第5話 初(?)デート
「ソフィアさん。そろそろ領地の中を周ってみませんか?」
レオンハルト様からそう提案されたのは、目を覚ましてから数日が経過した頃のことだった。
「領地の中をですか?」
「はい。僕たちの屋敷は王都に隣接しているガーディン公爵領に建てられています。公爵領は観光名所としても有名で、見るところが沢山あるんですよ。結婚してからはソフィアさんと一緒に公爵領を周ることも多かったです」
「そうなのですね」
「はい。それに思い出の地を巡れば、記憶を取り戻す一助になるとお医者様にも言われましたし……、何より僕がソフィアさんとデートしたいんです」
「そ……っ、そうなのですね……っ」
私はちょうど飲んでいた紅茶を吹き出しかけた。彼のストレートな言葉にはまだ慣れない。
「分かりました。それでは一緒に公爵領を周りましょう。何か思い出すことがあるかもしれませんものね」
「まあ、そんなに力まずにいて下さい。楽しむついでに、思い出せたらラッキーくらいで。だってせっかくのデートなんですから」
「う……、そ、そうですね」
「デートですよ、ソフィアさん」
「さ、流石にからかってらっしゃるでしょう?」
私が上目遣いで睨むと、彼はクスクスと笑った。
「いいえ? ただ可愛らしいなって思っただけです」
「やっぱりからかってらっしゃる……!」
私が頬を膨らますと、彼は更にクスクスと笑ってきた。私が反撃できずにいると、アイシャがパンパンと手を叩いて、私たちの間に入ってきた。
「はいはい。私もいるんですから、夫婦でイチャイチャするのはやめてください。ソフィア様、お出かけの準備を手伝いますので、こちらへ」
「ええ、そうね……!」
アイシャが助け舟を出してくれたので、これ幸いとばかりに私は部屋を後にした。
アイシャに手伝ってもらってお出かけ用の服装に着替える。準備が終わって屋敷の外に出ると、既にレオンハルト様は馬車の前で待機していた。
私が屋敷から出てきたことに気づくと、彼はふわりと微笑んだ。
「それじゃあ行きましょうか」
「はい」
彼に手を差し出されて、馬車に乗り込む。
差し出された手を握るのは、まだ慣れない。慣れないけれど……何の違和感も持たずに私は彼の手に手を重ねていた。きっと二年間で何度も彼にエスコートをしてもらっていたから、それを感覚として体が覚えているのだろう。
馬車に乗ってすぐにレオンハルト様が口を開いた。
「ソフィアさん。街に出る際の注意点ですが」
「はい」
「念のため、記憶喪失になったことは周りに伏せておきましょう」
「何故ですか?」
「記憶喪失になったことを利用する人間がいるかもしれないからです。例えば、結婚してから親しくなったと嘘を吐いて近づき、誘拐を目論んだり、公爵家の情報を抜き出そうと考える人間がいるかもしれませんから」
「なるほど。確かにそれはそうですね。分かりました」
レオンハルト様の言うとおりだ。私の記憶喪失を利用してよからぬことを企む人物がいてもおかしくないだろう。用心に越したことはないのだ。
私は改めて気を引き締めた。
「それから僕のそばを離れないようにして下さい」
「はい。分かりました」
「ちょっとでも体調不良を感じたら教えて下さいね」
「はい。分かりました」
「あと、外を一緒に歩く時は手を繋ぎましょう」
「はい。わかり……って、手を⁈」
私が驚くと、彼は爽やかな笑顔で頷いて、私の片方の手を取った。そして。
「はい。こうやって指を絡めて繋ぐんです。いつもそうでしたから」
「な、な、な……っ」
まるで恋人同士のような手の繋ぎ方に、顔が沸騰していくのが分かった。これは今の私には難易度が高すぎるわ……っ。
「あ、あ、あの、それは、まだ私には早いというか……やめていただけると有り難いというかっ」
「そうですか……。僕は繋ぎたいですけど、ソフィアさんがそう言うなら仕方ないですね」
