第7話「二人目はひきこもりのエルフ」
地下アイドルのプロデュースをしていた枡戸匠悟は、初のワンマンライブ直前にトラブル続きのストレスで気絶し、目覚めると異世界の王国にいた。魔界との戦争のさなかにあった王国で、何の役にもたたない匠悟は追放されそうになるが……。果たして匠悟は、唯一のスキル、アイドルプロデュースを使って、王国に勝利をもたらすことができるのか……!?
―――翌朝。朝食の時間にも、
合いの手を入れている沢山の部下の前で、
レオナは満足げに歌っていた。
……朝から勘弁してくれ。
だが、俺は指で耳栓をしながら思った。
壊滅的に音痴ではあるが、よく見ると美人だし、
最初からこれだけ忠誠心の強い親衛隊がいるのはありがたい。
それに彼女がメンバーに入ればセキュリティも完璧だ。
歌はこれからのトレーニング次第でなんとかなるだろう!
……たぶん!
すると、歌い終えたレオナが満足げに俺に近づいてきた。
「ショーゴ。昨夜はよく眠れたか?」
「……ああ、まあ」
ウソである。夜通しレオナの歌声が響いて、眠れなかった。
するとレオナはふと気づいたように俺に尋ねる。
「ところで『アイドル』というのは、軍歌を歌うものなのか?」
「いや、歌わない。てか、そんなアイドル嫌だ」
「そうなのか。であれば、歌はどうする?」
……たしかに。鋭い質問だった。
通常、地下アイドルであれば、
自分たちのオリジナル曲を作る前に、
最初は有名なアイドルのカバー曲から歌い始めることが多い。
聴衆もみんな知っていて、ライブでも盛り上がるからだ。
―――だが、ここは異世界。
どんな有名アイドルの曲をカバーしても、
元歌を知っている者はいないだろう。
ならば現世でもうすでに流行っている曲を、
まるまるパクって歌わせるのはどうか。
……いや、それは著作権にも、俺のポリシーにも反する。
それに俺の世界で流行っていたからといって、
こっちの世界でも売れるとは限らない。
この異世界のアイドルに合ったオリジナル曲が欲しい。
しかし……。
「……どこかに曲を作ってくれる人がいればいいんだが」
俺がそう独り言ちると、レオナは答える。
「曲を作れる奴なら、幼馴染に一人いるぞ」
「本当に?」
「ああ。森の中に住んでいるエルフだ……だが」
すると、レオナは眉根を寄せて答える。
「昔から、少し性格に難があるやつでな……」
それを聞いて俺の勘が告げた。そいつはあたりかもしれない。
才能のあるやつはたいてい性格に問題があるものだ。
「多少問題があってもかまわない。会わせてくれないか?」
「明日、家まで連れていってやってもいいが……アイツが引き受けてくれるとは限らんぞ?」
レオナは気が進まなそうにそう言った。
―――あくる日。
レオナは部下は従えず俺だけを連れて森に向かった。
草木をかき分け、森の中を進みながら、
俺はレオナに尋ねた。
「本当に、こんな森の奥に住んでるのか?」
「ああ、名前はソフィア・フォレ。とにかく昔から偏屈な奴でな」
同じく草木に苦労しながら、レオナは俺に答える。
「人づきあいが苦手なエルフで、ずっと森の奥に一人で住んでる。作曲の邪魔が入らなくていいからとかなんとか……訪れる身にとっては、まったく不便でかなわん」
レオナの文句を聞きながら進むと、やがて、木々が開けた場所に出た。
「着いたぞ。ほら。あそこがアイツの家だ」
「……!?」
見ると、木漏れ日に照らされた小さな小屋があった。
小屋には丸い窓があり、その窓から楽器の音色が聞こえてきた。
「おおい……!」
「しっ!!」
大声で家主に声をかけようとしたレオナを制して、
俺はその音色に耳を傾けた。
聞いたことのない、でもどこか懐かしいような旋律。
楽しげでありながら、切なさも内包するメロディ。
少なくとも「ノーブル・コンソート」の楽曲にはなかった
歌いだしたくなるような、親しみやすさがあった。
……やはり、俺の勘は間違ってなかった。
この作曲家ならきっと大丈夫だ!
