4.『私は相応しくない』
次の日はたまたま休日だった。私は目が覚めると、目の前にもう一人の顔があって一瞬驚くが
「(そ、そうだ...昨日から赤坂さ――朱音ちゃんと一緒に暮らしているんだ...)」
そして寝具がまだ届いてなかった朱音ちゃんと一緒に、私のベッドで寝たんだった。
私は時計を見ると、いつも起きるのと同じぐらいの時間だった。入院生活で起きられなくなっていたらどうしよう、と少し心配していたけど...人間の習慣って凄い。
私は朱音ちゃんを起こさないようベッドから抜け出し、静かにパジャマから服へ着替え下に降りた。
洗面台で髪を整えて、洗濯機を回す。そして、髪を結んでからエプロンを着けて、朝食の準備を始めた。
今日はオーソドックスに、鮭の塩焼き、だし巻き玉子、味噌汁とご飯だ。朱音ちゃんは、朝はご飯の方が好きみたいだった...だけど、朱音ちゃんの好みは私にはまだ分からないから、ご飯に合う物をとりあえず作ってみた。
そうしてご飯がほぼ出来上がった頃、階段を降りる音が聞こえてきた。
ガチャッとリビングの扉を開けて朱音ちゃんが入ってくる。普段はツインテールにしている髪を下ろして、ボサボサの頭のまま、朱音ちゃんはフラフラとしながら私の方に近づいてくる。
「....ん....?何か....良い...匂い...?」
「おはよう、朱音ちゃん。もうすぐでできるから、待っててね」
「...うん、顔、洗ってくる...」
朱音ちゃんはフラフラと洗面台の方へ向かっていった。朱音ちゃん、朝弱いんだ...。
「(寝起きの朱音ちゃん、可愛い...)」
でも、本人に言ったらたぶん怒られるんだろうなぁ...。
出来たご飯をテーブルに並べていると、洗面台の方からバタバタと慌ててこっちに向かってくる音が聞こえてきて、バンッ!と扉が開く。そこには、まだ髪が跳ねたままの朱音ちゃんが慌てた表情で立っていた。
「ご、ごめん白羽!!わ、私も手伝――」
「おはよう、朱音ちゃん。ご飯出来てるから食べよう?」
私はそんな朱音ちゃんが可愛くて、ニコニコしながら朱音ちゃんの椅子を引いた。と、朱音ちゃんは顔を洗っている途中で慌てて来たのか、まだ顔が少し濡れているのに気づいた。
「朱音ちゃん、まだお顔濡れてるよ」
「えっ....あっ....」
「ちょっと待って...ここにタオルが...あった。動かないでね」
私は料理の時に使うために置いてあるタオル置き場から、新しいタオルを取り出して朱音ちゃんの顔を拭いた。
「あっ....ありがとう...じゃなくて!本当にごめん、白羽!昨日に続いて今日も作ってもらって...」
「ううん、そんなに気にしないで、朱音ちゃん。私、いつもこのぐらいの時間に起きてるから、目が覚めちゃうんだよね~。習慣というか...」
申し訳なさそうに謝る朱音ちゃんに私は首を振る。
「それに...昨日も言ったけど、私、他の誰かのためにご飯作るの本当に楽しいんだよ?朱音ちゃんはどんな味付けが好きなんだろう、どんなおかずが好きなんだろう...って。私一人だと、本当にただ、食べるためだけにしか今まで作ってこなかったから...」
お父さんが海外へ出張に行くことになって、急に始まった独り暮らし。自分で作らなくちゃご飯が食べられない、だから作る。私が料理をしていたのはただ、それだけで、色んな料理を作れるようになったのも単に飽きないようにするため、あとは栄養のバランスのためだった。
でも、今は違う。私の作った料理を「美味しい」って、本当に美味しそうに、笑顔で食べてくれた人がいて、だから、また「美味しい」と言ってもらえるように...そのためだったら作ることに苦なんてない、むしろ今までより楽しいぐらいだ。
朱音ちゃんはそんな私の気持ちが伝わったのか、少し黙って
「....じゃあ、皿洗いは私にやらせて。あと、今日のお昼は私が作るから!良いわね!?」
朱音ちゃんはびっ!と私に確認を取るように指差し、私は笑顔で頷いた。
「うん。それじゃ...冷めないうちに食べよう?」
そして、私と朱音ちゃんはお互いに座り、手を合わせる。
「「頂きます」」
朱音ちゃんはだし巻き卵を食べると目を輝かせた。
「この卵焼き...美味しい。私、甘い卵焼きよりこっちの方が好きかも...」
「本当?良かった...だし巻き卵と、甘い卵焼き、どっちにするか迷ってたんだ~」
朱音ちゃんの言葉に私は嬉しくてつい笑みを浮かべてしまう。朱音ちゃんは本当に美味しそうに食べてくれるから、私ももっと朱音ちゃんに美味しい物を食べさせてあげたいと、つい欲がわいてしまう。
「ご馳走さまでした」
「お粗末様でした」
食事の後、朱音ちゃんが食器を片付けて洗い、水気を拭き取る。
「(私一人だから必要ないと思ってたけど...食器の乾燥機買おうかなぁ...)」
二人分の食器を洗って拭くのは大変そうだ。とは言え、私の貯金はそこまで多くはない...。
「(今度から食器の乾燥機もチラシでチェックしておこう...)」
私は心の中でそう決めながら、朱音ちゃんが食器を洗っている間に、歯を磨き、部屋に干していた洗濯物をたたむ。と言っても、入院する前に干していた物だけど。
「(外に干してる時じゃなくて良かった...)」
流石に服がダメになっていただろうし...下着を長期間、外に干しておくのは流石に恥ずかしいし、色々と不安だから...。
