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アウターヘイヴン  作者: 黒百合
18/18

18.『プール授業』

私が風邪を引いてから数日後、すっかり治った私はいつものように朝食の準備をしていた。

「うん、こっちはこのぐらいで大丈夫かな。あとは...」

私は味噌汁の味を確かめ、グリルの様子を確認する。中では味付けした鮭がそろそろ焼き上がりそうだった。

と、上から扉が閉まる音が響き、朱音ちゃんが降りてくる。いつものように、髪はボサボサでいつもキリッとしている目は、眠そうに半開きだった。

「おはよう、朱音ちゃん」

「おは...よう...今日も...良い匂い...」

朱音ちゃんがふらふらと近づいてきたので、私は身体に手を置いてぐい、と優しく洗面台の方に向けた。

「もうすぐでできるから、先に顔洗ってきて、ね?」

「うん...そうする...」

私がそっと促すように背中を押すと、朱音ちゃんはそのままふらふらと、洗面台の方に向かっていった。いつもと変わらない朱音ちゃんの様子に、私は思わず笑みがこぼれる。

「朱音ちゃんが戻ってくる前に並べておかないとね」

私はできた朝食をテーブルに並べる。今日は鮭の塩焼き、ひじきと豆の炒め煮、豆腐とわかめの味噌汁、それと漬物にキュウリと大根の浅漬けだ。

私がエプロンをたたんでいると朱音ちゃんが申し訳なさそうな顔で、リビングにひょこっと顔を出した。

「し、白羽...ごめん、今日も間に合わなかったわね...」

「朱音ちゃん、気にしないで。いつも言ってるけど...人にはそれぞれの生活スタイルがあるし、私は朱音ちゃんが笑顔で食べてくれればそれだけで嬉しいから」

「でも...」

朱音ちゃんが何か言いかけるのを私は遮って、朱音ちゃんの手を取る。

「し、白羽?」

「それに...美味しい時は美味しいって、苦手な物があったり私の料理が失敗した時は、教えてくれたり...そういう『何でもないこと』が私は幸せだから。だから、そんな顔しないで。申し訳なさそうな顔で食べるより、朱音ちゃんらしく私の料理を味わってくれると嬉しいな」

以前から朱音ちゃんが朝ごはんに間に合わそうと急いだり、間に合わなかった時に申し訳なさそうな表情で食べるのが気になっていた私は改めてそう言った。朱音ちゃんには色々と助けてもらっているし、料理だけでも食費でとても助けられている。それに、朱音ちゃんの笑顔が見られるなら私は嬉しいんだって、朱音ちゃんに伝わるように。

