16.『行かないで』
空はいつの間にか曇り、雨が降り出していた。冷たい雨が身体を濡らす中、私は朱音ちゃんが去った方向を頼りに追っていた。
「はあ...はあ...」
雨で身体が濡れたせいか、身体がいつもより重たい。踏み出す足にも力が入らない。だけど、ここで立ち止まったら朱音ちゃんがますます遠くに行ってしまう...そんな焦燥感に駆られ、私は足を止められなかった。
「朱音ちゃん...どこに...」
私は走りながら朱音ちゃんの姿を探す。荷物を取りに戻っているかもしれないと、家にも戻って見たが朱音ちゃんの荷物はそのままだった。元々、朱音ちゃんの荷物は少なかった。それに、朱音ちゃんは『O.P.O』に関わる荷物もほとんど置いてなかったから、そのままで良いと判断したのかもしれない。
「....朱音ちゃん....」
手がかりも何もない、そんな状況は私にどうしようもない現実を突きつけてくる。この広い街で、当てもなく探せるのか。それにーー朱音ちゃんに会ったとして、何もできなかった私に朱音ちゃんを説得することができるのか。そんな弱音や不安が私の心をじわじわと蝕もうとする。
私は首を振って弱音を無理やり追い出し、とにかく心当たりのある所に向かおうと足を動かそうとするが
「あっ...!?」
足がもつれて倒れ込んでしまう。水しぶきを散らしながら地面に倒れた私は、すぐに立ち上がろうとするが手や足に力が入らない。
「動いて...!!早く、早く行かないと朱音ちゃんが...っ!!」
去り際に見た朱音ちゃんの顔を思い出す。あんな顔をさせたまま、朱音ちゃんを一人にさせたらーー朱音ちゃんはもう二度と笑顔を見せることはなくなってしまうかもしれない。だから、今の朱音ちゃんを絶対に一人にさせちゃいけない。...そう強く想っているのに、身体は動いてくれない。
「動いて...っ!!動いてよ...っ!!」
身体に降りかかる雨も、私の身体を押さえつけるかのように勢いを増していく。
どうして...私はこんなにも弱いのだろう。どうして、こんなにも無力なのだろう。どうしてーー大切な友達一人も、守れないのだろう。
「...っ...」
雨が私の身体を叩く。流れ落ちる雨粒が、私の頬を伝う。立ち上がらなきゃ、追いかけなきゃ、と頭は必死に叫んでいても、身体から体温とともに力も抜けているのかのようだ。
「(ダメ...行かな...きゃ...)」
冷たくなっていく身体。腕に力を込めて身体を起こそうとしているとーーあんなに重かった身体が突然軽くなった。
「「白羽っ!!」」
「美海ちゃん...舞桜ちゃん...?」
私の前に現れたのは美海ちゃんと舞桜ちゃんだった。二人は左右から私の身体を支えて私を起こしてくれる。
「全くもう...!!一人で飛び出したらダメでしょ!」
「...こんなに冷たくなって。焦る気持ちは分かるけど、一人で闇雲に探したって見つからないよ」
二人が繋げてくれている手から温かさが伝わってきて、冷たくなっていた私の身体を暖めていく。それは、私や朱音ちゃんのことを想ってくれる二人の気持ちだった。
「...二人とも.....ごめーー」
私は二人の顔を見ながら...朱音ちゃんが『アウター』だというのを黙っていたことを謝ろうとするが、二人から同時に手で口を塞がれた。
「むぐっ」
「白羽はもちろん、朱音は私達にとっても友達なんだよ?私達にも手伝わせて!」
「白羽は一人で抱え込みすぎ。まあ、いつものことと言えばいつものことだけど...今まで手伝えなかった分、私達にも手伝わせなさい」
二人は朱音ちゃんが『アウター』だと知っても...私が二人にそのことを隠していたのを知ってもなお、信じて力になってくれようとしている。胸の奥が熱くなり、思わず瞳が潤むとそれを二人は優しく拭ってくれた。
二人の力を借りて、私は立ち上がる。いつの間にか冷たくなっていた身体も温かさを取り戻していた。
「美海ちゃん...舞桜ちゃん、ありがとう」
二人にお礼を言うと、二人はどういたしまして、と笑顔で答えてくれた。
「それに...そこまで焦らなくても大丈夫だと思う。少なくとも朱音はまだこの街は出てないはず」
「それは...どうして?」
私が聞き返すと舞桜ちゃんは落ち着いて話を続ける。
「もしも街中で『アウター』が...朱音が全力で走っていれば目立つと思うから。だから派手な移動はできないと思う」
舞桜ちゃんの言葉に私はハッとした。確かにそうだ。外国ならともかく、日本では私達のように『アウター』は身近な存在じゃない。だから、朱音ちゃんが派手な移動をしていれば、確実に騒ぎになってしまうだろう。私は朱音ちゃんがもうこの街をーー手の届かない所まで行っていたらどうしよう、と焦っていてそんなことも見落としていたらしい。