「(これは私の分しかないからこっちに置いて...)」
私は続けて洗い終わった洗濯物を出して、それを干し始める。
「白羽、皿洗い終わったわよ。次は――」
その時、お皿を洗い終わった朱音ちゃんが私の所へ来て
「――って、ししし白羽ーーー!?」
「っ!?ど、どうしたの?朱音ちゃん?」
「そそそそそれ!てて手に持ってるのわわわ私の!!」
「.....?うん、朱音ちゃんのし――」
「わー!わー!干す!干すの私がやるから!」
「このぐらい私一人で平気だよ。朱音ちゃんは歯を磨いてきて。お皿洗い、ありがとうね」
実際、昨日はタオルが少しと、着替えた分だけだからそんなに量はない。このぐらいなら私一人でも平気だ。
「そ、そういう問題じゃ――」
「...それに...ずっと黙ってたんだけど...」
「な、なによ?」
私は自分の髪を少し摘まんでそれをピョコッと上にあげた。
「ここ...跳ねてるよ?」
「....っ~!?」
朱音ちゃんは髪を押さえながら洗面台の方へバタバタと向かっていった。私はそんな朱音ちゃんを見送って、洗濯物を干し終えたのだった。
―――――――
「ふー...ざっとこんなものね。焼き払えば早いけど、そうはいかないものね...」
「朱音ちゃん、お疲れ様」
私は掃除を終えて戻ってきた朱音ちゃんにお茶を出した。私の家の前には庭があるのだが、雑草がすごく伸びていて、ちょっとしたジャングルみたいになっていた。それを片付けようとしたら朱音ちゃんが代わりに引き受けてくれたのだ。そのおかげで、私は昨日できなかった上の他の部屋のお掃除ができてとても助かった。
ちなみに...仕方のないことだけど、庭で私が育てていた花や、家庭菜園で育てていた物は全部枯れていて、私は少し悲しい気持ちになった...。
「ありがとう、白羽。....つくづく思うんだけど、この家に一人で住むのは大変じゃない?」
「それは....うん、正直言って大変。でも、慣れたら平気だよ」
お父さんが預けてくれた家を守るのも私の役目だと思うから。いつか、お父さんが帰って来る場所がボロボロになっていたらお父さんが悲しむかもしれないから。お父さんにそんな悲しい想いはさせたくないから...だから、私は頑張れる。
朱音ちゃんは私の言葉に少し黙っていたけど
「....ま、まあ、今は私もいるし、遠慮なく頼りなさいよね!」
「うん、朱音ちゃん、私より力も体力もあるし、本当に助かるよ」
庭の掃除も私なら恐らく、休み休みしながらで夕方までかかっていただろう。
私がお礼を言うと朱音ちゃんは少し照れ臭そうに私から顔を背ける。
「....って、もうお昼ね。そろそろご飯作らないと」
「大丈夫?疲れてるなら私が――」
「私に任せなさいって言ったでしょ?だいたい白羽だって、掃除終えたばっかりでしょ」
私の言葉を止めて、朱音ちゃんはキッチンへと向かう。
「あっ、エプロン、これ使って。それと調理料はあそこで、道具はそこにあるからね」
「ありがと、まあ、白羽はそこでテレビでも見てなさい」
朱音ちゃんは気合い十分で、調理に取りかかる。
「(そういえば...誰かにご飯作ってもらうのも...いつ以来かな...)」
今はもう、顔も覚えてないお母さんに作ってもらった記憶がぼんやりとあるだけで、何を食べたか、どんな味だったかも、もう思い出せない。そう考えると何だか少し、楽しみで少しそわそわするような気持ちになる。私は朱音ちゃんにプレッシャーをかけないように、テレビに意識を集中するのだった。
―――――――
「(どうしよう....何を作ったら良いか分からない....!!)」
私はつい勢いでご飯を作ると言ったことを後悔していた。
「(しかも何で自信満々に言うのよ私....!?これじゃ、カッコ悪いところ白羽に見せられないじゃない...!!)」
私は朝の自分を思わず消し炭にしたい衝動に駆られる。でも、白羽は本当に全食作りそうだったし、それは流石に申し訳ないと思ってつい口から出たのは良いのだが....問題は私はロクに料理をしたことがないということだった。
『O.P.O』に拾われるまでは、残飯や落ちている物を漁って食べていたし、エージェントになって給料がそこそこ支払われるようになると、コンビニか外食で済ませることがほとんど(おまけに好きなものばかり食べていたし)。たまーに気が向いた時に、能力の練習がてら焼き物を作るのがせいぜいだった。...それも焼くだけで食べられる物を使っていたから、実際料理した経験は0と言って良い。
私は必死にスマホで簡単に作れる料理レシピを漁っていた。
「(これ...ダメ、これも...ダメだわ、何書いてるのかさっぱり分からない...!!)」
私はレシピを見ながら頭を抱えていた。
「(そもそも乱切りとかあく抜きとか何なのよ!角度このぐらいで切るとか、もっと具体的に書いときなさいよ!)」
私は苛立ちをぶつけるようにスマホに書いてあるレシピに文句を言うが、それで料理ができるわけじゃない。あんまりレシピ探しに手間取ると、白羽が怪訝に思うだろう。私はレシピを何個もスクロールしていたが
「(これ...チャーハン、これなら私でも作れそう!)」
ついに訳の分からない単語で書いてないレシピを見つける。ざっと見た感じ、卵とご飯を入れて、炒めながら味をつければ良いようだ。
