9.『クラスメイトの一人として』
蓮董山に着いた私達は、早速山を登り始めた。登山と言っても、蓮董山はそんなに高くない山で、近所のお年寄りの方が運動に登ったり、小学校でも遠足に使われるぐらいの山だ。そこまで登るのにキツイ山ではないけど――
「はあ...はあ....」
私は息を切らしながら山を登っていた。
「白羽は本当に体力ないな~」
「ご...ごめん....ね...」
「...白羽、無理に話さなくて良いから」
「...冗談抜きで抱えた方が良いんじゃないかしらこれ」
朱音ちゃん達は私のペースに合わせてゆっくり登ってくれている。クラスメイト達も「頑張れー水月さん」「このぐらいの山は登れないとちょっと体力終わってるよー」と声をかけてくれながら先へ行く。
「はあ...はあ...皆、先へ行ってて...はあ...私に合わせてたら...遅くなっちゃう...」
「...嫌よ、白羽を置いて先に行くなんて」
「別に競争してるわけじゃないしね」
「無理しないで、休み休み行けば良いのよ。時間はまだあるんだから」
舞桜ちゃん、美海ちゃん、朱音ちゃんはそう言って、私の歩くペースに合わせてくれる。
「皆...ありがとう...」
せっかく皆が合わせてくれてるんだ、せめて自分の力で登りきらないと...!
頂上まであと3分の1に差し掛かったところで、私は近くの木にもたれかかり、休憩を取ることにした。そこに榊原さんが通りかかる。
「あ...榊原...さん...」
「...ふん、このぐらいの山でそんなにヘロヘロになるなら、最初から来なければ良いのですわ。小学生以下ですか貴方の体力は」
「う....」
「ちょっと、白羽だって頑張ってるのにその言い方はないんじゃないの?」
「なんですの、キャンキャンうるさいですわね」
「...美海の悪口は良いけど、それ以上白羽の悪口言ったら許さないから」
「ちょっと!!私は良いっての!?」
「私に喧嘩を売るのか、そこのうるさい小娘に喧嘩売るのか、どっちかにしてくれます!?」
榊原さんは美海ちゃんと舞桜ちゃんと少し言い合いをして「庶民の下等な会話にはついていけませんわ!」と怒りながら去っていった。
「...白羽、気にしないで良いわよ。あともう少しだから頑張りましょ」
朱音ちゃんは私の頭をポンポンと撫でる。少し恥ずかしいけど、不思議と元気が出るような、温かい気持ちが胸にこみ上げてくる。
「ありがとう...うん、もう大丈夫」
息を整えた私は、立ち上がる。頂上まで、あともう少し...!
私は気合いを入れ直し、再び歩みを進めた。
――――――――
「はあ...つい...た...」
私は何とか頂上に辿り着いた。既にほとんどのクラスメイト達は、頂上に着いて、景色を楽しんだり、お喋りをしていた。
「白羽、おめでとう!」
「...よく頑張った」
「私に抱えられずに済んで良かったわね(ちょっと残念だけど...)」
「皆...ありがとう...。ごめんね、付き合わせて...」
朱音ちゃん達は「気にしないで」と言いながら、空いている日陰を見つけて私を誘導してくれる。限界に近かった私はそこに座り込んだ。
私達を見つけた久部先生が近寄ってくる。
「...水月、頑張ったな。水分補給はしっかりしとけよ」
「はい....」
「久部先生、生徒は全員無事に到着したみたいだぜ」
久部先生に安藤先生が話しかける。久部先生は頷くと、皆に声をかける。
「よし、それじゃここで昼飯だ。下山は今から二時間後だ。それまでゆっくりしろ」
久部先生の言葉にクラスの皆は歓声をあげ、思い思いに固まってお昼ごはんを食べ始める。
『わぁ...!お母さん、私の好きな物いっぱい入れてくれてる!』
『うげ、俺の嫌いな物入ってるじゃん...くっそ~母さんめ~』
そんな声が聞こえてくる。ふと見ると、朱音ちゃんが少し眩しそうな表情で、皆の方を見ていた。
