17.『看病』
次の日。私はーー風邪を引いていた。
「ゴホッ...ゴホッ...」
「し、白羽...大丈夫...?」
朱音ちゃんが咳をする私を心配そうに覗き込む。
「大丈夫...ごめんね...朝ごはん作ってあげられなくて...ゴホッ!」
「む、無理に喋るんじゃないわよ!ほ、ほら、水飲みなさい」
「うん...ありがとう...」
朱音ちゃんが差し出してくれた水を飲む。続けて朱音ちゃんは、体温計を手に持って私に近づいてきた。
「熱測るから、そのままじっとしてなさい」
「じ、自分で測れるよ...?」
「良いから、大人しくしてなさい」
朱音ちゃんは有無を言わさず、体温計を差し込んだ。ヒヤリとした体温計と、朱音ちゃんの手が触れくすぐったくて、私が思わず逃れようと身体をよじろうとすると、朱音ちゃんは私を片手でいとも容易く押さえて、動きを封じた。
「...きゃっ...!あ、朱音ちゃん...何だか、今日は強引なような...というか...何だか怒ってない...?」
「...昨日寝る前に、私、何回も聞いたわよね?体調大丈夫?って。白羽、その時何て言った?」
「ほ、本当に昨日の夜は何も...」
私がそう言いかけると、朱音ちゃんは私のおでこをぺしん、と叩いた。
「あうっ」
「...部屋に帰る前に、身体が震えてたの、私が気づかないとでも思ったの?」
「.....」
「夜中も何回も咳、聞こえてたわよ?もうその時には、体調悪かったんでしょ?」
「そ、それは.....」
私は痛いところを突かれて黙ってしまう。もし、私が体調を崩したと朱音ちゃんが知ったら、気に病んでしまうと...朝になったら体調も少しは良くなるだろうと、それなら誤魔化しきれるだろうと...その時、嘘をついたのは事実だからだ。
「.....白羽が私のことを気にして、そう言ってくれたのは分かってる。でもーーそれとこれとは別。そうやって一人で抱えて、何とかしようとして、自分のことは省みない白羽のそういうところ...私、怒ってるんだから」
だから、と朱音ちゃんは、ずいっと私に顔を近づける。熱が上がってきたからか、顔が熱くなるのを感じながら私は思わず顔をのけ反らせる。
「あ、朱音ちゃん...ち、近い...風邪、移っちゃう...」
「安心しなさい、私は生まれて一度も風邪引いたことないから。今日は大人しく私の看病を受けてもらうわよ。わかった?」
「...そんな...そんなの朱音ちゃんにわるーー」
「わ・か・っ・た?」
「は、はい...」
ズゴゴゴ...と朱音ちゃんから燃え盛る炎のような圧を感じて、私は思わず頷く。それを見た朱音ちゃんは満足そうに頷き、ちょうどその時、体温計が鳴った。
体温計を見た朱音ちゃんは、眉をひそめた。
「38度超えてるじゃないの...こんなに熱が出てるなら夜もしんどかったでしょうに...」
「よ、夜はそうでもなかったよ...きっと朝になって急に熱が...ケホッケホッ!」
「まだ言うか、本当にこの子は...ていっ」
「ひゃっ!?」
朱音ちゃんが何かを私の額に貼り付ける。ヒヤッとした感触が急に来た私は思わず変な声をあげてしまう。
「あ、朱音ちゃん...もうちょっとゆっくり...」
「そういえば...首とか脇にも貼ると良いとか聞いたことあるわね...」
「あ、あの、朱音ちゃん...?」
「なあに白羽?」
朱音ちゃんはにこやかな笑顔を見せて振り向く。その手には冷えピタが数枚、握られていた。
「...ごめんなさい...昨日、嘘をつきました...」
「まったく、最初からそう言えば良いのよ。...それとも、私はそんなに頼りない?」
「ち、違うよ..!私はただ、朱音ちゃんに心配をかけたくなくて...!」
朱音ちゃんが一瞬、寂しそうな表情をする。私が慌てて否定すると、朱音ちゃんは優しく微笑む。
「そうよね。白羽はそういう子...だから、今日は私に任せて。私のことを信頼...してくれる?」
