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アウターヘイヴン  作者: 黒百合
14/18

14.『力になりたい』

都内某所。『リベレーター』達が拠点にしているとあるビルの一室にて。

「ああ、君、ちょっと良いかい?」

「あァ?誰だ、俺に話しかけんのは――」

男は呼び止められ、不機嫌な表情で声のした方へ振り向くが、相手を見て不機嫌そうな表情を隠した。

男に話しかけたのは『ドクター』と呼ばれる『リベレーター』内でも特殊な人物だ。それは性格だけではなく、彼はリベレーターでの特殊な研究に携わっていて、さらに彼がもたらした様々な技術により『リベレーター』の活動に大きく貢献しているため、『ドクター』と言う人物は『リベレーター』のトップ達と同じ権限を持っているのだ。

「君、今暇だよね?少し頼みたいことがあるんだけどさ」

「...研究三昧のアンタと違って、こっちは例の作戦の準備とやらで忙しいんですがね」

「おや?そうなのかい?昨日の夜もお楽しみだったそうじゃないか?」

「(ちっ...まさか昨日のアレがバレたのか?)」

男は平成を装いながらも、内心は少し焦っていた。男は昨日、一般宅に侵入し、そこの家族五人を皆殺しにして、家の物を食い漁り、血臭漂う中、一泊して帰ってきたところだった。その行いに『リベレーター』としての意味はなく、男が『狩り』と称して行っていることで、ただの趣味だった。

彼の部隊の隊長は、そうした無意味な殺しを嫌う。それでなくても任務をサボっているのでバレれば最悪、殺されかねない。男は降参のポーズをしてドクターに話す。

「...分かった分かった。アンタの頼みってのはなんだ?」

「いやあ、実はこの間、興味深い子を見つけちゃってねぇ。回収して研究したいんだけど」

「...何か問題が?」

「その子、『O.P.O』の連中が見張っててさぁ。ボク、あいつらに抹殺対象にされてるから、ボクが行くと『O.P.O』が出てきて、かなりの騒ぎになると思うんだよねぇ。そうなったら黒影君が怒るじゃないか?」

「(要は面倒ごとを押し付けようってワケか...チッ)」

男はイライラする感情を何とかこらえる。このままだと勢い余ってそいつを殺してしまいそうだ。

「おおっと、怒っているね?じゃあ、君にもメリットがある話をしよう」

「...メリット?」

「その子を生きて持ち帰ってくれるなら、君のことを幹部に推薦してあげよう。幹部になれば、ある程度の自由が保証される。君の個人的な“趣味”にも、口出しすることはできなくなるだろう」

「それは...」

男の心が動く。それは非常に魅力的な提案だった。トップ達と同じ権限を持つドクターからの推薦なら、通る可能性は高い。事実、ドクターがこれだけ好き放題にできるのも、『リベレーター』にとってドクターが必要不可欠だからだ。

「その代わり、今回失敗したら『O.P.O』も警戒強めるだろうし、確実に持ち帰って欲しいねぇ。例の作戦の準備で忙しくなる前に研究したいし」

「...もし、そいつが抵抗したら多少傷つけてもかまわねえか?」

「別にかまわないが、彼女はどうやら『アウター』ではないらしいから、あんまり壊しすぎないでくれたまえよ」

『ドクター』の言葉に男は怪訝な顔をした。

「...『アウター』でもないのに、あんたが興味を持っているのか?」

「そう!そこが彼女が特別な理由だ!」

いきなり『ドクター』が興奮した口調で話し始め、男は『しまった』と後悔した表情をする。

「彼女からはアウターが発する特異な周波数...『ノイズ』は発せられてなかった。だから彼女はアウターではないはずーーだが、彼女の不思議(・・・)な力で強化された『O.P.O』のエージェントは、例のドラッグでブーストした風間君をも倒された。あの時の『O.P.O』のエージェントの能力値は、ともすれば黒影君にも届きうるほどにだった!」

