第4話 きっかけ
あれは、4年ほど前のことだ。
僕は騎士学校を飛び級で卒業し、王宮の騎士団配属となった。普通は地方で何年か働いた後に優秀な者だけが王宮に勤めることが出来るのだが、飛び級で卒業まで至った腕を買われた僕は1年目から王宮勤めの身となった。
1年目から王宮勤めすることになるのは珍しいことではあるが、前例がないわけではないので、僕はそのことを大して気にしていなかったのだが……。
『おい、あれ見ろよ。公爵家の息子がコネで王宮騎士団に入団してきたって話らしいぞ』
『怪我でもされたらこっちの責任になるのに、やめて欲しいよな』
『普通に実力のある人間雇ってくれよ』
公爵家の息子である僕は騎士団の中で周りから遠巻きにされてしまった。
どうにか歩み寄ろうとしても、敬遠されるばかりの日々。それならばと実力を示そうと訓練に精をだしても、周りが手を抜くので、なかなか自分本来の実力も出せない。
どうにか武功を立てても、公爵家が裏で糸を引いていたのではないかと言われる始末。
この頃の僕は自分の実力が認められないことに苛立ち、腐っていた。段々と騎士団でも人と関わらなくなっていき、それ故に更に遠巻きにされる悪循環が起こっていた。
そんな悶々とした日々が続いていたある日のこと。
王宮のパーティが開かれている中、僕は王城の外にある扉の一つを警備していた。本当は公爵家の次男としてパーティーの方に出席することも許可されていたが、僕はそれを断っていた。またここで警備に穴を空けては、周りからとやかく言われることは目に見えていたからだ。
そんな時だった。僕が王城への侵入を目論む賊に襲われたのは。
本来は二人組で警備するのが常なのだが、何かあったときの責任を負いたくないと誰も僕とペアで警備をしたがる人間はいなかった。後に団長が共に警備をすることを申し出てくれたが、意地になっていた僕は「警備くらい一人で出来る」と突っぱねてしまい、以来、ずっと一人で警備に当たっていた。
きっと賊は、僕が一人で警備していることを知っていて、僕を狙って襲ってきたのだろう。
完全に油断していた僕の責任だ。
しかし、これでも王宮騎士の端くれ。一人で何とか賊の全員を気絶させることは出来た。
それでも一人で数人を相手にするのは難しく、最後の一人に足を切りつけられてしまったのだ。
戦いが終わったにも関わらず、痛みで動くことが出来ない。ゆえに、他の騎士団員にこの非常事態を伝えることも出来なかった。
なるほど。こういう時のために二人組で行動する必要があるのかと妙に納得してしまった。今更納得したところで、もう遅いんだけど。
負傷した足からはドクドクと血が流れ続けている。段々頭がボーっとしてきたし、これ結構やばいやつかも?
あー、でも助かったとしても、このことで騎士団ではとやかく言われるんだろうな。
きっと僕を怪我させたことで何人かの首が飛び、もれなく全員にお叱りがあるだろう。
そして、また「公爵家の息子だから、優遇されている」って言われるんだ。
あーあ。それなら、このまま助からなくたって……。
「あのっ、大丈夫ですか⁈」
その時だった。王城の方から声がかかったのは。
振り返るとドレスを着た女性がこっちに駆け寄ってきた。美しい銀髪に青い瞳をもった彼女は……確か、ガリール伯爵家のソフィア様だったか。何度か社交界で挨拶をしたことがあった方だ。
僕がぼんやりしていると、彼女はドレスが汚れるのも気にせずに僕の前に座り込んだ。
「足が怪我をされているのですね? 他に痛むところは?」
「い、いえ。特には……」
「分かりました」
彼女は僕の言葉に頷くと、すぐに怪我をしている方の足に両手をかざした。すると、すぐにふわっと白い魔方陣が現れ、光の粒が怪我を包み込んだ。
「これは……?」
「治癒魔法です。すぐに終わるので、少し待っていただけるとありがたいです」
「⁈」
治癒魔法と聞いて驚いた。
それは高等魔法の一種に数えられる魔法で、扱いが難しいのだ。使える人間は熟練の魔法使いのみだという話なのに、まだ魔法学校に在籍している年齢であろう彼女が扱えることは相当すごいことだと言える。
社交界では彼女が優秀だという話は聞いたことがない。
それどころか彼女の婚約者は彼女のことを「自分より成績の悪い出来損ない」と言いふらしていたが……。あれは婚約者の虚言だったのか。
やがて足から痛みが消え、気づけば傷口が完全にふさがっていた。
「終わりました。……あ、不躾に失礼しました……っ」
彼女は真剣な表情から一転、僕を見ると、すぐに立ち上がって僕から距離を取った。
不安そうに瞳を揺らす彼女は、恐る恐る頭を下げた。
「騎士様のお仕事の邪魔をして、すみませんでした」
「い、いえ。邪魔なんて……! むしろ助けていただいてありがとうございます!」
「助けになれたのなら、よかったです」
僕の言葉に彼女はほっとした表情を浮かべた。
僕の足を治すための魔法を発動させている時は凜々しい表情をしていたくらいだったのに……。素の彼女は気弱なようだった。
