2.『私が守るから』
私は走り去った赤坂さんを追いかけて、近くの自然公園まで来ていた。赤坂さんは走るのがとても早く、運動が得意じゃない私は辛うじて走り去った方角を追うのが精一杯だった。
「美海ちゃん....じゃなきゃ....とても....追いつけないよ....」
私は息も絶え絶えで自然公園を走る。赤坂さんはこっちの方へ行ったはず....。
その時、ドオオオンッ!!と大きな音がした。それは空気をビリビリと震わせ、衝撃の強さを物語っていた。それと同時に私が向かっている方向から暴風が吹き荒れる。
「きゃあっ!?」
私は飛ばされそうになるも咄嗟に近くの街灯にしがみついた。暴風は収まったが、私は胸騒ぎが強くなるのを感じた。私が向かっている方向は赤坂さんが向かった方向と同じだからだ。
「(なに、今の...もしかして....爆発事故とか...?)」
私は息を整えるのも忘れ、音がした方へ走る。
不意に開けた場所へ出た。そして、そこには...全身傷だらけで木に寄りかかるようにしている赤坂さんと、男の人二人が赤坂さんと対峙していた。
「.....っ!?」
私は咄嗟に声が出なかった。周囲は焼け焦げたような跡や、陥没した跡があり、周囲の木々が切り裂かれ、薙ぎ倒されていた。
そして、男の人の一人が赤坂さんに話しかけている。
「ああ....残念だよ。私達の理想を理解できないのならば君に用はない」
その後に続いた言葉に私は耳を疑った。
「殺せ」
「アアアアアアァァァァァ!!」
もう一人の男の人が何かを放つ。まるで訳が分からない。でも、直感的にこのままだと赤坂さんが死んでしまう―――そう思った私は考えるより先に身体が動いていた。
「赤坂さんーーーーーー!!!」
走り、勢いそのままに赤坂さんにぶつかる。そして、一瞬遅れてさっきまで赤坂さんが寄りかかっていた木が音を立てて粉砕されるのを見た。
「な....に....?」
朦朧とした意識の中、赤坂さんは呟く。私はぶつかった勢いのままに赤坂さんの上に覆い被さっていた。
「水月....白...羽....」
「はあ....はあ....何とか....間に合った....」
私は赤坂さんの顔をまっすぐ見る。すると、焦点の合ってなかった赤坂さんの目が私の顔を見て、続いてその顔が驚愕に染まるのを見た。
「水月...白羽!?あんた、何でここに....!?」
「赤坂さん...はあ...走るの....早いよ....。追いつくのに....時間かかっちゃった...」
私は赤坂さんに笑いかける。赤坂さんはなおも文句を言おうとしたが、私の身体を見てその言葉を呑み込んだ。
「あんた....それ....!!」
「もう....バレちゃった....?赤坂さん...目が良い...んだね....」
私は走った激痛に思わず顔をしかめる。さっき男の人が放った何かは私の背中をかすった。でもそれだけで私の背中は抉れ、ポタポタと血が地面に流れ出ている。
「なんで.....なんで私を助けたのよ!?そんな怪我をしてまで....!!」
「なんで....って....」
「私はアウター...化け物よ!!そっちの男も!!見たでしょ!?」
「.......」
アウター....この公園の惨状を見てそうだとは薄々気づいていた。でも――
私は言葉を続けようとした。しかし、背中に走る激痛で思わず呻き声を漏らす。
それを見て赤坂さんは、覆い被さっていた私を地面に優しく下ろして立ち上がった。
「....逃げなさい、私が時間を稼ぐから」
「うっ....そんな....それじゃ、赤坂さんは....」
「良いの!!私は死んでも!!だってアウターだから!!化け物だから!!でも、あんたは違うでしょ!!」
赤坂さんは私から離れ、男の人の方へ向かおうとする。私は、そんな赤坂さんの手を掴んだ。
「何してるの!?離しなさい!!」
「いや...だよ。赤坂さん、話を聞いて――」