朱音ちゃんは私を安心させるように微笑みながらも...少しだけ不安そうな瞳で私を見つめる。そんな顔で言われちゃったら...断ることなんてできないよ...。
「...うん。その...よろしく、お願いします...」
「ええ、任せなさい」
朱音ちゃんが優しい手つきで私の頭を撫でる。熱とは違う...身体がぽかぽかするような温かさが、朱音ちゃんの手から、私の身体へと伝わっていく。朱音ちゃんに迷惑をかけて申し訳ない気持ちもあるけど...それ以上に嬉しくて私は思わず笑顔になってしまう。
「な、なに笑ってるのよ?」
「えへへ...ごめんね。迷惑かけてるのに。でも、こうやってされるの久しぶりで...嬉しくて」
「.....ふ、ふん。この程度で満足してもらったら困るわね。まだまだ、今日は白羽が『もう良い』って言ってもやめてあげないんだから!」
朱音ちゃんがそう言うと私の頭をわしゃわしゃと撫で回す。
「わわっ...あ、朱音ちゃん、やめて~...」
「(...そんな子供が甘えるような笑顔で...っ!!か、可愛すぎるからそれ...!!反則でしょ...っ!!)」
と、その時、朱音ちゃんのスマホが鳴り響いた。朱音ちゃんは私の頭から手を離すと、ごほん、と咳払いして電話を取った。
「もしもし?」
『あ、朱音。おはよう、白羽の体調はどう?』
電話の相手は美海ちゃんだった。朱音ちゃんはスピーカーにして私にも声を聞かせてくれる。
「美海ちゃん、おはよう...ゴホッ、私は大丈ーー」
私はそう言いかけて朱音ちゃんのじとーとした視線に気づいて言い直した。
「...少し、熱があるけど、ただの風邪だから心配しないで」
『おお、白羽が素直に認めるなんて。...ちなみに白羽の声、いつもと明らかに違うから大丈夫って言っても私達、信じないからね~』
「うっ...」
見透かした美海ちゃんの言葉に、私は苦笑する。って...“私達”って...
そう思った時、電話の向こうから美海ちゃんが慌てた声を出す。
『ちょちょ、舞桜、落ち着ーー』
『白羽、大丈夫!?熱あるの!?病院連れて行った方が良いっ!?』
電話の向こうから慌てた様子の舞桜ちゃんの声が聞こえてくる。その声は切羽詰まっていて、まるで私が重病を患っているかのようだ。
「ま、舞桜ちゃん、落ち着いて。ただの風邪だから...」
『...そんなこと言って、また倒れるほど無理するつもりじゃないの?』
「大丈夫よ舞桜。私がそんなことさせないから」
朱音ちゃんが確かな意志を持って舞桜ちゃんに言う。朱音ちゃんの言葉を聞いた舞桜ちゃんの言葉が落ち着き始めた。
『...そうか。今は朱音が家にいるんだった。それなら安心ね』
「ええ。だから、今日は私も学校休むから」
「え...朱音ちゃん、学校休むの?」
てっきり学校には行くと思っていた私が思わず声を出すと、朱音ちゃんはじとっと視線を向けてくる。
「白羽一人だと『ちょっと体調戻ったからもう大丈夫』とかしそうで不安だからね」
「そ、そんなことは...」
『ああ、しそうしそう』
『確実にするわね。朱音が帰る前に夕御飯作らなきゃ...とか』
「...私、そんなに信用されてない...?」
『前に熱出てるのに大丈夫だって私達に言い張って、倒れた人の言うことはもう信用しませ~ん。...あの時は本当に怒ったんだからね?』
『あの時、私達が様子を見に行ったから良かったようなものの...そのままだったらどうするつもりだったの?』
「...うう...」
美海ちゃん達の言葉に返す言葉がない私は、黙って聞くしかなかった。
そんな私を見て朱音ちゃんはボソッと
「...それに白羽一人を残して学校に行っても気になってしょうがないし...」
「...?朱音ちゃん、何か言った?」
「な、何でもない。とにかく、私がいるから白羽のことは任せて」
『うん、よろしくね朱音。帰りにお見舞い行くから!』
『何か買って行くから。朱音、白羽は子供舌だから甘いものが好きよ』
「ま、舞桜ちゃん...」