「(朱音ちゃん...小さい時にはもう、家から追い出されたって言ってたよね...)」
私は前に朱音ちゃんに聴いた話を思い出す。今の朱音ちゃんの気持ちは、私にも分かるから。私は優しく朱音ちゃんに声をかける。
「朱音ちゃん、ご飯食べよう?」
「...そうね」
私達四人はお弁当を開ける。
「おお、白羽のお弁当は相変わらず美味しそうだね~」
「そ、そんなことないよ...。美海ちゃんと舞桜ちゃんのお弁当も美味しそうだね」
美海ちゃんのお弁当はお肉中心で、けっこうボリュームがあるお弁当で、舞桜ちゃんのはサンドイッチ中心のお弁当だった。
二人は少し申し訳なさそうな顔をしている。私は小学校の時にはもう慣れていたから、二人には気にしないでと伝えているけど、優しい二人はそれでも少しの後ろめたさを感じてしまうのだろう。私はそんな二人の気持ちを切り替えるように声を出した。
「それじゃ、頂きます」
「「「頂きます」」」
私達は手を合わせてお弁当を食べ始める。そこまで高い山ではないけど、それでも達成感と、自然の中で食べるご飯は特別な気分を味合わせてくれる。
「ん~、美味しい!やっぱり運動した後のご飯は良いわね~」
「...美海は本当、よく食べるわね」
「その言い方だと私が大食いみたいじゃん!」
「実際多いでしょ...」
美海ちゃんは頬を膨れさせて、朱音ちゃんの方を向く。
「白羽...は少食だから良いとして、赤坂さんも別にこのぐらい普通だと思うよね?」
「え...ま、まあ...。ご飯がいっぱい食べられるのは良いことなんじゃない?」
「...赤坂さん、何か渋いこと言うね」
「え?そ、そう?」
「....というか、ふと気づいたんだけど」
美海ちゃんはそう言って、朱音ちゃんと隣に座る私を交互に見る。キョトンとした私達に、美海ちゃんは私達...正確には私達の手元にあるお弁当を指して
「白羽のお弁当と赤坂さんのお弁当って...同じじゃない?」
「っ!?ごほっごほっ!」
美海ちゃんの指摘に朱音ちゃんがむせる。そして、私はハッと自分のミスに気がついた。
「(そ、そうだ...!!つい、お弁当同じにしちゃってた...!?)」
おかずや入れ方まで、私は朱音ちゃんのお弁当と自分のお弁当を同じように入れていた。配置でも違っていればまだ言い訳できるけど、まったく同じようなお弁当が二つあれば疑問に思われるのは当たり前だった。
美海ちゃんの言葉に舞桜ちゃんも私達のお弁当を見て首を傾げる。
「...本当、おかずや配置まで同じ」
「白羽のことだから自分で作ったんだろうし...もしかして――」
美海ちゃんの言葉に朱音ちゃんがビクッと反応する。私も、自分のミスを悔やみながら、朱音ちゃんに後で謝ろう、と思っていると
「白羽、赤坂さんのお弁当を作ってあげたの?」
「う、うん...」
「そっか。まったく、白羽ってば本当にお人好しなんだから」
「...え?」
私は予想してた反応と違って、少し驚いた反応をしてしまう。
「今日のためにわざわざ赤坂さんにお弁当作って持ってきてあげたんでしょ?あ!だから朝、二人一緒に登校してたんだ」
「...なるほど、だから今日は赤坂さんも早かったんだ。白羽は料理上手だから、頼んだのは正解ね、赤坂さん」
美海ちゃんの言葉に舞桜ちゃんも続く。私と朱音ちゃんは、一緒に暮らしていることがバレなくてホッと胸を撫で下ろす。私のうっかりミスでバレなくて良かった...。
「そ...そうなの。私、料理できないし、それに両親は仕事で頼めなかったから...」
「そうなんだ...。でも、白羽の愛妻弁当なんて羨ましいの~赤坂さんやい」
「あいさ...っ!!?」
美海ちゃんのからかいながらの言葉に顔を見る見る間に赤くする朱音ちゃん。
「さぞかし愛情もたっぷり入ってるんじゃないですか白羽さん?」