「離せって言ってるの!!それとも、私が言ってることが信じられない!?じゃあ――!!」
そう言った直後、赤坂さんの身体から炎が噴き出した。炎は赤坂さんの手を掴んでいる私の手をじりじりと焼く。腕に走る痛みが、熱が手を離せと本能が訴えてくる。
「うっ....ううっ....!!」
「ほら、これで分かったでしょ!?私はアウターなの!!早くその手を離しなさい!!でないと腕が炭になるわよ!!」
「....離さ....ない....!!」
私は赤坂さんを握る手にさらに力を込めた。赤坂さんは目を見開き驚く。
「何してるの!?本当に離さないと腕がどうなっても知らないわよ!?」
「赤坂さん....お願い、話を...聞いて....!!」
「うるさい!!本当に....!!話しかけるんじゃなかった!!私が、あんたに話しかけたせいで...!!」
赤坂さんの言葉を聞いた瞬間
「....っ!!自惚れないでっ!!!」
「.......!?」
私の大声に赤坂さんは驚いて思わず動きを止めた。まさか私に怒鳴られるとは思わなかったのだろう。私は赤坂さんを握る手にさらに力を込めた。
「私は....赤坂さんに話しかけられたからここにいるんじゃない!!私は、私の意志で、ここにいるの!!そうやって、何でもかんでも自分のせいだって思い込まないで!!」
「....でも....私のせいで....!!私なんかのために、あんたが、怪我を....!!」
「こんなもの、どうってことない!!私は、赤坂さんを助けたかったから!!それに比べたらこんな怪我なんて、なんてことない!!」
それに、と私は続ける。
「“私なんか”...なんて言わないで。私は、赤坂さんをそんな風に思ってない。赤坂さんは....化け物なんかじゃない」
私は赤坂さんの目を真っ直ぐ見つめる。この想いが届くように、赤坂さんの心を溶かすように、一言一言、想いを込める。
「赤坂さんは、言葉はちょっと鋭くてチクチクすることもあって、誤解されやすいけど...でも、本当はとっても優しいんだって...他人のことを考えてないフリをして、でも実は一番他の人のことを考えてるって....私は知ってるよ」
「なにを...根拠に....」
「最初に会った時もそう。私、こんな髪してて、色んな視線を向けられてるから...何となく、分かっちゃうんだ。赤坂さんが私に、最初にしたような質問を――悪意を持って聴いてくる人もたくさんいたよ。でも、赤坂さんは違った。疑問もあったけど、でも、本当に病気なのか心配してて...そうだったら何かできることがあるかもしれないって...私はそう、感じたよ」
「......」
「絵を描いてる時だって、赤坂さん、楽しそうだった。それに、気づいてた?絵を描いてる時、赤坂さん、少し唇を尖らせる癖があるんだよ」
「.....えっ....?」
「今だって....今だってそうだよ。私のために、赤坂さんは命を懸けて時間稼ぎをしようとしてる。私が怪我をしたことに....すごく悲しい顔をしてる」
私はもう片方の手で、赤坂さんの顔に触れる。赤坂さんの炎は、もう、止まっていた。
「....私は...」
私は赤坂さんの言葉を待つ。赤坂さんの想いをちゃんと受け止めるために。
「私は...こうなるのが...化け物の私なんかのために...誰かが...あんたみたいな子が傷つくのが嫌だったのに....」
「赤坂さんは化け物なんかじゃない。...化け物なんかじゃないよ」
私は赤坂さんを抱き締めた。全身で、この想いを伝えるために。
「どうして....?どうして、私なんかのために....」
「それは―――」
私は初めて赤坂さんの眼を見た時のことを思い出す。とても寂しそうで、悲しそうな眼。まるで、この世の全てを諦めてるかのような...だから、私はあの眼を見た時にこう思ったんだ。
「私は――赤坂さんと友達になりたい」
「....え....?」