「それと...闇雲に探すよりも、朱音を見た人がいないかどうか聞いてみよう!朱音の髪色は目立つから...見た人がいれば確実に覚えてるはず」
美海ちゃんの言葉に舞桜ちゃんも頷く。雨が降ってきたとは言え、人通りは全くないわけではない。朱音ちゃんが目立たないように移動しているとしたら、きっとまだそう遠くには行っていないはず...そして、朱音ちゃんは何の気なしに通り過ぎたとしても印象に残る髪色だ。聞き込みをしていれば、誰かは朱音ちゃんのことを見たかもしれない。...少なくとも私のように、ただ探し回るよりは見つかる可能性が少しでも高くなる。
「私...そんなことも思いつかなかった...」
「あはは、白羽らしいね!」
「本当、大人しそうな見た目して、美海以上に行動派だからね」
「何でそこで私を引き合いに出すのさ!?」
美海ちゃんが舞桜ちゃんに抗議するも、舞桜ちゃんはひらりとその抗議をかわす。そんな二人を見て私はついクスッと笑ってーー胸の中にあった焦りや不安が小さくなったのを感じた。
「白羽。息、落ち着いた?」
「...うん」
美海ちゃんの言葉に私が頷くと、続けて舞桜ちゃんが私の顔を覗き込んで
「...うん、いつもの...白羽らしい顔になった」
「うん、心配かけてごめんね。でも、もう大丈夫」
朱音ちゃんを説得できるかどうか...違う、朱音ちゃんと離れたくないと思っているのは、私のワガママだ。私は、朱音ちゃんが自分を悪者にしてまで私を守ってくれたことを無駄にしようとしている。
でも...それでも、私は朱音ちゃんと離れたくない。朱音ちゃんと一緒にいたいから。だからーーその気持ちを伝えるんだ。私ができるのは...気持ちを伝えるのは私にだってできるから。
決意を固め、二人と一緒に足を進めようとすると
「ちょっと待ったーーですわ!私を置いていくつもりかしら!?」
「その声は...」
私達が声のした方に振り向くと、そこには榊原さんと、榊原さんに傘を差している、女の人がいた。
「お嬢様、あの子が例の『俺の嫁』ですか」
「ええ。貴女に教わった通り、あの子は私の嫁とすることに決めましたわ」
女の人は私を見ると
「ふむ...一見あの子が受けのように見えますが中々意志が強そうな瞳をしていますね。お嬢様が受けであの大人しそうな子が攻めなのもそれはそれでありですね...これは新境地が開けそうでアリなのでは?」
「っ!?」
何故か背筋にゾクッと悪寒が走る。雨に濡れすぎたせいかもしれない。だけど今は、それを気にしている余裕はない。
「話は聞かせてもらいましたわ!!聞き込みをしながら赤坂朱音を探すのですね?」
「う、うん」
「ならば私も協力いたしましょう!涼香!貴女も手伝いなさい!」
「いや...いっそあのお友達も入れて4Pとかもアリですか...?」
「すーずーか!!聞こえてまして!?」
「ハッ、ええ、大丈夫です、お嬢様。私はお嬢様が受けでも攻めでもどちらでもーー」
「何の話をしていますの!?赤坂朱音という、赤髪の女の子を私と一緒に探しなさい!」
「はっ、了解しました」
榊原さんの言葉に、女の人は頷く。それを見てため息をついた榊原さんは、私達の視線に気づくと咳払いをした。
「こほん、というわけで私も手伝いますわ」
「榊原さん...」
「しかし、勘違いなさらぬよう!私は、こんな不戦勝のような形で決着をつけたくないだけ...それに、赤坂朱音には借りがあるのでーー」
「榊原さん、本当にありがとう。すごく助かるし、心強いよ」
私がお礼を言うと、榊原さんは言葉を止めて顔を少し赤くした。
「...人に頼られるというのは悪くないものですわね」
「...しかし、お嬢様。その子は『アウター』だという話のようですが...旦那様にバレると怒られますよ?榊原グループの令嬢が『アウター』と付き合いがあると会社のイメージダウンに繋がりかねない云々もそうですが、単純に危ないですし」
「そ、それは...貴女が黙っていれば良いのですわ!」
「えー、でも、私も後でバレると怒られますし...」
「...涼香...黙っていて、くれませんの?」
榊原さんが珍しく不安げな表情で女の人を見る。それを見た女の人はため息をついた。
「...はぁ。仕方ないですね。でも、ということはいつものように『榊原・アシスタント・親衛隊』...通称『SAS』は使えませんし地道に探すしかなさそうですね」
「なにその外国の特殊部隊なの!?」
女の人の言葉に美海ちゃんがツッコむも、スルーされた。