「あ、愛情かは分からないけど...でも、朱音ちゃんの好きな物はいっぱい入れたよ」
「き、聞きました舞桜さん!?白羽ってば、もう赤坂さんの好み把握してるって!!二人の仲はいつの間にそこまで進展したんでしょうか!?」
「し、白羽ーーーー!?」
「ご、ごめんなさい!」
「...そのリポーターみたいな喋り方は何なの?でも、確かに、いつの間にそこまで仲良くなったかは気になる...」
顔を真っ赤にして叫ぶ朱音ちゃん、口を滑らせて謝る私、そしてそんな私達を追求する美海ちゃんと舞桜ちゃん。私は美海ちゃんの猛追にたじたじになりながらも、楽しいひとときを過ごしたのだった。
...ちなみに、美海ちゃんと舞桜ちゃんの追求はたまたま食事を一緒にすることがあって...と何とか誤魔化せたのだった(羨ましがられた美海ちゃんには、今度一緒にご飯食べに行くことを約束されたけど...)。
――――――――
お昼ごはんが終わって、私達は山頂からの景色を楽しんだり、お話をしたり過ごし、あっという間に下山する時間になった。
「...全員いるな?なら下山するぞ」
久部先生が人数を確認して、先導して下り始める。私達も下山し始めるのだったが――私は朱音ちゃん達に先に行くようお願いして、とある場所に向かっていた。
『貴方と二人で話したいことがある』と榊原さんに呼ばれたからだ。呼びに来たのは、クラスメイトの一人の笹木さんだったけど...私は心配する美海ちゃん達に大丈夫だと断って、榊原さんに指定された場所に行く。
そこは頂上より少し下りた所にある、登山道から逸れた山の中だった。
「(たしか川の近くに大きな木があるって...アレかな?)」
私は笹木さんから聞いた目印を元に進んでいく。目印は樹齢千年以上はありそうな大きな太い木で、とても分かりやすかった。私が木に近づくと、榊原さんは腕組みをして待っていた。
「遅いですわね、この私を待たせるなんていいご身分ですわ」
「ご、ごめんね...」
「ふん、まあ良いですわ。逃げずに来たのだけは誉めて差し上げます」
榊原さんは私を睨むような鋭い視線を私に向けている。敵意を隠そうともしていない目だ。
「さて、何で呼ばれたのかお分かりですわね?」
「私とお話をしてくれるって...」
「ええ、貴方には一度、自分の立場というのものをしっかりと教えようと思いまして」
「榊原さ――」
私が榊原さんに声をかけようとすると、榊原さんは指を鳴らす。一瞬遅れて、私は後ろから誰かに腕を抱えられ羽交い締めにされた。
「ご、ごめん...水月さん...」
「その声、笹木さん...?」
「私のお父さん、榊原さんの会社で働いてて...し、従わないとお父さん、クビにするって言われて...ごめんね...っ」
私を羽交い締めにする笹木さんの声は泣きそうな声だった。
「...榊原さん!ダメだよ、こんなこと...っ!!笹木さん、とっても悲しそうだよ!」
「庶民が私に従うのは当然ですわ。それに、人のことを気にしてる余裕があって?」
榊原さんは勝ち誇った顔を浮かべながら、私に近づくと
パアンッ!!と私の頬を叩いた。
「....っ!!」
「ふん、ようやくあの時の一発入れられましたわ。でも、私の受けた屈辱はこんなものではありませんわよ!」
榊原さんは続けてもう一度、反対側から私の頬を叩く。鈍い音が再度響き、私は苦悶の声を漏らす。
「ごめんね...水月さん...ごめんね...」
笹木さんは泣きながら私に謝る。榊原さんはそれを見て優越感に浸った笑みを浮かべた。
「ふん、気味の悪い白髪の幽霊女の分際で、私のような高貴な者に逆らうからですわ。...それとも、やっぱり親にも捨てられたような下賎な者は、礼儀と言うものを知らないのかしら」
「.....榊原さん...」
「あら?なんですの?今なら地面に這いつくばって謝れば、許してやらないことも――」