「隊長に...!?」

男は内心驚く。にわかには信じがたいが...『ドクター』が言うからには本当なのだろう。

「まあとにかく、彼女の肉体は一般人と変わらない。君が遊び過ぎると死んでしまうだろう。そこは留意しておいてくれ」

「...了解」

「ああ、それとコレを持って行ってくれたまえ。彼女が君との遭遇で何らかの反応を示すかもしれないからねぇ」

『ドクター』が小型の機械を渡そうとする。男は『ドクター』の依頼を受けるかどうか一瞬迷うが

「(こそこそ隊長の目を気にしながら“狩り”をするのもストレスだったからな...これが成功すれば、その必要もなくなる)」

そして、了承の返事の代わりにその機械を受け取った。

「ちなみに...そのガキはどんな奴だ?」

「この子だよ、ほら、けっこう可愛いからやりがいがあるんじゃないかい?」

『ドクター』が写真を見せる。写真には白髪の中学生ぐらいの女の子が写っていて、名前は『水月白羽』と書いてあった。

「(白髪...目立つ容姿だな。...クク、確かに楽しめそうじゃねえか)」

男は嗜虐的な笑みを浮かべる。その様子を見たドクターは満足そうにうんうんと頷く。

「それじゃあ、頼んだよ。ああ、あと多少君がやりすぎてもボクが黒影君にうまく取りなしておいてあげよう。だけど、彼女はくれぐれも、必ず生きて持ち帰ってくれよ。いつまた現れるか分からない貴重なサンプルだ」

「了解」

そして男は対象が通っている学校へ向かうのだった。

―――――――――

私はいつものように起きて、朝食の準備をしていた。

包丁を小刻みに動かして食材を刻み、下準備を進めていく。

「(朱音ちゃんの好みの味つけは...うん、こんな感じかな)」

私は調理途中のおかずの味つけを確かめつつ、調理を進めていく。最近は朱音ちゃんの好みの味つけも分かってきて、朱音ちゃんがますます美味しそうに食べてくれるから、ついつい張り切って作ってしまう。栄養のバランスを考えながら、なるべく喜んでもらえるように...そんな想いを込めながら作るのは本当に楽しくて、やりがいがあって、そして、朱音ちゃんの美味しそうな笑顔を見る度に、胸の中が温かい気持ちでいっぱいになる。私は気づくと鼻唄混じりに料理を作っていた。それだけ今の私は、料理を作るのが楽しくなっていた。

そうして朝食を作り終えた私だったが、朱音ちゃんが珍しく降りてこない。いつもだったらもう目が覚めてる時間なのに...。今日は学校の日だからあまり遅くまで寝てると遅刻してしまう。私は階段を昇って朱音ちゃんの部屋に向かう。

