第8話 独りよがり
広げた地図を広げて、地図上の赤い光を目で追う。仕事もなくソフィアさんがいない時間は、いつも部屋に篭って地図を眺めてばかりだ。
ふいに扉がノックされる音が響いたので、地図から目を離さずに「どうぞ」と言った。
「失礼いたします」
「アイシャか。何か用か?」
「相変わらずソフィア様がいないと無愛想ですね」
「ソフィアさんがいないのに愛想をよくする理由が分からない」
「うわ、最低ですね」
アイシャは僕に対して言葉に遠慮がない。それには理由がある。
ソフィアさんは婚約破棄された当時、著しく精神的な体調を崩してしまった。その時にソフィアさんを支えるために時に協力し時に意見をぶつけ合ったのがアイシャなのだ。
今では戦友のような関係に落ち着いており、お互い言葉に遠慮がない。決して仲がいいわけではないが、お互いのソフィアさんを想うところは認め合っている、という感じだ。
「レオンハルト様、またその地図を見られているのですか?」
「これを見てると、ソフィアさんを感じられて落ち着くから。仕方ないだろう」
「うっわぁ」
アイシャがドン引いた声を上げる。
まあ、気持ちは分かる。
実は、僕が目の前に広げている地図は実は魔法道具である。地図と対になる小物の居場所が示されるように魔法がかけられているものだ。
つまりその小物を持ち歩いている人物のいる場所がリアルタイムで分かるようになっているのだ。
この間ソフィアさんに渡したイヤリングには、場所探知の魔法がかけられており、地図上の赤い光はソフィアさんの居場所を示している。
ソフィアさんと結婚してから1周年記念の時に贈ったもので、少し前に壊れてしまったので、この間のデートで改めて渡したのだ。
「それ、ソフィア様には伝えてあるんですか?」
「……記憶喪失になってからのソフィアさんには言ってない」
「普通に最低ですね」
「だって、言ったら、嫌われるかもしれないじゃないか……っ」
ソフィアさんは2年間の記憶を失ったばかりで、僕のことも忘れてしまっている。よく知らない男に監視されているとか、嫌がられるかもしれない。そう思ったけれど、やっぱりソフィアさんが僕なしで外出する時は、これがないと落ち着かない。何より……。
「それに危険もある。ソフィアさんの居場所が常に分かってるに越したことはないだろう」
「“あのこと”ですか?」
「そうだ」
「……“あのこと”ソフィア様に伝えなくて、よろしいのですか?」
「言わない。ソフィアさんが混乱するかもしれないから」
「それがソフィア様の危険に繋がるかもしれないのに?」
そう言われて、アイシャの方を見る。探り合うような視線を交わした後、僕は口を開いた。
「……ソフィアさんは僕が守る。敵意からも悪意からも。全てから切り離して、ただ綺麗な場所で笑っていて欲しいんだ」
一瞬の緊張感の後、アイシャが「はぁ……」とため息をついた。
「それがただのレオンハルト様のエゴではなく、ソフィア様のためになるならいいのですが……」
「うるさいな」
エゴだというのは分かっている。実際、この間からソフィアさんには避けられているのだから。
ソフィアさんが元婚約者を奪った女性と再会してしまった時、過呼吸状態に陥ってしまった。僕は咄嗟の判断でベットの上に横たわる彼女を抱き寄せたけれど……。あれが良くなかったのかもしれない。
あれ以来、ソフィアさんから避けられているのだから。
もしかしたら、よく知らない男から抱きしめられて、嫌悪感でも抱いたのかもしれない。
それか僕のソフィアさんに対する執着に気づいて、距離を置こうと決めたのかもしれない。
不安ばかりがよぎる。ソフィアさんのこととなると、僕はいつもこうだ。別の人間のことなんてどうでもいいとすら感じるのに。
「……ソフィアさんに会いたいな」
そして、彼女の笑顔を見て、まだ嫌われていないのだと安心したい。