「赤坂さんと友達になって、いっぱいお話ししたり、色んな所へ遊びに行ったり、赤坂さんの色んなことを知りたい。それでいっぱい――」
「赤坂さんの笑顔を見たい...そう思ったんだ」
「......っ!!?」
赤坂さんが顔を真っ赤にする。...?何か変なこと言っちゃったかな....?でも、これが私の想い、赤坂さんに伝えたい気持ちだ。そこに嘘偽りはない。
「―――ふむ、計測完了――アウターではない、ただの一般人か」
そこで声が不意に響く。声の方を向くと、白衣を着た男の人が私の方に視線を送っていた。
「その髪は――血縁由来のものか、何かの病気か....。まあ、アウターでないなら私の専門外、どうでも良い」
白衣の男の人は歪んだ笑みで私を見た。
「ふーむ、どうやら君は彼女の友人のようだ――ならば、君を目の前で無惨に殺せば彼女はどんな反応をするんだろうねぇ!!」
「......っ!!」
私は本能的な嫌悪感で身を震わせる。この人の顔には――悪意しか感じられない。
「いやあ、一回生の暴走状態も見てみたかったんだよ。やっぱり天然物も観察しないと技術の進歩は望めないからねぇ」
白衣の男の人は、横にいた男の人にまるで命令するかのように言う。
「白髪の方を殺せ。できるだけ苦しませて、残酷に」
「ウゥ.....コロ....ス...」
それを聞いた男の人は、人形のように無表情でゆっくりと私の方に近付いてくる。赤坂さんは咄嗟に男の人に炎を放つが、炎は風に阻まれて男の人には届かない。赤坂さんはせめてもの抵抗にか、私を庇うように前へ出る。
「逃げなさい....と言いたいところだけど...ごめんなさい、さっきは時間稼ぎするなんて言ったけど...もう、その力も残ってないみたい」
「赤坂さん....」
「....あんたの想いは、しっかり届いたから。だから...あ...ありが...とう...」
赤坂さんは顔を背けながらお礼を言った。
私は赤坂さんのその言葉に嬉しくなると同時に、悔しさを感じていた。結局、私には何の力もない。せっかく赤坂さんと友達になれそうなのに――
「ふふ、はははは!素晴らしい友情だ!もし、暴走状態になったら――君はラボに連れ帰ってじっくりと実験、観察してあげよう!いやあ、興奮するなぁ!!」
白衣の男の人は、興奮した様子で言う。きっとあの人は、赤坂さんにも酷いことをするのだろう。私は、その未来を想像して強く願った。
「(赤坂さんを...助けたい...!!)」
無意識に赤坂さんの手を握る手に力を込める。すると、赤坂さんが戸惑った声を出した。
「な....に...?何か、温かいものが....?」
赤坂さんは手を繋いでいる私の方を見る。すると赤坂さんは驚きの声をあげた。
「白羽....それ....」
「え....?」
赤坂さんの声に私はハッと意識を戻して、赤坂さんの方を見る。そして、私も驚きの表情を浮かべる。
「赤坂さんそれ....」
「「身体が光ってる....!?」」
私と赤坂さんの声が重なった。
「「えっ.....!?」」
その直後にまた声が重なり、お互いに慌てて自分の身体を確認する。お互いの指摘通り、私と赤坂さんの身体はぼんやりと光り輝いていた。
「なんだ....?」
白衣の男の人が呟き、もう一人の男の人も動きを止める。
「な、なにこれ....?」
「分からない....でも...」
戸惑う私と違って赤坂さんは落ち着いて私が繋いでいる手の方を見る。
「白羽が繋いでる手から...とても温かいものが身体に流れてくる...」
「え、え....?」
赤坂さんに何か変なものを流しているのかと、私は咄嗟に手を離しそうになる。でも、赤坂さんはそんな私の手をぎゅっ、と力強く握り返した。咄嗟に手を握ったのは私だけど...改めて握られると、なんだか恥ずかしくなって顔が赤くなってしまう。
「あ、あの...赤坂さん...?」
「白羽....離さないで」
「え....ええっ....!?」
「なんだか...力が湧いてくる気がするの」