「朱音ちゃん?」

私はコンコンとノックをする。しかし、朱音ちゃんからの返事はなかった。

「朱音ちゃん?入るよ?」

もしかしたら何かあったのかもしれないと思った私は、ガチャっと朱音ちゃんの部屋の扉を開ける。

部屋を見渡すと、朱音ちゃんはベッドの上でまだ眠っていた。ちょうど私の方に顔を向けているけど、特に具合が悪そうな様子もない。

「良かった...具合が悪くなったとかじゃなくて」

私は穏やかな寝息をたてている朱音ちゃんを見てホッとする。

「(眠ってるのを起こすのは可哀想だけど、これ以上遅くなったら学校に遅刻しちゃう)」

私は朱音ちゃんの肩に手を置いてまずは優しく揺すってみる。

「朱音ちゃん、朝だよ、起きて」

「ん.....」

朱音ちゃんは小さく声を漏らすがまだ起きない。私はもう少し強めに揺さぶってみる。

「朱音ちゃん、学校に遅刻しちゃうよ。朝ご飯も冷めちゃうから、起きて~」

「ん...しろは...?」

これで起きなかったら次はどうしよう...と心配していたが、朱音ちゃんがゆっくりと目を開ける。朱音ちゃんが起きてくれたことに私は安心しながら声をかけた。

「おはよう、朱音ちゃん。朝ごはん食べて、学校に行く支度しよう?」

「ごはん...がっこう...」

朱音ちゃんはまだボーとした様子だったけど、私の方に視線が向いて、少しするとその目が驚きに見開かれた。

「し、白羽...っ!?な、何で私の部屋に!?」

「勝手にお部屋に入ってごめんね。でも、そろそろ朝ごはん食べて学校の準備しないと遅刻しちゃうから...」

「えっ!?い、今何時!?というかアラームは!?」

朱音ちゃんは慌てて時計を確認する。その時計はアラームも兼ねている物だが、今は表示が消えていた。どうやら電池切れのようだった。

時計を見て状況を理解した朱音ちゃんは、私に頭を下げる。

「ご、ごめん白羽!」

「ううん、気にしないで朱音ちゃん。いつもこのぐらいでも私は大丈夫だよ?」

「そ、そんなわけには...!!」

朱音ちゃんが慌てながら起きようとするのを私は手で制止する。

「慌てたら怪我するよ。まだそこまで時間に余裕がないわけじゃないから、まずは顔を洗ってこよう?」

「...わ、分かった...」

朱音ちゃんが落ち着いたのを見て、私は朱音ちゃんと一緒にリビングに降りる。朱音ちゃんが顔を洗って、戻ってきてから一緒に朝ごはんを食べる。

「寝坊した上に白羽まで待たせて...本当にごめん」

「そんなに謝らないで。寝坊する時ぐらいあるよ。それに時計の電池が切れてたんだし...」

私はそう言うも朱音ちゃんは渋い顔をしながら

「でも...」

「...ん?」

「(私、どんどん白羽に甘えていってるし...!!ダメよ、これ以上白羽に甘えるのは...!!)」

「と、とにかく!明日から気をつけるから!」

朱音ちゃんは何かを決意するかのように言った。

「(私は別に良いのになぁ...)」

と思いつつも、朱音ちゃんの意志は固そうだったので「...うん。でも、そんなに気負わないでね」と声をかけるに止めた。

その後、朱音ちゃんが食器を洗ってくれて、私達はいつものように一緒に登校する。日差しが強く照りつけていて、歩いていると身体が汗ばむ。もうすぐ夏が来ると言うことを実感させられる暑さだ。

「はあ...もう暑いね...」

「そうね...白羽、身体がしんどくなったら言いなさいよ」

朱音ちゃんが心配そうな表情で言う。私の体力がないから気遣ってくれているのだろう。

「大丈夫だよ。このぐらいは歩かないと流石にね...」

私はそう言いながら朱音ちゃんの様子を見るが、朱音ちゃんは汗一つかいていない。

「朱音ちゃんは余裕そうだね...」

「ん?まあ、私は割りと暑さには強いからね。...その代わり、寒いのは苦手だけど」

「そうなんだ。私は冬の方が好きだなぁ...ふう...」

私は一旦立ち止まり、深呼吸をして息を整える。まだ朝なのに体にこたえる暑さだ。お昼にはどのぐらい上がるんだろう...。

「おはよー!白羽!朱音!」

私が一休みしていると急に背中にどん!と衝撃が走り、誰かが抱きついた。...誰かと言うか声で分かったけど...

「み、美海ちゃん、おはよう」

「お、おはよう...美海...さん」

「いやー、今日も暑いねー!」

そう言いながら美海ちゃんは私の背中にぐりぐりと顔を押しつけてくる。

「言ってることとやってることが違うけど...!?」

「み、美海ちゃん。今は、その...汗...かいてるから...」

私は少し顔を赤くしながら美海ちゃんにやんわりと離れるようにお願いするが...