「ふふん、まあ私の勘と運があれば、人一人ぐらい簡単に見つかりますわよ。だから、その...貴女もさっさとあの子を連れ戻しなさい。貴女の悲しそうな顔、見ていられませんから」
「...うん!」
美海ちゃんや舞桜ちゃん、榊原さん達と私はそれぞれ散らばって、朱音ちゃんを探しながら聞き込みを始めたのだった。
...朱音ちゃん。私のせいであんなことを...あんな顔をさせてごめんね。私が何もできなかったせいで、私を守るために朱音ちゃんは私から離れたことは分かってる。でも...やっぱり、私は朱音ちゃんと離れたくない。後悔や反省はある、だけど、今はその気持ちを伝えたいから。
私は改めて自分の気持ちを確認すると、雨の街を全力で駆けるのだった。
ーーーーーーーーー
雨が降ってきた。
「...鬱陶しいわね...」
私は路地裏の目立ちにくい場所で小さく呟く。午前中に白羽が暑がりながら登校していたことを思い出して、天気の変わりように苛立つ。...まるで、今の私の心を写しているかのような空だったから。
あの時、白羽を守るために...私が白羽を騙していた、ということにするために白羽の元を離れるしかなかった。生徒達は恐怖でパニックになっていて、とても話を聞いてくれる状態じゃなかったからだ。そのことを責める気にはなれない。...今まで日常の外にいた『アウター』が突然現れたばかりか、自分達の目の前で、しかも一人は殺意と悪意剥き出しで暴れたのだから。もし、私も殺意を剥き出しにしていたならば、生徒達は恐怖で逃げ惑っていただろう。だが、こちらが抵抗する意志を見せなければ、相手が本気になる前に、先に殺そうとするのは“敵”に対する防衛本能としては正しいのだろう。...いつ牙を剥くか分からない“化物”に対する反応としては。
白羽の手を振りほどいて去る時に聞こえた、白羽の泣き声は私の耳に届いていた。今もそれは耳に残っている。
「...耳が良すぎるのも嫌になるわね...」
白羽が悲しむのは分かっていた。それでも、私にはああするしか他に方法が思いつかなかった。...白羽を守ると言っておきながら、私自身が白羽を悲しませたのだ。大切な人に涙を流させた。差し伸べられた手を、私を救ってくれた手を、今度は自ら振り払って。
「...最低だ...私...」
身体に力が入らない。私はずるずると、路地裏に積まれている荷物に体重を預けて座り込む。雨粒が身体を叩き、濡らしていくが何も感じなかった。
分かっていたはずなのに。アウターが、普通の生活なんて送れるはずがないと。...だから、夢だったんだと、自分に言い聞かせて白羽の元を離れたはずなのに。白羽と過ごした日々が、白羽が私にしてくれた色んな温かいことがーー白羽が私に向けてくれた温かい笑顔が、いつまでも残響のように私の脳裏にこびりついている。
雨はますます勢いを増してきた。降りしきる雨は多少の音はかき消してくれるだろう。だから...良いよね?少しぐらいーー
「...白羽っ....!!ごめん...!!泣かせちゃって...悲しませてごめんねっ...!!」
私は抑えていた感情を吐き出す。一度吐き出した感情は止まらない。
「...私だって...もっとっ...もっと一緒にいたかった...っ!!美海や舞桜だって...っ仲良くなれたばっかりだったのに...っ!!」
感情は決壊したダムのように、溢れて止まらない。...これで最後だから。だから、化物の私にも...少しだけで良いからーー
「白羽と離れたくなかった...っ!!皆と...白羽と、もっと...っ...もっと一緒にいたかった...いたかったよぉっ...!!」
どうして...私は『アウター』なんだろう。どうして、私は普通の人と違うんだろう。...どうして『アウター』は、普通の人と同じ幸せをーー友達と一緒にいることさえ許されないんだろう。
私は路地の隅でうずくまって、幼子のようにただただ、泣きじゃくるのだった。
ーーーーーーーーー
「あのっ...!赤い髪の、私と同じ制服の子を見ませんでしたか...!?」
『うーん、いや、記憶にないなぁ』
「そうですか...ありがとうございました」
『それより君、この雨の中、傘も差してないで何を...それにずぶ濡れだし...ってもういない!?』
私は聞き込みを続けながら朱音ちゃんを探していた。心当たりのある場所を回ったけれど、朱音ちゃんの情報はなかった。
美海ちゃん達の方からも、朱音ちゃんが見つかったという連絡はない。気づけばもう、周囲は徐々に暗くなり始めている。夜になったらもう、朱音ちゃんを見つけることは難しくなる。その前に見つけないと...!!