「ふふ、分かったわ。そっちも頑張ってね」
美海ちゃん達は電話を切った。学校に行ったのだろう。
朱音ちゃんは立ち上がって
「白羽、食欲はある?何か...お粥でも作ろうか?」
正直、食欲はないけど...早く治すためにも栄養は摂っておいた方が良い。
「うん...お願いできるかな...?」
「分かったわ。...お粥ぐらいなら私でも作れるから、待ってなさい」
そう言って朱音ちゃんは下の階に下りていく。部屋には私一人になり、静まり返る。...私は朱音ちゃんがさっき撫でてくれた頭にそっと手で触れる。朱音ちゃんの温もりが、ぽかぽかとまだそこには残っているかのようで、不安や寂しさはまったく感じなかった。
私は目を閉じて、朱音ちゃんの帰りを待つのだった。
ーーーーーーーーーー
「できたわ。白羽、起きれる?」
「うん...大丈夫...」
朱音ちゃんが鍋を持って戻ってくる。私は何とか気だるい身体を起こして、朱音ちゃんが置いた鍋を見る。頭も少しボーとしてきた。熱が上がってきたのかもしれない。
朱音ちゃんが蓋を開けると、優しい匂いが部屋に広がった。
「わあ...!良い匂い...」
「無理しなくて良いから、食べられるだけ食べなさい。...白羽の場合、無理やり詰め込みそうだからね」
「...そんなことは...ないよ...?」
考えていたことを見透かされて苦笑しながら否定するが、朱音ちゃんは私に合わせてか量は少なめにしている。これなら無理はしなくても食べられそうだ。
「熱いから気をつけてーー」
「あの...朱音ちゃん」
「ん?どうしたの?」
遠慮がちに声をかけた私に朱音ちゃんは優しく応じる。
「その...嫌じゃなかったら...」
恥ずかしそうにおずおずと白羽は要望を口にする。
「...食べさせて...」
「......え?」
「朱音ちゃんに...食べさせてほしい...」
まるで親に甘える子供のような口調で白羽は言った。それを聞いた朱音は目を丸くした。白羽がこんな風に甘えてくることなんて初めてだったからだ。熱で弱っていて、つい出た言葉なのかもしれない。驚いた拍子につい、聞き返してしまうほどには驚いた。
「食べさせてって...わ、私が!?」
「うん...ダメ...?」
どちらにせよ朱音は、対応を迫られることになった。まあーー
「(そ、そんな顔でお願いされたら...断れないでしょ...!?)」
断られるかも、という不安と、甘えた子供のような表情を浮かべながら、白羽に潤んだ瞳でじっと見つめられて、朱音に『だが断る』など...言えるわけがなかった。
朱音は深呼吸をして気持ちを落ち着け...それでも、その顔を真っ赤にしながらスプーンを手に取り、お粥を一口分すくった。
「(あ、熱いから冷まさないと...)」
朱音は一瞬、迷った後にふー、ふー、とお粥に息を吹きかけて冷ます。そして、スプーンを小刻みにぷるぷると震わせながら白羽の口へとゆっくり持っていく。
「...あ、あーん...」
白羽が開けた小さな口へとそっとスプーンを入れる。白羽はお粥を咀嚼して飲み込んで
「...美味しい...」
「そう!それなら良かったわね!!」
お粥を自分の息で冷ましてあげること、白羽の小さい口にお粥を持っていくこと、白羽が子供のような甘えた笑顔で『美味しい』と言ってくれることーー恥ずかしさとか嬉しさとか色々な感情が胸の中で渦巻いて、頭の中が火を噴き出しそうなぐらい熱い。それにこの状況...まるで恋人を看病しているかのようではないか。
「(これは看病...!!ただ友達を看病してるだけだから...っ!!)」
それを誤魔化すように次の粥にスプーンを入れ、そしてまた同じように白羽が食べやすいように冷ましながら、お粥を白羽の口へ入れていく。白羽が自分のことを完全に信じきって無防備にお粥を口に入れる度に、身悶えしそうなぐらいの気恥ずかしさを感じる。
「(は、恥ずかしすぎる...!!というか、白羽も何で急にこんな...)」