私は早速、準備に取りかかる。
「(まずは卵を割って...)」
私が少し力を込めると、バキャッと音を立てて卵が砕けた。
「(くっ...このぐらいの力でもダメなわけね。だったら...)」
私は卵の有り様を見て力のかけ方を調整する。すると今度はきちんと割れた。
「(よし、そしてかき混ぜて――)」
私はレシピを目で追っていたが、ふととある一文が目に留まる。それは、チャーハンには火力が大事、という一文だった。
「(火力出せば良いの?だったら――)」
私はフライパンに油を入れると――自分の炎を調節してコンロの火の代わりにした。小さい火でも、温度を調節するのなんて訳はない。私はずっと前からこの能力と付き合ってきたのだから。
「(あとは手早く入れて――混ぜるだけ!)」
私はご飯を入れ、焦げないように混ぜ合わせる。真面目な白羽らしく、調味料も一つ一つラベルが貼っているから間違えることなく入れることができた。
「(塩コショウ...しょうゆ...あとは...!?)」
順調に進んでいた私はレシピを見て――固まった。
「(鶏ガラスープのもと...とりがらすーぷのもと...?)」
私は調味料のところを見る。ない。
「(鶏ガラスープのもとって...どれ!?)」
私が迷っている間にもチャーハンは焼けている。
「(ま、まずい...早く、早くしないと、焦げちゃう!!)」
一旦火から離そうかと思ったが、チャーハンは炒め始めたら火から離さず、手早く炒めるのが良いと書いてある。おまけに思わぬ事態にパニックになった私は、そんなことを考えている余裕がなかった。
「(鶏ガラスープのもと...!鶏ガラスープのもと....スープのもと...)」
私はふと思った。恐らく、スープのもとなら何でも良いんだ。スープのだしとかそういうのが美味しくなるための要素に必要なのだろう。
「(と、とにかく、何でも良いからスープのもとを...!)」
私はスープ類がまとめて置かれている場所から、一つ手に取りフライパンの中にぶちこんだ。
赤坂朱音にとって不幸だったのは――白羽が鶏ガラスープのもとを、箱ではなく瓶タイプで買っていたことだろう。いや、ある意味、これから白羽の不幸にもなるのだが。
―――――――――
「で、できたわ!」
朱音ちゃんがそう言って私を呼ぶ。私がテーブルに行くと朱音ちゃんはお皿を並べていた。
「ありがとうね、朱音ちゃん」
「お、お礼は良いから。早く食べましょ」
私は椅子に座って朱音ちゃんの作ってくれたご飯を見る。そこにはチャーハンが置かれていた。
「美味しそう...!!」
「あ、あんまり期待しないでよ」
朱音ちゃんはそう言うけど、目の前にあるチャーハンは、炒め具合が完璧でとても美味しそうだった。
「それじゃあ...頂きます」
「い、頂きます」
私と朱音ちゃんは手を合わせ、私はスプーンでチャーハンをすくって...口に入れた。朱音ちゃんは緊張した面持ちで私を見ている。
「うん、おいし――」
そう朱音ちゃんに言いかけた私は、口に入れた直後に広がった――ジャリジャリとした食感と噛んだ瞬間に感じる甘い味に思わず言葉が止まってしまう。
「(これ....コーンスープの...味....!?)」
チャーハンの未知の食感と味に衝撃を受けて固まっていると、朱音ちゃんは期待半分、不安半分な表情をして
「ど、どう?美味しい...?」
いつもの朱音ちゃんらしくない、自信がなさそうな声で私に聴いてくる。
私はごくん、と、どうにか口の中のチャーハンを飲み込むと、朱音ちゃんに微笑んだ。
「お、美味しいよ、朱音ちゃん...」
「本当?良かった....」
笑顔がひきつってないか心配だったけど、朱音ちゃんはホッとした表情を見せる。そして、自分も食べようとするのを見て――私はハッとした。
「(朱音ちゃんが食べたら――)」
私が嘘をついたのがバレてしまう。朱音ちゃんはきっと、すごく悲しい想いをしてしまうだろう。
「(せっかく作ってくれた朱音ちゃんの想いを無駄にしたくない...!!)」
私はチャーハンを口に運ぼうとした朱音ちゃんに
「あ、朱音ちゃん!」
「うわ、な、なに?白羽、急に大声出すなんて珍しい」
「わ、私、このチャーハンすごく気に入っちゃって――だから、ごめんけど、朱音ちゃんの分も貰っても良い!?」
「え...?いや...」
「と、と言うか...ごめん!食べちゃうね!」
私の思わぬ提案に戸惑う朱音ちゃんの隙をついて、私は朱音ちゃんのチャーハンを取った。一人分はそんなに量は多くない、私は朱音ちゃんに疑問を持たれないよう、できる限りチャーハンを素早く食べ終えた。
「も、もう....しょうがないわね...」
朱音ちゃんはそんな私を、嬉しそうな表情で見つめていた。
「ご、ご馳走様...でした...」
私は何とかチャーハンを食べ終えた。元々、そんなに食べるわけじゃない私は、二人分の量を詰め込んだことと、口の中に残る甘さと、ジャリジャリとした粉の食感との戦いで限界だった。
「お、お粗末様でした...あ、私が下げるから」
朱音ちゃんは嬉しそうな表情で、私のお皿も片付ける。申し訳なかったが、正直お皿を片付ける余裕がないから助かった...。