私は真っ直ぐ榊原さんに顔を向ける。媚びるでもなく、恐怖を抱いているわけでもない私の視線に、榊原さんは信じられないものを見たような表情で後ずさる。
「...榊原さんは、こんなことをして...楽しい?」
「....は?」
「自分は偉いって、だから従うのは当然だって、無理やり言うことを聞かせて、自分の意見を押し通すのは、楽しい?」
「と、当然ですわ!皆、私の言うことは何でも聞いてくれますもの!私が高貴な生まれだから!現にそこの者だって――」
「違うよ...榊原さんが高貴な生まれだからとかじゃない。榊原さんのお父さんが偉いから――榊原さんが『榊原グループ』の令嬢だから...だから皆、榊原さんに従ってるだけだよ。でも、榊原さん自身には――何があるの?」
「な...にって...」
「榊原さん自身に皆、尊敬を抱いてるわけじゃない。榊原さんの立場、榊原さんのお父さんの子供だから、皆、榊原さんの言うことを聞いてるだけ。だったら――榊原さんじゃなくても、榊原グループの子供だったら、誰でも同じ――榊原さんじゃなくても良いよね?」
それを聞いた榊原さんは、私の頬を叩いた。
「この...っ!!言わせておけばっ!!」
「....っ!!榊原さん!本当は気づいてるんでしょっ!?こんなことをしても...無理やり人に言うことを聞かせても、榊原さん自身はどんどん周りの人から避けられて、疎まれて...っ!虚しいだけだって!!」
「うるさいっ!!この、不気味な見た目してっ!!親にも捨てられた下等な存在が――」
「でもっ!!私は美海ちゃんや舞桜ちゃん、朱音ちゃん――大切な友達がいて、一緒に過ごして、毎日が楽しくて、皆に温かい気持ちをいっぱい貰ってる!!榊原さんはっ!?榊原さんはどうなの!?――そうやって、威張り散らして、他の人を困らせて、傷つけて、榊原さんは楽しいのっ!?」
「わ、私は...!」
「今の榊原さんには友達なんて、絶対にできないよ!他の人を傷つけてるだけの榊原さんには!」
「こ、このおっ!!」
榊原さんは激昂した勢いで、私に掴みかかり、笹木さんは思わず私を離す。そのままの勢いで榊原さんは私を押し倒して、感情のままに私を殴り始める。
「私は...っ!!私は、高貴な生まれで...っ!!偉くて!!そんな私によくもそんな口をっ!!」
「うっ...っ!!くうっ...!!...そうやって怒るのは...図星だからでしょ...!?榊原さんも、このままじゃダメだって、そう思ってるんでしょ!?」
「それ...は...」
「だったら...!!だったら、変えなきゃ!!迷惑をかけた人達にごめんなさいして、相手のことを考えて!思いやって!榊原さんは榊原グループの令嬢でもあるけど――私達のクラスの一人の榊原李奈でもあるでしょっ!?」
「私...は...」
「...私は、榊原さんが笹木さんや朱音ちゃん、他の人を傷つけたことには、とても怒ってる...だけど、榊原さんならやり直せるって...榊原さんとも友達になれるって――友達になりたいって思ってるよ」
榊原さんの手はいつの間にか止まっていた。榊原さんは、信じられないものを見たかのような、呆然とした表情で呟く。
「...貴方は...こんな酷いことをした私に...どうして...そこまで...?」
「...だって、榊原さんはクラスの一人で、これから一緒に過ごす仲間だから。間違ってることをしていたら、止めて、叱ってあげるのも仲間...ううん、友達の役目だよ」
榊原さんは私の上から退き、私から逃げるように後ろへよろよろと下がる。私は、痛む身体を引き起こし、榊原さんに一歩、二歩と近づく。
「榊原さん...まずは皆のところに戻ろう。それで、ちゃんと、謝ろ――」
「み、水月さんっ....!!」
突然、笹木さんの緊迫した声が響く。それと同時に、バキバキと重い音を響かせながら何かが近づいてくる。それは、四つ足で黒い毛皮に覆われた――大きな熊だった。