そう言って、彼はあっさりと手を離した。しかし、彼の表情はしょんぼりとしていて、罪悪感がかき立てられる。でも、手を繋ぐのはまだ恥ずかしいし……。
そんなことを考えていると、彼はポツリと呟いた。
「でも、僕たちはいつも手を繋いでいたから、僕たちを見かけた領民は不思議に思うでしょうね……」
「え⁈」
「不仲を疑われたりするかも」
「そ……な……っ」
「さて、どうされますか? ソフィア様」
レオンハルト様はにっこりと微笑む。
確かにいつも手を繋いでいた二人が繋いでいないとなると、不思議に思う人も出てくるかもしれない。けれど、手を繋ぎたいからってそんな風に呟くなんて……
「あ、あなたは意外と策士なのですね……っ」
「そうですよ? ソフィア様のことになると不思議なくらい頭が回るんです」
ということで、私達は手を繋ぐことが確定した。しかし、恥ずかしいので手を絡ませる恋人つなぎは勘弁してもらった。
☆☆☆
しばらくして、馬車が目的地に辿り着いた。馬車を降りると、レンガ道の大通りに綺麗な店が建ち並んでいる光景が目に飛び込んできた。
「ここら一帯の店を見て回ることがソフィアさんのお気に入りだったんですよ」
「そうなんですね」
「それじゃあ気になる店があったら言って下さいね」
「あ、それならあのお店が気になります」
私が指差したのは魔法道具専門店だ。そのお店を見てレオンハルト様は目を細めた。
「ああ、あそこはソフィアさんのお気に入りの店ですよ。僕もあの店に注文していた品があるので、ちょうどいいです。入りましょう」
ということで早速二人で店に入っていった。店の中には剣や盾、杖などの武器類から、ネックレスやイヤリングなどの身につけるアクセサリー類まで幅広く置いてあった。
「それじゃあ、僕は店主と話してくるので、ソフィアさんは自由に見ていて下さい」
そう言って、レオンハルト様は店主と共に店の奥に入っていってしまった。私は一人で店の中を見て回る。
魔法杖などは魔法学校時代に使っていたので、私にとってすごく馴染みがある。杖を使うことで魔力が安定するから、魔法初心者の生徒の練習に使えるのよね。
興味が出たのは、魔法を付与したというアクセサリー類だ。魔力増強効果や魔力回復効果など様々な効果が付与されていて、面白い。これを身につけたらどれくらい魔法を使う時の効率がアップするのか気になるなぁ。
ただ一つ一つの値段が高いから、簡単には手を出さないけれど。
「欲しいんですか?」
「へっ?」
振り返ると、いつの間にかレオンハルト様が後ろに立っていた。商品に夢中になっていて、彼が戻ってきたことに気づかなかった。
「よければ購入しますよ」
「いえ、こんなに高いもの大丈夫です」
私は首を横に振って、購入を辞退した。こんなに高いものを誕生日でもないのに購入していただくわけにはいかない。
「そうですか? でも、ソフィアさんに渡したいものがあるんですよ」
「え?」
そう言ってレオンハルト様が差し出してきたのは、ガラス製のイヤリングだった。
「い、いただけません……!」
「いえ、元々ソフィア様に僕がプレゼントしたものだったんですけど……ソフィアさんが記憶を失う前日だったかに壊れてしまったみたいで、早急に魔力付与し直してもらったんです」
「そ、そうなのですか?」
「はい。なので、受け取って下さい」
そう言われたので、私は彼からイヤリングを受け取った。
「ちなみに何の魔法が付与されているのですか?」
「それは秘密です。でも、ソフィアさんを守るものなので、これ毎日つけて下さいね」
「ま、毎日ですか?」
「はい。それで僕のことを毎日考えてくれていると嬉しいなぁ、なんて」
「……っ」
少し頬を赤く染めてそんなこと言われてしまえば、どうしていいか分からなくなってしまう。私は顔に血が昇るのを感じながら必死に首を縦に振った。
だから、結局、何の魔法が付与されているのか。どうしてこのイヤリングが壊れてしまったのか……聞かず仕舞いになってしまった。