赤坂さんの言葉にますます顔を赤くした私だが、赤坂さんの真剣な目を見て握る手に力を込める。赤坂さんは私の手を握ったまま、男の人と相対する。
「白羽....そのまま私の手、握ってて...くれる?」
「う、うん....」
「それと....今から無茶するけど...」
赤坂さんは私の目を真っ直ぐ見ながら、そして、握る手に少し力を込める。
「白羽は....私が守るから。だから...信じて、くれる?」
「....うん!」
私が力強く頷くと、赤坂さんは――私を片手で抱き抱えた。
「きゃっ!?」
「それじゃ――しっかり掴まってなさいよ!!」
赤坂さんが加速し、その場を一歩跳びで数十m離れる。一瞬の後、私がいた場所を何かが抉るのが辛うじて見えた。
「何か起こるかもと思ったが、ただ光るだけか。それとも何か変化があるのか...まあどちらにせよ、実証してみれば分かることだ!!」
白衣の男の人が、もう一人の男の人に指示を飛ばす。男の人の周囲に風が巻き起こる。
「くら...えええええ!!」
赤坂さんが炎を放つ。
「ふん、無駄なことを...君の炎では彼の風は突破でき――」
呆れた表情で呟いた白衣の男の人だったが、すぐにその顔は驚愕に歪んだ。
赤坂さんの放った炎が風の壁を突破し、男の人を包み込んだからだ。
「ガアアアアァァァァッ!!?」
「バカな、ダメージが抜けている――いや、むしろ威力が上がっているだと!?」
風使いの男の人は苦悶の声をあげるも、すぐに身体に纏わりつく炎を風でかき消し、何かを飛ばしてくる。
「炎の――壁よ!!」
赤坂さんは片手を横に振り払う。それと同時に炎の壁が出現し、私と赤坂さんを狙っていた物はまとめて消し飛んだ。
「せーのっ!」
そして、赤坂さんは身を屈め、炎の壁を飛び越える。そのまま男の人達の後ろに着地すると、そのまま二人を狙って炎を放つ。
「はははははは!!なんだそれは!?何なんだその力は!?」
白衣の男の人は笑いながら、風使いの男の人に自分を守らせた。庇った男の人は二人分の炎を受け、身体の半分が焼かれる。
「ガッ....アッ....!?」
「こんな力をどこに隠し持っていた!?いや違うな...お前の力か!!?」
白衣の男の人は私を凝視する。私は一瞬、恐怖で身体が強張るも――私の手を握ってる赤坂さんが優しく力を込めた。
「女の子をジロジロ見るんじゃないわよ!この――変態!!」
赤坂さんは地を蹴って、白衣の男の人に一瞬で距離を詰める。白衣の男の人は避ける素振りなく、近付いてくる赤坂さんを見ていた。
「吹き....飛べええええ!!」
赤坂さんは拳に炎を纏わせ、白衣の男の人に振り上げる。
「これは....!?身体能力も上がっている!?参った!!これは....避けられないなぁ!!」
白衣の男の人はなおも笑いながらそう言った。そして、赤坂さんの拳がその顔に叩き込まれた。
白衣の男の人は吹き飛び、数十mを転がった。死んでないか、一瞬心配するもその直後、風使いの男の人がなおも追撃しようとする赤坂さんの腕を掴んだ。そして、下から風を噴き出し、自分ごと私と赤坂さんを空中へ投げ出した。
「きゃあああ!?」
「くっ....!?」
「もっとデータを取りたかったが...ゴホッ!今日はここらで退散させてもらおう。では、生きていたら、また会おう。特に白髪の君....今度は絶対に逃さない...!!」
白衣の男の人はヨロヨロと身体を起こし、指を鳴らすと一瞬、その身体がブレ、その場から消えていた。
「くっ....!!好き放題して逃げるなんて...!!」
「あ、赤坂さん!!」
私は赤坂さんに警告を出す。赤坂さんは上をハッと見やる。残った風使いの男の人が、私達の頭上に空気を圧縮させている。それを自分ごと私達に叩きつける気なのだろう。この高さからそれを受けて地面に叩きつけられれば...どうなるかは想像に難くなかった。
赤坂さんの顔にも焦りが浮かんでいる。