朱音ちゃんは難しい顔でしばらく黙っていた。少し不安に思った私は朱音ちゃんに声をかける。

「...朱音ちゃん?」

「...白羽のその気持ち、すごく嬉しい...嬉しいんだけど...」

「?」

「(このまま白羽に甘えていったら私、どんどんダメになっていかない...?ただでさえ、今までの生活も規則正しくなかったのに...)」

朱音は数年後、自分が白羽に甘えきりで、白羽が笑顔で家事をこなしている姿を想像してーー

「(って、何で数年後も一緒に暮らしている前提なのよ!?何を想像してんの私!?消し炭にするわよ!?)」

突然、ブンブンと激しく首を振り始めた朱音ちゃんに私はビクッと驚く。朱音ちゃんのツインテールがペシペシと私の頬を叩く。

「あ、朱音ちゃん...?どうしたの?」

「な、何でもない。分かった...その代わり、今まで通りお皿洗いとか、私は私でできることするから...その...あんまり私を甘やかさないで...」

「え?う、うん」

最後の言葉はボソッと呟いたからよく聞き取れなかったけど、とりあえず朱音ちゃんが朝ごはんの用意のことはもう気にしないと吹っ切れた様子なので私は頷く。

「それじゃ、冷めちゃわない内にご飯食べよう?」

私がテーブルに着こうとすると、朱音ちゃんはくいっと私の袖を引っ張った。

私が振り向くと朱音ちゃんは、顔を赤くしながら

「それと...その、白羽の料理、いつも美味しいから...無理して食べてるとかないから...そこは心配しないで...」

顔をそらしながら言う朱音ちゃんの言葉に、私は嬉しくて満面の笑顔を浮かべたのだった。

ーーーーーーーーーー

登校の途中、私は朱音ちゃんから聞いた話にほっと胸を撫で下ろす。

「校長先生...助かったんだ...本当に良かった...」

「ええ。...安藤先生が応急処置を行ったおかげらしいわ」

朱音ちゃんから聞いたのは、校長先生が病院で意識を取り戻した、という話だった。校長先生が窓から投げ出された時、駆けつけようとしていた安藤先生が受け止め、そのまま安全な場所に運んで応急処置を行ってくれたらしい。

「...校長先生、白羽に『自分のせいで危ない目にあわせて申し訳ないことをした』って謝りたいって安藤先生が言っていたらしいわ。安藤先生も『すぐに駆けつけられなくてすまねえ』って」

「そんな...謝らないといけないのは私なのに...」

あの人狼の人が現れたのは、私のせいだ。だから、校長先生が大怪我をしたのも私のせいなのに...。

「...白羽のせいじゃない。私だって、守れなかった責任がある。それに...あの時は洲藤...『O.P.O』でもゴタゴタがあって...」

「ゴタゴタ...?」

「ええ。詳しくは私も聞いてないんだけど...そのせいで監視が一時的に緩んでしまったらしいわ。元々、人数が少ないのもあるけど...」

私はその言葉を聞いてぎゅっと胸の前で手を握る。洲藤さん達は、私のことを『O.P.O』に知らせずに、内密に私のことを守ってくれている。現在は、本来の任務をこなしつつ、洲藤さんと信頼できる人達だけで、私のことも見てくれているそうだ。それは本来の仕事と平行しながら、私のことを見てくれているということで...洲藤さん達の負担も相当なものだろう。

「...本当に私、皆に迷惑ばかりかけちゃってるね...」

私が思わずぽつりと漏らすと

「そんなことない!」

「あ、朱音ちゃん...?」

朱音ちゃんが突然、大声を出したので驚いて朱音ちゃんの顔を見る。朱音ちゃんは私に近づくと、ぐっと私の目を真っ直ぐ見つめた。

「それを言うなら、白羽は私達の事情に巻き込んだんだから...だから、そんなこと気にするんじゃないわよ!」

「...でも...」

「白羽は気にしすぎなのよ!少しぐらいは洲藤の図太さを見習いなさい!あの男いけしゃあしゃあと『悪かったな』の一言で済ませたんだから!」

怒りながら洲藤さんへの文句を言う朱音ちゃんに私は思わずクスッと笑ってしまう。朱音ちゃんの不器用だけど、真っ直ぐな言葉に少し心が軽くなった気がした。

「ありがとう、朱音ちゃん」

「お、お礼を言われるようなことはしてないわよ。ただ、事実を述べただけよ。白羽が気にしすぎなのよ」

私がお礼を言うと、朱音ちゃんはぷいっと顔をそらした。耳が少し赤くなっているのは、気のせいではないだろう。

「おーおー、朝から熱いね二人とも!」

そんな声が聞こえたと思ったら、私の背中に軽く誰かがぶつかってくる。誰か、というか

「美海ちゃん、おはよう」

「おはよう、白羽!朱音もおはよ!」

「お、おはよう...って熱いってどういう意味よ!?」

「えー?それはもちろん、ラブラブで朱音が白羽を朝から口説いて...」

「口説いてない!!」

美海ちゃんのからかいに顔を真っ赤にして否定する朱音ちゃん。それを見て美海ちゃんはますますニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

「どうしよう舞桜。私達の白羽が朱音に取られちゃうかも?」

「...それはいくら朱音でも見過ごせないわね。白羽は私のものよ」

「いーや、白羽のぷにぷにほっぺは私のものだから!」

「あの...私の意志は...?」

美海ちゃんが私の後ろから抱きつき、今日は珍しく舞桜ちゃんまで私の横から腕を絡ませてきた。二人の表情を見るに、朱音ちゃんをからかうためにわざとやっているのだろう。二人は試すような視線を朱音ちゃんに向けているが、朱音ちゃんは気付く様子なく「あ...えっと...」と、迷うような表情で私の顔と美海ちゃん達を見ている。

