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アウターヘイヴン  作者: 黒百合
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5.『化物じゃない』

「ここがあの子の通ってる学校ね。中々良いところじゃない」

もう日も落ち、暗くなった学校の中にその少女はいた。誰もいない廊下を楽しそうな表情で、我が物顔で歩いている。

「誰かいるのか?」

すると、その少女を明かりが照らす。少女を照らしたのは見回りの先生だった。暗闇の中に少女の姿が浮かび上がる。

歳は中学生ぐらいだろうか、ウェーブのかかった緑色の髪を肩に切り揃えており、その顔はイタズラが見つかった子供のような無邪気な顔をしていた。

「ふふ....お勤めご苦労様」

「まだ残っていたのか?もう暗いから帰りなさい」

少女は微笑むと声をかける先生に近づいていく。先生が怪訝な顔をしていると少女は言った。

「お仕事ついでに...私からのお願いを聴いてくれる?」

「何を言って――」

先生は少女の言葉に返すが、少女から返ってきたのは微笑み、そして――その後ろから何かが地面からせり上がって来る。先生は思わず腰を抜かして床に尻餅をつく。

「ひぃ....っ!?な、なんだこれは...!?」

「大丈夫、一瞬で済むわ。だから、抵抗しないでね、うっかり殺しちゃったら後が大変だから」

少女の言葉とともにその何かは先生に向けて放たれる。先生は悲鳴を出す暇もなく――その運命は少女の手に委ねられた。

――――――――――

お休みが明けて学校に登校する日。私はいつもの時間に目が覚めて、朝食の準備をしていた。

「(昨日は朱音ちゃんの荷物も届いたし良かった)」

昨日は朱音ちゃんが使う部屋の掃除と、荷物の設置を主にしていた。と言っても朱音ちゃんは本当に最低限の荷物しか持ってきてなくて...洲藤さんからこっそり聞いた話、いくつか洲藤さんが買い足したみたいだった。

ちなみに朱音ちゃんには、上にあるお父さんとお母さんの寝室を使ってもらっている。しかし、そこそこ広いので余計に部屋ががらんと感じてしまう。

「今度、お休みの時に一緒に買いに行こうかな...」

もちろん、朱音ちゃんが良ければだけど...私も買いたい物あるし、それに街の案内もできるし...何より朱音ちゃんと一緒にお出掛けするのは、とても楽しそうだ。今度、朱音ちゃんに聴いてみよう。

私がそんなことを考えていると、階段を降りる音が聞こえてきて、朱音ちゃんがリビングに入ってきた。朱音ちゃんはやっぱり朝が苦手みたいで、朝御飯のお手伝いもしたいみたいだったけど、私は無理に起きなくて大丈夫だと伝えている。だいたい、私の目が覚める時間は、朝に家事をすることも多くあってだいぶ早いから。

「....おは...よう...しろ....は」

「おはよう、朱音ちゃん。お顔洗ってきたら、御飯食べよう?」

「....うん....」

朱音ちゃんはふらふらと洗面台へ向かう。私はその間に朝御飯を並べる。

「(おはよう、って言える人がいるの、すごく良いな...。少し前まで一人だったのが嘘みたい)」

私はそれが嬉しくて思わず顔が緩みながら準備を整える。初日は流石に緊張したけど...今は、朱音ちゃんがいるこの生活が楽しくてしょうがなかった。

朝御飯を並べ終えた頃、朱音ちゃんがリビングに戻ってくる。

「お帰り朱音ちゃん。朝御飯、できてるよ」

「あ、ありがと....白羽。朝、手伝えなくてごめん」

朱音ちゃんは少し申し訳なさそうな顔をしながら椅子に座る。

「ううん、私が好きでやってるんだし、朱音ちゃんは気にしないで」

そう言いながら私も椅子に座る。

「頂きます」

「頂きます」

私と朱音ちゃんは朝御飯を食べる。

「美味しい...白羽って本当、料理上手よね。どうしたらそんなに上手になれるの?」

「うーん、慣れかなぁ...」

数年やっていたら自然と作れるようになっていったから慣れ、としか言いようがない。朱音ちゃんに何もアドバイスできないのは申し訳ないけど。

「慣れ....慣れね...。私が練習しても同じように作れるようになれるかしら....。昨日も失敗したし...」

「大丈夫、朱音ちゃん器用だから、絶対作れるようになるよ。私もできる限りサポートするから」

実際、初めて作ったチャーハンだって炒め具合は完璧だったし、手順は間違ってなかった。ただ、今までやってなかったから慣れてないだけで、朱音ちゃんは色々と覚えれば料理はすごく上手になれると私は思っていた。