「(姿勢が悪すぎる...!!一か八か、相殺するしかない...!!)」
赤坂さんは集中して炎を練り上げる。たぶん、アレを止めるつもりなんだろう。もし失敗すれば私達は...私が一瞬そんなことを考えると、不意に赤坂さんは顔を私の方に向けた。
「白羽....大丈夫。私が絶対に白羽のことは守ってみせるから」
「赤坂さん....」
その時、私はほんの少しだけ赤坂さんの握る手が弱くなったのを感じた。それは赤坂さんでも無意識だったのだろう。赤坂さん本人は気づいた様子はない。
「(赤坂さん...まさか、もし、止められなかったら私だけ逃がすつもりじゃ...!?)」
私は弱まった手を離さないように強く握る。でも、赤坂さんが本気で手を離そうとすれば、力に劣る私じゃ抵抗できない。
「(そんなの...嫌だ...!!)」
私は必死に願う。赤坂さんを助けられる力を...!!そして――
「(あの人だって....このまま地面に叩きつけられたら...)」
私は風使いの男の人を見る。私にはどんな経緯で、この人達と赤坂さんが戦っているのか分からないけど...でも、どんな理由であれ、私は、目の前で人が死ぬのは嫌だ。どんな罪を犯したって、生きていればきっと償える――どんなにすれ違っていたって、きっといつか分かりあえると――私はそう信じてるから。
「(あの人も...助けたい...!!)」
私はさらに願いを込める。赤坂さんは一瞬、繋いでる私の手を見るが、その直後、ゴオッ!!と空気の塊が私達に迫ってくる。
「くっ....!!いっ――けええええええ!!」
赤坂さんは炎を放つ。空中で炎と風が衝突し――そして、勢いよく風と炎は弾けた。
「やった....!!」
赤坂さんは嬉しそうな声をあげる。私も続こうとして――すぐにあることに気づいた。
「あ、赤坂さん...」
「なに?どうしたの?」
「ちゃ....」
「ちゃ?」
「着地....」
「......」
赤坂さんは自分の状況を確認する。相殺することに集中していたため不安定な体勢、そして空中に投げ出された身体は重力に従って今まさに落ちようとしていた。
「「きゃああああああ!?」」
――――――――
「...白羽...大丈夫...?」
「うん....」
私達は結果的に言えば無事だった。私達の身体が地面に落ちる前、一瞬風のようなものが私達の身体を浮かせ、ほとんど衝撃が伝わることはなかった。
私と赤坂さんは身体を起こして、周囲を見回す。そして、私は地面に横たわるもう一人を見つけてそちらへ近づく。
「し、白羽....!?」
「大丈夫」
赤坂さんに返事をしながら、私は風使いの男の人の元に行き、しゃがみこむ。
風使いの男の人は、先程までの虚ろな目ではなく、正気を取り戻していた。でも...その顔に生気はなく、その命が尽きようとしているのが私にも分かった。
風使いの男の人は近付いてきた私に気づく。
「お前か....お節介なことを思っていた奴は...」
「.....」
「はっ、どこの世界に目の前で戦ってる奴の心配するバカがいるんだよ...」
「...私..」
男の人は何かを言おうとした私を手で制した。
「やめてくれ...ガキの情けなんかみっともなくて受けとれやしねぇ...。ましてや、女の子になんかな...」
「....」
「....結局、俺も体よく利用されただけか。アウターの末路ってのはどこも一緒か...」
男の人は皮肉げに呟くのを聴いて、私は思わず声をあげた。
「あ、あの....!!」
「....なんだ」
「助けてくれて、ありがとうございます!!」
私が頭を下げると男の人は驚いた表情を一瞬見せるが
「...何のことだ」
「私、地面に落ちる前、一瞬感じたんです。柔らかい風が私達を包み込んでくれたこと...それと、貴方の想いが...」
男の人は「...ちっ、何で分かったんだよ...」と小さく呟く。
「だから....ありがとうございます」
「....私からもお礼を言うわ。私はともかく、白羽にはあの高さでも危ないから」