「ほらほら~?白羽取っちゃうぞ~?」

「朱音の白羽への愛はその程度だったの?」

「あ、愛って...!!」

「あ、朱音ちゃん、落ち着いて。二人はからかってるだけーーむぐっ」

朱音ちゃんに声をかけようとした私は、後ろから美海ちゃんに口を塞がれた。

「ふっふっふっ、ほらほら~このままだと愛しの白羽が大変なことに~」

「んんっ...!?」

美海ちゃんがいつものように背中に顔を擦り付けてくる。いつもなら舞桜ちゃんが止めてくれるけど...

「...久々に白羽とくっついた。フフフ...」

「んんーーーっ!?(ま、舞桜ちゃんは舞桜ちゃんで何か怖い...!?)」

朱音ちゃんはというとぶつぶつと何かを言っていた。

「べ、別に愛とかじゃないけど...白羽は私の一番の友達だから...。と、友達を大切に思うのはおかしいことじゃないから...」

そしてフラフラと私の方に近づいてくる。

「んんー!(朱音ちゃん、正気に戻って!?)」

「ふっふっふっ、後ろと横は私達が押さえてるから、あとは~?」

「ま、前...正面から...!」

私の想いむなしく、朱音ちゃんが私の前に来て、腕を広げたところで...朱音ちゃんは周囲からの視線に気付いた。

周りからの生暖かい視線と、クスクスと笑う声に気づいた朱音ちゃんは、自分が乗せられてしようとしていたことに気づいて

「...って!!や、やるわけないでしょーーーーっ!?」

と、顔を真っ赤にして叫んだのだった。

ーーーーーーーーー

「朱音、ごめんってば~機嫌直してよ~」

「やりすぎちゃった、ごめん。...でも朱音、可愛かったよ?」

「ふん!知らない!」

二人が謝るのをそっぽを向いて怒っている朱音ちゃん。私はそんな三人の様子に苦笑しながら、朱音ちゃんを宥める。

「ま、まあまあ朱音ちゃん...。美海ちゃんと舞桜ちゃんも悪気はなかったんだし...」

「それは...分かってるけど...」

朱音ちゃんは怒った表情ながらも...その顔はどこか嬉しそうだった。それは、こういったやり取りをするのが初めて、というのもあるのだろうけど...それ以上に、二人が『アウター』だと知っても、変わらずに接してくれているからだろう。二人だけじゃない、あの一件以降、皆はまだ少しぎこちないながらも、朱音ちゃんを受け入れて過ごしてくれている。朱音ちゃんにようやく本当の意味で居場所ができたのだと思うと、私もとても嬉しい気持ちになる。それはたぶん、朱音ちゃんも...いや、私以上に嬉しいのだと思う。...まあそれはそれとして、朝のことを怒ってるのも本当っぽいけど。