「んー?別に気にならないよ?」

美海ちゃんはそれを聞いて離れるどころか、私の匂いを確かめるように私の背中に顔を押しつけた。

「やっ...!は、恥ずかしいから...!」

「ふふふ、よいではないか、よいではないーー」

私が恥ずかしそうに身をよじらせると、美海ちゃんは目をキラーンと光らせてさらに何かをしようとしたが、後ろからのチョップに阻まれた。

「...朝っぱらから何やってるのよ」

呆れた顔で美海ちゃんを見る舞桜ちゃん。美海ちゃんは頭を押さえながら

「いや、恥ずかしがる白羽が可愛くてつい...」

「...朱音、美海が何かやったら遠慮なくこれで止めて良いからね。斜め45度で叩き込むのがコツよ」

「私は壊れたテレビか!!」

「えーと...ぜ、善処するわ...」

舞桜ちゃんの言葉に朱音ちゃんは戸惑いながらながら返した。

「...改めておはよう、白羽、朱音。今日も暑いわね」

「おはよう、舞桜ちゃん」

「お、おはよう、舞桜さん」

「プールが待ち遠しいねー」

美海ちゃんの言葉に私も「そうだね」と返すが、その時、朱音ちゃんが苦い顔をしているのに気がつく。

「朱音ちゃん、どうしたの?」

「...え?」

「何だか、すごく嫌そうな顔してたような...」

「そ、そんな顔してた?...ごほん、き、気のせいよ」

「そう?」

どう見てもそんな風には見えなかったけど...気になりはしたけど、それ以上は触れなかった。

「プールと言えば...最近、近くに大型の施設ができたらしいよ。流れるプールとか、大きい滑り台があるやつ!」

「楽しそうだね~」

「そ、そうね...」

「電車で行けるし、夏休み入ったら皆で行こうね!」

「...その前にテストがあることを忘れないように」

「ちょ、思い出させないでよ!?」

「...言っとくけど、赤点取ったら夏休みは補習よ。部活もある美海じゃ、到底遊びに行く時間ないでしょうね」

「うぐぐ...」

美海ちゃんが苦い顔をする。と同時に私は朱音ちゃんも渋い顔をしていることに気がついた。

「朱音ちゃん?何だか、美海ちゃんと同じような顔をしているけど...」

「...そ、それは...」

朱音ちゃんは言いにくそうに口をモゴモゴさせていたが

「...その...私も勉強苦手だから...」

「え、そうなんだ。意外」

美海ちゃんが驚く。確かに私も意外ではあったが、そういえば前に勉強机を買った時にも何だか微妙な反応をしていたのを思い出した。それに、あれから朱音ちゃんの部屋に何回か入ったけど、使われたような感じがあまりなかった。時々、絵は描いてたみたいだけど...。

「その...こ、子供の時から親の手伝いをしてて...あんまり勉強をしてこなかったと言うか」

朱音ちゃんの言葉に私は察する。朱音ちゃんは『O.P.O』の仕事で勉強をする暇がなかったのだろう。前は仕事の度に学校を転々としていたらしいし、学校の成績なんてものも気にしなくて良かったのしれない。