再び足を踏み出そうとした私だったが
「あ、いた!白髪の...水月だったっけ?ちょっと待ちなさい!」
不意に名前を呼ばれて私は思わず振り向く。そこには私の方へ駆けてくる、学校で私を引き留めようとしていた先輩がいた。
「はぁ...あなたが目立つ容姿で良かったわ...」
「あの...私に何か...?」
最初は連れ戻しに来たのかと一瞬身体を強ばらせたが、先輩の表情は学校の時のような怖い表情ではなかった。...むしろーー
私の言葉に先輩は私の顔を見つめながらーーその頭を下げた。
「え...?」
「...ごめんなさい!!あの時...貴方の大事な友達に酷いことを言ったこと...それに、貴方に手を上げようとしたこと...」
先輩は頭を上げると私の顔を真剣な表情で見つめる。
「だから...罪滅ぼしというわけではないけど...貴方達の手伝いをさせて欲しい」
私は驚いて先輩の表情を見た。...何故急に先輩の考えが変わったのかは分からない。...だけど、私は『ここは任せろ』と言った安藤先生の言葉を思い出していた。そして、その直後に私のスマホに連絡が入る。着信先は美海ちゃんだった。
先輩が頷き、美海ちゃんからの電話に出ると...戸惑った様子の美海ちゃんからの言葉が聞こえてきた。
『白羽!何か、クラスの友達を通じて色んな人から私達の手伝いをしたいって連絡が来るんだけど!!とりあえず、片っ端からお願いしてるけど良いよね!?』
舞桜ちゃんや榊原さんからもメッセージが来る。それも美海ちゃんからの電話の内容と一緒だった。私達の手伝いを...朱音ちゃんを一緒に探してくれる、と、皆が言ってくれているのだ。
私は舞桜ちゃん達に返事をして、次いで美海ちゃんに返答をする。
「...うん、それと、もし、朱音ちゃんを見つけたら、私に連絡をして欲しいって、伝えてもらってもいい?」
『分かったよ!』
美海ちゃんからの電話が切れて、私は目の前の先輩に視線を戻した。そして、少し不安げな表情を浮かべながら待っている先輩に私は口を開いた。
「ぜひ、お願いします。私の友達を...一緒に探してください」
「ええ。...だから、貴方は少し休みなさい。彼女に会う前に、貴方が倒れたら元も子もないでしょう?」
「それは...」
「いいから、先輩の言うことを聞きなさい。それに...彼女と話したいんでしょ?だったら、探すのは私達に任せて」
私を雨が遮られる所に引っ張っていくと、先輩はタオルを取り出して私の頭にかぶせた。
「...その、ありがとうございます」
「...そんなにずぶ濡れになってまで探すなんて、本当にあの子が大事なのね...」
「...はい。私の大事な、友達です」
私の言葉を聞いた先輩は柔らかく微笑んで、私の濡れた頭をタオル越しに撫でる。
「わっ...!」
「...分かった。...安藤先生の言っていたことは本当だったみたいね」
「え...?」
安藤先生が言っていたこと...?
「それはともかく、彼女は私達が必ず見つけるから、貴方はここで待ってること、分かった?」
「...はい」
先輩は私の返事に頷くと、私との連絡先を交換してその場を離れた。...先輩がかけてくれたタオルから優しい匂いと温かさを感じる。
安藤先生がどうやって皆を説得してくれたのかは分からないし、私にそれができていたら、朱音ちゃんを悲しませることもなかったのに...と悔しさもある。だけど、今はそれ以上に...皆が朱音ちゃんのことを恐れずに、受け入れようとしてくれていることがすごく嬉しかった。
先輩の言う通り、私は少し休むことにした。...今日は本当に色々あった。気を抜けば、このまま倒れ込んでしまいそうだ。だけど、美海ちゃんや舞桜ちゃん、榊原さんや安藤先生、先輩達...皆の温かい想いが私に力をくれる。だから、私は私のすべきことを成すために、今はじっと待つ。
そしてーー
私のスマホが鳴り響く。相手は榊原さんだった。私が電話を取ると、榊原さんが興奮した様子で話す。
『水月白羽!赤髪の女の子が目撃されたと連絡がありましたわ!場所はーー』
榊原さんから場所を聞いて私は走り出す。目的の場所へ着くと、そこには先輩や他の人達が数人集まっていた。
「水月さん!ごめん、あの子は向こうの方へ...でも、途中で見失っちゃって...」
『あの子、連絡しようと一瞬目を離した隙に姿消えてて...』
『フラフラした足取りだったのにあんなスピード出るなんて...本当にアウターって改めて見るとすげえよな』
「そう...ですか...」
先輩が指差した方を見て私はふと気づく。あの方向は...
