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1 神様の厄日

 「はいはい、トラックに()かれた男子高校生ね。じゃ、スキルは──『一発ギャグ・必中』」

「やめてください神様ぁぁぁ!」


 バタン、と魂が転生ゲートに吸い込まれていく。

 その姿を見送りながら、男はつぶやいた。


「……はぁ、退屈だ」


 彼の名はリヒト。神である。

 といっても、雷を落としたりするような偉そうな神ではない。

 神らしい仕事といえば、たまに人間の魂を『異世界』へ『スキル』を与えて案内するだけ。

 残りの時間は、昼寝をしたり、世界を上から眺めたり。つまりは、暇。


「フィアレスでも覗くか」


 リヒトが最近お気に入りにしている世界──フィアレス。

 彼が指をパチンと鳴らすと、足元の床はフィアレス上空へと転移する。

 床が透けて、下が見えるようになった。


「……ここの魔王、まだ人類側に知られてすらねえだろ」


 つい先日、魔王が誕生し、「さあこれから人間と血で血を洗う戦いが始まるぞ!」と期待していたのだが……。

 一向に魔王は動かない。人類に攻撃を仕掛けるどころか、じっと魔王城に引きこもったまま。


「もっとこう、派手にやれよな。人類の半分くらい吹き飛ばすとかさ。エンタメ性が足りないんだよ、エンタメ性が」


 リヒト──いや、ほとんどの神にとって、人間の価値は低い。

 人間は魂を入れるだけの『器』。増えようが減ろうが、悠久を生きる存在からすれば取るに足らないこと。


「はぁ……ほんと暇。魔王動けっての」


 ぐでーっと寝そべりながら、彼はぼやいた。長い金髪の頭をポリポリとかく。


 「……よくそんな年季の入った床に寝転べるわね」


 背後から女性の声。振り返ると、黒髪をかき上げながら歩み寄る人影があった。

 同期の女神・セレナだ。


「セレナか。……俺のとこにくるなんて珍しいな」

「苦情よ、苦情。アンタの与えるスキルが適当すぎるって、私のとこに来る魂からよく言われるのよ。で、いい加減文句言いに来たってわけ」

「でも、『剣聖』で無双するより『包丁さばきレベルMAX』で戦ってるとこ見る方が面白いだろ」


 セレナは呆れ顔でため息をついた。


「アンタねぇ……そんなことばっかりしてると、そのうちバチが当たるわよ」

「ははは、そんなバカな。神にバチが当たるわけ──」


 その瞬間。

 ミシッ、と嫌な音が走った。


「……え?」

「……言わんこっちゃない!」


 視界がぐらりと揺れる。足場が崩れ、リヒトの体が床の裂け目に吸い込まれそうになった。

 慌てて彼女に向かって手を伸ばす。


「お、おいセレナ! 助け──」


 ドンッ! と肩に衝撃が走る。

 突き飛ばしたのは、セレナだった。


「ちょ、なんで!?」

「ちょうどいい薬よ! 少し地上で魂たちの苦労を学んでらっしゃい!」

「はぁぁぁぁ!? パワハラだぞぉぉぉぉお!!」


 叫び声とともに、リヒトは世界フィアレスへと墜落していった。


 ***


 ──ドガアンッ!!


 轟音とともに顔面から土に突っ込み、リヒトはうめいた。


「いってぇ……これ絶対、労災案件だからな……」


 天界の真っ白な雲海ではなく、湿った黒土。頬には小石が刺さり、彼のまとう簡素な法衣にも落ち葉が張り付いている。

 見渡せば、鬱蒼(うっそう)とした森の中。鳥の鳴き声と虫の羽音がやけに生々しい。


「なにが苦労を学べだ……すぐに帰ってやる。俺の『神通力』を舐めるなよ!」


 そう言ってパチンと指を鳴らす。

 空間に発生した光。徐々にそれは大きくなるが──形を成す前に、消えてしまった。


「……『神力』が足りねえ……さっき『スキル』与えるのに結構使ったからな……」


 本来なら天界へと続く光の道が現れるはずだ。

 神が起こす奇跡──『神通力』──は、自身にためている『神力』を使って発動する。

 天界であれば『神力』は腐るほどあるので、すぐにたまるのだが.......この世界は『魔力』に満たされていて、『神力』がほとんどない。

 計算してみると、足りない分がたまるのを待つと──天界に戻れるまで半年はかかる。


「……マジで? 異世界生活始まるのか?」


 もちろん、リヒトからすれば半年など瞬きにも等しい時間だ。だが、それは天界でゴロゴロしているときの話。

 人間界でそれほどの時間を過ごした経験などない。

 どう過ごせばいいのか、頭を抱えたとき──。


 「……だれ?」


 か細い声が背後からした。

 振り返ると、そこに立っていたのは小さな少女。

 年の頃は六つか七つ。ぼろ布のような服をまとい、裸足の足は泥で汚れている。

 ボサボサの灰色の髪の奥からこちらを見上げるその姿は、森に取り残された小動物のようだった。


「……お、おじさん?」


 少女はリヒトを見て、戸惑った声を出す。


「おじさんじゃないだろ! お・に・い・さ・ん! もっと言うと神様!」


 思わず素で返してしまう。

 彼女は小首をかしげ、つぶやく。


「……かみ、さま?」


 少女はおそるおそる近づいてきた。

 そして、破れた服の袖からのぞく小さな手で、リヒトの泥だらけの肩口をちょこんとつついた。


「……いたくない? だいじょうぶ?」

「え? ああ……いや、大丈夫」


 不意の優しさに、一瞬戸惑う。

 神が他の存在から『心配される』ことは、滅多にない。

 こういうときどんな顔すればいいのかわからないの状態になったリヒトは、誤魔化すように言葉をかけた。


「……お前、名前は?」

「……ルナ」

「ルナ、ね。……ガキがなんでこんな森ん中に一人でいるんだ?」


 彼が土を払いながら問いかけると、ルナは小さな声で答える。


「むらから……おいだされたから」


 彼女はそこまで言ってうつむき、裸足のつま先で土をこすった。


「なんでか言えよ! 気になるだろ!」


 リヒトには基本的に人間に遠慮するという発想はない。

 彼の声に、ルナはおずおずと顔をあげて答えた。


「わたし、『ハズレモノ』、だから」

「......『外れ者』?」


 リヒトは眉をひそめる。

 ルナは裾をぎゅっと握りしめた。


「……わたしの目、あかいでしょ」


 髪の影からこちらを見つめるその瞳は、確かに深紅に光っていた。


「......それで追い出されたのか? 人間ってそんなきびし──」


 ──ガサッ。


 そこまで言って、茂みが揺れる音がした。

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