第3話「役立たずが持っていた最強のスキル」
えーと。現状を整理すると。
俺はプロデュースしていた地下アイドルのワンマンライブのリハをしていた。その途中、度重なるトラブルのストレスで気を失った。
そして目が覚めたら、なぜか異世界の王国にいて、
で、今。その王国の兵士たちに両手を縄で縛られ
城まで連行されてきた。
城門はバカでかく、
その扉は見るからに頑丈そうだった。
レオナが馬を降りて門番の詰め所に近づくと、
重そうな扉が軋みながら開いて、
俺たちは中に入った。
城の中も豪華な装飾はなく、
石造りの要塞という感じだ。
ときどき、鎧の金具がこすれる音を響かせて、
武器を携えた兵士たちが
せわしなく走りすぎていく。
まるで「城」というより「前線基地」だ。
やがて俺たち一行は、最奥の一室に通された。
どうやらここが王の間らしい。
レオナが低い声で俺に耳打ちする。
「……姿勢を正せ。まもなく殿下が来られる」
「でんか?」
「わが軍の最高司令官でもある方だ。
もし無礼なまねをしたらその場で斬るぞ」
「……!!」
俺は慌てて背筋を伸ばすと、
部屋の奥の大扉がゆっくりと開いた。
……軍の最高司令官ってどんな奴だろう。
俺は何となく、筋肉ムキムキのオッサンを
イメージしていた。
だが、しばらくして部屋に入ってきたのは……!
予想を裏切る、小柄な少女だった。
するとレオナが、俺の耳元にささやく。
「あの方が、ヴィルフェルト王の正統な後継者にして我が王国軍の最高司令官、アメリア・ヴィルフェルト姫殿下だ」
俺は驚いた。……あの子が最高司令官?
歳は十代後半ってところだ。金の髪を後ろで編み、白銀の鎧の上に豪華なマントを羽織っている。
翡翠色の目は冷たくもあり、それでいて情熱的な光も宿していた。
姫は屈強そうな騎士たちを従え、少女らしからぬ命令を彼らに下している。
「西の第六防衛線には三日以内に補給を。騎兵は山岳地帯を回避し、迂回路を使え。南の橋は一度落とせ。敵の進軍を防ぐのが先決だ」
「はっ!」
騎士たちはその言葉に即座に応え、
剣を鳴らして一斉に散っていく。
……すげえ。若いのに大物のオーラが半端ねえ。
俺が感心していると、姫はようやく俺たちに視線を向けた。
「……レオナ。そやつは何者だ?」
「はっ! 西の草原にて捕らえました。『ショーゴ』とかいう名の怪しい男です」
「どこから来た?」
「それが、『地下』がどうとか言っているので、おそらく魔界からの斥候ではないかと」
「ほほう……」
レオナの説明を聞いて、姫は俺に鋭い視線を向けて近づいてきた。
「この者が……魔界から来た斥候だと?」
姫は俺の前まで歩いてくると、
至近距離まで顔を近づけて、
俺を品定めするかのように観察する。
「……!?」
やがて姫は俺の鼻先まで顔を近づけ、
俺の目をまっすぐに見つめた。
俺が目のやり場に困っていると、姫は鼻で笑って
俺から離れ、レオナに告げる。
「ごくろうだったレオナ・グランツ。この者の縄は解いてやれ」
「え!? しかし……」
「私は兵の品定めができる……こやつに斥候などと大それた真似は出来ん」
それを聞いてレオナがガッカリしたように肩を落とすと、姫は付け加えて言う。
「残念だが、おそらく我が王国に迷い込んだだけの……ただの役立たずのオッサンだ」
「や、役立たずのオッサン!?」
俺は憤慨したが、
姫は冷静な目を向けて俺に尋ねる。
「では聞こう。ショーゴとやら。貴様は何の役に立つ? 剣術か、魔術か? 前線で役に立ちそうなスキルを申してみよ」
「……そ、それは……」
俺が返事に窮していると、
姫は俺に鋭い目を向けて言う。
「知っての通り、我が王国はいま戦時下にある。残念だが、どこの馬の骨ともわからぬ役立たずの男など迎え入れる余裕はない」