「...親の仕事、か」

舞桜ちゃんはボソッと呟く。舞桜ちゃんの家も特殊だから、同感するところがあったのかもしれない。

「それなら、テストの時は皆で勉強会しよう。私の家なら皆でできるから」

私は不安そうな朱音ちゃんの表情を見て、皆にそう提案した。と言っても、小学校の時から美海ちゃん達と勉強会はよくしてたから、今回は朱音ちゃんも加わるだけだ。

「今回もよろしくお願いします!白羽先生!」

「...白羽は朱音を見てあげて。美海は私がつくから」

「ええっ!?いや、その、ありがたいけど、舞桜先生は怖いからちょっと...」

「...あんたがすぐ集中力切らせてふらふらと他のことするからでしょうが」

「...はい、おっしゃる通りです」

舞桜ちゃんの言葉にしょんぼりと項垂れながら頷く美海ちゃん。そんな二人の会話を聞きながら、私は朱音ちゃんに声をかける。

「朱音ちゃん、分からないところは教えるから、一緒に頑張ろう」

「え、ええ。その、よろしく、白羽」

朱音ちゃんも申し訳なさそうに私に言ったのを見て、美海ちゃんは改めて私達に向き直って

「それじゃ、今度白羽の家で勉強会ね!頑張って赤点回避するぞー!夏休みのためにー!」

「...頑張ってね朱音」

「私はっ!?」

「...あんたは大丈夫。やらせるから」

「ひいっ!?」

舞桜ちゃんの淡々とした宣言に悲鳴を上げる美海ちゃん。そんな二人を見ながら私と朱音ちゃんは笑い合う。その後も夏休みの予定を話しながら私達は学校に向かうのだった。

ーーーーーーーー

「やっと着いたぜ...ったく、あの姿に戻ればすぐ着いたのにめんどくせェ」

男は苛立たしげにぼやきながら学校の門の前にいた。

「さァて...あの白髪のガキはどこだァ?」

白羽の教室を知らない男は頭を掻きながらぼやく。流石に教室を一つ一つ探し回るのは時間がかかりすぎる。その間に『O.P.O』から増援を呼ばれるかもしれない。男はしばし悩むが...

「そこの方、どなたですかな?今日は来客の連絡は受けておりませんが...」

「あァ?」

声をかけられ男は振り向く。そこには人の良さそうな柔和な表情を浮かべた初老の男がいた。掃き掃除をしていたのか、その手には箒と塵取りが握られている。

男は一瞬、めんどくさそうな表情をするが、何かを思いついたのかすぐに獰猛な笑みを浮かべる。

「クク...どうやら、俺にもツキが巡ってきたようだ」

「...?」

「なァ、あんた」

男は歯を剥いて笑う。その歯は獣の牙のごとく鋭く光っていた。

「水月白羽ってヤツーー知らねえか?」

ーーーーーーーーーー

昼休み。私達はいつものように集まって今度する勉強会のことを話し合っていた。

「それじゃあ、今度の休みの日に白羽の家に集合で!」

「...いつもごめん、白羽」

「ううん、気にしないで。賑やかな方が楽しいし、ね、朱音ちゃん」

「え、ええ、そうね」

とりあえず今度のお休みの日に、私の家で皆で勉強会をすることになった。

「(...せっかくだから、皆に何か作ろうかな...久しぶりにおやつも作りたいし...)」

何を作ってくれたら皆、喜んでくれるだろうか。私は悩みながらも、その時のことを考えて今から楽しみになっていた。とりあえず、朱音ちゃんに食べられない物がないか聞いてみようかなーー

そんなことを考えていた私は、突然、勢い良く開けられた扉に意識を向けられる。

「こ、校長先生?」

「け、怪我してる...!?ど、どうされたんですか!?」

扉を開けて入ってきたのは、校長先生だった。いつも優しくて、皆から好かれている先生だ。私はあんまり話したことはなかったけど、この髪で何か困っていることはないかと、入学した時に話しかけてくれて...その時の穏やかで温かい表情と声を今でも覚えている。

でも、校長先生は今はいつも浮かべている優しい笑顔を苦痛と焦りに変えて、肩を押さえている。その肩は何かに切り裂かれて、血を流していた。近くにいた生徒が駆け寄ろうとするも、校長先生はそれにもかまわず、今まで聞いたことのない大声を出す。

「水月くん...!!」

「...え?」

私は突然、名前を呼ばれて驚く。しかし、校長先生は続けて声を出す。

「早く...逃げなさい...!!」

「こ、校長先生...?」

「あの男が...君を探して...!!」

「ーーあァ、案内ご苦労さん。それじゃあ...てめえはもう用済みだ」

校長先生が必死に何かを伝えようとするーーその時、低い、それでいて獰猛な雰囲気を感じる声が響く。

驚愕した表情で校長先生が振り向こうとする。だけど、その前にーー何かが校長先生のお腹を貫いた。

「バカな...ま...いた...はず...」

「逃がしてやったんだよ。俺の鼻は特別でなァ。てめえの血の匂いをたどらせてもらったぜェ!!」

校長先生を貫いた腕は、そのまま校長先生を外へ放り投げる。校長先生は驚愕と、後悔を滲ませた表情を浮かべながら、窓ガラスを突き破り、そしてそのまま地面に落ちていった。