私の言葉に朱音ちゃんは「...ま、また教えてね。今度は、せめて食べられる物が作れるように頑張るから...」と少し照れながら言ったのだった。

――――――

朱音ちゃんがお皿を洗っている間、私は身だしなみを整えて、学校に行く準備をしていた。

久しぶりに袖を通す制服だが、新しく新調している。前の制服は、背中側が大きく破けた上、血塗れになってしまったので、新しく買い直すことになったからだ。

そこまで裕福ではない私にとって、正直痛い出費になる予定だったけど

「(洲藤さんが昨日、新しい制服送ってくれたのは本当に助かったな...今度お礼言わないと)」

洲藤さんから朱音ちゃんの荷物と一緒に『赤坂が世話になってる礼だ』という手紙と一緒に私の新しい制服が入っていた。

「うん、サイズもピッタリ」

私は制服を着て、着心地を確かめる。前の制服と変わりはなさそうだ。新しい制服だから少し、生地がパリッとしているけど、着ていればその内馴染んでくるだろう。

私が準備を終えて下に降りると、朱音ちゃんが上へ上がるところだった。

「朱音ちゃん、お皿洗いありがとう。私、待ってるから――」

私がそう言いかけると、朱音ちゃんは手で私の言葉を制して言った。

「いや、白羽は先に行ってて。私は後で行くから」

「え?大丈夫だよ、時間もまだあるし...」

私の家から学校までは、徒歩でも余裕を持って登校できる距離だ。だから、少し待つぐらい全く問題はない。そう思いながら私が言うと、朱音ちゃんは「やっぱり...」と呟いた。

「白羽、もしかしてだけど...一緒に登校しようと思ってるわよね?」

「え?うん」

あまりにも当たり前な質問だったから、思わず聞き返して頷くと朱音ちゃんはとても悩ましそうな表情をした。

「白羽、登校は一緒じゃなくて別々にしましょ」

「え....」

私は朱音ちゃんの言葉にとても悲しい気持ちになった。朱音ちゃんと一緒に登校したいと思っていたのは私だけで、朱音ちゃんは嫌なのかと思ったからだ。

朱音ちゃんは私の悲しそうな表情を見て慌てて言葉を続ける。

「べ、別に白羽と一緒に登校したくないとかそういうのじゃないのよ?で、でも、一緒に並んで歩いてたらその....」

「....?」

「白羽が....私と仲良いんだって思われちゃう...。私はほら、自業自得だけど、クラスでは皆に嫌われてるし...。それに、私が一番心配してるのは...もしこの先、私が『アウター』だってバレた時、白羽にも矛先が向くかもしれない...。もしかしたら、白羽まで『アウター』だって疑う人がいるかもしれない...私は、白羽にそんな想いをさせたくないの」

