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第1話「アイドルは光だが俺のお先は真っ暗」

 ―――アイドル。


 それは、希望の光だ。

 どんなに世の中が暗くても、

 ステージで輝く彼女たちの笑顔は、

 人々の心に小さな火を灯すことができる。

 やがてそれは炎となって熱狂と感動の渦を生み、

 凍り付いた世界も、きっと熱を取り戻す……!


 そう信じて、俺はアイドルのプロデュースをしてきた。

 今は地下だが、いずれ地上に。

 そしていつか世を照らす雲の上の存在にするために。

 情熱も資金も時間も人脈も、全てを投じてきた。だが……。

 ……現実はかなり厳しい。


枡戸(ますと)さんっ! 大変ですっっ!!」


 ライブハウスの控室のドアがバンッと開き、

 アシスタントの吉野結月が顔を出した。

 仕事はできるし元気はいいんだが騒がしいのが欠点だ。

 俺がしかめっ面で何があったのか訊くと結月が大声で言う。


「さっき照明のチーフさんから連絡があって、インフルで今日は来れないそうです!」

「はああ!?」


 俺も思わず声を上げた。照明はステージ演出の要だ。そこが欠けるのは一大事である。


「だ、代打のスタッフは!?」


 俺が焦って尋ねると、結月は言いにくそうに答える。


「……来たんですけどプランが全然伝わってなくて……演出が全部組み直しに」

「マジかよ……!? 今日は大事な初めてのワンマンなんだぞ!!」


 そうだ。メンバー達はこれまで苦労してコツコツ動員を増やして、ようやく今日、初のワンマンライブまでこぎつけたのだ。

 ……ここでコケるわけにはいかない。


「仕方ない。プランは俺が伝えるからリハを急ごう!」

「は、はいっ!!」


 控室を出て調光室に向かいながら、俺は願った。

 ―――トラブルは、これだけで終わりますように!

 ……だが数分後、その願いはまたもや騒がしい結月の声で崩れ去った。


「マストさんっ!またまた大変ですっっ!!」

「今度はなんだ!?」

「みんなの衣装がありませんっ!」

「なにいい!?」

「衣裳スタッフが手違いでクリーニングに出しちゃったそうです! あと!」

「まだあんのか!?」

「お弁当に嫌いなおかずが入ってたせいでセンターのユリちゃんが泣いちゃって、その写真がSNSに出回って、炎上してます!」


 そう言って、結月は俺にスマホの画面を見せた。


「運営への批判だけならいいんですが……あのお弁当って、スポンサーさんからの差し入れですよね? スポンサーさんもこれ見てるだろうし、どうします……?」


 地獄みたいなSNSを見ながら、俺の脳内で警報が鳴る。

 ……ヤバい。大ピンチだ。

 だが、ここであきらめるわけにはいかない。

 ファンのために、メンバーのために。そして世のために。

 俺には、このライブをやり遂げる使命がある。

 いったん深呼吸してから、落ち着いて結月に指示を出す。


「まず衣裳は2ポーズ目の予定だった方を先に着せて、2ポーズ目はグッズのTシャツで対処する。ユリには他の弁当を用意して機嫌を直してもらおう」

「スポンサーさんには?」

「ユリは弁当のせいじゃなく初ワンマンに臨む緊張で泣いたって説明で!」

「わ、わかりました!!」


 ……大丈夫。なんとか切り抜けられる。

 これまでだって様々なトラブルを乗り越えてきたんだ。

 ライブ中の機材のトラブル、SNSの炎上、ファン同士の喧嘩、メンバー内の確執、衝突、そして脱退。

 どんな問題に直面しても、あきらめずにやってこれたのは、

 アイドルは希望の光だと信じ続けてきたからだ。


 それからリハーサルが始まり、調整を繰り返して、

 心配していた照明プランも、なんとか形になりつつあった。

 ステージをまぶしく照らす照明を見つめながら、

 絶望的な状況にも光明が見えてきた。

 ……と思ったそのとき―――!


 バツンッ!!


 突然、ステージの照明がすべて落ちた。


「な、なんだ!?」


 暗闇の中で俺が混乱していると、

 しばらくして、闇の向こうから結月の声が聞こえた。


「マストさああん、どこですかああ!?」

「ここだ!? いったい何があった!?」

「実は……」


 結月は、今度は叫ばずに泣きそうな声で俺に告げた。


「……ライブハウスの上のフロアで水漏れがあって、漏電したそうで…」


 暗闇の中で絶句している俺に、結月はとどめのセリフを吐いた。


「……復旧には、1日かかるとのことです……!!」


 ―――終わった。

 これまで様々な逆境を乗り越えてはきたが、

 今回は、さすがに終わった。

 ただでさえ真っ暗な会場の中で、

 俺のお先も真っ暗になった。


 俺はその場に崩れ落ち、床に倒れた音が会場に響いた。


「ちょ、ちょっと!? マストさん!? 大丈夫ですか!? マストさああーーん!!」


 結月の声とともに、俺の意識も遠ざかっていった―――。


 ……それからどのくらい時間が経っただろうか。


「……ん?」


 風の音。鳥の声。草の匂い。 

 まぶたを通して、やわらかな陽光を感じる。


「……?」


 あおむけで倒れたまま、ゆっくりと目を開けると、

 広大な青空が広がっていた。白い雲がのんびりと流れている。

 ……あれ? 俺、たしかライブハウスにいたはずだが……。


 身体を起こして周りを見ると、草原がどこまでも続いている。

 はるか遠くには森と山々。

 山の中腹には、中世ヨーロッパ風の城のようなものが見えた。


「……どこだ? ここ?」


 まるで、RPGの世界に飛び込んだような、

 ファンタジーすぎる風景―――。

 すると俺の脳裏にある考えが浮かんだ。


「もしかして、俺―――。転生しちゃった?」


 ……んなわけないか。

 さっき床に倒れた時に頭を打って、きっと幻でもみているのだろう。

 まあ、つかの間の幻でも、のどかな景色を見て現実逃避できたな。

 ……さてと。俺が腰を上げようとすると、

 背後から何やらうめき声のようなものが聞こえた。


「ヴゥジュルジュル……」

「……!?」


 何の声だ……?

 嫌な予感がして振り返ると、茂みの中にぽっかり直径1メートルくらいの穴が開いていて、

 その暗い穴の中で、目のようなものが光っている。


「グルゥジュルジュジュルゥウゥ……!」

「……え!?」


 得体は知れないが、敵キャラなのはもう確定だろう。

 やがて、()()は穴の中から這い出してきた。

 まるでドロドロに溶けた人の影のようなものだった。


「……ひいい!!」


 俺は腰を抜かして、後ずさった。


「ルジュルゥジュルウウウ……!!」


 やがて完全に地上に現れた『溶けた影』はうなりながら、

 両手を前に突き出し、幽霊のように俺にゆっくり近づいてくると、

 一気に大口を開けて、襲い掛かってきた!!


「グォヴァァアアアアアアアッッ!!」

「うわああああ!!」


 ―――絶体絶命だ!

 今、思い返せばライブハウスでのトラブルの方がマシだった。

 今度こそ……マジで終わった!!

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