「なるほど、白髪ーーてめえがそうか」

そう声が聞こえた瞬間、何かが目にも止まらない速さで、教室の扉から飛び出す。その狙いはーー私だった。

「ーーっ!?」

「ヒャハハ!!これで俺も幹部だァ!!」

ソレは一足飛びで私にもう手が触れられる所にいた。私の目の前には獣のような、毛むくじゃらの腕と、1本1本がナイフのように鋭い獣の爪だけが辛うじて見えた。

「...っ!!させる...かぁ!!」

朱音ちゃんが反応する。ギリギリで私の前に滑り込むと、獣の腕から私を守ろうとする。

「ーーそう来ると思ったぜェ」

だが、それは罠だった。獣の腕は方向を変え、朱音ちゃんの首を狙う。ギリギリで私の前に滑り込んだ朱音ちゃんは体勢が整っていない、それを避けるには体勢が悪すぎた。

ザシュッ!!と爪が朱音ちゃんの首を切り裂く。血飛沫が舞い、朱音ちゃんが苦痛に表情を歪める。

「チッ...ギリギリで腕を滑り込ませたか。流石、風間のダンナ、それに『ドクター』とやりあっただけあるな」

そう言いながら男の人は、朱音ちゃんから距離を取る。朱音ちゃんは腕で首を守って致命傷は避けたものの、利き腕の右腕は深く切り裂かれ、首からも血が流れ出ている。だけど、朱音ちゃんは臆することなく、今度は反撃を仕掛けようとする。

「『ドクター』のことを出したってことはーーあんた『リベレーター』ね!?」

足に力を込め踏み込もうとする朱音ちゃん。

「おっとォ、てめえをぶっ殺したいのは山々だが、今日は他に大事な用があるんでなァ」

そう言いながら男の人は、近くにいた生徒の一人を捕まえて盾にする。恐怖の表情を浮かべ、目の前に出されたクラスメイトを前に朱音ちゃんの動きが止まってしまう。

「てめえと殺り合ってる間に、そこのガキに逃げられても困るからなァ?」

「くっ...!!」

男の人は歯軋りをする朱音ちゃんを見て、獰猛な笑みを浮かべた。

「さァて、おい、そこの白髪のガキ、こっちに来い。言っておくが逃げようとしたら...」

男の人は捕まえている生徒の首に爪を食い込ませる。生徒の首から一筋の血が流れ、悲鳴が漏れる。

「...逃げません。だから、そんなことをするのはやめてください」

「あァ?なんだ、怒ったのか?ヒャハハ!!どうやらとんだ甘ちゃんのようだなァ?」

男の人が嘲りの表情を浮かべる。この人はさっき『ドクター』の名前を出した。だからこの状況はーー私のせいだ。私のせいで校長先生が死んで...皆に怖い思いをさせて、そして、朱音ちゃんが傷ついてしまった。だから...私が何とかしないと。

男の人の所へ向かおうとする私を誰かが腕を掴んで止める。振り向くと、そこには状況を理解しきれてないながらも、必死の表情をした美海ちゃんと、舞桜ちゃんがいた。

「白羽...ダメだよ...行っちゃダメ...!」

「...白羽...」

二人は涙を浮かべて私を引き止める。訳が分からないはずなのに、怖いはずなのに、それでも私を心配して引き止めようとしてくれる二人に、私は安心させるように微笑んだ。

「私は大丈夫だから。...怖い思いさせてごめんね」

「しろ...っ!」

私は美海ちゃんの手を優しく振り払って歩き出す。そして、朱音ちゃんの傍を通る。朱音ちゃんは血を大量に流しながらも、その目はまだ諦めていなかった。何とか隙を探して、状況を打開しようとしている。そんな朱音ちゃんに私は小さな声で呼び掛ける。

