第9話「三人目はドラゴン並みの声帯」
天才ボーカリストを異世界の町で見つける―――。
難易度高すぎなミッションに、俺がため息をついていると、
突如、近くで大きな叫び声が聞こえた。
「いやだーーー!! はなぜえええええ!!!」
「いいから、静かにしろ!」
「……!?」
見ると、レオナとその部下たちが数人がかりで、
少女を捕まえている。俺は思わず声をかけた。
「あれ? レオナ!?」
「おお、ショーゴ。あの後、ソフィアとの話はうまくいったか?」
「ああ、まあ。……それより、その娘は?」
「こいつが町で騒いでたっていう犯人だよ」
すると、捕まっていた少女が大声で叫んだ。
「私は、何もしてなああああああああい!!」
その少女の声は、鼓膜を破る勢いの音量だった。
レオナは顔をしかめて言う。
「すげえ声だろ? ドラゴニュートの娘だ」
「……ドラゴニュート?」
「ああ、竜と人間のハーフだよ」
そう言ってレオナは少女の背中を見せた。
なるほど、少女の背中には巨大なコウモリのような翼が
折りたたまれておさまっていた。頭には小さな角も生えている。
……すごい。ファンタジーの世界には本当にいるのか。
というかドラゴンとのハーフだからこそ、この声量なのかも。
少女は暴れつつレオナに向かって叫ぶ。
「ドラゴニュートって呼ぶな! 私にはちゃんとヴァルカって名前がある!」
そう勢いよく叫ぶとヴァルカと名乗った娘は、口から火を噴いた。
「騒ぐな! そして火を噴くな!」
「ごめん! 思わずちょっと出ちゃっただけ」
ヴァルカはそう言って恥ずかしそうに口を押えると、落ち着いて言う。
「……それに別に騒いでたわけじゃない。ただモノマネをしていただけだよ」
「何のモノマネだ?」
「アレだよ。ほら!」
その時、町の教会のような建物から、
時間を告げる鐘が鳴り響いた。
♩~
異国情緒あふれる音階で、ひとつひとつの音が長く響き、
余韻が残るメロディー。
すると、鐘が鳴り止むやいなや、
ヴァルカがその鐘の音を大ボリュームで声マネし始めた。
「♩グワアアアアアン!クオオオオオン……!クワアン!グオオオオン!!」
「……!!」
俺は驚いた。
声のデカさで最初は聞き取りづらかったが、
音程は完璧だった。拍数もメロディも、
さっきの鐘の音を見事に再現している!
「ああ~! もう、うるさい!!」
だが、音痴なレオナにはそんなことはわからず、
ただの騒音と認識しているようだ。
レオナはヴァルカの口を押さえようとしたが、
俺は思わず止めた。
「待て!!」
「な、なんだよ!?」
俺はレオナを押しのけてヴァルカに尋ねる。
「もっと他の音も声マネできないか!?」
「……他の音って?」
「ええと、たとえば」
俺は彼女が声マネできそうな音を探した。
……耳を澄ますと、遠くの木の上で、
かすかな声で鳴いている鳥がいた。
「……あの、鳥の声とか!!」
「ああ、できるよ?」
ヴァルカはこともなげにそう答えると、
その鳥の声を、またも爆音で再現してみせた。
「♩クゥアアア!! グゥワアアアアア!!」
それを聞いて、俺は思わず呻いた。
「……完璧だ!! そっくりだ!!」
「どこがだよ!? 鳥の声がこんなにデカいわけないだろ!!」
レオナには全く理解できてないようだが、
音量はさておき、音程も拍数も完璧に再現できている。
俺の中で抱いていた予感が、確信に変わった。
ヴァルカには……『絶対音感』があるのかもしれん!
「♩グゥワアア! ヴォワアアアアア!!」
そして、この声のボリューム……!
彼女がセンターでメインボーカルになれば、
となりでド下手なレオナが歌っていても、かき消せるだろう。
そして、こっちの異世界にはおそらく存在しないであろう、
アイドルのライブには必須アイテムの、
マイクとかスピーカーの問題も一気に解決するかもしれん……!!