朱音はチラッと白羽の顔を見る。白羽は朱音の視線に気づくとふわりと微笑みーー
「美味しいよ朱音ちゃん...ありがとうね...」
と、熱で普段よりふわふわとしたーー子供のような表情と口調でお礼を言った。そんな白羽を見た朱音は咄嗟に白羽から視線をそらし、顔を俯かせてぷるぷると体を震わせる。
「...?朱音ちゃん...?」
「(や...ヤバイっ!?なに今の子供が甘えるような...か、可愛い...っ!!)」
朱音は今にも白羽に飛び掛かって抱き締めそうになるのを必死に抑える。その横で白羽は、そんな朱音に首を傾げつつ、朱音の服の袖を掴んだ。
「ど、どうしたの白羽...?」
「朱音ちゃん...もうちょっと食べさせて...」
「っ!!」
朱音は理性が揺らぎそうになる自分を必死に制し、深呼吸をして落ち着ける。そして、何とか残りのお粥を白羽の口へと入れていくのだった。
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お粥を食べ終えた私は、朱音ちゃんから薬をもらう。...何だか、半分夢の中にいるかのように頭がボーとしてふわふわとしている。
「あとの家事はやっておくから、安心して休んでおきなさい。...薬飲んだからって動くんじゃないわよ」
朱音ちゃんが冗談半分、疑い半分の眼差しで私をじとっと見つめる。さっきの美海ちゃん達からの話を聞いたからだろう。
「うん...お願いね、朱音ちゃん...」
「ええ、任せて。白羽もしっかり休みなさいよ」
「それと...」
「ん?どうしたの?何か欲しい物ある?」
「.....お粥、美味しかった...ありがとう...」
「...ふふ、まったく律儀というか...どういたしまして」
朱音ちゃんはそっと私の頭を撫でる。撫でられている内に、私はうとうとし始める。それに気づいた朱音ちゃんは微笑んで
「...眠いの?」
「...うん...」
「なら、ゆっくり眠りなさい。眠るまでこうしててあげるから」
「うん...朱音ちゃん...」
「ん?」
「...本当に...ありがとう...朱音ちゃんの手...あったかい...」
「っ!!お、お礼は良いから早く寝なさい...っ!!」
朱音ちゃんの撫でる手が一瞬止まりそうになるが、変わらずに朱音ちゃんは優しく私の頭を撫で続ける。私が穏やかな寝息を立て始めるのに、そう時間はかからなかった。
「ま、まったく...今日の白羽は本当に甘えん坊なんだから...!!」
私は穏やかな寝息を立てている白羽をじとっと見つめる。今日の白羽は熱のせいか、やたらと甘えてくるというか、素直というか、普段は人に頼ったり、ワガママを言ったりという姿をほとんど見かけないだけに...そのギャップが新鮮というか、ぶっちゃけて言うとーー
「可愛すぎるから...!!」
朱音は先程までの白羽を思い出して、写真を撮っておかなかったことを少し後悔した。白羽は熱で弱ったところを撮られるのは嫌がるだろうが、それでも思わず撮っておきたくなるほどのーー
「ーーってダメダメ!隠し撮りじゃないの!?舞桜と同じ思考になってるから!」
朱音はブンブンと頭を振ってその考えを追い出した。そもそも、白羽が風邪を引いたのは自分のせいなのだ。それなのに、そんな、隠し撮りなんてーー
朱音はチラッと白羽を見る。白羽は穏やかな寝息を立てているものの、その顔は熱で少し赤っぽい。肌が白い白羽は特に目立っていて、それが何だかいつもよりーーそこまで考えて朱音はハッと思考を中断した。
「せ、洗濯と洗い物しなきゃ!今日は掃除もしようかしら!!」
朱音は最後に白羽の顔をチラッと見て...自分が間違いを犯す前に逃げるように部屋から出ていったのであった。
ーーーーーーーーーー
「ん.....」
目が覚めた私はゆっくりと重たい瞼を開ける。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
「...いま...何時...?」