「朱音ちゃん」

「白羽...」

私の声に朱音ちゃんは、怒りと悔しそうな表情を浮かべながら答える。

「...絶対に白羽を連れて行かせない。だからーー」

朱音ちゃんが覚悟を決めた表情で続きを言おうとするのを遮って、私は一言、小声で朱音ちゃんに伝える。

「...え...?」

朱音ちゃんは戸惑った表情で私に聞き返そうとするも

「おいガキ!さっさと来い!」

苛立った表情の男の人が怒鳴り声をあげる。私は朱音ちゃんに背を向けて男の人の元へ一歩、一歩進んでいく。

「(...『私が何とかするから、あとはお願い』って...白羽、何をするつもりなの...?)」

私は男の人の目の前まで進む。あともう少し進めば、男の人の腕が届く距離だ。男の人はもう少しで目的を達成できるからか、獰猛な笑みを浮かべた。

「...あなたは」

「あ?」

「あなたは...『ドクター』って人に私を連れて帰るように言われたんですか?研究をするために」

男の人は一瞬沈黙する、だけど嗜虐的な笑みを浮かべて私に言った。

「あァ、そうだ。ヒャハハ!てめえも災難だな。よりにもよってあの『ドクター』に目をつけられるなんてなァ?」

「......」

「あの『ドクター』はえげつねえぞォ。前の研究対象がどうなったか教えてやろうか?生きたまま体中を切り刻まれて、身体の中に無数の機械を埋め込まれて、最後は『殺して』ってずっと泣き叫んでたなァ?」

「.....」

男の人は『ドクター』の行う研究を私に教える。その表情は、私が恐怖を抱くのを期待しているようだった。男の人の目を見る。その目は鋭く私を見据えながらも、悪意とそして、周りの皆への殺意にまみれていた。私は一瞬、その目に臆しそうになるもーー

「(...この人がここに現れたのは私のせいーーだから、私が何とかしないと...)」

そして私は言葉を返す。

「...だったら」

「ヒャハハ!命乞いでもするかァ?そうだな、てめえの態度次第では考えてやらねえこともーー」

「...だったら、貴方はーー」

私は呼吸を整える。そして、グッと足に力を込めた。

「ーー私が死んだら、困りますよね?」

「...は?」

私は走り出す。咄嗟に男の人が私を掴もうとするが、片腕ではうまく捕まえられなかった。私はそのまま全速力で真っ直ぐ突き進む。

「なっ...!!てめえ、逃げる気ーー」

男の人は声を荒げるが、すぐにその表情は嘲りの表情に変わった。

「バカが!!そっちは窓だ!ここは三階、『アウター』じゃないてめえが逃げられるはずがーー」

その瞬間、男はさっきの白羽の言葉を思い出す。そして、それは周りで見ていた者達も同じだった。

「まさかてめえ...っ!?」

「白羽...っ!?ダメっーー!!」

美海ちゃんか、舞桜ちゃんかーー誰かの声が私を制止する。だけど、私はその声を振り切って、窓に手を掛け、そしてーーこの身を窓の外に投げ出した。

ーーーーーーーー

「ーーイカれてんのかあのガキッ!!?」

男は焦った表情で叫ぶ。そして、人質に取っていた生徒を投げ出すとすぐに白羽の後を追って、窓を蹴って飛び降りる。

「クソがァッ!?間に合うかーーっ!?」

男は腕を限界まで伸ばして白羽を掴もうとする。もしかしたらただのブラフかもしれない。だが、もしも万が一ここで白羽が死んでしまえば、自分の幹部への道がパーになる...それどころか、成果がなければ『ドクター』は男を切り捨てるだろう。そうなれば、本来の任務を放棄した男に、あの隊長が容赦しないことは想像できた。男の頭は焦りと恐怖に支配されていて、他のことを考えている余裕はなく、迷っている暇はなかった。だから...それに気付いたのは自分の頭上に影が重なった時だった。

男がハッと気付いて上に顔を上げると、そこにはーー背中から炎を噴き出しながら迫る朱音の姿があった。気づいた男は腕でガードしようとするが、間に合わないことに気付いて思わず怒鳴る。

「くっーーそォっ!!」

「ーー遅いッ!!」

そして、勢いそのままに朱音の蹴りが男に突き刺さる。男は蹴られた衝撃で、白羽とは別の方向へ凄まじい勢いで叩きつけられた。土ほこりが舞い、衝撃で地面の石が砕けて舞い散るほどの威力。だが、朱音は男のことにはかまわず、白羽の姿を捉える。