「私は別に....」

「白羽が良くても私はダメ!これだけは譲らないから!」

朱音ちゃんはぐいぐいと私を玄関まで無理やり押し出していく。私は抵抗しようとするが、やっぱり力では朱音ちゃんにはかなわない。

「あ、朱音ちゃ――」

「とにかく、白羽は先に行ってなさい!...心配しなくてもすぐ駆けつけられる距離にはいるから」

そして玄関の外へ押し出され、バタンッ!と扉が閉められた。

私は思わず戻ろうとするが、朱音ちゃんの思いは固いようだった。戻ってもまた押し出されて終わりだろう。

「朱音ちゃん....」

朱音ちゃんが私を気遣ってくれているのは分かっている。それでも、私は言い様のない寂しさを覚えながら、一人でとぼとぼと通学路を歩いて行くのだった。

―――――――

教室に着くと、クラスメイト達が休んでいた私を心配して声をかけてきてくれた。私はそれに答えながら、自分の席に座って今日の授業の確認をしたりしていた。

「おはよう、白羽」

舞桜ちゃんが登校してきて、私に挨拶をする。私はそれに返しながら

「おはよう、舞桜ちゃん。美海ちゃんは今日も朝から練習?」

「そうみたい。でも、たぶんそろそろ――」

「おっはよー!おお、白羽の制服、新しいね?」

美海ちゃんが元気良く挨拶しながら教室に入ってきた。

「(あっ....そ、そうだ。制服のこと、どう説明するか考えてなかった...)」

入学してまだ間もないのに、制服が新しくなっていたらそれは疑問を持たれるだろう。かといって

「(制服が血塗れでダメになったから...なんて言えないよね...)」

私が怪我をしたのは知ってるだろうけど、余計な心配はかけたくない。私はどうにか誤魔化そうとする。

「ええっと....じ、実は、制服が汚れちゃって....」

「そうなの?その感じだと洗ってもダメな感じかぁ」

「う、うん....えっと、す、すごく汚れちゃって...」

自分でもしどろもどろになっている自覚はあるけど、二人はそこまで気にしてないようだ。

「そっかー。それは災難だったね...」

「...でも、よく新しい制服買えたわね?白羽、入学から間もないし、今回だって入院してたから...お金けっこう使っちゃったんじゃない?」

「あっ、それは洲藤さんがね...」

舞桜ちゃんの心配そうな声に、何の気なしに返すと舞桜ちゃんはギンッ!と何故か怖い目をした。

「...洲藤さん?洲藤さんが払ったの?」

「えっ...う、うん...」

「その制服も?」

「うん...洲藤さんが贈ってくれて...」

「...入院費を払って、制服も?ただの親の知り合いの男の人がそこまでする...?だいたい、何で白羽の制服のサイズをその人が知ってるの...?」

舞桜ちゃんはぶつぶつと何かを呟いていたけど、私には聞こえず、首を傾げていると

ガラッと教室の扉が開き、入ってきた人を見て教室の空気が心なしか固くなる。入ってきたのは、朱音ちゃんだった。赤い髪を揺らしながら私の隣の席に座る。

「朱音ちゃん、おは――」

「....用がないなら話しかけないで。あと、呼び捨てもやめて」

朱音ちゃんは一言そう私に返すと、本を読み始めた。私には視線も返してくれない。

私はそんな朱音ちゃんの言葉に、ズキッと胸の辺りが痛むのを感じた。

「(朱音ちゃんが私のことを思って、そうしてくれているのは分かる...だけど...)」

せっかく友達になれたのに。学校で話しかけることさえ許されないなんて...。朱音ちゃんが一番恐れていたのは、自分が『アウター』だってバレることで、私に迷惑がかかるかもしれないことだった。...『アウター』だというだけで、こんなにも人々の目を避けて生きなきゃいけない。友達として普通に接することもできない。私はそれが悲しくて、悔しかった。