用事も終わったので外に出て、しばらく二人で歩いていると、歩いている人が声をかけてきた。
「お、レオンハルト様にソフィア様じゃないですか! 相変わらず仲がよろしいですね~」
「あはは、そうですね」
「そういえばレオンハルト様が減税の案を当主様に提出してくれたんですって?」
「はい。そんなこともしましたね」
「いや~助かりましたよ。そのお陰で、うちも家計が楽になりましたからね。あ、これサービスです。もらって下さい」
いただいたのは、クレープという甘味だった。二人でクレープを頬張りながら歩く。するとどんどん他の人からも声をかけられていった。
「レオンハルト様にソフィア様! この間はありがとうございました〜!」
「レオンハルト様の政策のおかげで助かってます〜」
「レオンハルト様ー!」
などと手を振ってくれたり、話しかけてくれたり……この短時間で、レオンハルト様が領民にすごく慕われているのが分かった。
「レオンハルト様はすごいですね。騎士としての仕事もあるのに、領地経営にも携わって、領民に慕われていて」
「ああ、長男にもしものことがあった時のスペアとして、領地のことは一通り学んでますからね。せっかく学んだことを役に立てないのももったいないので、時々手伝ってるんですよ」
「本当にすごいです……。私なんて、魔法学校で習ったことを何も活かせてないのに」
元婚約者のカイン様が伯爵家を大きくするための魔法の研究を手伝って欲しいと言うから、魔法の勉強をしてきたけれど……。結局、何も役に立つことが出来ず、今ではレオンハルト様に甘える立場にいる。何にもなれない役立たずな自分が悔しい、そう思ったんだけど。
レオンハルト様は私の言葉を聞いて、クスッと笑った。
「ソフィアさん、このレンガ道きれいじゃないですか?」
「え? そ、そうですね?」
レオンハルト様の言葉の意図が分からず戸惑いながら頷く。
「この道、2年前までレンガの老朽化で結構荒れていたんです。それをソフィアさんが魔法で直してくれたんですよ」
「えぇ?!」
「確か時手繰りの魔法って言ったかな。かなり高難度の魔法を使っていたので驚いたのを覚えてます。ソフィアさんは他にも老朽化したたくさんの場所を直してくれて……おかげで修繕費が浮いたので、減税も実現したんですよ」
「そんなことが……」
「それにこのレンガ道で転ぶ人がいなくなったから、歩きながら手軽に食べられる物を売り出そうってソフィアさんが提案されて、クレープを売り出すようになったんです」
「そんなことまで⁈」
「はい。だから、ソフィアさんが卑下される必要はないんです。もっと自信を持って下さい」
そう言って、レオンハルト様は蕩けるような笑みで微笑んだ。
「僕にとってソフィアさんは最高の女性なんですから」
「……っ、あ、ありがとうございます……」
「いえいえ。あ、クレープ食べ終わりましたね。ゴミを捨ててくるので、ここで座って待っていて下さい」
「あ、すみません」
レオンハルト様は私からゴミを受け取って、すぐに行ってしまった。私はその場にあったベンチに座って、ほっとひと息をつく。
目の前にはレンガ道が広がっている。
この道を綺麗にしたのは私で、私は誰かの役に立っているんだ……。
そんな実感がじわじわと私を満たしていった。
嬉しい。
こんな私でもここにいてもいいのだと言われたようで、過去の私が誇らしい。魔法学校時代に学んだことが無駄ではなかったんだ。
そんなことを考えていると、私の前に一つの影がかかった。レオンハルト様が帰ってきたと思って、顔を上げるが……
「レオンハルト様、おかえりな……」
言葉が続かなかった。
「久しぶりね」
「……っ」
「もしかして私のことを忘れちゃったのかしら? 私とあなたが顔を合わせたのは、もう2年も前のことだものね」
私が何も言えないのを見て、目の前の人物は意地悪く口端を上げた。
「元気だったかしら、捨てられたソフィアさん」
そこにはカイン様を奪った令嬢、ルナさんがいた。