私が迷いなく足を進めようとする私に先輩達が声をかける。
「ちょ、ちょっと、どこに行くの?まだ見つけてないからあなたは休んでーー」
「いえ、大丈夫です。それよりーー今探してくれている人達に、もう大丈夫だと伝えていただけませんか?」
「え?」
戸惑った表情をした先輩に、私は言葉を続ける。
「朱音ちゃんがどこに向かっているのか...分かりましたから。だから、もう探さなくて大丈夫だと、皆に伝えてもらいたいんです」
先輩達は顔を見合わせるが、私の顔を見て頷いた。
「分かったわ。...一人で大丈夫なのよね?」
「はい。それと...タオル、ありがとうございました。洗ってお返しするのでーー」
私の言葉は先輩にタオルを奪い取られたことで途切れた。
「余計なことは考えなくて良いから。ほら、行ってきなさい」
そして、トンっと背中を押すように優しく押し出される。私は言いかけた言葉を呑み込み、先輩達に頭を下げて走り出した。
「(あの方向には...朱音ちゃんはきっと、あそこに向かってるはず...!!)」
先輩達が教えてくれた朱音ちゃんが向かった方向にはーー私達が初めて出会った、あの公園があった。
ーーーーーーーーーー
周囲はもう暗くなっていた。公園の街灯の薄い灯りが、辛うじて周囲を照らしてくれている。
そして、私は街灯の下、雨に打たれながらぼんやりと佇んでいる赤い髪の子をーー朱音ちゃんの姿をついに見つけたのだった。
「ーー朱音ちゃんっ!」
私が名前を呼ぶと、朱音ちゃんはビクッ!と体を震わせて、私の方に視線を向ける。すぐにその表情が驚愕に変わった。
「白羽.....!?ど、どうして...!?」
驚愕する朱音ちゃんにかまわずに、私は朱音ちゃんに近づこうとする。朱音ちゃんは一瞬遅れて声を張り上げた。
「ーー来ないでっ!!言ったでしょ...あんたは利用してただけだって!!そう...言ったじゃない。なのに...どうして...」
だけど、その言葉はだんだんと勢いを失っていく。...そして、その代わりに、朱音ちゃんは泣きそうな表情で、私に言葉を投げ掛ける。
「どうして...追いかけてきたの?」
「.....」
「白羽も分かったでしょ。アウターがいるとどうなるのか...アウターは自分だけじゃない。周りにいる人まで不幸に巻き込む化物だって...だから、私は...私、は...」
朱音ちゃんの目に涙が浮かんで...言葉に嗚咽が混じり始める。
「諦めた...のに...っ!!一時の夢だって...!そう思って納得させたのに...っ!!どうして...どうして今、私の前に来たの...っ!!」
子供のように泣きじゃくりながら私から一歩距離を取る朱音ちゃん。私が近づこうと一歩踏み出すと、朱音ちゃんは思わず逃げようと踵を返そうとする。
「ーー待って!!」
「...なっ.....!?」
私は走り出してーー朱音ちゃんに勢いのまま抱き着く。今度は離さないように、私の身体全てで朱音ちゃんを力一杯に。朱音ちゃんは、飛びついてきた私に一瞬身体をよろめかせるも、体勢を立て直す。そして、驚いた表情で私を見た。
「朱音ちゃん...ごめんね、私が...私のせいで悲しい想いをさせて、泣かせちゃって...ごめんね...っ!!」
「.....」
「でも...私は朱音ちゃんとこのままお別れなんて嫌っ!!ううん、私はーー朱音ちゃんと離れたくない!!もっと朱音ちゃんのことを知りたいし、もっと朱音ちゃんと色んなことを一緒にして、もっとーーもっと、朱音ちゃんの笑顔が見たいから!だからーー行かないで朱音ちゃん!!」
私は想いを精一杯、朱音ちゃんに伝える。朱音ちゃんは私の言葉を聞いて一瞬、言葉を詰まらせるがーー
「そんなの...っ!!」
朱音ちゃんが私の言葉に嗚咽混じりで返す。
「そんなの...私だって...っ!!私だって離れたくない!!でも!!私は...私はアウターだから...っ!!私と言う存在が、白羽の身を脅かすからっ!!それなら、私は...っ!!」
「それでもっ!!」
私は朱音ちゃんの言葉を遮る。
「それでも私はーー朱音ちゃんと一緒にいたい!!」
「ーーっ!!」
そうーーこれはただの私のワガママだ。朱音ちゃんと離れたくない、ただそれだけの。何もできなかったくせに、朱音ちゃんに守られてるだけのお荷物なのに、何の力もないのに、こんなことを思ってしまう私はワガママだ。だけどーーそれでも、大事な友達を失いたくない、その気持ちは私の嘘偽りない気持ち、今、私が朱音ちゃんに伝えたい一番の想いだから。
「私...私、頑張るから...っ!朱音ちゃんが悲しい想いをしたら、その分...ううん、それ以上に朱音ちゃんが笑顔になれるように...っ朱音ちゃんが傷ついた分だけ、その傷を癒せるように...頑張るから...だから...っ」