朱音ちゃんだって、普通の女の子なのに。ただ、少し人と違う力が使えるだけで、人を傷つけたりするような子じゃないのに。

「(....やっぱり、私は...)」

キーンコーンカーンコーン

チャイムが鳴って、皆が自分の席に戻っていき、先生が入ってくる。

「お前ら、全員揃ってるな。水月も元気そうで何よりだ」

先生の言葉に私はハッとして慌てて返す。

「ご、ご心配おかけしました...」

「ああ、お前が休んでいた分の課題はツケてるからな。青谷に」

「ちょ、何でよ!?私、自分の分だけで手一杯なのに!?」

先生の言葉にクラスメイト達から笑いが起こる。先生なりに私を気遣ってくれているのだと分かって、私は先生に小さくお辞儀をした。

「でもまあ...無茶は若い奴の特権みたいなもんだ。大怪我するのはほどほどに、自分の好きなように、思ったようにやりゃ良いさ。後悔するぐらいならな」

まるで私の心の内を見透かしていてアドバイスしているかのような言葉に、私は内心驚くが

「(そう...だよね。私は...)」

私は「...はい、ありがとうございます」と先生に返す。

「さて、それじゃ連絡事項だが――」

――――――――

「しろはー、次、移動教室だって。一緒に行こう」

「うん、でもちょっと良い?」

私は美海ちゃんにそう言いながら、席を立っていた朱音ちゃんに声をかける。

「朱音ちゃん、一緒に行こう」

「は?」

朱音ちゃんは驚いた顔で私を振り返る。

「しろ――...なんであんたと一緒に――」

「美海ちゃん、舞桜ちゃん。実は私、朱音ちゃんと友達になったんだ」

「白羽!?ちがっ、今のは――」

朱音ちゃんが慌てて私の口を塞ごうとするがもう手遅れだ。

ざわざわとクラスメイト達は、私の言葉にざわめき立つ。それと対照的に――美海ちゃんと舞桜ちゃんは落ち着いていた。

「あ、やっぱり?白羽、赤坂さんのこと気にしてたもんね」

「...あの日、白羽のお見舞いに来てた時から、薄々そうだと思ってた」

「あっ....えっ...」

朱音ちゃんは美海ちゃんと舞桜ちゃんの言葉に、続けようとした言葉を止めた。二人は朱音ちゃんの方を向いて

「改めて、私は青谷 美海!よろしくね赤坂さん!」

「...私は神奈崎 舞桜。よろしく」

「えっ...よろ...しく」

当たり前のように二人が挨拶をしたからか、朱音ちゃんも思わず返す。

「というか、赤坂さんって白羽のこと“白羽”って呼んでるんだ。めっちゃ仲良くなってるじゃん~」

「っ!?いや、こ、これは...!!」

「あ、顔赤くなった。赤坂さんって意外と可愛いところあるね~」

「うん、朱音ちゃんは可愛いよ」

「白羽っ!!」

真っ赤になった朱音ちゃんは私の口を塞ぐ。二人はそれを見て笑っていた。

「...そろそろ移動しないと遅れるよ」

「そうだね、それじゃ、赤坂さんも一緒に行こう」

「もごっ、もごっ」

「ほら、白羽の口塞いでたら二人とも動きにくいでしょー」

美海ちゃんの言葉に朱音ちゃんは、私の口を塞いでいた手を除けた。そうして、私達は一緒にお喋りしながら移動先の教室へ向かったのだった。...朱音ちゃんはまだ混乱してたから私が手を引きながら、だったけど。

――――――――――

その後も二人は、朱音ちゃんにも当たり前に話しかけて接してくれた。朱音ちゃんはまだ、二人に話しかけられても「あ、うん...」とか「ええ...」とかぎこちない返事だったけど。

そして、給食の時間。私達は四人集まってご飯を食べていた。

「お、今日の給食はハンバーグだー!私、ハンバーグ大好き!」

「...美海は本当、子供っぽいわね」

「良いじゃん、ハンバーグ好きでも!ねー、赤坂さん!」

「そ、そうね...」

朱音ちゃんは少し目を逸らしながら答える。前にミートスパゲッティが好きなのを子供っぽいって気にしてたのを私は思い出していた。

「....ねえ、気にならないの?」

「?ふぁひぃふぁ?」

「美海ちゃん、食べながら話したら詰まっちゃうよ」

私が注意すると美海ちゃんは食べていた物を飲み込む。朱音ちゃんはそれを見て言葉を続けた。

「なんで私なんかと白羽が友達なのか...とか。あんた達、初めて会った時、私に怒ってたでしょ」

二人は顔を見合わせる。そして朱音ちゃんの言葉にすぐに答えた。

「白羽が友達だって言ったから」

「...白羽が信じてるなら、私達も信じる。ただ、それだけよ」

「美海ちゃん...舞桜ちゃん...ありがとう...」

二人には何も説明できていないのに...それでも私を信じてくれる二人には感謝してもしきれない。

「それに...赤坂さん、話してみたら全然怖くないし...というか、初めて会った時より雰囲気が柔らかくなったよね~。今も顔、緩んでるし」

美海ちゃんの言葉に朱音ちゃんは「えっ...!?そ、そうなの...!?」と自分の顔をペタペタと触り始めた。その仕草が可愛くて、私と美海ちゃんは微笑みながら朱音ちゃんを見る。