私は壁にある時計に視線を移す。時刻は16時過ぎ...けっこうな時間寝ていたみたいだ。
私はゆっくりと身体を起こす。薬が効いて熱が下がったからか、頭もさっきよりハッキリしている。寝起きのぼんやりとした頭が覚醒してくると、さっき朱音ちゃんに色々と...ワガママを言ったような記憶が甦ってくる。
「(食べさせて...とか、それ以外にも何か子供みたいなこと言った気がする...っ!うう...恥ずかしい...)」
朱音ちゃんに呆れられていないだろうか、と思っていると、私の部屋の扉がそっと開かれ、朱音ちゃんが私の様子を窺っていた。
「あっ...白羽、目が覚めたの?」
「う、うん。ちょうど今目が覚めて...もしかして、様子を見に来てくれたの?」
「ちょ、ちょうど一段落したからたまたまね!ぐ、偶然タイミングが合って良かったわ!」
(ちなみに朱音は5分置きに様子を見に来ていたのは内緒である。)
朱音ちゃんが部屋に入ってくる。そして、私の隣にちょこんと座ると、私の顔を覗き込んだ。
「うん、さっきより表情が良くなってる...だいぶ、熱が下がったみたいね?」
「うん。朱音ちゃんが看病してくれたおかげだよ、ありがとうね」
「た、大したことはしてないわよ?」
「ううん。病は気からってよく言うけど...私一人だとやっぱり、心細くて、治るのも遅くなってたと思う。でも、朱音ちゃんが看病してくれて、早く治るように、って想いを私に届けてくれたから、こんなに早く治ったんだよ。ーーだから、朱音ちゃん、ありがとう」
私が重ねてお礼を言うと、朱音ちゃんは照れた様子で顔を横に向けて
「...毎回、こういうことをよくも照れずに言えるものね...」
「...?」
「ごほん、何でもないわ」
朱音ちゃんが何かを呟き、私は聞き返そうとするがーー
「ーーくちゅん!」
寒気を感じ、思わずくしゃみをしてしまう。
「だ、大丈夫、白羽!?」
朱音ちゃんが心配して、私に身体を近づける。それを私はとっさに押し止めた。
「だ、ダメ...っ」
「し、白羽?どうしたの?...まさかまた誤魔化そうとしてるんじゃないでしょうね?」
「ち、違うの...」
「でも、今くしゃみしてたじゃない」
「その...体調が悪いとかじゃなくて...」
私は一瞬、言いよどむ。それを見た朱音ちゃんはじとっとした目で私を見つめる。
「...白羽?今日は、私の言うことを聞いてもらうって言ったわよね?」
「う、うう...」
朱音ちゃんの視線を受けて誤魔化しきれないと悟った私は...重い口を開かざるをえなかった。
「その...熱で...」
「熱で?」
「...あ、汗...かいちゃったから...だから...今は近づいたら...ダメ...」
私はもじもじと、赤くなった顔を布団で隠しながら消え入りそうな声で言った。朱音ちゃんは、私の言葉を聞いて、一瞬固まって...慌てた様子で口を開いた。
「あっ...!!そ、そうよね!熱、あったんだから、あ、汗かくわよね!?」
「(し、しまったーー!?で、デリカシーのないことを...!白羽にこんなことを言わせて...私のバカバカバカっ!!)」
朱音自身は、アウターになってから『汗をかく』ということがほぼなくなって長かったため、仕方ないと言えば仕方なかったのだが、朱音の頭には、友達にそんな恥ずかしいことを言わせてしまった罪悪感でいっぱいだった。白羽が恥ずかしそうに、布団で顔を隠しているのも罪悪感に拍車をかける。
「(あ、汗かいたなら拭かないと身体が冷えちゃうし...!!)」
さっきのくしゃみもそのせいだろう、と思い至った朱音は、何か白羽にお詫びしなければ、という想いもあり、気づけばつい、こんなことを口走っていた。
「だったら...わ、私が拭いてあげる!!」
ーーーーーーーーーー
「「(ど、どうしてこんなことに...っ!?)」」
朱音ちゃんが水に濡らしたタオルを絞る音を聞きながら、私はドキドキと、心臓が早鐘を打つのを止められず、緊張した面持ちでそれを見ていた。