「き、きゃあああああっ!!」
笹木さんが悲鳴をあげて逃げる。熊はそちらに一瞬視線を移すも、残っている私達を優先したようだ。縄張りから私達を排除しようとしているのか、それとも別の理由か、その目は敵意に染まっている。そして、すぐに固まって動けない榊原さんに視線を移した。
「あっ...あっ...」
榊原さんは熊に睨まれると、足が震え出し動けなくなる。熊は獰猛な唸り声をあげ、全身に力を込める。
「――榊原さんっ!!」
私は走り出す。身体が痛んで、普段以上に身体が重い。
「(お願い、間に合って――っ!!)」
熊が走り出し、榊原さんに爪を振り下ろそうとするその寸でで、私は榊原さんに飛び付き、熊の突進から回避する。
「み、水月...白羽...。私を、助け...?」
「友達を助けるのは...当たり前だよ...」
私は脇腹に走った痛みに呻く。爪がかすっていたのか、服の下から血が滲み出している。
熊は突進した勢いのまま、木にぶつかるも、何事もなかったかのように私達に振り向く。
私は痛みをこらえながら立ち上がり、榊原さんに言う。
「私が引き付けるから逃げて、榊原さん」
「え...」
「二人で逃げても追いつかれちゃう...誰かが囮にならないと...」
熊の走る速度は人より遥かに早い。おまけに足場の悪い森の中で二人逃げきるのは困難だ。だったら、誰かが囮になるしかない。
「で、でも...っ!!貴方、私のために...それで良いですの!?」
「...榊原さんとは確かに、すれ違っちゃったけど...でも、生きてる限り、何度だってやり直せる、私はそう信じてるから」
「でも...っ!!」
「大丈夫...私、どんくさいけど、けっこう身体は丈夫なんだよ?だから、心配しないで」
「身体が丈夫とか...そんなの今の状況じゃ役に立ちませんでしょう...!?」
榊原さんにもっともなことを言われ、私は思わず苦笑する。それでも、榊原さんから遠ざかるようにじりじりと足を動かしながら、近くにあった石を拾う。
「私がこれで注意を引いて、向こうに行くからその隙に逃げて」
「ま、待ちなさ――」
「行くよ、1...2...」
有無を言わさず、私は石を握る手に力を込める。そして、熊に向けて放とうと――
「白羽ーーーー!!」
私の名前を呼ぶ声が聞こえたと同時に、木々の間から飛び出すように...いや、実際に木々を蹴って朱音ちゃんが飛び出してきた。
「このっ...!!白羽に手を出すなっ!!」
朱音ちゃんは飛び出した勢いのまま、熊に飛び蹴りを叩き込む。普通の人間なら、何の効果もない攻撃だけど...『アウター』である朱音ちゃんの飛び蹴りで、熊は木々を薙ぎ倒しながら数メートル吹き飛ぶ。熊は突然のことに驚いた様子ながらも、起き上がって朱音ちゃんに敵意を向けるが――
「...私とやるっての?消し炭になりたい?」
ゴオッ!!と朱音ちゃんは身体に炎を纏わせて威嚇する。それを見た熊は、本能的に勝てないと悟ったか慌てて逃げていった。
「白羽...!!大丈夫!?」
「朱音ちゃん...来てくれたんだ...」
「やっぱり心配だからついてきてて...それで同じクラスの人が慌てて出てきて、熊が出て白羽がまだ取り残されてるって聞いたから...」
朱音ちゃんはそう言いながら、私の脇腹から血が滲んでいるのを見つける。
「白羽!?怪我してるの!?」
「だ、大丈夫...かすっただけだから...」
「でも、それ以外にもボロボロ...」
言いかけた朱音ちゃんは、榊原さんがいるのに気づいた。
「...なるほど、こっちはあんたがやったわけね」
「あ、貴方...もしかして『アウター』...」
榊原さんは恐怖の視線を朱音ちゃんに向けている。朱音ちゃんは...一瞬、顔を曇らせるがすぐに榊原さんを睨む。