そのギャップに惹かれて、もっと話したいと僕は思ってしまった。
「それでは、もういきますね」
「あ、あの、待って!」
慌てて立ち去ろうとする彼女を引き留める。とはいえ、話すことはないのだが。
「えーっと、その……」
「?」
必死に話題を探す僕を彼女は不思議そうな表情で見つめている。
「あー、その。自分の実力が認められていないのって、悔しく……ないんですか?」
勢いで聞いてしまった後に後悔した。人にはそれぞれ事情があるだろうに、こんなこと聞いて失礼じゃないか。
そう思ったが、彼女は特に不愉快になった様子はなかった。
「悔しくはありません」
おどおどとした雰囲気から一転。彼女は凛とした表情できっぱりと言い切った。
「私のことは私が知っています。誰に何と言われようとも、私が知っている限り、私の誇りは失われません」
「……っ」
婚約者にこき下ろされ正しく評価されていないのに、どうしてそんなに強く言い切ることが出来るのか。僕だったら、到底できない。現に、僕は正しく評価されないことに悶々とした日々を送っているのに……。
驚く僕に、彼女は控えめに笑みを浮かべて言った。
「けれど、あなたの頑張りは……誰かに認めてもらえるといいですね」
その笑顔に言葉に、ドクンと胸が高鳴った。
「それでは失礼します」と言って、今度こそ彼女は立ち去って行ってしまう。
彼女の後ろ姿を見送った僕の心臓はドクンドクンと鳴り響いている。
ほとんど話したこともない相手を治療する情け深さ。つい人の顔色を窺って気遣ってしまう気弱なところ。「私のことは私が知っていればいい」と言い切ることができる強さ。
そして、僕の苦しみに気づいて言葉をかけてくれた優しさも……。
その全てが魅力的で、僕は一瞬で彼女に心を奪われてしまったのだった。
⭐︎⭐︎⭐︎
「それ以来、僕はいつかソフィアを迎えに行けるくらいの権力を持とうと、騎士団の仕事を前向きに捉えて頑張るようになったんです。それから、遠巻きにしてきた人とももう一度積極的に関わろうと奮闘して……。更に、その時に襲ってきた賊の黒幕を暴き本拠地にいる悪党を根絶やしにしたことで、大きく評価されて、今では副騎士団長にまでなっちゃいました」
そう言って、レオンハルト様はにっこりと笑った。
「どうですか? 僕の気持ち、分かりましたか?」
「……」
「ソフィアさん?」
私はレオンハルト様の話を聞いて、ポカンとしてしまった。空いた口が塞がらないとは、まさにこのこと。
だって。だって……。
「それだけ、ですか?」
「え?」
「それだけで私のことを好きになるなんて……」
私はその出来事を覚えていない。私にとっては大したことを言ったりしたつもりはないから、記憶に残らなかったのだろう。
それなのに、この人はその記憶を宝物のように語っていて……。
レオンハルト様はふふっと笑った。
「他の人にとっては“それだけ”かもしれません。けれど、ソフィアさんの言葉は、僕にとって大きな意味のある言葉だったんです」
「……」
「それに……小さな出来事で一瞬で心を持っていかれて、その人のことが頭から離れなくなってしまう……。恋ってそういうものですから」
「そ、そういうものですか」
「はい。……他に気になることはありますか?」
レオンハルト様に聞かれて、考える。気になったことといえば、あとは……。
「あの、レオンハルト様っておいくつなんですか?」
レオンハルト様の年齢だ。16歳で騎士学校を卒業したと言っていたけれど、それならば今は……。
「ああ、20歳です」
「20歳ですか……⁈」
話を聞いて何となく予想していたことだけど、驚いた。落ち着いた雰囲気だから、もっと年上かと思っていた。
それに、私の年齢差のことを考えると……えーと。魔法学校の卒業年齢は19歳で、今は2年が経過してるはずだから……今の私は21歳のはず。
「れ、レオンハルト様の方が年下だったのですね……?」
「はい。だから、ソフィアさんに敬語で話してるんですよ?」
「な、なるほど……」
確かに「なんで敬語なんだろう?」とは思っていたけれど、そんな理由があったなんて。
「あ。でも、今の私の精神年齢は19歳のはずなので、レオンハルト様の方が年上ですね?」
私の2年間の記憶は失われて、肉体はともかく精神は19歳のままだ。そう思って何気なく言ったんだけど……。
その瞬間、レオンハルト様は破顔した。
「確かにそうですね……!」
「レオンハルト様?」
「ずっとソフィアさんより年齢が下なことを歯痒く思っていたんです。でも、これで僕の方が年上になるんですね!」
「レオンハルト様、勢いが……」
「ソフィアさん、ぜひ甘えて下さい」
そう言って胸を張る姿は、年上らしさよりも可愛らしさの方が勝る。いつも落ち着いていて、年齢よりも大人っぽく見えるのに……。
私はクスッと笑って言った。
「今のは、ちょっと年下っぽかったです」
「えぇ⁈」
驚く彼の表情が可愛くて、少しだけ彼の素が見えたような……少しだけこの人のことを知れたような、そんな気がした。