「あ、あとはタオルを温めて...」
朱音ちゃんは自分の炎でタオルを包む。一瞬後には、程よく温められたタオルが朱音ちゃんの手に握られていた。
「そ、それじゃ白羽...ふ、服、脱いで...」
朱音ちゃんが緊張した口調で私に言う。私は「は、はい...」と緊張で思わず敬語で返事をしながら、服に手を掛けーーそして、服を脱ぐ。
「......」
朱音ちゃんの視線が私の身体に向けられているのを感じる。
「あの...あんまりじろじろ見られるのは...流石に恥ずかしいかな...」
「っ!?ご、ごめん!」
私がおずおずと言うと、朱音ちゃんは弾かれたように私から視線をそらした。
「(流石に汗をかいてる姿をじろじろ見られるのは恥ずかしいから...)」
「(し、白羽の肌、白くてすべすべしてそうで触り心地良さそう...ってそんなこと考えたら余計に意識しちゃうじゃない!?私のバカっ!!)」
お互いにそれぞれ微妙にずれたことを考える中、白羽は下着...ブラジャーに手を掛ける。
「その...やっぱり自分で拭くというのは...」
「せ、背中が届かないでしょ。ふ、拭くぐらい、で、できるから、任せなさい」
「う、うん...」
自分から提案した手前、引き下がれない朱音と、朱音の好意を無下にしたくない白羽は、お互いに止めるタイミングを失っていたのであった。
私はブラジャーを外し...ふと、朱音ちゃんがじーと私の胸元辺りを見ているのに気がつく。
「...実際に見ると、やっぱり私より大きいわね...」
「あ、朱音ちゃん...?どうしたの...?」
私が声をかけると、朱音ちゃんはハッとして
「ご、ごほん!そ、それじゃ、ふ、ふふ拭くわよ!」
「う、うん...その、朱音ちゃん...」
「な、なに?」
「よ、よろしく...お願いします...」
ほんのりと頬を染めた白羽がそう言い、背中を向ける。それを聞いた朱音は、心臓が跳ねるのを感じた。
「(こ、これは看病...!!別に変なことじゃないから...!!)」
朱音は自身に言い聞かせるように心の中でそう呟きながら、白羽の長い髪をよけ、タオルを恐る恐る白羽の肌へと触れさせた。
「んっ...!」
ぴとっとタオルが触れ、私は思わずビクッと身体を震わせる。それを見た朱音ちゃんは慌てた様子で
「ご、ごめんっ!!あ、熱かった!?」
「ううん...温かくて気持ちいい...でも、ちょっと...くすぐったくて...」
「そ、そう?それなら...良かった...」
「(うう...くすぐったくて思わず変な声出ちゃった...朱音ちゃん、気にしてないかな...?)」
「(び、ビックリした...!変な所に触っちゃったのかと...別に触りたいとか考えてたわけじゃないけど...!?)」
女の子同士だし、普段は裸を見られても気にしないけど...汗をかいて汚れた体を友達に拭いてもらう、というのは流石に少し恥ずかしくて...どうしても心臓がドキドキして、意識してしまう。
「(ダメダメ...朱音ちゃんは親切で言ってくれてるんだから...)」
気を取り直すように私は朱音ちゃんに声をかけた。
「だ、大丈夫...なるべく我慢するから...」
「わ、分かった。それじゃ...う、動かすわよ」
朱音ちゃんはぎこちなく、それでも優しく、私の背中を拭き始める。
「...っ...」
私はと言うと、温かいタオルの気持ち良さと、くすぐったさで思わずまた声が漏れそうになり、咄嗟に口を手で押さえる。それに恥ずかしさも相まって、色々な感情で頭の中がぐるぐるとかき混ぜられているかのようだった。
「ど、どう?力...強くない?」
「だ、大丈夫...っ!」
答えるために口を開くと、また声が漏れそうになり、慌てて口を手で覆う。代わりに頭だけでこくこくと頷いた。
朱音ちゃんは後ろから丁寧に肩や腕まで拭いてくれ、それに、タオルが少しでも冷えると、水に浸けて自分の火で温めてくれるから、今は口には出せないけど...
