで繰り返すんだよ気持ちわりい……」
ルナはうつむいたまま、彼の袖をギュッと握りしめていた。その腕は、小さく震えている。
「……『違うヤツ』は、死ね!」
そう言いながら、男の一人が足元の石を拾い上げ、二人に向かって投げつけた。他の村人もそれに続く。
「......いい度胸してるじゃねえか」
ルナに対する蔑みに──ではない。
人間ごときが神である自分に石を投げたことが、彼の額に青筋を立てる。
「一発ぶん殴る」
「まって、かみさ──」
ルナの制止も聞かず、リヒトは一蹴りで男たちの前まで距離を詰めた。
次の瞬間。
ドゴォッ!
鈍い音が響き、一人の男が宙を舞う。
さらにリヒトの拳がうなりを上げ、次々と村人たちは木の幹や地面に叩きつけられた。
神の肉体は人のそれとは格が違う。人間が相手になることなどないのだ。
「ぐあっ!」
「いって── ぇ.......ぐあっ!」
無理やり同じセリフにしたようなうめき声が重なり、倒れた男たちは地面を転がる。
やがて、足をもつれさせながらも、なんとか立ち上がった。
「覚えてろよぉ……っ!」
勝てないと一発で悟ったのだろう、最後にリヒトを恨みがましく睨みながら、村人たちは逃げ去っていった。
「......かみさま......ちょうつよい......」
静かになった森で、少女がポツリとつぶやく。
***
二人はルナの寝床だという場所へ向かっていた。
彼女なりに礼をしたいらしく、行く宛のないリヒトは素直に後をついていくことにする。
「……なぁ、さっきのヤツら、なんであんな同じ感じだったんだ?」
リヒトは、ふと気になっていた疑問を口にした。
ルナはわずかに目を伏せて答える。
「……むかしからそう。みんな、おんなじ」
彼女が思い出したのは、幼いころ、母から教えられた村の歴史。
──その村も、もともとはただの村だった。
けれど遠い昔、争いが起きたときに『一致団結』が必要になった。
それからだ。誰かが少しでも変わったことをすれば、すぐに白い目が飛んでくるようになったのは。
だからみんな、必死で『同じ』に揃えようとした。
──そして気づけば、その『同じ』は、とっくにやりすぎになっていた。
「ふうん」
リヒトは鼻を鳴らす。
皮肉なことに、この場所に落っこちた神様は『同じ』がキライだった。
「つまんねえヤツらだな。『違う』方が面白えだろ」
髪の向こう、ルナの大きな瞳がぱちぱちと瞬く。
彼女にとって、それは初めて聞く価値観だった。
これまで『違うこと』はただ恐れる対象でしかなかったのに──目の前の男は、それを面白いと言い切ったのだ。
......『変わった人間の方が天界から観察するときに面白い』という考えからなのだが、幸い少女にその真意が伝わることはない。
「かみさま......へんなの」
そう言って、フッと少し笑う。
母親以外で、自分の個性を認めてくれる人がいた。彼女にはそれが、無性に嬉しかった。
その傲慢さゆえに逆に好感度を上げた神様もまた、問いを発する。
「そういえば、両親はなにしてんだ? 人間の生態には詳しくねえが、確か、子供は親に守られるもんじゃなかったか?」
「……お母さんは、びょうきでしんじゃった……お父さんは、はじめからいない……」
そこまで言って、彼女のお腹から、グーと大きい音が鳴った。
「……あっそ、母親が死んでいよいよ追い出されたってわけか」
お腹の音は無視して歩みを進めるリヒト。だがもう一度、グー。
「…………パンでも食うか?」
そう言って指を弾く。『神通力』で、手のひらにパンを出現させた。
この程度の奇跡であれば、大した『神力』も必要としない。
ルナの顔が一気に輝く。
「かみさま! ほんとにすごい! なんでもできる!」
一瞬で彼女の視線はパンに釘付けになっていた。痩せた腕を見れば、まともな食事をしていないことは明らかだ。
リヒトは少女の純粋な賞賛に悪い気はせず、ちょっと得意気になってパンを放る。
「ほら、やるよ」
「ありがとう!」
ルナは小動物のように飛びついて受け取り、そのまま勢いよく口に詰め込み始めた。
「……もぐもぐもぐっ、んぐっ……ごほっ、ごほっ!」
「あーもう、慌てて食うな。食事初心者め」
リヒトは呆れつつ一杯の水を出現させる。少女はそれを受け取ってがぶ飲みした。
「……ぷはっ……かみさま、いのちのおんじん……」
「……お前、今まで何食ってたわけ?」
「木のみとか虫とか……」
「虫!?」
「? たんぱくしつだよ?」
「虫食える幼女、初めて見たわ……」
ルナがきょとんとしながらパンをかじり続けるのを、彼は若干引いた顔で見つめていた。
そんなやり取りをしていると、いつの間にかサラサラという音が聞こえてきた。