私は朱音ちゃんの顔を見上げる。朱音ちゃんも涙混じりの顔で私の顔を見返している。
「行かないで...朱音ちゃん...行っちゃ...いや...っ」
「.....っ!!なによ...さっきから...勝手ばっかり...っ!!私だって...私だって、白羽をいっぱい傷つけた...っ!!さっきだって...今だって、こんなにも白羽に悲しい想いを...泣かせてる...っ!!だから、こんな私なんて...白羽の傍にはいられないって...白羽の友達じゃいられないって...そう思ったのに...っ」
朱音ちゃんは...私の身体をそっと抱き締める。私が幻じゃないのを確かめるかのように。
その手は不安げに震えていた。
「...こんな私が、白羽の友達でいて良いの...?」
朱音ちゃんの濡れた瞳が不安に、恐怖に揺れながら私を見つめる。私は抱き締めている力を強めた。
「...もちろんだよ、朱音ちゃん。私と、これからもずっと、友達でいて欲しい」
「...これからも迷惑かけちゃうかもしれない。それでも...良い?」
「それは、私だってお互い様だよ。でもーーそうやって助け合って、支え合うのが...友達だと思うから。だから...そんな顔しないで」
「.....うん」
そうして私達は、お互いの存在を確かめ合うかのように、しばらく抱きしめ合い続けるのだった。
雨は、いつの間にか止んでいて、月明かりが私達を柔らかく照らしてくれていた。
ーーーーーーーーーーー
あの後、美海ちゃんと舞桜ちゃんが駆けつけると、急に顔を真っ赤にした朱音ちゃんに引き剥がされた。
舞桜ちゃんと美海ちゃんも、朱音ちゃんを怒りながらも、戻ってきてくれたことをとても喜んでくれた。
「美海も舞桜も...心配かけて本当にごめん」
「ぐすっ、ううん、朱音が戻ってきてくれて良かった...」
「...私達もあの時、何もできなかったから...ごめんね、朱音」
四人で話していると、心配した何人かの生徒達や、安藤先生が駆けつけてくれた。
「ふん、これで正々堂々、決着をつけられますわね。覚悟しておきなさい、赤坂朱音。水月白羽の心は必ず私が奪ってーー」
「いやー、良く見てお嬢様の勝率2割ぐらいじゃないですかねコレ」
「涼香!!貴女はどちらの味方ですの!?」
女の人と言い合う榊原さんに「時間が時間だからあまり騒ぐなよ榊原」と苦笑ぎみに注意してから、安藤先生が近づいてくる。そして、私の隣に立つ朱音ちゃんを見て
「...水月、頑張ったな」
と、私の頭に手を優しく置いて労ってくれる。
「いえ、皆と...先生のおかげです」
「俺は大したことはしてねえさ。切っ掛けを作ったのはお前らだからな」
「...切っ掛け?」
私が聞き返すと安藤先生は頷く。
「ああ。...お前らの赤坂を想っての行動が、皆に気づかせたんだ。『アウター』なのに、どうしてあんなに想われているんだろう...ってな。だから、俺の話を皆が聞いてくれるようになった。俺はお前らの行動をほんの少し後押ししただけだ」
「...でも...どうやって...」
朱音ちゃんが呟く。切っ掛けがあったから、と先生は言うが、アウターに対する恐怖を変えるのは容易じゃないのを知っているからだろう。...私も、聞きたい気持ちはあったがーー
「...まあ、その話はまた今度な。忘れてるかもしれないが...お前らずぶ濡れだからな。早く帰らないと風邪引くぞ」
安藤先生の苦笑しながらの言葉に私達はハッとする。私も朱音ちゃんも...美海ちゃんと舞桜ちゃんも、皆、雨に濡れてびしょ濡れだ。夜になって気温も下がってきたし、この格好で長居をすると身体に良くない。
「あっ、確かに!今までは夢中で気づかなかったけど...うわー、下着までびしょびしょじゃん」
美海ちゃんが自分の服を見て言った言葉て、私達は今さらながら自分達がどういう格好になっているかに気づいて思わず顔を赤くする。それを見た安藤先生は少し気まずげに咳払いをしてから
「ごほん、あー...青谷、年頃の女の子がそういうことを大声で言うんじゃない」
そう言って安藤先生は、美海ちゃんに注意してから私達を見て
「ほら、早く帰りな。...こんなことを言うのもアレだが、明日も普通に学校あるからな」
安藤先生の言葉は、明日も変わらない日常が来るのだと私達に認識させてくれる。
「(...本当に、朱音ちゃんが戻ってきてくれて...良かった...)」
変わらない日常が来るのだと...皆のおかげでそれが守れたのだと、実感した私は、安心したのか急に力が抜ける。...そんな私を誰かが優しく抱き止めて支えてくれた。
