第3話 次の日の朝
次の日。朝はアイシャが起こしに来てくれたので、彼女に手伝ってもらって身支度をした。
クローゼットを開いた時はびっくりした。一目で高価だと分かるほど上等なドレスや普段着が何十着と揃っていたのだから。どれもレオンハルト様が「ソフィアさんに似合いそうだと思って」と買ってきたものらしい。
その事実をアイシャから聞いた時は、思わずクラッときてしまった。
どれを着ようか迷ったけれど、アイシャのアドバイスの元、記憶を失う前にお気に入りだったらしいワンピースを身につけることにした。
アイシャに髪を整えてもらいながら、彼女に話しかける。
「ねえ、レオンハルト様ってどんな方なの? 私にすごく優しくしてくれるけれど……」
「ソフィア様が感じた通りのイメージの方ですよ。誰にでも優しく平等で、使用人からの評判もいいです」
「やっぱりそうなのね」
私が頷くと、アイシャはボソッと呟いた。
「……まあ、ソフィア様への愛情は少々過剰すぎるくらいですが……」
「え?」
「いえ、何でもありません。とにかく悪い方ではありませんので、ソフィア様が不安に思う必要はありませんよ」
「ええ、そうみたいね。でも、不思議に思うの。なんで私にこんなによくしてくれるのかしらって」
「それはソフィア様のことが好きだからでしょう」
「じゃあ、どうして私のことを好きになってくれたのかしら」
私は縋るようにアイシャを見つめた。
思い出すのは、カイン様から婚約破棄された時のことだ。私にとっては、まだ一昨日のことだ。
あの時、私はカイン様から「婚約者を打ち負かそうとする女らしくない女」と言われた。
カイン様を打ち負かそうとしたことは決してないけれど……「女らしくない」というのは、その他の仕草や言動は当てはまるのかもしれない。だから、カイン様も私に嫌気がさしたのではないか、と。
そんな風に婚約破棄された女と結婚するなんて、普通は嫌なんじゃないか、と。
どうしても嫌なことばかり考えてしまう。
「私は婚約破棄されるような女なのよ。こんなに大切に想ってもらえるほどの人間じゃ……」
「ソフィア様」
アイシャが私の言葉を遮った。そして、鏡越しに優しく微笑んだ。
「ソフィア様は優しくて立派な方です。婚約破棄された時にご友人方が味方してくれたのは、そんなソフィア様だからですよ。そんなにご自身を卑下されないで下さい」
「アイシャ……」
「それから、レオンハルト様がどうしてソフィア様を好きになったかはご本人に聞いてみるといいと思います。きっと答えてくれますから」
「わ、分かったわ。アイシャ、ありがとう」
身支度が終わったのでダイニングルームへ向かうと、そこには既にレオンハルト様がいた。
彼は私を目にすると、パッと表情を明るくして目尻を下げた。
「おはようございます。ソフィアさん。お加減はどうですか?」
「おかげさまで元気です。昨日は早くから寝室を使わせていただき、ありがとうございました」
「元々ソフィアさんの部屋ですよ? 気にしないで下さい」
確かに彼の言う通りだった。しかし、まだ自分の部屋だという実感がないのだ。
ちなみに今回休ませてもらったのは私専用の部屋で、夫婦の寝室は別にあるらしい。
「それじゃあ、一緒に朝食にしましょうか」
「はい。そうしましょう」
そう言うと彼はふふっと上機嫌に笑った。
「朝からソフィアさんと朝食を食べれて幸せです」
「そうですか?」
「はい。最近は仕事が忙しくて、朝食は別々になってしまうことが多かったので」
「今日は大丈夫なんですか?」
「はい。今日から一週間休暇を取りましたから。これから毎日一緒に食べられます」
「え⁈」
「ソフィアさんが記憶をなくすなんて、緊急事態ですから。休暇を取りました」
「そ、そんな……。大丈夫なんですか? レオンハルト様は副騎士団長なのでしょう……?」
私がそう言うと、彼は大きく頷いた。
「今は王宮の警護周りも落ち着いてますし、こういう時のために休暇を取っておいているんです。今回は優秀な部下に仕事を押しつ……任せてきたので大丈夫ですよ。仕事のことまで気にかけて下さるなんて、ソフィア様は優しいですね」
「い、いえ。そんな……」
私が照れて俯くと、すかさずアイシャが口を挟んだ。
「ソフィア様、騙されないで下さい。レオンハルト様、今、押し付けたって言いかけてましたから」
「アイシャ、聞き間違いじゃないか? そんなことするわけないじゃないか。きちんと部下に話して理解してもらったんだから」
「どうでしょうか。レオンハルト様はソフィア様のためなら手段を選ばないところありますからね」
「人聞きの悪いことはやめてくれないか?」
二人はテンポよく会話を続けるので、入る隙がない。
押し付ける? 手段を選ばない?
その言葉の意味も考える間もなく二人の会話は進んでいく。その姿は息ぴったりで……。
「もしかして、二人って仲良しなのですか……?」
私がそう聞くと、二人は心外だと言わんばかりに勢いよく首を振った。
「いえ。そういうわけでは」
「お互いソフィアさんとの方が仲がいいですよ」
「その通りです」
二人はそう言って、肩をすくめた。そのタイミングが全く一緒だったので、やっぱり仲がいいんだなって思った。
その後、朝ごはんを食べ終わったので、私は気になっていたことを聞くことにした。
「あの、レオンハルト様は……どうして私のことを好きになってくれたのですか?」
「どうして、とは?」
「レオンハルト様のような方が私なんかと結婚してくれたなんて、まだ信じられないのです。何かきっかけなどがあったのでしょうか」
「そうですね。ありますよ」
レオンハルト様は優しい顔で頷いた。そして何かを思い出すように目を細めて、私を真っ直ぐに見つめる。
「ソフィア様を好きになったきっかけは……」