「うぷ...ご、ごめんね朱音ちゃん...。朱音ちゃんの分まで...。そこに...カップラーメンとかあるから...食べて...。私、ちょっと...食べ過ぎたから...休むね...」
私は口元を押さえながら、フラフラとリビングを出る。少しだけ...少しだけ休んだら...きっと元気になるから...。だから、頑張って....私の胃....。
――――――――
私はリビングを出ていく白羽を見送る。
「まったく...しょうがないわね」
私はそう言いながらも表情が緩むのを抑えられなかった。
初めて作ったものが「美味しい」と褒めてもらえるのがこんなに嬉しいだなんて。白羽が言っていたことも少し分かった気がする。
「それにしても...白羽が人の分まで食べるなんて...」
白羽はどちらかと言うと少食だ。だから、盛り付けも白羽に合わせて少なくしたのだが
「そんなに食べるならもう少し足してたのに」
私はフライパンを見る。そこには私が作ったチャーハンが少し残っていた。
私はフライパンに残っていたチャーハンを盛り付け、それを食べようとスプーンで口に運ぶ――瞬間に広がるチャーハンらしからぬ甘い味とジャリジャリとした食感に思わずスプーンを落とした。
「な、なにこれ...!?まっず....!!?」
私は大量のお茶でチャーハンを流し込む。そうでもしないと飲み込めなかった。
「(こ、こんなのチャーハンじゃ――そもそも食べられる物じゃない!)」
私は何かを盛大に間違えたのだと気づくのにそう時間はかからなかった。
「――って、こんなのをあんなに食べた白羽は...!?」
私はハッとした。白羽はきっと、私が傷つくと思ってあんな行動に出たのだ。でも、こんなものをあんなに食べた白羽が無事なわけがない。
私は慌ててリビングから出ると――廊下に白羽が倒れているのを見つけた。
「し、白羽ーーーー!?」
―――――――――
結局、部屋までもたず、廊下で倒れていた私を朱音ちゃんが見つけて介抱してくれた。
ベッドの上で意識を取り戻して、身体を起こした私に朱音ちゃんは
「.....ごめん、白羽」
と、とてもしゅん...とした顔で謝ってきた。
「本当は私...料理したことないの。あんなに自信満々に言っておいて....しかも、白羽に無理までさせちゃって...」
「朱音ちゃん...」
落ち込んだ表情の朱音ちゃんがあまりに弱々しくて、悲しそうで...私は思わず、朱音ちゃんの手を握った。
「白羽....?」
「....朱音ちゃん、そんなに落ち込まないで。今回は失敗しちゃったけど...朱音ちゃんが、私のためを思って言ってくれたこと...私のためを思って作ってくれたのは、ちゃんと伝わってるよ」
朱音ちゃんは私の言葉に「でも...」と言いかけるが、私はその言葉を遮った。
「朱音ちゃんが私のためにご飯を作ってくれたこと...私、本当に嬉しかった。だから、そんなに自分を責めないで」
私はもう片方の手で朱音ちゃんの頭を撫でる。いつもならこういうことをすると、顔を赤くして離れてしまうのだけど、今の朱音ちゃんは私にされるがままになっていた。
「白羽....」
朱音ちゃんは少し潤んだ目で私を見つめる。私はそんな朱音ちゃんを安心させるように頭を撫で続けた。
「.....」
「.....」
お互いに無言の時間が続く。なんだか、時が止まってしまったかのようで――
ピンポーン
「「――――っ!?(ビクッ!)」」
突然、鳴り響いた音に私と朱音ちゃんは同時に身体を震わせた。パッと私の手が離れると朱音ちゃんは「あっ...」と声を漏らした。
「?どうしたの朱音ちゃん?」
「い、いや、何でもないわ...」
怪訝に思いながらベッドから出て、玄関に向かう。もしかして洲藤さんかな?朱音ちゃんの荷物が届いたとか――そう思いながら扉の前で「はーい、どなたですか?」と声をかけると、聞こえてきたのは聞き覚えのある声だった。
『しーろは!ビックリした?今日、退院するって聞いたからサプライズで寄ってみたよ!』
でも、聞こえてきたのは洲藤さんの声じゃなくて、美海ちゃんの声だった。そこから続けて
『え、美海、あんた、白羽に連絡してないの?』
『突然行った方が面白いかなと思ってあたっ!?何で叩くの!?』
『あんたが『大丈夫だよ!』って自信満々に言うからついてきたのに...ごめん、白羽。今、上がっても大丈夫?』
この声とやり取りは...舞桜ちゃんもいるみたいだ。私は二人を出迎えようとして――ふと朱音ちゃんをどう説明しようか考える。
「(たまたま遊びに来てて...うん、ちょうど良い機会かも)」
朱音ちゃんと友達になったことを話す良い機会だと私は考えた。そう思いながら朱音ちゃんの方を振り向くと――朱音ちゃんは手で×を作りながら、ブンブンと首を横に振っていた。
「え...ダメ?」
朱音ちゃんはコクコクと頷く。どうしてダメなのか私には分からなかったけど、朱音ちゃんが嫌がってるのに無理に紹介はしたくない。
「え、えーと...ごめん、二人とも!ちょ、ちょっと待ってもらっても良い?」
『ぜんぜん大丈夫だよ!』
『いや、こっちこそ急にごめん。美海は私が叱っとくから』
二人の返事を聞いて私は朱音ちゃんにどこにいてもらおうか考える。二人をもてなすならリビング、だから下はダメ、上...私の部屋以外は、掃除はしたけど、まだ荷物の整理が終わってない。となると...