「そういうところも可愛いし~」

「ねー」

「や、やめてよ....」

「あまりからかうのはやめてあげなさいよ二人とも」

からかわれたと気づいた朱音ちゃんは顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。

こんな風に四人で笑いあって、学校で話せるようになって本当に良かった。私は心からそう思うのだった。

浮かれていた白羽は、朱音が話しながらもどこか美海と舞桜の二人にはぎこちなく、暗い表情をしていることに気づいてなかった。

――――――――

放課後、私は美化委員の仕事で今日は少し残らなくちゃならなかった。朱音ちゃんには先に帰っても良いと伝えたのだけど

「護衛が先に帰ってどうするのよ。私は学校の周りを巡回してるから、何かあったらすぐに呼びなさい」

と、私を待っている間、学校の周りの警戒をするようだった。

「(私を守るため、だよね...)」

朱音ちゃんは気にするな、と言うけど、私を守るためにずっと気を張って、今日みたいに朱音ちゃんの自由を拘束するのが申し訳なかった。

「(なるべく早く終わらせよう...)」

私は学校の花壇に向かう。今日は花壇の草むしりと、水やりだ。学校の花壇は大きめで、私一人だと大変だけど、確か隣のクラスの子もいるはず...。

私が花壇に着くと、一人の女の子が花壇の花を見ていた。その女の子はウェーブのかかった緑色の髪を肩に切り揃えていて、その目は花壇の花を楽しそうに見ていた。

「(あれ?隣のクラスの美化委員ってこの子だったかな...?)」

私は少し違和感を覚えるが、隣のクラスの子と顔を合わせたのもまだ1回、2回だし、まだ顔を覚えてないだけかもしれない。それに、委員の子が変わった可能性もあるし...私は深く気にしないことにした。

その子は私に気づくと視線を移して、嬉しそうに微笑んだ。

「ごめんね、待った?」

「いえ、私も今来たところよ、水月白羽さん」

いきなり自分の名前を呼ばれ私はちょっと驚く。

「私の名前、覚えてくれてるんだ?」

「ええ、初めて見た時からずっと気になってたから」

女の子はそう言って私の髪に触れ、少し撫でる。くすぐったい感覚と、いきなり髪に触れられたことで私はビクッと身体を震わせる。

「あら、可愛い反応」

「く、くすぐったいよ...」

女の子はクスクスと笑うと私の髪から手を離した。

「ごめんなさい、あまりにもキレイな髪だったから、つい」

「う、ううん...。えっと...ご、ごめんね、私、あなたのお名前まだ覚えてなくて...良かったら教えてくれる?」

向こうは覚えてくれているのに覚えてない申し訳なさを感じながら私がそう言うと、女の子は優しく微笑みながら

木崎(きざき) 月香(つきか)よ。月香って呼んで」

と女の子...月香ちゃんは名乗った。

「うん、今日はよろしくね、月香ちゃん」

「ええ」

私と月香ちゃんは花壇のお手入れを始めた。雑草を抜いて花をチェックして、枯れた花は抜いていく。

「(ごめんね...)」

枯れた花を放置すると、他の花へ栄養が届きにくくなったり、病気にかかりやすくなってしまう。だから、枯れた花は他の花のために抜くのが良いと分かっていても心が痛む。

「....あなた、優しいのね」

「え?」

「枯れた花を抜く時、すごく辛そうな顔してるから」

月香ちゃんはいつの間にか私の近くに立って、心配そうに私の顔を覗き込んでいた。私は月香ちゃんに心配をかけないよう、慌てて表情を戻した。

「ご、ごめんね。心配かけちゃって」

「いいえ、あなたがここの子達を大事にしてるのは伝わってくるわ」

そう言いながら月香ちゃんは優しく花を撫でる。その表情はとても優しそうで、月香ちゃんが花が好きなのが伝わってくる。私は作業を再開しながら月香ちゃんと話す。

「うん、私もお花好きだよ。お世話して、キレイな花を咲かせてくれると、すごく嬉しくなっちゃうんだ。それに...一人で寂しい時でもお花をお世話してると、なんだか寂しさが紛れる気がして...」

お父さんが海外に行って一人になった時、私はあの広い家に一人でいるのが不安で心細くて...そんな時、昔お母さんが育てていたという花壇にお花を植えて育てていると、そんな私の不安を和らげてくれた。綺麗に咲けば私は不安を忘れて嬉しくなって...だから、私は花を育てるのが好きだった。...この間、全部枯れちゃったけど...。

私がそう言うと、月香ちゃんは少し驚いた顔をした。

「あら、あなたも?私も...同じよ」

「そうなの?」

「ええ。それに...花達はちゃんと愛情を持って育ててあげればちゃんと綺麗にお花を咲かせてくれるから。花達は裏切らない、だから私はお花が好きなの」

私の位置からは、月香ちゃんの顔が見えなかった。だから、月香ちゃんの表情は私には分からなかった。だけど...その声は少し、暗いような気がして...少し気になったが、月香ちゃんは肥料を混ぜた水を撒き終えると、くるっと私に振り向いた。