「(すごく...気持ちいい...)」
それがあまりにも気持ち良くて、だんだん脱力感を感じ頭がボーとしてきた。
一方朱音は
「(白羽の肌...白くてすべすべで...)」
タオルごしに、白羽の肌に触れながらつい、こう考えてしまった。
「(直接触ってみたい...)」
白羽は時折身体を震わせながら、無防備に背中を向けている。だから.....つい、朱音はその背中にそっと手を触れさせてしまった。
「んんっ.....!?」
口を押さえた白羽がびくんっと魚のように跳ね、朱音もつい手を出してしまった自分に気づく。
白羽は朱音の方を振り向く。その顔は真っ赤に染まり、目は潤みながらも珍しく朱音に抗議を送っていた。
「あ、朱音ちゃん.....っ!!」
「ご、ごめん...!つい...!」
「(わ、私...何でこんなことを.....!?)」
朱音は自分に問いかけるがその答えは返ってこない。目の前には少し怒った様子ながらも、顔を赤くし潤んだ瞳で自分を見ている白羽がいてーー
「...白羽...可愛い...」
「っ!?い、いきなりどうしたの?」
「はっ!?」
朱音は口からつい言葉が出てしまったことに気づき、慌てて口を手で押さえるが、もう遅い。
白羽はむくれながらも...顔はさらに赤くなっていた。
「私..怒ってるんだよ?なのに、可愛いって...そんなこと...」
白羽の言葉はだんだんと小さくなり、赤くなった顔を隠すように朱音から視線をそらす。
「(いきなりそんなこと言われたら...ドキドキしちゃう...)」
朱音は朱音でそんな白羽に気づく余裕はなく
「ご、ごめん...つい...(わ、私...さっきから何を...っ!?)」
そう言って二人は黙り込む。部屋には時計が針を進める音と、二人の息づかいしか聞こえなくなった。
少しの間沈黙が続きーー白羽は自分が上半身裸なのと、朱音は白羽の身体を拭いていたことを同時に思い出す。
「あっ...!か、身体拭かないと!風邪がぶり返しちゃう!」
「そ、そうだね!」
朱音は慌ててタオルを温め直すと、白羽にずいっと身体を近づける。
「じゃ、じゃあ前向いて!身体を拭くから!」
「うん、おねがーー」
照れ隠しに早口で言う朱音に返事をしようとして、白羽は気づく。
「ま、待って、前は自分で拭けるから」
「あっ...そ、そうよね。その、もっと拭きたいとか、そういうことを考えてたわけじゃなくて...っ!?」
「お、落ち着いて朱音ちゃん!」
あわあわと聞いてもいない言い訳を始めた朱音を、白羽は宥めるのだった。
ーーーーーーーーー
「しーろは!お見舞いに来たよー!」
「大丈夫?白羽の好きな物いっぱい買ってきたから、食べられる時に食べて」
少しして美海ちゃんと舞桜ちゃんがお見舞いに来てくれた。
「ありがとう...二人とも、風邪が移ったらいけないから、あんまり無理しないでね」
私がそう言うと美海ちゃんは何故かいじけた表情をした。
「ふーんだ、白羽はいつもそう言って私達に看病させないんだよねー」
「だ、だって...二人に移したら悪いし...」
「分かってるけどー...だからと言って倒れるまで無理をするのは違うんじゃないかなー?んー?」
「あ、あの時は...本当にごめんなさい...」
私がそう言うと美海ちゃんはコロッと笑って
「あはは!まあ、朱音がいてくれて良かったよ」
「本当に。じゃないと心配で心配で授業どころじゃなかったし」
「ええ、私の目が黒いうちは白羽にそんな無茶は許さないから」
三人はそう言って握手をかわす。...何だか私の包囲網が結成されつつあるような...。
「それと...はい、白羽。お知らせのプリント持ってきたから」
「ありがとう...そっか、もうすぐプールがあるよね」
私はプリントに目を通し、前に久部先生が言っていたプールの授業があることと、期末テストがあることを確認する。
「プール.....」
朱音ちゃんはその言葉を聞いてボソッと呟く。何だかその表情は少し憂鬱そうだった。朱音ちゃんに聞いてみようかと声をかけようとするが、その前に美海ちゃんの憂鬱そうな声が響いた。
「あ~...もう期末テストが始まる~...」
「普段からちゃんと勉強しないからでしょ」
「...流石学年一位、余裕を見せつけてくれるじゃないの」
「え?舞桜ってそんなに頭良かったの?」
朱音ちゃんが驚いた表情で舞桜ちゃんを見る。うちの学校は、そこそこ偏差値の高い学校で、勉強もそれなりに難しい。一位を取るのは容易ではないのだけど、舞桜ちゃんはと言うと、何てことないようにさらりと