「朱音ちゃん...」
「白羽は黙ってなさい」
朱音ちゃんはつかつかと榊原さんに近づく。榊原さんは怯えたように後ずさるも、朱音ちゃんは榊原さんの服を掴み
パアンッ!とその頬を叩いた。
「....っ!!」
榊原さんはぺたんとその場に座り込む。
「...白羽に手を出したら許さないって、私言ったわよね」
「あっ....ああ...」
朱音ちゃんの怒気こもる声に、榊原さんはガクガクと震える。
朱音ちゃんは動けない榊原さんに拳を振り上げる。私はそれを止めようとして――朱音ちゃんの顔を見て動きを止めた。
ドゴッ!!と衝撃が辺りに響く。木々が震え、葉が舞い落ちるも――榊原さんに拳は打ち込まれずに、後ろにある木へ打ち込まれていた。
「――でも、白羽を傷つけたことは...私はあんたと同じ。だから、私にはこのことであんたを責める権利はない」
「.....」
「...でも、白羽の“友達”としてもう一度言っておくわ。次、白羽にこんなことをしたら、私はあんたを絶対に許さないから」
朱音ちゃんは榊原さんに背中を向ける。
「...それと、私が『アウター』だってこと、あんたが言いたければ好きにしなさい」
「.....」
朱音ちゃんはそれ以上は何も言わなかった。そして、私に近づくと
「朱音ちゃ――きゃっ!?」
いきなり、私をお姫様だっこした。
「まったく、今回も無茶して。一応、ついてきてて正解だったわ」
「あ、朱音ちゃん...私、自分で歩けるから...」
「ダメよ。これは...そう、お仕置きよ。だから大人しくしてなさい」
「うう....」
朱音ちゃんはガッチリと私を抱き抱えている。私は抵抗を諦めて、大人しく朱音ちゃんの腕の中で揺られながらその場を後にする。
「(榊原さん...)」
チラッと榊原さんの方を見ると、榊原さんは朱音ちゃんに叩かれた頬を押さえたまま、顔を俯かせていた。
――――――――
「ほんっとうにこの子は心配かけるんだから!めっ!この、悪い子!めっ!」
「あうう...ごめんなふぁい...」
戻った私は美海ちゃんに頬をぐにぐにと揉まれながら、美海ちゃんと舞桜ちゃんに叱られていた。
「...木につまずいて転んで、石で打った...ねえ」
「.....」
舞桜ちゃんの疑いの視線に、私はビクッと身体を震わせる。
「...まあ、そういうことにしておいてあげる」
舞桜ちゃんの言葉に、追求を免れた私はホッと胸を撫で下ろした。
「...ったく、登山道から外れて、景色を見に行くなんて、あぶねえことしたらダメだろ、水月」
「ご、ごめんなさい...安藤先生...」
「お前を大事に思ってくれる人がこんなにいるんだ。いくら、クラスメイトのためでも、お前自身のことも、もうちょっと大事にしろよ。...自分を囮にしようだなんて、もっての他だからな、いいな?」
「はい...」
私にだけ聞こえるよう安藤先生は言う。私はその言葉に申し訳ない気持ちを込めて返事をして、ふと気づく。
「(あれ...私、先生に榊原さんのこととか言ってないのに...?)」
私が疑問を口にする前に安藤先生は、その場を離れる。
「はあ...でも、赤坂さんがついて行ってくれて良かったよ。...まさかお姫様だっこで白羽を連れて帰るとは思わなかったけど!」
「うう...は、恥ずかしいから思い出させないで...」
私と朱音ちゃんが戻った時、朱音ちゃんが私をお姫様だっこをしているのを見て、クラスの皆はざわついていた。私はそのことを思い出して、思わず顔が赤くなる。
「良い薬ね。これに懲りたらもう危ないことはやめなさいよ」
「はい...」
朱音ちゃんの言葉に私は顔を俯かせながら答える。
「(うう...朱音ちゃんは平気な顔してるし...)」
「(お、お姫様だっこで皆の前に出るのは流石に恥ずかしかった...!おんぶぐらいにしとくべきだった...!)」