「朱音ちゃん。私の部屋で待っててもらっても良い?」
「わ、分かったわ」
私の言葉に朱音ちゃんは静かに上へと上がっていく。私は朱音ちゃんの靴をしまったり、リビング等をチェックして、朱音ちゃんの物が見えないように手早くしまった。
そして、私は扉を開けて二人を出迎える。
「いらっしゃい、美海ちゃん、舞桜ちゃん」
私は二人を扉を開けて二人を出迎えると、美海ちゃんが舞桜ちゃんに頬をつねられていた。
「いひゃい!いひゃいっふぇ!まおふぉ!」
「あ、白羽。元気そうで良かった。ごめんね、急に押しかけて」
「う、ううん...」
私に笑顔を向けながら容赦なく美海ちゃんの頬をつねっている舞桜ちゃんに少し気圧される。舞桜ちゃんは、美海ちゃんの頬をようやく離した。
「まったく...帰ってすぐに白羽もやることが色々あるんだから、連絡ぐらいしなさい」
「うっ....うっ...だから手伝おうと思って家に来たんだよ~。白羽、私達が言っても絶対遠慮して断るでしょ~...」
「えっ....」
美海ちゃんの言葉に舞桜ちゃんは驚いた顔をする。私は美海ちゃんの言葉に、確かに二人からお手伝いすると言われても断ってただろうな...と思っていた。
「さあ白羽、ここまで来たんだから今さら帰れとか言わないでよね!長い間、家を空けてたんだから色々とやることあるでしょ?遠慮せずに私達に頼りなさい!」
「美海ちゃん...ありがとう」
「...もちろん、私も手伝う、白羽。それと...ごめん、美海、あんたがそこまで考えてたなんて思ってなかった...」
「ちょっと、どういう意味よそれ!」
美海ちゃんが舞桜ちゃんを軽く小突く。私は二人のやり取りに思わず笑いながら
「あ、ご、ごめんね、玄関でいつまでも立たせて...」
二人を玄関に立たせたままだったのを思い出し、二人を中に案内する。
「お邪魔しまーす」
「お邪魔します」
二人をとりあえずリビングに案内し、飲み物とお菓子を二人に出した。
「....なんか、思ったより綺麗だね?」
「ほんとに....庭も綺麗になってたし...白羽、病み上がりなんだから無理したらダメよ?」
二人は思ったより綺麗になっていたのが意外だったのか、驚いた表情で周りを見ていた。
「それはね...」
私は朱音ちゃんが手伝ってくれたことを二人に話そうとするが、朱音ちゃんの様子を思い出す。
「(朱音ちゃんは二人を避けてるみたいだったけど...友達になったことは話しても良いよね?)」
一瞬迷って二人に話そうとした時、美海ちゃんが飲み物を一気飲みして立ち上がった。
「となると...白羽のことだから、自分の部屋は後回しにしてると見た!」
「まあ、水回りは確かに最初に掃除しとかないと困るわよね...」
「ってことで白羽!白羽の部屋の掃除まだでしょ!?手伝うよ!」
美海ちゃんのせっかくの申し出だったけど、私の部屋の掃除も昨日簡単にだけど済ませてある。それに、今私の部屋には朱音ちゃんがいる。
「ありがとう二人とも。でも、私の部屋ももう、お掃除済んでるから大丈夫だよ」
私の言葉に美海ちゃんと舞桜ちゃんは顔を見合わせ
「白羽....嘘ついてるでしょ」
「えっ」
「帰ってきたの昨日でしょ?それなのにこんなに早く終わってるわけないでしょ。遠慮はしないでって言ったばかりだよ?」
「う、ううん、本当に――」
「それとも――何か見せたくない物でもあるの?」
「そ、そんなことは...ないよ?」
私は美海ちゃんの言葉に一瞬ドキッとして、口ごもってしまう。
「....白羽、嘘つくの下手すぎ」
「...本当に見せたくないのなら無理にとは言わないけど...でも、本当に遠慮しないで」
「もしかして――男でもいたりして!」
「ええっ!?し、白羽に限ってそんなこと...」
「でも、前も大人の男の人がお見舞いに来てたりしてたじゃん?白羽のお父さんの知り合いらしいけど...あの後、よくよく考えたらそれでもお見舞いの品の数おかしかったよね?」
「それは...確かに...」
「きっと、その人が白羽にアタックしてたに違いないよ!つまりその人と白羽は...」
「う、うそ....そ、そんなことないわよね白羽!?」
美海ちゃんの言葉に舞桜ちゃんまで目をすわらせて私の肩をつかむ。な、なんだかデジャヴ...。
「さあさあ!部屋を見せなさい白羽!大丈夫、たとえ爛れた関係でも私達は秘密を守るよ!」
「白羽....確認だけ、確認だけさせて。その後、掃除でも何でも手伝うから」
美海ちゃんは面白半分、舞桜ちゃんは真剣な目で私にグイグイと迫る。
「あ....うう....」
ごめんね、朱音ちゃん....。
二人の猛攻に...私はとうとう頷いてしまったのだった。
―――――――
「白羽の部屋入るの久しぶりだなぁ」
「確認するだけ....確認するだけだからね、白羽。白羽が悪い男に騙されてないか確認するだけだから」
二人には扉の前で待ってもらい、私は朱音ちゃんに謝りながら部屋の扉を開けた。
「(.....あれ?)」
部屋の中に朱音ちゃんの姿はなかった。いつの間にか出ていったんだろうか――と一瞬考えたがすぐに朱音ちゃんがどこにいるのか分かった。
なぜなら――私のベッドが盛り上がっていたからだ。
たぶん、朱音ちゃんは階段を上がってくる音に驚いて、咄嗟に隠れたに違いない。確かに他に隠れられる場所は私の部屋にはないけど――
「(ど、どう見ても不自然だよね...!?)」
「白羽~?」
美海ちゃんの声にハッとする。ここで立ち止まっていても不自然だ。
私は二人を部屋に入れる、二人は私の部屋を見回して
「えっ、うそ、本当に綺麗じゃん。白羽ってば、病み上がりにそんなに頑張ったらダメでしょ!」
「ほんと....綺麗になってる...」
まず二人は本当に私の部屋が掃除されていることに驚いているようだった。
しかし当然、二人の目線は明らかに不自然な盛り上がり方をしている私のベッドに自然と吸い寄せられた。
「....なにあれ?」
「....なんか、入ってるの...?」