顔を見上げるとそこには、申し訳なさそうな、そしてーー私に優しく微笑みかけてくれている朱音ちゃんの顔が見えた。
「...ごめんね、白羽。それとーー私を追いかけてきてくれて...また一緒にいてくれて...ありがとう」
「...ううん、私一人の力だけじゃない。美海ちゃんや、舞桜ちゃん、皆が力を貸してくれたおかげ。.....でも」
私は朱音ちゃんの頬にそっと両手を当て、少し力を込めて朱音ちゃんの顔を挟み込む。
「...もういなくなったりしたら嫌だよ」
私の言葉に朱音ちゃんは、少し驚いた表情をして目を丸くした。
「(...白羽がこんなことを言うなんて...)」
白羽は他人にワガママを言ったり、何かを要望することはほとんどない。少なくとも...私はほとんど見たことがない。でも、それだけ白羽が私と離れたくないとーー私のことを想ってくれているということなのだろう。...それを自認するのも恥ずかしいが。
私は、白羽の言葉に口を開こうとしてーー周りからの温かい視線に気づいて、反射的に口を閉じる。
だけど、白羽が不安そうな表情で私の顔をじっと見つめてきて...美海が『ほらほら、白羽にそんな顔させたままで良いの~?』と、視線と表情で私をせっつく。
私は少し顔を赤くしながら、白羽の方へ向き
「...分かったわ。私はもう...逃げない。少なくとも『アウターだから』って理由で、白羽の傍にいるべきじゃない...とか、そんなことを考えるのはもうやめる。たとえ誰かが私を『アウター』だと否定したとしてもーーそれでも、私のことを“友達”だと言ってくれる人がいるんだって分かったから」
私の言葉に白羽は笑顔になってーー私を強く抱き締めてくれるのだった。
※本編の中で安藤がどうやって説得したのか、の内容です。先に本編を読むのをおすすめします。
ーー白羽達が朱音を追った後ーー
「なあ皆。...俺の話を少し、聞いてくれねえか?」
安藤の言葉に、生徒達は戸惑いながらも耳を傾ける。生徒達が不安ながらも耳を傾けたのは、白羽達の行動が、『アウター』への恐怖でパニックになっていた生徒達を落ち着かせたのと同時に、先生として安藤を信頼しているからだった。生徒達の視線を受けても、安藤は落ち着いた口調で話し始める。
「皆は『アウター』のことは怖いと...そう思うか?」
『それは...そうですよ!だってあいつら火を出したり、訳の分からない力を使うんですよ!』
『それにアウターは人を憎んでいるって...よく事件とか暴動を外国で起こしてるって、テレビとかネットでもやってます!』
「...そうだよな。よく分からないものは怖い、誰だってそうだ。ましてや、それが外国じゃ暴れているって話を聞いていれば、余計に『アウター』は危ないものだって、そう思うのは仕方ねえよな。...だけどな」
安藤は一旦言葉を切った。
「“よく分からないもの”と“危ないもの”って『アウター』だけか?」
『え...?』
『それは...どういう...?』
「例えば、だ。お前らにはそれぞれ大切な友達や、仲の良いクラスメイトがいると思う。でもよ...最初からそいつのことを知っていたわけじゃないよな?最初に皆、同じことを思っていたはずだーー『この人のことはよく分からない』『仲良くなれるか不安』『自分と合うのか』『もし、怖い人だったらどうしよう』ーーよく思い出して、考えてみてくれ。お前らが抱いていたその時の不安はーー今お前らが抱いている不安とそう変わらないはずだ」
生徒達は傍にいる友達やクラスメイト達と顔を見合わせて、その人と知り合い、仲良くなった時のことを思い出す。
「どんな人か分からない、というのは人と人が知り合う時に当たり前で、最初に思うことだ。誰もが最初は、大なり小なり不安を抱いているもんだ。お前らが『アウター』を...赤坂を恐れているのだって、要は『知らない』からだろ?それってさ、当たり前なんだよ。『アウター』だから、とかじゃなくて、お前らは赤坂のことを“知らない”んだからな」
『で、でも!』
安藤の言葉に生徒の一人が声を上げる。
『アウターは...危険じゃないですか!』
「.....何が危険なんだ?」
『それは...人間には使えない、化物みたいな力が使えるから...人を簡単に傷つけたり、殺すことができるから...』
「...アウターは確かに、色んな力が使える。それに、力や身体能力もずっとただの人より強い。まあ、そりゃ怖いよな。でもーー別にそれはアウターに限った話じゃねえ」
『アウターに限った話じゃない...?』