なお朱音本人は後悔していた。
「お前ら早く乗れ...水月は戻ったらすぐ病院行かすからな。反省文と課題は今度にしておいてやる」
「はい...ごめんなさい...」
久部先生にも叱られながら、私達はバスに乗り込む。
そして帰りのバスで、私はクラスメイト達に『水月がそんな大胆なことするとは思わなかった』『怪我大丈夫?』等と聞かれたり、話をしながら過ごす。榊原さんは無事に帰ってきたものの、私達とは違うバスになって話す機会がなかった。
そうして、バスが着き色々とあった校外実習は終わったのだった。
――――――――
私は学校に着いてそのまま久部先生の車に乗せられ、すぐに病院に連れて行かれた。
私がかかりつけの病院だと言って、いつもの『O.P.O』の病院に向かうと、久部先生は病院を見て少し驚いた表情をした。
「ここは...」
「?久部先生、どうされたんですか?」
「いや...何でもない」
そして、久部先生はそのまま私の診察が終わるまで付き合ってくれて、私の怪我が大したことなく(本当はいつものお医者さんにすぐ治してもらったのだが)、治ったのを聞いてため息を吐く。
そして、そのまま久部先生は私を車で家まで送ってくれた。
「...ったく、お前は入学してから何回病院の世話になるつもりだ?」
「ごめんなさい...あの、ありがとうございます。病院と、家まで送って頂いて...」
「...教師としての業務で、仕方なくだ。ったく、めんどくせえ...」
「ごめんなさい...」
「...そんな泣きそうな顔で謝んな。別にお前を責めてるわけじゃない」
久部先生はごそごそとポケットから飴を取り出して私に放る。
「これでも舐めとけ。...ったく、これだからガキは嫌いなんだ」
「あ、ありがとうございます...」
そう言いながらも久部先生の言葉は柔らかかった。私は貰った飴玉を口に入れる。甘くて優しい味が口の中に広がる。
そうして少しすると、私の家の前に着いた。
私は久部先生に改めて頭を下げる。
「ありがとうございました...それと、その、改めてごめんなさい...」
「何回も謝んな。無茶したのはお前が悪いが...それだけじゃないだろ」
「それは...」
まるで見透かしてるかのような久部先生の言葉に私は咄嗟に返事ができなかった。私が言葉を探していると、久部先生は特に気にした様子もなく言葉を続ける。
「明日は休みだが、次学校に来た時は覚悟しとけよ」
「は、はい...あの、久部先生」
「なんだ?」
「す、好きなお菓子とかありますか?」
「...は?」
「今日のお礼に作って持っていきます。だから、良かったら教えて頂けませんか?」
「....お前、それ無自覚か?」
「え?」
「...なるほど。これはタチ悪いな」
「え?え?」
「いらねえよ。業務だって言っただろ。そんなこと気にするより、反省文の内容でも考えとけ」
久部先生はそう言うと車を走らせた。取り残された私は、久部先生の言葉の意味が分からずに、首を傾げるのだった。
「白羽、お帰り。その...夕御飯の準備しようと思ったんだけど...まだ、お握りしか握れてなくて...」
「ううん、ありがとうね朱音ちゃん。それと、心配かけてごめんね」
「もう良いわよ。白羽のせいじゃないし。でも、無茶したらダメだからね」
「...うん」
朱音ちゃんに頷きながら、私は家に入る。瞬間、焦げた匂いが鼻をつく。
「あ、朱音ちゃん...何か焼いてる?」
「あっ...!!そういえば、魚を入れたまま...っ!!」
朱音ちゃんは慌ててキッチンに戻る。私も追いかけると、朱音ちゃんはちょうどグリルを開けたところだった。しかし、魚の脂に燃え移ったのか、開けた瞬間に火が立ち上る。
「きゃーっ!?火が、け、消さなきゃ...っ!!」
「ま、待って朱音ちゃん!水は、水を直接かけちゃダメーーーっ!?」