「さて、これでおしまいね。お疲れ様」

「う、うん。月香ちゃんもお疲れ様」

私は朱音ちゃんのことを思い出す。早く、朱音ちゃんの所に戻ってあげなきゃ...。

私は道具を手早く片付けて、月香ちゃんに声をかける。

「ごめんね、私、人を待たせてるから。またね月香ちゃん」

月香ちゃんに声をかけ鞄を取ってその場を離れようとすると、月香ちゃんは私の後ろから声をかけてくる。

「あら、そんなに急がなくても良いじゃない。私はもっと――あなたとお話ししたいもの」

月香ちゃんがそう言うと同時に、後ろから何かが伸びてきて、私の口を塞ぐ。そして、何かの粉が私の前で撒かれた。その粉を浴びた私は全身の力が抜けていくのを感じた。

「い...しきが...つき...か...ちゃ...?」

「ふふ、今は疑問は後で。今は――ゆっくり休みなさい」

妖しく微笑む月香ちゃんの顔がゆっくりと、見えなくなるのを感じながら私はそのまま意識を失った。

――――――――――

「....遅いわね、白羽...」

私は学校の見回りを終え、校門の前で白羽を待っていた。白羽が美化委員会の活動に行って、もうそろそろ終わって合流しても良いぐらいの時間が経っているが、白羽の姿はまだ見えない。

「(私が神経質過ぎかしら...?白羽だって他の友達と話してるかもしれないし...)」

そう考えた時、胸の奥がもや...とするのを感じて、私はそれを振り払うようにブンブンと首を振った。首に合わせて二つに結っている髪が同じように揺れる。

「(な、なに考えてるの私?白羽が誰と話そうと自由でしょ?白羽は私だけのものじゃないのよ!)」

そんなワガママな自分を消し炭にしたい衝動に駆られるが、ここで能力を使うわけにもいかない。私は深呼吸して気持ちを落ち着かせた。

「(ふー....あと10分...いや、あと5分待っても来なかったらちょっと様子を見に行こうかしら...)」

冷静になった私はそう判断した。まさか『リベレーター』...特にあの『ドクター』が学校に現れるとは考えづらい(目立つから)が、用心に越したことはない。

私は校門の前で時間を待ち――花壇のある方に歩き出した。

「(たぶん5分経った!...私の中では経った!)」

(ちなみに2分も経っていない)。

私はずかずかと花壇の方に行くが――そこには誰もいなかった。

「白羽....?」

私は周りを見回す。入れ違いになったのだろうか...?

ふと、私は置いたままになっている白羽の鞄が目に入った。白羽が鞄を置いて、どこかに行くはずがない。つまりそれは、白羽の身に何かがあったことを示していた。

「白羽っ....!?」

私は学校の中だということも忘れて全速力で駆け出した。

―――――――――――

「....うっ.....」

私が目を覚ましてすぐに目に入ったのは、ボールやマット等、体育で使う備品...ここは体育倉庫...外用の道具もあるから恐らく、運動場にある体育倉庫だということをぼんやりとした頭で考えていた。

