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第1話 婚約破棄から空白の2年間


「貴様とは婚約破棄させてもらうぞ、ソフィア!」


 婚約者であるカイン様から婚約破棄を言い渡されたのは、魔法学校での卒業記念パーティーが終盤に差し掛かってきた時だった。


 私の名前はソフィア・ガリール。ガリール伯爵家の長女として生を受け、淑女教育を受けてきた。カイン様と婚約したのは5年前のことだった。

 同じく伯爵家の長男であるカイン様とは領地が近いこともあり、幼い頃からよく顔を合わせる関係性だった。そのため、婚約は自然な流れだったと思う。


『俺は魔法の研究を進めて、いつか伯爵家を大きくするのが夢なんだ。ソフィアには、俺の夢を手伝って欲しいと思っている。いいか?』

『もちろんです。カイン様』


 魔法を好きだと夢を語るカイン様は眩しくて、私はそんな彼のことを慕っていた。だから、彼と婚約できた時は嬉しく思ったものだ。


 それから伯爵家の夫人となるべく領地のことや夫人としての仕事のことを学び、カイン様の夢を支えるために魔法の研究にも精を出した。

 魔法学校の勉強との両立の日々は大変だったが、自分の努力が形になっていくのはやりがいがあったし、とても充実した毎日だった。カイン様との関係も良好だったと思う。


 しかし………魔法学校で初めての成績発表があった時だっただろうか。カイン様の様子がおかしくなり始めたのは。


 私はカイン様の役に立ちたくて必死に勉強を重ねていた。その結果、カイン様よりもよい成績を収めてしまったのだ。


『お前、何故、こんな成績を……』

『た、たまたまですよ』

『……チッ』


 それから数ヶ月、彼の機嫌はすこぶる悪かった。そんな彼の様子に気を揉み、勉強どころじゃなかった私は、次のテストで大きく成績を落とすことになる。そんな私の成績を見たカイン様は目を輝かせた。


『ほら、見ろ。前回のはたまたまだったのだろう。俺の方が優秀に決まってるからな!』


 彼の機嫌が数ヶ月ぶりによくなったのを見て、私は彼と今後の生活を上手くやっていくためには彼より下の成績でいるべきなのだろうと察した。

 それ以来、普段の授業は真面目に受けつつ、テストでは彼より低い点数を取れるように意識するようになった。

 それでも何回かに一度は調整しきれず、彼より良い成績を収めてしまうこともあって……。その度に彼は不機嫌になり、段々と会話をすることも減っていった。


 そんな最中のことだった。とある男爵令嬢が彼とペアワークを行ったのをきっかけに、急接近し始めたのは。その男爵令嬢は、身分を気にせずに色々な人と交流する、少しドジな女の子として学校内でも有名な子だった。


 カイン様はその男爵令嬢を気に入ったらしく、彼女と会話をし、行動を共にすることが増えた。私は婚約者以外の女性と仲良くしすぎるのはよくないと再三告げたが、彼は「彼女は俺がいないと何も出来ないから、仕方ないだろう」と言って聞き入れなかった。


 私の言葉を煩わしく思ったらしいカイン様は私を本格的に避け始め、逆にカイン様とその男爵令嬢との仲は深まっていったようだった。


 そして、今、婚約破棄を告げたカイン様の隣にはその男爵令嬢が寄り添っていた。


「ソフィア、貴様はいつだって可愛げのない女だった。貴様はいつも俺を成績で負かそうと躍起になって、勉強を重ねていたな。その結果俺に勝てたのは数回だけだったが、俺は競ってくるような女は好かないんだ! その点、ルナは控えめで可愛らしく、愛嬌がある。俺は彼女と結婚するぞ!」

「お待ちください。私はカイン様を負かそうとしたことなんて……」

「そうやって言い返してくるところも気に入らんのだっ」


 彼の大きな声にびくりと肩がはねる。


 彼の大きな声に周りも私達の婚約破棄騒動に気づき始めたらしい。段々と周りの目が集まり始めているのを感じ、私は焦った。


「カイン様。ここには人の目があります。せめて別の場所で……」

「いや、人の目があるならちょうどいい! この場で婚約破棄の証人になってもらおうじゃないか!」


 彼は周りを見渡し、自信満々に言い始めた。


「皆の者、聞いてくれ! ソフィアは婚約者である俺を負かそうと躍起になる女らしくない女だ。それに比べて、ルナは、相手を支えようという気持ちがある素晴らしい女性だ。よって、俺はソフィアとの婚約を解消し、ルナと結婚する!」


 その場にいる皆の注目が集まっていた。皆の前で「女らしくない」などと言われ、私はカァッと顔に熱が集まるのを感じた。


 こんなみんなの前で婚約破棄されて、私はどれだけ惨めな女に見えているのだろうか?


 女らしくないと言われた私のことを、みんなはどう思うのだろうか?


 恥ずかしい。そんな感情と婚約者から裏切られた悲しみで胸が苦しくなっていくのを感じた。


「貴様の顔を見るのはもううんざりだ。今日は卒業式だからちょうどいい。これ以降は、俺の前に現れるんじゃないぞ!」


 心臓がバクバクと鳴り、視界がグラングランと揺れ始める。息がうまく出来なくなっていき、苦しさにがくっと足の力が抜けたのが分かった。


 周りからのざわめきやカイン様の声が少しずつ遠くなっていく……。


「キャーーーーーーーーー! ソフィア様が……っ」


 最後に聞こえたのは、女性の悲鳴。それを境に、私の意識はプツンと途切れてしまった。




☆☆☆




 目が覚めると、見知らぬ場所にいた。


 見慣れない天井に、見慣れない部屋。私はガバッと身を起こした。


 そうだ。私は昨日婚約破棄されて、倒れてしまったのだった。


 あれからどのくらい眠っていたのだろうか? もしかして何日も経過しているのではないだろうか……っ。


 そう怖くなって、私は慌てて部屋の中にカレンダーがないか探した。 


「あ、あったわ」


 カレンダーを手に取ってみて、私は目を疑った。


「え? 2年経ってる……?」


 卒業パーティーの日から2年分、カレンダーが進んでいるのだ。


 まさかあれから2年も眠り続けたの? それともカレンダーが間違っているだけ?


 私が困惑していると、ふいに部屋の扉がノックされた。恐る恐る「はい」と返事すると、すぐに扉が開かれた。


「おはようございます。ソフィアさん」


 そう言って笑顔を浮かべたのは、黒髪の美青年だった。知らない人だ。

 顔も見たことない相手が親しげに挨拶をしているとか、当たり前のように寝室に入ってきたとか、予想外のことが多すぎて頭が混乱する。


 そんな私の様子を見て、彼は心配そうに眉を下げた。


「どうされたんですか? もしかして具合が悪いとか? すぐに医者を呼びますね」

「い、いえ。具合が悪いとかではなく……。あの、あなたは誰ですか?」

「え?」

「失礼だったらごめんなさい。でも、あなたのことを思い出せなくて……」


 私の言葉にポカンとした後、彼はすぐにクスリと笑った。


「びっくりした。ソフィアさんでも冗談を言うんですね。案外、意地悪な人だ」

「え、いや……」


 彼は自然の流れの中で私の手を取って、そっと指先に口付けをした。


「レオンハルト・ガーディン。王宮騎士団に務めていて、ソフィアさんのことが好きでたまらない……二年前に結婚した、あなたの夫ですよ」


 とろけるような甘い笑みを浮かべて、私を見つめる瞳。その視線に囚われながら、私は呆然とすることしかできなかった。


「お、夫……?」


 二年前に結婚したって、一体どういうことなの……⁈

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