「普段からサボらずにきちんと勉強していれば、テストで点を取るのはそれほど難しいことじゃない」
「「うぐっ」」
舞桜ちゃんの厳しくも正論な言葉に、美海ちゃんと朱音ちゃんがばつの悪そうな顔をする。美海ちゃんは部活、朱音ちゃんは『O.P.O』の任務があった、という事情はあるけど、少なくとも美海ちゃんがテスト前にしか勉強をしていないのは事実だから、正しくはある。舞桜ちゃんだってクラス委員や茶道部をやりながらの成績だし...。
「うぐぐ...しろは~、舞桜が正論で私を苛めるよ~」
「正論って分かってるじゃないの」
美海ちゃんがいつもの調子で私に抱き着こうとして、一瞬思いとどまり、私のそばで泣き真似をする。風邪を移したら私が気にすると思ったのだろう、そんな美海ちゃんに私は苦笑しながら頭をなでなでする。
「それでもテスト前に頑張ろうとしてる美海ちゃんはえらいよ。だから一緒に頑張ろう、ね?」
「うう...しろは~」
「まったく...病人に何慰めてもらってるのよ。それに...白羽だって一人で家事こなしながらでも上位キープしてるんだから」
「追い打ちかけないでよ!?」
美海ちゃんと舞桜ちゃんがいつものように言い争いを始め、それを私と朱音ちゃんが苦笑しながら見る。その後も、四人で勉強会のことや、学校で榊原さんも私のお見舞いに来たがっていたこと(今日はお稽古があって無理だったためとても悔しがっていたとか...)、色んな話を聞いていたら、いつの間にか外は暗くなり始めていた。
「それじゃ、私達もう帰るね。白羽が思ったより元気そうで良かった。...これも朱音の愛情たっぷりのご奉仕ーーもとい看病のおかげかな~?」
「愛情...ってふ、普通に看病してただけよ!?」
美海ちゃんのからかい混じりの言葉に、朱音ちゃんが顔を赤くして反論する。私はさっきの朱音ちゃんに身体を拭いてもらったことを思い出し、ほんのり顔を赤く染める。
「(か、看病...だもんね。別におかしいことじゃない...)」
女の子同士なんだし、実際汗をかいて気持ち悪かったから、朱音ちゃんの心遣いは嬉しかった。...でも
「(汗臭くなかったかな...朱音ちゃんにあんなことさせたのも申し訳ないし...)」
という複雑な気持ちがあるのも確かだった。あの時のことをふと思い出していると舞桜ちゃんが私の方を見て怪訝な顔をして
「...白羽?また熱でも上がってきたの?顔少し赤いけど」
「え!?う、ううん、これは違う...本当に違うの。ただ.....」
私は気恥ずかしさと、朱音ちゃんもあのことを話したら恥ずかしいだろうと思い、言葉に詰まる。舞桜ちゃんのじーとした視線にとりあえず元気だということを示すために、ニコッと微笑む。
「...まあ、無理してるわけじゃなさそうだし良いわ。元気になったら色々と、話聞きたいし」
「う...」
見透かしたかのような舞桜ちゃんの言葉に私は苦笑する。美海ちゃんはそんな私を見てにやにやとした笑みを浮かべていた。
「それじゃ白羽、お大事に~」
「白羽、また学校でね」
二人はそう言ってそれぞれの家へ帰る。朱音ちゃんは美海ちゃん達が買ってきた物を冷蔵庫にしまってから
「白羽、食欲ある?またお粥が良い?それとも何か作ろうか?...そこまで作れる物まだないけど...」
朱音ちゃんが申し訳なさそうな顔で言う。私は首を振って朱音ちゃんに
「夜もお粥でお願いできるかな?それに...私は朱音ちゃんのお粥すごく好きだよ。すごく優しくて、温かい味がするから。朱音ちゃんの、私を心配してくれる気持ちが伝わってくる気がして...」
私がそう言うと何故か朱音ちゃんは
「.....っ!ま、またそういうことをさらっと言う!」
「え?え?」
「な、何でもないわよ!作ってくるから大人しく待ってなさい、良いわね!?」
「う、うん...お願いね」
朱音ちゃんは顔を赤くして私の部屋から出ていった。
「...何か怒らせること言っちゃったかな?後で謝らないと...」
ーーーーーーーーーー
一方朱音は
「ま、まったく、白羽はああ言うことを平気な顔で、しかも本人の前で言うんだから...!!う、嬉しいけど、あの言葉を認めたら私が白羽を大切に想ってるって...い、いや、白羽は大事な友達だけど...!!それを本人の前で認める恥ずかしさを分かってないと言うか...もう!!」
と、照れ隠しにいつもの白羽の発言に対して、顔を赤くしたままお粥を作ったのだった。
なお、今度は白羽があーんをねだらなかったことで、朱音が残念に思ったり、それに気付いて自分で悶えたりすることになるのだが...それはまた別のお話。