「わたし...たしか、つきはちゃんに...」

舌が何故かうまく回らない。私はぼんやりとした頭でとりあえず、手を動かそうとしたが

ズキッ

「いたっ....!?」

手に何かが刺さる感覚がして思わず顔をしかめる、と同時にぼんやりとしていた頭がハッキリしてくると私は自分の状況を理解した。

「こ、これは....!?」

私は両手を縛って上へぶら下げられ、身体全体を何かで縛られた状態で宙吊りにされていた。しかも私を縛っているのは――

「これ....植物のつる...?」

しかも、つるには無数のトゲが生えている。そこまで鋭利なものではないけど、無理に動かせばどうなるかは想像に難くなかった。

「あらら、目覚めたのね。残念、もう少し、あなたの可愛い寝顔を見ていたかったのだけど」

声がした方を向くと、そこには月香ちゃんが妖しい笑みを浮かべながら私を見つめていた。

「...月香ちゃん、もしかして――『アウター』なの?」

「正解よ。ふふ、『アウター』って分かってもまったく変わらないのね。『ドクター』の記録にあった通りだわ」

「月香ちゃん、『ドクター』って...」

私が聞き覚えのある名前に聞き直すと、月香ちゃんはゆっくりと私の方に近づきながら

「ええ、そうよ。お察しの通り、私は『リベレーター』に属しているわ。...正直、『ドクター』のことはあんまり好きじゃないんだけど、たまには役に立つわね」

そして、私の顔を撫でながら

「水月白羽。私、あなたに興味があったの」

「私に....?」

「ええ、そうよ。記録であなた、赤髪の子に言ってたでしょ」

月香ちゃんは私の目を真っ直ぐ見つめながら

「私達『アウター』は化物じゃないって――あれ、本当にそう思ってる?」

質問の意図は正直分からない。でも、私は――月香ちゃんの目を真っ直ぐ見返しながら答えた。

「私は...私はそう思ってる。『アウター』だからって関係ない。私達と同じように悩むし、傷つく...ちょっと不思議な力が使えるだけの、私達と変わらない人間だよ」

私の言葉に月香ちゃんは優しく微笑む。

「ああ....本当、純粋で真っ直ぐな目...。でも――」

月香ちゃんは私の顔を撫でていた手で、私の身体を殴りつけた。手加減はしていたけど、それでも私の身体には衝撃が走り、一瞬息が止まる。しかも、衝撃で身体が揺れると、つるのトゲが食い込み、さらに私に痛みを与えた。

「....っ....!!」

「それはあなたが『アウター』の恐怖を知らないからよ。どう、痛いでしょ?」

苦悶の声を漏らす私に月香ちゃんはグッと顔を近づける。

「ねえ、気づいてる?あなたは今、私の掌の上――私がちょっとこうして――」

月香ちゃんは私の首を持って締め上げる。私は呼吸ができなくなり、思わず身体が抵抗しようとするがそれは逆にトゲで私の身体を傷つけるだけだった。

「このまま力を込めればあなたは――死ぬわ。抵抗できないまま、苦しんで、惨めに」

月香ちゃんは乱暴に首から手を離す。身体が揺れて全身に痛みが走るが、私はそれを気にする余裕もなく、空気を求めて荒く呼吸をする。

「....ごほっ...はあ....はあ....」

「どう?怖いでしょ?怖いって言いなさい。『アウター』は化物だって――やっぱり私達とは違うってね」

私は呼吸を整えながら掠れた声で話す。

「月香....ちゃんは....」

「ん?」

「どうして...こんなことを...?」

私の疑問に月香ちゃんは呆れた顔をする。

「この状況でまだ余計な質問ができる余裕があるとはね。まあ良いわ、その度胸に免じて教えてあげる」

月香ちゃんは一呼吸置き

「私ね、あなたは割と気に入ってるけど...あなたの甘い、甘ったるい理想が――大嫌いなの」

「.....」

「ええ、あなたのその甘ったるい、純粋で愚かな考え方、大っ嫌い。化物じゃない?――『アウター』でもないあなたに何が分かるって言うの!?」

月香ちゃんが声を荒げると同時に、私の全身が締め付けられ、それと同時にトゲが食い込み始める。

「.....っ....!!」

「あなたは実の両親に怯えた目で『出ていけ、この化物!』なんて言われたことなんてないでしょ!?どうせ、両親からの愛情を受けて、甘やかされて、お母さんの作った温かい料理を食べてこれたんでしょ!?

私達は違う!!子供の頃にはもう、家を追い出されて、残飯を漁って腐りかけの食べ物を食べて、物を盗んで、追いかけ回されて、寒い外で震えながら寝て、冷たい川で体洗って、明日どころか今日を生きられるか分からない恐怖の中、惨めな思いをしながら生きてきた――私達が『アウター』だから!!あなた達、『人』に化物扱いされたから!」

ギリギリと全身を締め付ける力が強くなっていく。トゲが服から出ている手や足を食い破って、血が滴り落ちていく。

「だから――」

月香ちゃんは冷たい目で微笑んだ。

「私達にはあなた達『人』に、復讐する権利がある。だいたい、どうして弱いあなた達に差別されなきゃいけないの?私達の方があなた達より圧倒的に強いのに。そうよ、私達は『化物』だから――あなた達『人』より上位の存在となったのよ」