私が苦笑しながら三人を見ているとガラッと勢い良く扉が開けられた。

「皆様、ごきげんよう」

そう言って優雅な足取りで教室に入ってきたのは榊原さんだ。榊原さんは教室に入ると、私の姿を見つけ一直線に近づいてきた。

「おはようございます、水月白羽、(わたくし)の...嫁」

最後は少し照れながら私に挨拶をする。最近は慣れてきたとはいえ、榊原さんの“嫁”発言に私は一瞬、どう反応したら良いか分からず困った笑みで返事をする。

「お、おはよう榊原さん...」

「風邪の時はお見舞いに行けず、申し訳ありません。くっ...!自らの嫁の危機に駆けつけられないとは情けない...!」

「あ、あはは...。大丈夫だよ、朱音ちゃんもいたし...」

「そう、そこですわ!」

榊原さんはビシッと朱音ちゃんを指差した。突然指された朱音ちゃんはビクッと驚きつつ、榊原さんの方に振り向く。

「な、なによ?」

「聞けば赤坂朱音は、あろうことか私の嫁にあられもない姿をさせ、恥ずかしい思いをさせたとか...!!」

「「言い方に語弊がある(よ)!?」」

「前にも水月白羽を押し倒してーー」

「わー!そ、それはだから誤解だって何回も言ったでしょ!?」

榊原さんの言葉を遮るように、朱音ちゃんが顔を赤くしつつ割って入る。しかし、榊原さんはその時のことを思い出しているのか、悔しそうな顔で

「まったく、許嫁たる私を差し置いて毎回、よくも私の嫁を傷物にしてくれますわね!」

「えっと...榊原さん?私は許嫁じゃなーー」

「かくなる上は勝負!ですわ!」

「は、話を聞いて~!?」

ヒートアップした榊原さんは、ビシッ!と朱音ちゃんに指を突きつける。

「ふ、ふん、勝負って...この前負けたじゃないの」

「そう...あの時は私の完敗...だからリベンジですわ!今の私はアベンジャーズ!ですわ!」

「そういう知識はどこから仕入れてくるの?あと複数じゃないし一人だし」

榊原さんの言葉に舞桜ちゃんが突っ込む。“私の嫁”は前に会ったメイドの涼香さんという人から教えてもらったらしいけど、あの人から教えてもらってるのかな...?

榊原さんは舞桜ちゃんのツッコミにも動じることなく、朱音ちゃんに挑戦状を叩きつける。

「というわけで勝負ですわ赤坂朱音!今回はーー今日の水泳の授業で!」

「望むところ.....え?」

自信満々に返そうとした朱音ちゃんは顔をひきつらせるのだった。

ーーーーーーーーーーーー

水泳の授業の時間になり、私達は更衣室で着替えていた。

「皆!ここ空いてるよ!」

美海ちゃんが空いているロッカーを見つけてくれて、私達を手招きする。私達は揃って一緒に着替えることになった...のだけど...