美海ちゃんと舞桜ちゃんが怪訝な顔で私に聞いてくる。
「(な、なんて答えよう...!?)」
私は必死に言い訳を探す。頭の中でぐるぐると思考が何度も巡った末
「.....ぬ....」
「「ぬ?」」
「....ぬ、ぬいぐるみ....そ、そう!ぬいぐるみ!私、新しく買ったぬいぐるみと一緒に寝てて、そのまま置いてたみたい...あ、あはは...」
「「......」」
二人は顔を見合わせる。
「(さ、流石に...ダメ....かな...?)」
二人の反応に私は不安になったが
「なんだ~。ぬいぐるみか~」
「良かった....男とかじゃなくて本当に...」
意外にも二人はあっさり納得してくれた。
「白羽ってば、まだ子供っぽい所あるんだね~。だから、私達を部屋に入れたくなかったんだ」
「う、うん....」
美海ちゃんの言葉に私は私で恥ずかしくて顔を赤くする。でも、これで朱音ちゃんは守れ――
「でも、めっちゃ大きいよねアレ。どんなのか見ても良い?」
「え?」
美海ちゃんはベッドに近づく。そして布団をめくろうと――
「だ、ダメーーー!」
「うわっ!?白羽!?」
私は布団の上に覆い被さり、美海ちゃんが布団をめくろうとしたのを間一髪で止める。
「なんだよー、恥ずかしがらなくても良いじゃん。もうバレてるんんだから」
「そ....それでも恥ずかしいから...」
私が抵抗すると美海ちゃんはニヤッと笑って
「おのれ抵抗するか白羽ーー!えーい、こちょこちょこちょこちょー!」
「み、美海ちゃ....っ!!やっ....!!ひゃあんっ...!」
美海ちゃんは私の背中や脇腹をくすぐり始めた。私はくすぐったさに身をよじりながらも、何とか布団は離さないようぎゅうと抱き締めて抵抗する。
「むぅ....白羽にしては珍しく抵抗するな...。ならば次はここを――」
「ちょっと、いい加減にしな美海」
「あだっ!?」
私を助けたのは舞桜ちゃんだった。美海ちゃんの頭に良い角度でチョップが入り、美海ちゃんはようやく私から離れてくれた。
「ぬいぐるみなら別に良いでしょ。白羽も嫌がってるんだから」
「...男かもって聞いた時は一番、乗り気だったくせに...」
美海ちゃんは頭をさすりながら呟く。私は笑いすぎて息を乱しながら、布団の上でぐったりとしていた。
「...はあ....はあ....み、美海ちゃん...ひどいよ...」
「ごめんね白羽!調子に乗りすぎちゃった」
美海ちゃんは謝りながら、私の身体を起こしてくれた。
「でもまあ...白羽、本当に怪我もう何ともなさそうで良かった」
「え...?」
「いや、白羽が大怪我して入院したって聞いた時、舞桜と一緒に行ったんだけど、手術中で会えないって言われて...その後もしばらく、面会ができなくて、そんなに大きい怪我したのか、って舞桜と心配してたから」
「美海ちゃん...」
「...そうね、本当にもう大丈夫そうで良かった。...白羽は、大丈夫じゃない時も大丈夫って言うから。去年、熱が出て家で倒れてた時もそうだったよね?」
「うっ....」
舞桜ちゃんがジト目で私を見ながら言った言葉に、私はあの時、舞桜ちゃんや美海ちゃんにたくさん怒られたのを思い出す。
「....心配かけてごめんね」
「ま、正直何があったのかはめっちゃ気になるけど...白羽のことだから、どうせ何かお節介焼いたんでしょ!」
「そうね、白羽だもの。何かお節介焼いたに違いないわ」
「うう....」
二人の確信を持った表情に何も言えない。実際その通りだから。
そんな私を二人は「しょうがないな」と、呆れ半分、そして...優しい笑顔で見つめていた。
その後も二人としばらく話をして、良い時間になった頃、二人は帰っていった。
私は二人を見送った後、部屋に戻り朱音ちゃんに声をかける。
「朱音ちゃん、もう出てきても大丈夫だよ。....朱音ちゃん?」
―――――――――
私は白羽の友達が来たため、逃げるように――いや、実際逃げているのだが、白羽の部屋にいた。
「(白羽は気にしてなさそうだったけど、普通に考えて私がここにいるのおかしいから!)」
理由はそれだけじゃないけれど――
「(...私なんかと仲良くしてたら白羽にも迷惑かかっちゃうかもしれないし...)」
それは学校での私の立ち位置もそうだが――私が『アウター』だから。もしもこの先、私が『アウター』だとバレてしまったら白羽にも迷惑がかかってしまうかもしれない。それに何より――
「(白羽は私のせいで大怪我をした...だから、白羽の友達に会わせる顔なんて...)」
それが一番の理由だった。白羽の友達は白羽をとても大事にしているのは、初日でのやり取りや、お見舞いの時からでもひしひしと感じている。それなのに白羽にあんな大怪我をさせたのが私だと知れば...あの二人はきっと私を責め立てるだろう。私は、それが怖かった。白羽の友達に私は相応しくないと――そう白羽の友達二人からハッキリと告げられるのが怖かったのだ。
「(結局...自分のためなのよね...)」
そんな自分に嫌気が差す。でも、そこまでしてでも白羽の友達をやめたくない...白羽が私から離れるのは嫌だった。もう、私はそこまで白羽のことが好きになっていた。初めて、私を友達だと言ってくれて、そして『アウター』である私にも分け隔てなく接してくれる白羽のことが...白羽の笑顔がもう私に向けられなくなると思うと...それが堪らなく怖い。
「ダメね....私。白羽に何一つ、返せてないのに...。こんなことばかり考えてて...」
私は重いため息をつく。一人になるとどうしても嫌な想像ばかりしてしまう。
ふと私は階段を誰かが上がってくるのが耳に入った。白羽だろうか?
だが、すぐに私は気づく。聞こえてくる足音は数人分だったからだ。
「(ま、まさか白羽の友達がここに...!?)」
部屋を見せてとでも押し切られたのだろうか。白羽は受けに回ると弱いから――とかそんなこと考えてる場合じゃない!もう足音と話し声は扉の前まで来てる!