「やめろやめろ...敵にこんなことしたってバレたら怒られるだろ...。それに、嬢ちゃん、男のこういう行動は言わぬが花ってんだ、覚えとけ」
「え....そ、そうだったんですか...?ご、ごめんなさい!!」
「そこで謝んなよ...俺が苛めてるみたいだろうが...」
男の人はそう言うと咳き込む。もう時間はない。
私は男の人に声をかける。
「あの...!!」
「なんだ....もう、休ませてく――」
「貴方の――お名前を教えてくれませんか?」
「なに....?」
私は男の人の目を真っ直ぐ見る。
「私は――私の名前は水月白羽です」
「待て待て...なんで名前なんか教えなきゃならねえんだ」
「だって――」
「人と人の繋がりは、まず名前をお互いに教えあうこと...私はそう思うから」
「......」
男の人は沈黙し、そして
「ふっ....ははははは!!人、人か!ついさっきまで殺されかけてた奴にか!はーははは!」
「な....なんで笑うんですか!?」
「おい、赤髪の嬢ちゃん、この嬢ちゃんバカだぞ!とびっきりのバカだ!!」
「ええ。白羽はこういう子みたいよ」
「赤坂さん...!?」
男の人に笑われ、赤坂さんにも肯定され私は割りとショックだった。うう....そんなにバカバカ言わなくても...でも二人に何でバカと言われてるのか分からない私は本当にバカなのかもしれない...。
男の人はひとしきり笑って咳き込んだ後、ぽつりと呟いた。
「....風間 隼人だ」
「....え?」
「風間 隼人、俺の名前だ。嬢ちゃんが聴いたんだろうが...」
私は一瞬遅れてそれが名前だと気づき、その名前を繰り返した。
「風間 隼人さん...」
「....家族以外に呼ばれたことなんて今までなかったな...。案外、悪くないもんだ...」
風間さんの身体からだんだんと力が抜けていくのが分かった。私がさらに声をかけようとすると風間さんは
「....『リベレーター』はこの都市にどんどん戦力を集めてる。間違いなく、何かを計画してる」
不意に風間さんが呟いた言葉に、赤坂さんが反応する。
「...情報提供、感謝するわ」
「言ったろ...女の子に借り作るなんざ情けないってな...」
そして風間さんは私の方を見た。
「嬢ちゃん...あのドクターって奴は『リベレーター』の中でもトップレベルにヤバイ奴だ...。そいつに目をつけられたんだ...じゅうぶん気をつけろよ...」
「....はい」
私が頷くと風間さんの目がだんだんと閉じ始める。
私は、風間さんの手を握り、言葉をかける。
「風間さん....私、絶対に忘れませんから....」
「....はっ、前言撤回だ...。こんな美少女に見送ってもらえるなら...悪くない終わりだ...」
風間さんはそう言って...目を閉じ、二度と開けることはなかった。
「白羽....彼の遺体は、私が丁重に埋葬するように言っておくから」
「うん....ありがとう赤坂さん」
私を慰めようとしてくれてるのだろう、赤坂さんの言葉に私はお礼を言いながら立ち上がる。
しかし、何気なく赤坂さんを見た私は思わず声をあげる。
「あ、赤坂さん....!!それ...!!」
「....え?」
私が指差した方向を赤坂さんも視線で追う。赤坂さんの服の前側――私を抱えていた場所にべっとりと血がついていた。私は慌てながら
「ご、ごめんなさい!私のせいだよね...これ、落ちるか...な...」
ポタッ、と何かが私の身体から滴り落ちた。あれ...そういえば...私を抱えていた場所が血に濡れ...て...私、背中の怪我、いつから...痛み、感じな――
「白羽....!?白羽!!」
背中に走る激痛と共に、私の意識は闇に閉ざされた。
――――――――――
「ふんふんふふーん♪」
「....なにあれ、ドクター、珍しく上機嫌じゃん。気持ち悪...」
少女は白衣をまとった男を見て呟く。