上の服を脱いだ私はふと気がつくと、視線を感じる。特にその...胸の辺りに。

「ええと...皆?どうしたの?」

「いや...改めて見ると白羽の胸けっこう大きいよね!」

「み、美海ちゃん、お、大声で言わないで...!」

普段は特に意識しないけど、そんなことを言われたら思わず意識してしまって...私は思わず手で胸を隠した。

「本当...白羽って小柄だから余計に目立つよね」

「ま、舞桜ちゃんまで...!」

「朱音はどう思う?」

「ここで私に振る!?」

美海ちゃんの言葉に朱音ちゃんが顔を赤くする。...だけど、その視線はチラチラと私の胸元辺りに向けられていた。

「どれどれ...ここはどのぐらい成長したか美海さんが測ってあげよう」

美海ちゃんが手をワキワキさせながら私にゆっくり近づいてきて、私は思わず一歩下がる。

「...あんた普段から白羽の胸揉んでるでしょ」

「普段は服の上からだし~」

「白羽嫌がってるんだからやめなさい」

と、そんな美海ちゃんを舞桜ちゃんが止めてくれた。美海ちゃんが近づいてくるのをやめたのを見た私はホッと一息つい

「...代わりに私が揉むから」

けなかった。今度は舞桜ちゃんが静かな動作で近づいてくる。朱音ちゃんが思わず私の前に立ち塞がる。

「美海は止めて何であんたが来るのよ!?」

「...私は普段から白羽の胸揉んでないから。それに大丈夫、白羽。私は白羽のこと気持ちよくしてあげるから」

「そ、そこが問題じゃないんだけどな...!?」

「そうだよ、それじゃまるで私が揉むと気持ちよくないみたいじゃん」

「そういう問題でもなくて...!?」

「...だったら試してみる?」

「...へー、私に勝負を仕掛けるとは舞桜も言うようになったねぇ」

「わ、私の意志は...?」

私の言葉にはかまわずに、二人は私の方に振り返る。...何故だか既視感と悪寒が走った。一歩後ずさる私、じりじりと迫ってくる二人。

「み、美海ちゃん...舞桜ちゃん...?」

「ふっふっふっ、さあ観念するのだ白羽」

「...痛くしないから」

「さあ、朱音も白羽を後ろから押さえて!」

「だ、だから私に振らないでよ!?」

「白羽の胸、後ろから揉んで良いから!」

「だだ誰もそ、そんなことしたいなんて言ってないでしょ!?」

朱音ちゃんは顔を真っ赤にしながら美海ちゃんに返す。

「ちっ、朱音は流されなかったか...」

「...白羽、私は白羽の成長を確かめる義務があるから」

「そ、そんな義務ない...きゃ!?」

壁際に追い詰められた私は、二人に両手を押さえ込まれる。二人の目が怪しく光ったーーように見え、その手がだんだんと私の胸に近づいてくるーーー

「ま、待って、二人とも...!?」

「ちょっと待ちなさい!!」

そんな私の窮地を救ったのは榊原さんだった。二人の手が止まり、私はホッと胸を撫で下ろーー

「伴侶である私を差し置くのは許せませんわ!私にも揉ませなさい」

「さ、榊原さん...?」

「しょうがないな~。じゃあ、交代にしようか」

「誰が一番白羽の身体を...ひいては白羽のことを理解しているか勝負ね」

「望むところですわ!」

私に迫ってくるのが三人に増え、私は完全に逃げ場を失う。朱音ちゃんは...割って入ろうと視線を送るけど、下手すると自分も巻き込まれかねないと迷った表情で動きが止まっている。その間にも三人の魔の手は私へと伸びーー

「み、みんな...!待って、落ち着いて~!?」

「.....あー...ごほん、お前ら、仲が良いのは良いことだが...」

その時、更衣室に遠慮がちに響いた声に三人の動きが止まる。声のした方に振り向くと、そこには目線を私達に向けないようにしながら安藤先生が立っていた。

「もう授業の時間だから、とりあえず全員着替えてきてくれ。それと...後で俺のところに来るんだ、いいな?」

「「「はい...」」」

ーーーーーーーーーー

安藤先生からの軽いお説教を受けて、私達は改めてプールへと向かう。今日は初回ということもあり、準備体操の後は自由にプールを使えることになっていた。

「きゃっ...!冷たい...!」

私は上から降り注ぐシャワーの冷たさに思わず声を漏らす。

「あはは、このシャワーってなんか凄く冷たく感じるよねー」

「私は気持ちいいぐらいだけど」

「舞桜は小学校の頃から平気な顔して浴びてたよね」

「小学校の頃から滝行とかしてたからかもね」

「...舞桜の家って神社だよね?何で滝行してたの?」

「『その方が身が清められて神様との繋がりが深くなる気がするから一緒にやろう!』ってお父さんがよく誘ってきたから...」

「.....舞桜のところのお父さんも大概変だよね」

「人の家の親を変って言うんじゃない。その通りだけど」

「あ、あはは...」

そんな昔話をしながらシャワーを潜り抜け...私はチラッと後ろにいる朱音ちゃんを振り返った。

「......」

朱音ちゃんはシャワーの前に立ったまま、そこから動かずにいた。かれこれ数分はそのままだった。

「あの...朱音ちゃん」

「な、なに?」

「ずっと立ったままだけど...もしかして体調悪いの?」

「ち、違うわ。別に体調が悪いわけじゃ...」

朱音ちゃんはもごもごとした口調で言って、私達が怪訝な視線を向けていると

「くっ...そうよ、こんなのただの水じゃない。あの緑髪のトゲほどじゃないんだから...」

何かをボソッと呟いた後、意を決した表情でシャワーの蛇口を捻った。

「~~~っ!!!」

「あ、朱音ちゃん?まるで毒を受けるようなすごい表情してるけど...!?」

「だ、大丈夫.....な、何てことないわ...」

朱音ちゃんは数秒のシャワーの後、目にも止まらぬ早さで蛇口を閉めて引きつった笑顔を私に向ける。

「.....朱音ちゃん、もしかしてだけどーー」

「おーほっほっほっ!!ようやく来ましたわね赤坂朱音...と言うか遅すぎですわ!シャワー浴びるのに何分かけているんですの!?身体が冷えてしまったではないですか!?」