締め付ける力が強くなっていく。私の全身にトゲが食い込み足元にはポタポタと血だまりができつつあった。

「あらら、痛そうね。全身を締め付けられながらトゲで身体中を切り裂かれる感覚はどう?ほら、解放されたいでしょ?早く、私達を化物だって認めなさい。私の考えが甘かったです、って、世間知らずでごめんなさいって言いなさいよ」

「....私、は....」

私は全身の痛みに耐えながら、真っ直ぐ、月香ちゃんの目を見据える。月香ちゃんはたじろいだように身を少し震わせた。

「私は....確かに...世間知らずで...考え方は甘いと思う...。朱音ちゃんに会うまでは『アウター』のことは知ってても、実際に見たことはなかったし、気にすることもなかった...」

私は月香ちゃんの目を見据えながら

「だから...ごめんなさい...」

「....はっ...?」

「私の言葉が...月香ちゃんを傷つけてたんだね...。よく知らない私が『アウター』のことを語るなんて許せなかったんだよね...」

「何を....言って...」

「私の言葉が...月香ちゃんを傷つけたことは...謝る...。でも、私はそれでも、『アウター』は化物じゃないって、朱音ちゃんや...月香ちゃんは化物じゃないって...そう言い続けるよ」

私は痛みをこらえながら、でも、ハッキリと月香ちゃんに言う。私の想いが伝わるように。一言一言に想いを込めて。

「月香ちゃんは...化物じゃない。だって、お花のことを話す時...すごく優しい目をしてた...お花を触る時、優しい表情だった...。お花が本当に好きなんだって、伝わってきた...。そんな子を『化物』だなんて...私は言えない...ううん、絶対に、言いたくない...っ!!」

「.....っ!!」

「私は月香ちゃんの言う通り、『アウター』のことを知らない。月香ちゃんが言うようなことを『アウター』の人が受けているなんて知らなかった。だから――」

私は月香ちゃんの目を真っ直ぐ見据え

「月香ちゃんが...私に教えてくれる...?」

「....なに...言って...」

「だって...月香ちゃんの言う通り、私は『アウター』のことを知らない――ううん、知ろうとしなかった。だから、これから知っていくから。朱音ちゃんのことを、月香ちゃんのことを。だから――教えて。その上で『アウター』は化物じゃない、そう言えるように」

「....っ....!!」

私の言葉に月香ちゃんは後ろへ一歩後ずさる。私は、月香ちゃんにさらに言葉を続ける。

「そして――私が『アウター』のことをちゃんと理解したと思ったら、月香ちゃんと友達になりたい」

「...はっ...?」

「私にとっては二人目の『アウター』...月香ちゃんと友達になりたいから。私に『アウター』のことを教えてくれた月香ちゃんと、私はお友達になりたい」

「......っ!!」

私は右手を動かす。月香ちゃんが動揺しているからか、少し緩んでいる。それでも、動かす度にトゲが食い込み、その度に私の身体を、髪を伝って下に血が流れ落ちていく。だが、私はかまわず無理矢理に手を動かして緩んだつたから右手を引き離した。

そして、呆然としている月香ちゃんに手を差し出す。

「月香ちゃん...私と、友達になってください。そして、月香ちゃんの想いを、これまで感じてきたことをもっと、聴かせて欲しい――ううん、聴きたい。月香ちゃんが受けた悲しみを私はなかったことにすることはできないけど――その想いを分け合うことはできる。それも『人』同士ができる強さだと私は思うから」

月香ちゃんは呆然と私の手を見つめ――右手がピクッと動くも、その手をぎゅっと握りしめた。

「....るさい」

「月香ちゃ――」

「うるさいうるさいうるさい!!私の名前を呼ぶな!!」

緩んでいたつたが再び私の身体を締め付ける。その力はさっきまでと違って、私の身体をそのまま押し潰すかのように際限なく私の身体を締め付け、トゲは容赦なく私の身体を切り裂き、食い込んで血を滴らせる。

「うっ.....あっ....!!」

「何を今さら....!!今さら私は....!!『化物』じゃなきゃ、私は...!!私達がやって来たことは...!!」

私は月香ちゃんに手を伸ばすも届かない。だんだんと意識が遠のいて、手から力が抜ける。そして、右手が力なく項垂れて、私の意識は――

「白羽ーーーーーーー!!」

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