「(ど、どうしようどうしよう!?窓から――ダメ、今開けたら音でバレるし、近所の人に見られたら大変なことになっちゃう!)」
ここが一階なら良かったのだがあいにく二階だ。そこそこの高さから平気で飛び降りる私を、誰かが見れば騒ぎになってしまうかもしれない。
「(他....!?他に隠れる場所は...!?)」
私は部屋を見回す。白羽の部屋は簡素と言うほどでもないが、物がある方ではない。人一人隠れるペースはほとんどなかった。
ガチャッと扉のドアノブを回す音がする。もう迷ってる暇はない!
私は近くにあった白羽のベッドの中に潜り込んだ。
私がベッドに入るとほぼ同時に
『えっ、うそ、本当に綺麗じゃん。白羽ってば、病み上がりにそんなに頑張ったらダメでしょ!』
『ほんと....綺麗になってる...』
白羽と白羽の友達二人が入ってきた。私はなるべく身体を平たくしようと努力はしたが
「(....いやこれ絶対バレるわよね!?)」
そんなもので人一人潜っている布団が誤魔化せるはずもなく。案の定、二人はすぐに布団に目をつけた。
『....なにあれ?』
『....なんか、入ってるの...?』
「(ま、まずいまずいまずい...!?)」
私は焦りから頭の中がぐるぐると混乱して
「(い、いっそ強盗だと名乗ってそこから逃走を....!?)」
と物騒なことを考え始めた時
『....ぬ、ぬいぐるみ....そ、そう!ぬいぐるみ!私、新しく買ったぬいぐるみと一緒に寝てて、そのまま置いてたみたい...あ、あはは...』
と言う白羽の声が聞こえてきた。友達二人が沈黙している空気が伝わってくる。
「(白羽....!?それは苦しいんじゃ....!?)」
白羽も分かってはいるだろうが、もうそれ以上は良い言い訳が思いつかなかったのだろう。私はいつでも三人を脅す準備を始める。
『なんだ~。ぬいぐるみか~』
『良かった....男とかじゃなくて本当に...』
――だが、何と友達二人は納得した。
「(ええっ!?アレで納得するの!?)」
私は内心ツッコむがたぶん白羽への信頼があるからだろう。私はとりあえず窮地を脱してホッと内心胸をなでおろ――
『でも、めっちゃ大きいよねアレ。どんなのか見ても良い?』
せなかった。この声は確か、ポニーテールの元気な方...がこっちに近づいてくる気配を感じる。
「(た、確かにこんな大きなぬいぐるみはあんまりないだろうけど...!?)」
私は近づいてくる気配に今度こそ、強盗っぽい台詞を言えるために身構える。
『だ、ダメーーー!』
だが、友達が布団をめくろうとしたその時、白羽が珍しく大きな声を出しながら、布団を押さえるように――つまりは私の上にのし掛かるようにしてそれを制止した。
「(.....っ!!??)」
今、白羽と私は布団越しにお互いの身体を密着させているようなもの...布団を除ければ白羽が私に抱きついているかのような格好だ。布団越しに伝わる白羽の体温に私の心拍数は一気に跳ね上がる。
『おのれ抵抗するか白羽ーー!えーい、こちょこちょこちょこちょー!』
『み、美海ちゃ....っ!!やっ....!!ひゃあんっ...!』
さらにそんな声が聞こえたと同時、友達は抵抗する白羽の身体をくすぐり始めたようだ。白羽がくすぐったさに身をよじり、それでも布団を剥がされまいとぎゅうと力を入れて抵抗する。それはつまり、私との密着度が上がると言うことであり...さらに白羽が身をよじる度に、布団越しとは言えモゾモゾと私と身体が触れ合って――
「(じゅげむ!じゅげむ!ごこーのすりきれ....!!というか、く、苦しっ....!!)」
私は意識を無にするべく努めようとしたが、狭い布団の中で、おまけに早鐘を打つ心臓と、乱れかける息を極限まで抑えようとすると、段々と息苦しくなってきた。
「(い、意識が....)」
色んな意味で限界になりそうだった私を救ったのは
『ちょっと、いい加減にしな美海』
『あだっ!?』
そんな声とともに、白羽をくすぐっていた友達が離れ、白羽が入れていた力も緩まった。くすぐりから解放された白羽は荒い息を吐いている。
「(た、助かった....)」
私は聞こえてきた声、白羽の友達の確か黒髪の方...に感謝した。たぶん白羽も同じことを思っているに違いない。
『...み、美海ちゃん...ひどいよ...』
『ごめんね白羽!調子に乗りすぎちゃった』
その言葉とともに上に感じていた白羽の身体がなくなった。どうやらくすぐっていた友達が動けない白羽を起こしたらしい。
「(でも...本当に仲が良いのね...)」
こんな風にじゃれあったり、イタズラができるのは、そうしても相手が許してくれるという信頼関係があるからこそだろう。前に白羽を庇っていた時もそうだったが、本当にこの三人は仲が良いんだな...と感じる。
『でもまあ...白羽、本当に怪我もう何ともなさそうで良かった』
だからこそだろうか...私はポニーテールの友達が発した言葉に、心臓がさっきとは違う...締め付けられるような感覚を覚える。
『白羽が大怪我して入院したって聞いた時、舞桜と一緒に行ったんだけど、手術中で会えないって言われて...その後もしばらく、面会ができなくて、そんなに大きい怪我したのか、って舞桜と心配してたから』
『美海ちゃん...』
『...そうね、本当にもう大丈夫そうで良かった。...白羽は、大丈夫じゃない時も大丈夫って言うから』
二人の言葉からは、本当に白羽を心配していたことがひしひしと伝わってくる。
「(それは....私のせいで...)」
白羽はあの日、私を助けるために無茶をして、そのせいで死にかけた。白羽にはあまり詳しくは話していないが、本当にもう少し病院に連れていくのが遅かったら白羽は....そのぐらい危ない状況だったのだ。
「(白羽は命を懸けて私を救ってくれた...。その後も私は、白羽に貰ってばかりで...)」
それに比べて私は....白羽に何か返せているだろうか?