私が朱音ちゃんに話しかけようとすると、榊原さんがその声を遮った。榊原さんはずんずんと朱音ちゃんに近づくと、怒った表情でプールをビシッ!と指差した。

「ほら、さっさとプールに入りなさいな!このままだと風邪引いてしまいますわ!」

「先にプール入っていれば良かったんじゃ?」

「それでは身体の慣れに差が出るでしょう!私は公平な勝負で赤坂朱音を倒さないと意味がないのです!公平な勝負で赤坂朱音を倒せば、必ずや水月白羽も私のことを好きになるに違いない、それが漫画のお約束ですーーと涼香が言ってましたわ!」

「とりあえず色々ツッコミどころあるんだけど、それを白羽の目の前で言うのはどうなの?」

「シャラップ!ポニーテール娘!さあ、赤坂朱音、早くプールに入りなさい!決着をつけますわよ!」

榊原さんは朱音ちゃんをプールに入るように促す。だけど、朱音ちゃんはプールを見つめたまま動かない。

「...?赤坂朱音、何故入らないのです?」

「い、今から入るわよ!」

朱音ちゃんは威勢良くそう言うものの足が動かない。そんな朱音ちゃんを見て榊原さんは

「...ふふ、なるほど。まさか赤坂朱音ーー」

「.....っ!」

朱音ちゃんが榊原さんの得心した表情に、ビクッと身体を震わせる。

「な、なによ?」

「とぼけても無駄ですわよ。赤坂朱音、貴女ーー怖いんでしょう?」

「.....っ!」

「私との勝負が!」

「......は?」

「おーほっほっほっ!まあ無理もありませんわ。何せ私は小学校の頃からスイミングスクールに通い、全国優勝もしたことあるのですから!」

「...え?じゃあ自分の得意なもので勝負しようとしてたってこと?」

「どこが公平よ」

「お黙りなさいポニーテール娘とチョップ娘!相手がアウターなのですから、このぐらいでむしろ公平でしょう!?」

「...誰がチョップ娘だって?」

「ひいっ!?」

「うわ、舞桜、ガチギレしないでよ!?」

榊原さんの言葉に舞桜ちゃんがずんずんと近づくのを美海ちゃんが止める中でも、朱音ちゃんは動かない。その顔は心なしか青ざめていた。

「ご、ごほん。でもまあ、勝負を降りると言うのなら私の不戦勝ということですわね!水月白羽はいただきますわ!」

榊原さんが素早く私に近づいて腕を取ろうとしたのを、朱音ちゃんが間に入って止める。

「.....だ、誰もやらないなんて言ってないでしょ!は、早く入りなさい!」

「ふ、そうこなくては、ですわ!やはりライバルは真正面から打ち破ってこそ!」

「あ、朱音ちゃんーー」

私は朱音ちゃんを止めようと手を伸ばすがその手は間に合わず、プールに先に入った榊原さんが朱音ちゃんに挑戦的な笑みで促す。

「し、白羽は渡さないんだから...!!」

朱音ちゃんが小声で何かを呟く。そして、意を決した表情でプールに飛び込む。バシャーン!と水飛沫をあげて、朱音ちゃんの体が水に沈む。

「「「.....」」」

沈んで...

「「「........」」」

沈んだまま...