少女の疑問に答えたのはギャル風な格好をした女だった。
「なんかー、すっごい子見つけちゃってテンション爆上げなんだってー」
「ふーん...すっごい子ねぇ...」
ドクターに興味を持たれるということがどういうことか分かっている少女は、そのすっごい子に同情した。それと同時にあのドクターがあれほど上機嫌になる子というのがどういう子なのか興味を持つ。
気持ち悪いからあんまり近寄りたくないが、情報を手に入れるため少女はドクターに近づく。
「ドクター、なんかすっごい子見つけたんだって?」
「ああ!!それはもう!!あんな力を持った子は見たことない!!ああ、早く捕まえてモルモットにしたい....!!」
ドクターはうっとりとした表情で呟く。既にもう気持ち悪さの天井を突破しているが、少女は我慢して聴く。
「で、どういう子なの?」
「そこに記録映像がある、見てみたまえ」
上機嫌なドクターに気前よく貸してもらい、記録映像を見る少女。
「(この赤髪...?いや、違う、こっちの子か)」
最初はただの興味で見ていた少女だったが、だんだんと記録映像を食い入るように見始める。
「(化け物じゃない...か)」
少女は笑みを浮かべる。
「(この子....面白いじゃない)」
少女は映像で赤髪の子が呼んでいた名前を呟く。
「水月....白羽...」
―――――――――
「うっ.....」
目が覚めると、そこは病室のようだった。
私は...たしか...気を失って...
「....っ!赤坂さんは...!?」
「目が覚めて真っ先に出てくるのが他人の名前とはねぇ」
「っ!?」
まさか人がいるとは思わず、私は驚く。ましてやそれが知らない声ならなおさらだ。
声のした方に目を向けると、そこにはスーツを着てサングラスをかけた、どう見ても一般の人には見えない格好の人がいた。
「よお、嬢ちゃん。ぐっすり眠ってたな」
おまけに地声なのだろうけど...そんな格好の人から低い声で話されれば、多少怯えた表情を見せてしまうのは...許してほしい。
「あの....」
「ああ、赤坂から話は聴いている。まったく...アウターでもないのにこんな無茶する奴は聞いたことねえな」
私はホッとした。どうやら赤坂さんも無事に戻ってきているらしい。
「嬢ちゃん、もう少しで死ぬところだったんだぞ?背中の傷からの出血多量でな。赤坂が全速力で俺らのところへ担ぎ込んでなきゃ今頃、そのまんま永遠におねんねだ」
「うっ....ご、ごめんなさい...」
サングラスの男の人から少し怒った気配を感じて私は謝る。そんな私の様子を見てサングラスの男の人は、ニヤッと笑った。
「ちなみにここだけの話な...赤坂の奴、今にも泣きそうな顔でお前さんを担ぎ込んできてよ。『白羽が、白羽が死んじゃう...!!お願い、助けて...っ!!』~ってな。赤坂からあんな顔と声で頼まれたの初めてだぜ」
「ちょっと!!!」
病室の扉がガラッと乱暴に開き、顔を真っ赤にした赤坂さんが入ってきた。赤坂さんはツカツカとサングラスの男の人に近づくと服を掴んで、ギリギリと絞め始めた。
「白羽....!この人の言ったことは大袈裟に言ってるだけだから...!!」
「う、うん....」
「ちょ、赤坂、ギブ、ギブだって....死ぬ、死ぬ...!」
サングラスの男の人が苦しそうに言うと赤坂さんは手を離した。サングラスの男の人は息を吸い込みながら呼吸を整える。
「赤坂さん」
「な、なに?まだ何かこの人に吹き込まれたの?」
「私を助けてくれてありがとう。それと...心配かけてごめんね」
私の言葉に赤坂さんは「え...えっと...」と口をモゴモゴさせ
「ふ、ふん。ほんとよ、無茶してこの子は。私がいなかったらどうなってたか...」
「うん...本当にありがとう」
「も、もういい。それに私の方こそ....あ、あり...」
「あー、とりあえずイチャつくのは後にしてもらって俺の話を聴いてもらって良いか?」