私は昨日と今日のことを思い返す。
「(私は...返すどころか、迷惑をかけてばっかりだ...)」
ふとさっきの白羽の友達の言葉がよぎる。白羽は大丈夫じゃなくても大丈夫と言う子だと...白羽は確かにそういう子だ。だから本当は...内心は私のことを迷惑に思っているかもしれないが、それを我慢しているだけなんだろう。
「(当然よね...私なんか一緒にいても何も良いことなんかないし...)」
「(それに私は『アウター』...一緒にいるだけで白羽を危険に晒す...)」
『アウター』に対する差別や恐怖は未だに強いものだ。しかも『リベレーター』が暴れているせいで、『アウター』、それに『アウター』に与する一般人に対する扱いも年々悪化している。とある国では、『アウター』になった家族を匿っていたことで、『アウター』とその家族諸共、殺されたこともあると聞いたことがある。
白羽は優しい子だ。そんな子が、もしも私のせいでそんなことになったら――私はその恐怖に身を震わせた。
「(私は....白羽の友達には...)」
「朱音ちゃん?」
―――――――――――
私は呼び掛けても返事がないため、朱音ちゃんが潜っていた布団をそっとめくる。
「あっ、起きてたんだ。ごめんね、さっきは上に乗っちゃって...」
「......」
「朱音ちゃん?」
私は黙ったままの朱音ちゃんが心配になり、顔を覗き込む。
「(朱音ちゃん...?)」
そして気づく。朱音ちゃんの目が...悲しそうな目をしていることに。朱音ちゃんは私に気づくと身体を起こした。
「白羽...私こそ、ごめん。私のワガママで白羽に迷惑かけちゃって...」
「う、ううん。迷惑なんかじゃ――」
「私...白羽に迷惑かけてばっかりよね。白羽は、こんなに私に良くしてくれているのに...。私は、何一つ返せないで...」
「そんなこと――」
「私は...あの子達のような...あの子達とは違って、白羽の友達には相応しくなんてないわよね...」
「......」
私は朱音ちゃんの言葉を聞いて――その頬を両側から引っ張った。割りと強めに。
朱音ちゃんは驚いた目で私の方を見る。
「ひ、ひろは?」
「....朱音ちゃん、私は今、とても怒ってます」
「ふえっ?」
私は戸惑う朱音ちゃんの頬をさらにぎゅーとつねる。
「い、いひゃい!?ひろふぁ!?」
「...朱音ちゃん。私は朱音ちゃんと友達になって良いことがあるとかないとか...そんなことを求めて友達になったんじゃないよ。ただ、私が友達になりたかったから、朱音ちゃんともっと仲良くしたかったから...朱音ちゃんの笑顔が見たかったから...最初にそう言ったでしょ?」
朱音ちゃんは少し黙って「で、でも...」と言いかけるが私はピシャリと遮った。
「でも、じゃないよ。だいたい、どうして朱音ちゃんが、私の友達に相応しくない、だなんて勝手に決めちゃうの?私が誰と友達になるか決めるのは、私に選ぶ権利があるよね?」
「ひょ、ひょれは...」
「それに、私は友達を誰と誰と比べて、とか、そんなことは思ったことないよ。私の友達は皆、私にとって大事な友達だよ...もちろん、朱音ちゃんも含めて、だよ」
「.....」
朱音ちゃんは黙り込んだ。私は朱音ちゃんの頬をつねっていた手を離し、朱音ちゃんの両手を包み込んだ。
「だから、そんな悲しいことを...悲しそうな目で言わないで。それに、朱音ちゃんは気づいてないみたいだけど、私も朱音ちゃんにいっぱい貰ってるよ」
「え...?」
「私の料理を『美味しい』って食べてくれた。私の代わりに、庭のお掃除もしてくれたし、私に料理も作ってくれた。私に...いっぱい温かい気持ちをくれたよ」
「でも...そんなことで...」
「そんなことじゃないよ。私にとってはすごく、すっごく嬉しいことだったんだよ。それに...」
私は朱音ちゃんの目を真っ直ぐに見つめる。
「朱音ちゃんだって私を守ってくれた。私の命を救ってくれた。私は...朱音ちゃんと違って戦う力がないから。あの日、朱音ちゃんが守ってくれなかったら、私はあの『ドクター』って人に連れて行かれてた」
「......」
「だから、ね、朱音ちゃんだって私にたくさん、してくれてるんだよ。朱音ちゃんが気づいてないだけで」
「白羽...」
「もう二度とそんなこと言っちゃダメだよ。今度はもっと酷いお仕置きしちゃうから。わかった?」
「うん....」
朱音ちゃんが頷いたのを見て、私は微笑みながら朱音ちゃんの頭を撫でる。
「はい、お返事できて良い子だね。良い子、良い子」
「こ、子供扱いしてない...?恥ずかしいんだけど...」
「これもお仕置きです。朱音ちゃんに拒否権はありません」
「うう...」
朱音ちゃんは顔を赤くしながらも、私に大人しく撫でられ続ける。私はしばらく朱音ちゃんの頭を撫でるのだった。
「あ、そろそろ夕御飯の時間だね。支度しなきゃ」
私はふと時間を見てそろそろ良い時間なのに気づく。立ち上がった私に「し、白羽!」と朱音ちゃんも立ち上がりながら声をかけてきた。
「どうしたの朱音ちゃん?」
「その.....えっと.....」
もじもじと迷いながら口ごもる朱音ちゃんを私は待つ。朱音ちゃんは意を決した表情をすると続きの言葉を言った。
「わ、私も...私も一緒に手伝う...手伝わせて!それで....その....わ、私に料理、教えて....ください...。私も、今度は白羽に心から『美味しい』って、言って欲しいから...」
私は朱音ちゃんのその言葉に笑顔で頷いた。
「――うん!もちろん!」