それから姫は、俺に向かって宣告する。
「即刻、国外追放とするので、元来た道を戻ってそなたの国に帰るがよい……以上だ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっっ!!」
立ち去りかけた姫を呼び止めて、
俺はあわてて尋ねる。
「あの……帰りたくても、帰り道がわからないんですけど……」
姫は顔をしかめて答える。
「知ったことか。それはそなたの問題だ」
「それに!……魔物たちが地面から出てくるんですよね……?」
「ああ、この国の外には、すでにウヨウヨいるぞ」
それを聞いて、俺はあわてて懇願した。
「……か、帰り方がわかるまで、この国にいさせてもらえませんか!?」
「おい!しつこいぞ!」
レオナが背後から俺に怒鳴った。
だが俺はあきらめない。
「お願いです!! なんとか……!!」
「いい加減、あきらめろってば!」
レオナにつまみ出されようとしている俺を見て、
姫は憐れむように言う。
「我が王国に貢献できそうなスキルがそなたにあるというのなら、考えてやってもよいが……」
「アイドルのプロデュースができますっっ!!」
俺は必死でそう叫んだ。
すると、姫は怪訝な顔をして俺に尋ねる。
「……『アイドル』? 一体なんだそれは?」
「世界に、希望をもたらす光です!」
「……!?」
思わず俺の口からこぼれた言葉に、
姫は驚いた表情を見せた。
俺は城に来るまでに見た町の様子を
思い出しながら、姫に告げた。
「ここに来る途中、町を見てきましたが、この国の人たちの表情には光がありません……おそらく戦争ばかりで、みんな疲れ切っているんだと思います」
「貴様、姫に向かって何を……!」
レオナが俺の首根っこをつかんだが、
姫がレオナを制して俺に言う。
「待て。聞こう」
姫がそう言うと、レオナは不満そうに手を放した。
俺は一瞬、息を整えてから、話を続ける。
「この国の人々には……『推し』が必要です!」
「……『推し』?」
姫は、眉根を寄せて俺に訊いた。俺は説明する。
「はい……『推し』とは尊い存在です。『推し』がいれば、つまらない日常にも光が差し、冷え切った心を熱くさせ、明日への活力となる……!」
それから俺は少し声のボリュームを上げて語る。
「そして『推し』に会うためにライブに来れば! 体は躍動し、血管は沸騰し、魂は燃えあがる……! アイドルの『ライブ』は、まさに『生きている』ことの喜びを分かち合うことができる場なのです!」
「……」
姫は黙って俺の話を聞いていた。俺は身振り手振りも加えて力説する。
「この町でもアイドルがライブをすれば、きっと町の人々には笑顔が戻り、兵士達は力と勇気を奮い立たせることでしょう! チャンスさえいただければ、この私が……それを証明してみせます!!」
俺は一気にまくし立てた。
ここを追放されてまたバケモノに襲われたくないというのも少しあったが、まだ俺の中に残っていたアイドルプロデュースへの想いが、語っているうちに再燃したのだ。
……そうだ。
たとえ異世界に来ても、やはり想いは変わらない。
町で見かけたあの屍のような人達が、
笑顔でペンラを振っているところが見たい……!
この世界にペンラがあるのかどうか知らんけど……!
てか、なさそうだけど!
ただ人々の心に光が灯せたら、それでいい!
気がつけば姫の側近たちはざわめき、
レオナは驚きの眼差しを俺に向けていた。
姫は再び品定めするような視線を俺に向けて訊く。
「それが、そなたのスキルなのか?」
俺は深く頷いてから、
姫の目をまっすぐに見て断言する。
「はい……私が持つ、唯一にして最強のスキルです!」