「だ、誰がイチャ....!?」
顔を赤くする赤坂さんを無視してサングラスの男の人は私の方に視線を向ける。
「改めて『O.P.O』の洲藤だ。まずは...こちらの任務に巻き込んでしまってすまねえな」
「いえ...私が勝手にやったことなので...」
「で、だ。嬢ちゃんは今ヤバイ奴に目をつけられてる...そうだったな赤坂?」
「....ええ。ドクターと呼ばれてた男、明らかに白羽に目をつけてた...」
「それと情報提供によると『リベレーター』どもはこの辺に集まって何かを企んでるって話だ。つまり...嬢ちゃんの身は今めちゃくちゃ危ない。ここまでは分かるな?」
「はい...」
「理解が早くて助かる。で、俺らも本腰入れてこの都市に駐留することになるんだが、一つ問題があってな。嬢ちゃんの護衛に避ける戦力がないんだよ。『O.P.O』でもない嬢ちゃんを俺らの本部に置くこともできないしな。まあそれに、今の嬢ちゃんがウチに来たらモルモット...は言い過ぎかもしれんが実験動物扱い確定だろうしなぁ」
サラッと言われて微妙な気持ちになるが、そう言うと言うことは洲藤さんにその気はないということだ。
「そこで、だ...」
洲藤さんは一枚の資料を出す。
「水月白羽。今は叔母が時々、様子を見に来るが遠方に住んでてほぼ独り暮らし...だったよな?」
「は、はい」
「ならちょうど良いな」
洲藤さんはニヤリと笑うと赤坂さんと私を交互に指差す。
「嬢ちゃん、赤坂、お前ら――しばらく一緒に暮らせ。嬢ちゃんの家でな」
.......
「「ええええええええっ!?」」
赤坂さんが私の家に!?一緒に暮らす!?
「ちょっと!何を勝手に...!!」
「良いだろ別に、女同士だし」
「そう言う問題じゃない!!」
「そ、そうです!勝手に決められてもこ、困ります...!」
「ふーむ...」
洲藤さんは顎に手を当て考え
「嬢ちゃん、ちなみにだが――背中の傷の治療にいくらかかったと思う?」
「え...?」
私はそれを聞いて固まった。
洲藤さんは一枚の書類を私に見せる。それはとても私の手持ちでは払えない金額だった。
「ちょっと、それなら私が払うって――」
「中学生のお前が代理人になれるわけねえだろ?あ、ちなみにお前からの金は受け取らねぇからな」
「なっ....」
「嬢ちゃんが払えないって言うなら...まあ、身体で返してもらうしかないよなぁ?」
私はさっきの実験動物、と言う言葉が脳裏によぎる。
「それに、本来封鎖していたはずの区域に侵入したのも本来は問答無用でしょっぴかれても文句言えねえんだぞ?出るところ出るか?ん?」
「そ、それは...追うのに夢中で気がつかなくて....ごめんなさい...」
笑顔だが目の奥はまったく笑っていない洲藤さんの顔を見て、私は項垂れた。
「んじゃ、家主の同意は得られたし――」
「ちょっと、私はまだ了承してな――」
「命令だ、以上」
「~~っ。こういう時だけ上司風吹かせて....!!」
怒る赤坂さんに洲藤さんは耳をトントンと叩く。
『それに――初めてできた友達だろ?お前自身の手で守りたいと思ってるんじゃないのか?』
『そ、それは....』
『守ってやりな。お前、嬢ちゃんに何かあったら絶対後悔するだろ?だったら後悔しないように、そんで絶対に守りきってやれ。それに――』
『「白羽は私が守るから。信じてくれる?」――だったか?約束したんだろ?』
「なっ.....!!!なんで知って.....!!!」
「え?」
いきなり大声を出した赤坂さんに驚いて顔を向けると、赤坂さんは今日一番、真っ赤な顔になっていた。
「赤坂さん、どうしたの?」
私が聴くと赤坂さんは、私の顔を見て
「な、なな、な――」
「な?」
「なんでも!!ないーーーー!!!」
病室に赤坂さんの大声が響き渡り、それを聞き付けてやって来た看護師さんに赤坂さんと洲藤さんはこっぴどく怒られて追い出されたのだった。