「♩ヴォヴァワアアアアア!(ボウワッ!)」
すると、声が出すぎたのか最後にまた彼女は思わず火を噴いた。
ヴァルカが口を手で覆ったのをきっかけに、
レオナは再び彼女を捕まえようとする。
「もういいだろ。牢屋にぶち込んでやる」
「ちょっと、ごめん! 彼女は俺に預からせてくれ!!」
「はあ?! どこに連れていく気だ!?」
戸惑っているレオナから、俺はヴァルカを引き離しながら答える。
「ソフィアのところだ!!」
「え? ちょ、ちょっ!!」
レオナの声を背後に聞きながら、
俺はヴァルカの手を引いて森に向かった。
息を切らして、森の中のソフィアの家にたどり着いたときには、
もう夜になっていた。あたりは暗く、窓には明かりがさしている。
……さて。連れてきたものの、ソフィアにヴァルカをどう紹介しようか。
街でたまたま見つけたとか言うと、追い返されそうだなあ……。
とか、いろいろ考えていると、明かりの灯った窓から、
再びソフィアが楽器を演奏する音が聞こえてきた。
すると、その音に合わせて、ヴァルカが歌い始めた。
「ル~~~ラ~~~アァア~~♪」
歌詞は無く、ただハミングしただけだが、
それは、まぎれもなく『歌』だった。
そうだ。会わせるよりもここで彼女の歌声を聞かせた方がいい。
すると、ヴァルカの歌声がソフィアにも届いたからか、急に演奏がやんだ。
だが、演奏がやんでもヴァルカは、
さっきまで響いていた楽器の音色をコピーするように歌い続けた。
ヴァルカの声が、無機質なソフィアの演奏に命を吹き込むようだ。
しばらくすると、それに呼応するように再び演奏が始まった。
今度はアップテンポで、情熱的なメロディー。
まるでヴァルカの歌を試すかのような演奏だ。
「ルラララララ~~~アァア~~♪」
メロディーは複雑になり、声マネの難易度も上がっていったが、
ヴァルカは見事にそれを再現してみせた。
やがて演奏が盛り上がっていくにつれ、
ヴァルカの声のボリュームもさらに上がっていった。
……すげえ。二人とも最高だ!
俺は聞きながら、全身に鳥肌が立つのを感じた。
まるで森の中にライブ会場が現れたような感覚だった。
「アアアアアアアア~~~~!!(ボウゥワアア!)」
フィニッシュに盛大な炎を噴いてヴァルカが歌い上げ、
ソフィアの演奏も終わり、森の中に静寂が戻った。
俺は立ちすくんだまま、無意識に拍手していた。
「普通に感動しちまった……! 素晴らしい声だ!!」
「……!?」
「ただ、火を噴いちまうクセはなんとかしたほうが……」
俺がそう言うと、ヴァルカは急にうつむいた。
「あ、ごめん……!」
気分を害したのかと俺は思わず謝ったが、ヴァルカは伏し目がちに答える。
「いや……そんな風に、声を誰かにほめられるなんて……初めてで……」
「……?」
「……いつも迷惑がられていたから」
「……」
しばらくすると玄関ドアが開いて、ソフィアが現れた。
「……作曲を断る口実で、無茶ブリをしたつもりだったけど、まさか本当に連れてくるとはね……神レベルの歌い手を」
ソフィアは、ヴァルカを見てそう言った。
ヴァルカは顔を真っ赤にして呟く。
「え? ……か、『神レベルの歌い手』って……もしや私のこと……ウソォ!?(ボウワッ!)」
ヴァルカは再び火を吐き、あわてて口を押えた。
俺はソフィアに答える。
「言ったでしょ? 皆を笑顔にするのが俺の仕事だって」
「……いいわ。彼女が歌うんなら……曲を作ってあげる」
ソフィアはそう言うと、初めて笑顔を見せた。
そのとき、俺の耳には聞こえた気がした。
満場のライブ会場で沸き起こる、大歓声が……!
―――デビューライブまで、あと98日!
【登場人物】
枡戸匠悟
この物語の主人公。地下アイドルのプロデューサーだったが異世界に転移した。
レオナ・グランツ
リーダー気質の女騎士。だが壊滅的な音痴。
ソフィア・フォレ
作曲家のエルフ。レオナの幼馴染で気難しい。
ヴァルカ・ディラグ
ドラゴニュートのボーカリスト。歌が勢いあまると火を噴く。