「...ねえ、朱音、溺れてない?」

「あ、朱音ちゃんーーー!?」

その後、すぐに朱音ちゃんは一部始終を見ていた安藤先生によって救出された。

ーーーーーーーーーー

「.....え?泳げない...?」

「...ええ」

榊原さんの言葉に朱音ちゃんは憮然とした表情で頷く。

「水に入ると急激に力が抜けて...何だか身体の感覚がなくなるような感じになって...その...」

「ようは泳げないと」

「は、ハッキリ言わないでよ!は、恥ずかしいんだから...!!」

舞桜ちゃんの言葉に朱音ちゃんは顔を赤くしながら返す。

「そ、そんな...それじゃ、私との勝負は...?」

「いや、前提が成り立ってないんだからダメでしょ」

「そんな...せっかく私の格好良い姿を見せて水月白羽に惚れてもらうはずだったのに...」

榊原さんは舞桜ちゃんの言葉によろよろと立ち上がると

「くっ...!つ、次こそは勝ちますから!覚えていろ、ですわ!」

と、まるで悪役のような台詞を言って、プールに飛び込んでそのまま泳ぎ去った。

「.....別に負けたわけじゃないのに?」

「気にしたら負けよ美海」

美海ちゃんと舞桜ちゃんが話す中、私は朱音ちゃんに話しかける。

「大丈夫、朱音ちゃん?」

「え、ええ。私はアウターよ、溺れたぐらいじゃ何ともないわ」

「でも、朱音ちゃんが溺れた時、すごく心配したんだよ?...どうして泳げないこと、言ってくれなかったの?」

「え...?」

私の言葉に朱音ちゃんは驚いた表情で振り返る。

「(あ、これ...)」

「(白羽、少し怒ってるわ...)」

「朱音ちゃんが泳げないと知ってたら、私達だって榊原さんを説得することもできたのに...」

「いや...それは...。し、白羽、私は大丈夫よ、少しぐらい水に溺れたって、アウターだから。水の中でも10分は息止められるし...」

「......」

「あちゃー...」

「...“少し”じゃなくなったわね」

私は朱音ちゃんの正面に座って、朱音ちゃんの目を真っ直ぐ見つめる。

「...朱音ちゃん、そういう問題じゃないよ。例え平気だとしても、友達が少しでも苦しい想いをするのは、私は見たくない」

「う...」

「自分の苦手なことを人に言うのって確かに恥ずかしいし、勇気がいることだと思う。でも私は、朱音ちゃんが不安を抱えてるなら...溺れちゃうぐらいなら伝えて欲しかったな...」

私が悲しい表情をすると、朱音ちゃんは慌てた様子で

「ご、ごめん白羽...!その、言い出せなかったのはーー」

「私はまだ...朱音ちゃんの友達として頼りにならないかな...」

私が思わず呟くと朱音ちゃんは

「そ、そんなことない!」

と、私の肩を掴んで、勢い良く顔を近づける。

「そ、そんなことないから...し、白羽が頼りにならない、なんてこと絶対にないから!」

「でも、それならどうして言ってくれなかったの?泳げないのに榊原さんとの勝負にも乗って...」

「そ、それは...」

「.....」

私がじーと朱音ちゃんを見つめていると

「それは...その...し、白羽が取られ...」

「?」

「...し、白羽が...あのお嬢様に取られそうでつい...口走ったというか...」

「え...?」

朱音ちゃんが顔を真っ赤にしながら消え入るような声で呟いた言葉に、私は目を丸くした。

「し、白羽が取られるのが嫌だったから...だから、つい勝負受けちゃったの...!!」

朱音ちゃんはつい、といった感じでそう言うと、一瞬遅れてハッとした表情になり

「し、白羽は私の友達だから!友達は...だ、大事...だから...」

「朱音ちゃん...」

朱音ちゃんは火を吹き出しそうなほど顔を真っ赤にしながら言って、顔を手で隠した。

「...こ、今度からはちゃんと言うから...」

「...うん。私も、気づかなくてごめんね」

「そ、それは言わなかった私が悪いし...」

「ううん。『もしかしたら...』って思ってたのに、私も朱音ちゃんにすぐ聞けなかったから...」

「白羽...」

私の悔恨を滲ませた言葉に朱音ちゃんは申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「...白羽」

「?どうしたの朱音ちゃん?」

「その...良かったらだけど...泳ぎ方教えて...」

「それは...もちろん、大丈夫だけど...」

朱音ちゃんは私の目を恥ずかしそうに、でも真剣な表情で見ながら

「水は苦手だけど...白羽とな...ごほん、白羽達となら頑張れる気がするから。その、信頼、してるから...友達として...お、お願い...しても、良い?」

朱音ちゃんの恥ずかしそうな、でも不安そうな表情。それに私達はもちろんーー

「うん!」

「私達も手伝うよ~」

「任せて」

と笑顔で応えるのだった。

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