「ああ。それは、アウターだけじゃない、ただの人だって同じさ。ただの人だって、同じ人を傷つけるし、時には殺したりもする。お前らはアウターが強いから、人には使えない力が使えるから怖いと言うが、凶器を持った人だって、お前達を傷つけたりするのはわけはねえ。それこそ、日本だったら、アウターが起こした事件よりも、人が人が傷つける事件の方が圧倒的に多いはずだ、違うか?」
『それは...』
『そうかも...ですが...』
「だから、問題はアウターだから、だとか、人だから、とかは関係なくてーーそいつ自身が人を傷つけるような奴かどうかーーそうじゃねえか?」
生徒達は安藤の言葉を聞いて、様々な反応を返す。肯定する者、反論する者、沈黙して自身の考えをまとめようとする者...そんな生徒達を見ながら、安藤はさらに言葉を続けた。
「...俺が実は...『アウター』だと言ったら...どうする?」
『え...?』
『先生...何を言って...』
突然のことに戸惑う生徒達に安藤はアウターの男と戦った時に、傷ついた腕を掲げて見せる。鋭い爪が食い込んだ腕からは、今もなお、血が滴り落ちている。
「実はな...この傷は、学校で暴れていたアウターを追って、戦ってついた傷だ」
『『『....っ!?』』』
「そのアウターは赤坂達との戦いで弱っていたとはいえ...俺がぶっ飛ばした。アウターに勝った俺をーー怖いと思うか?」
安藤は一歩足を踏み出し、生徒達に近づく。
「俺がお前らを傷つけようと思えば簡単にできる。...その可能性があるかもしれない。お前らは俺を...化物だと思うか?」
安藤は足を踏み出し、生徒達に近づいていく。再び、生徒達が恐怖に支配されれば、ともすれば自分も危なくなるかもしれない状況。だが、安藤は躊躇いなく生徒達に近づいていく。
生徒達の表情はーー恐怖を浮かべていなかった。そこにあったのは...安藤がそんなことをするわけがないという信頼だ。
「私は...安藤先生が私達を傷つけるだなんて...思いません」
一人の生徒が口を開く。それは白羽を止めようとした生徒だった。
「...どうしてそう思う?...何で俺を信じてくれるんだ?」
「それは...例え安藤先生がアウターだったとしても、そんなことをするわけがないって...知ってるから...」
安藤に答えながら、その生徒はハッとした表情をする。周りの生徒達もその生徒と同じ様子だった。安藤は、その子に近づくと、笑いながら頭に優しく手を置いた。
「...信じてくれてありがとうな、阪口」
「...それは...安藤先生は、怪我をした私を助けてくれたり...私が部活のことで悩んでたりした時にも、相談に乗ってくれたりしたから...」
その生徒は少し、顔を赤くしながら答える。周りの生徒達も安藤に助けられたこと、そして普段の安藤を知っている者は誰一人として安藤が自分達を傷つけると疑っている者は一人もいなかった。
「そうだ。そして...俺が言いたいことも、皆はもう、分かってくれたんじゃねえか。アウターかどうか...そんなのは関係ない。その人自身がどうなのか...それが一番重要なんだってな」
『『『....』』』
「水月達はおかしいことをしているわけじゃない。皆より早くそのことに気づいた...それだけなんだよ。友達がーー大切な人が傷ついて、悲しんでいたら、手を差しのべるのは...皆も同じだろ?」
安藤は生徒達の表情を見る。生徒達の顔には、もう恐怖はなかった。そして、自分達が白羽や朱音に何をしたのかーーそれを自覚して、口々に呟き始める。
『...助けないと』
『ああ。後輩の女の子を泣かせたままなんて...格好つかねえ』
『私達もクラスメイトなのに...赤坂さんが、普通に笑って、水月さん達と楽しそうに過ごしているのを見ていたのに...信じてあげられなかった』
『ああ。...謝らないと』
だんだんとその声は増えていく。もちろん、まだ、アウターへの恐怖を拭いきれていない者もいるだろう。だが、それ以上に、傷つけた朱音や白羽達に謝りたいとーー何かをしてあげたいと、皆がそう思い始めたのだった。
「私...私、あの子達に謝らないと...ううん、違うーー謝りたい」
「ああ、行ってやれ。あいつらには助けがいるだろうしーーきっと喜んでくれるはずだ」
安藤はポンッと阪口の背中を軽く叩く。まるでその背中に押されたかのように、阪口は白羽達を追いかけて走り出す。そして、その後を追うように、一人、また一人と白羽達を追いかけるために走り出す。皆が一つの想いを抱いて次々と学校を出ていくのを安藤は眩しげな表情で見つめていた。
「...赤坂のことは任せたぜ、水月。あいつを連れ戻せるのは...一番近くにいて、赤坂のことを想っていたーーお前にしかできないからな」