やがて、曲が終わり、森に静寂が訪れると、
レオナが小屋に向かって再び叫んだ。
「おおい。ソフィア! いるんだろ?」
しかし、家主から返事はなかった。だがレオナは小屋に近づいて、
家主の返事も待たずに扉を開け、ずかずかと中に入った。
「え? ちょ、ちょっと!」
レオナを止めようと俺も中に入ると、小屋の中は案外広かった。
「ったく。いるんなら返事くらいしろよ」
レオナは、広間にいた家主に文句を言っていた。
家主は椅子に座って、さっきまで弾いていたのであろう弦楽器を脇に置き、
譜面台に広げた楽譜のようなものに筆を入れていた。
「……いったい何の用?」
高い鼻と、澄んだ緑の瞳。
透き通る銀髪に、その髪の間からのぞく、とがった耳。
まさにファンタジー作品に出てくるエルフのイメージ通りだった。
ツンとした表情で、楽譜を見たまま俺達には一瞥もくれない。
噂通り、気難しそうだ。
「ほら、お前から言え」
レオナに押し出されるように、俺は紹介された。
「ど、どうも。実は、私どもに楽曲を作っていただきたくて……」
「……」
すると、ソフィアは俺の方をチラッとだけ見ると、
ふたたび譜面に筆を入れる作業に戻った。
「……言っておくけど、私は誰かの注文で曲は作らない」
彼女がそう冷たく言うと、
レオナが部屋に積まれた楽譜の山に近づきながら言う。
「ケチなこと言うなよ。作った曲こんなにあるんだからさあ」
「触らないで」
ソフィアにぴしゃりと言われて、レオナは固まった。
「ここにあるのはすべて、誰のためでもない私だけの音楽。……誰かの好みに合わせて作った曲なんて最低よ」
ソフィアは悲しげにそう言った。
それを聞いて、俺にはなんとなくわかった。
……きっと、なにか嫌な過去があるんだろう。
それからソフィアは無表情で言う。
「悪いけど、あなたたちの求めるものはここにはないし、私もあなたたちに何も求めていない。早く帰って」
「……だとさ。だから言っただろ? 帰ろうぜ」
不機嫌そうにレオナは俺にそう言った。
だが俺はあきらめずにソフィアに声をかける。
「あの……」
「何? まだ何か用?」
「さっき聞いた音楽、とても素晴らしかったですよ」
「……?」
ソフィアは俺に驚いたような顔を見せた。
だが、目をあわててそらした。
「……別に、あ、あれも、誰かのためにつくったわけじゃ」
「誰かのために作ったものでなくても、ちゃんと心に届きました」
「……!」
「だからこそ思います……あんないい曲をあなただけしか聞けないなんて、もったいない!」
それから俺は、ソフィアの前にひざまずいた。
それに驚いてレオナがつぶやく。
「お、おい……お前、何を?」
「改めてお願いします……どうか、あなたの曲を私たちにください!!」
俺は頭を下げた。ソフィアは動揺したように俺に言う。
「だ、だから、言ったでしょ? 他人に曲を作るのは……」
「あなたは、あなたのために作ればいい」
「……!!」
もう一度、ソフィアは俺を見た。
「誰かに合わせようなんてしなくていい。これまでどおり、あなたの中で最高の曲を作ればいい。……そして私は、ただそれをみんなに聞かせてあげたい。それだけです」
彼女の頬がわずかに赤らんでいるのがわかった。
「そ、そんな……だけど……」
ソフィアは、俺の言葉を振り払うように言う。
「わ、私が作った曲の良さを、あなたと同じように、他のみんなが理解できるとは思えないし……!」
すると、レオナが苦笑して言う。
「出たよ。まーたそんな屁理屈ばっかり言って。昔っから変わらないな」
「!!」
レオナは譜面の山を見ながらソフィアに言う。
「こんなに曲作ってるのに世に出さないのは、要するに自分の曲が受け入れられる自信がないからだろ?」
「な……ち、ちがっ!!」
「違うんだったらビビってないで、正々堂々、世に出して勝負してみればいいだろうが!」
「……!!」
レオナは真剣なまなざしでソフィアを見た。
ソフィアは少し気圧されたように黙った。
それから、レオナは俺の方を見てソフィアに言う。
「それに、こいつは何の役にも立たない男だが、わざわざ森の奥まで来て、こんなふうに頭下げているんだ。頼みを聞いてやれよ」
「うん、えっと、何の役にも立たないというのは言い過ぎ……」
俺はレオナと口論しそうになったが、ソフィアのつぶやきに二人とも黙った。
「……わかったわ」
「……!!」
「……私の曲を、使ってもいい」
よしっ!俺は思わずレオナとハイタッチをした。
しかし、すぐに彼女が俺の目を見て告げる。
「ただし!……条件がある」
「……!?」
―――デビューライブまで、あと98日!
【登場人物】
枡戸匠悟
この物語の主人公。地下アイドルのプロデューサーだったが異世界に転移した。
レオナ・グランツ
リーダー気質の女騎士。だが壊滅的な音痴。
ソフィア・フォレ
作曲家のエルフ。レオナの幼馴染で気難しい。