「白羽ーーーーっ!!」

白羽の身体はもうすぐ地面に叩きつけられる。朱音は炎を全力で噴き出しながら白羽へと手を伸ばす。それはまるで戦闘機のアフターバーナーの如く勢いで、朱音の身体を白羽へと近づけていく。

そしてーー朱音は白羽に追い付いた。白羽の身体を抱き寄せ、朱音は炎を地面に叩きつけて勢いを殺す。それでも、勢いを殺しきれずに朱音と白羽は地面を転がった。

だが、朱音が守ったこともあり、二人は肌のあちこちを擦りむいただけで済んだ。

「うっ...」

私は痛みに呻く。そして目を開けると、そこには今まで見たことのないーー目に涙を浮かべた朱音ちゃんの姿があった。

「...バカッ!!白羽のバカぁ!!私が間に合わなかったらーー死んでたのよっ!?こんな無茶をするなんて...っ!!」

「...ごめんね」

私が謝ると朱音ちゃんは、何かを言おうとしてーー口をつぐんだ。

「(違う...白羽がこんな無茶をしなきゃいけなかったのも、私が白羽を守れなかったからだ...)」

そして朱音ちゃんは、傷だらけの私の顔をそっと撫でる。

「...私こそ、ごめん。私が弱いせいで、白羽にこんな無茶を...」

「違う、朱音ちゃんのせいじゃーーー」

私の言葉を朱音ちゃんは首を振って止める。

「でも...こんな無茶はもうやめて。白羽には私だけじゃない、美海や舞桜だって...白羽が死んだら悲しむ人がいっぱいいるんだから」

「...うん...」

私が頷くと朱音ちゃんは涙を拭って、私を地面に下ろそうとするがーー土煙を切り裂いて、何かが高速で私達に迫る。

「くっ...っ!?」

間一髪、気付いた朱音ちゃんが私を抱えたまま横に飛び退く。ソレの爪が朱音ちゃんの頬を掠り、一筋の血が流れる。

朱音ちゃんは着地して相手と対峙する。そして私の目にも相手の姿が見えた。

全身を覆う毛皮、肉を切り裂くのに適した肉食獣の牙、太く短い尻尾に、人間のものより発達した四肢、そして何より両手から伸びる鋭く長い爪ーーそれは人狼と呼ばれる姿だった。

「...それがあんたの本当の姿ってわけね」

「あァ...そうだ...」

男の人の声は人間の時よりも獣の唸り声に近くなっている。それでも、その声からは強い怒りを感じる。

「クソガキども...よくもこの俺をコケにしやがったなァ!?赤髪...てめえはズタズタに引き裂いて喰らってやる...!!そしてーー」

男の人は怒りの込もった目を私に向ける。

「白髪のガキ!!てめえは1本ずつ手足へし折ってやるから覚悟しろォ!!」

「.....っ!!」

強い怒りと殺意をぶつけられた私は思わず、朱音ちゃんの身体を掴んでいる手に力を込めて身体を震わせる。震える私に気付いた朱音ちゃんは、優しく声をかける。

「...大丈夫よ白羽。白羽には絶対に手を出させない」

「朱音ちゃん...」

朱音ちゃんは私を安心させるように笑いかける。でも、朱音ちゃんは最初に私を庇った時に、利き腕に大きな傷を負って、首からも少なくない血が流れている。対して向こうも大きなダメージは負っているけど、さっきの早さを見る限りまだまだ動けそうで、朱音ちゃんが不利なのは明らかだった。

それを分かっているのか人狼は嘲るような表情で笑う。

「ヒャハハ!片腕が使えねえ状態で、足手まといを抱えながらかァ?」

その言葉は私の胸に突き刺さる。足手まとい...それは私にも自覚があったからだ。

「(私は...朱音ちゃんに守られてばかりで...)」

私は奥歯を噛み締める。さっきだって、私には状況を動かすことが精一杯で、あとは朱音ちゃんに任せるしかなかった。朱音ちゃんがこんなにも傷ついているのに...私は守られるだけで何もできない。

「(嫌だ...)」

私の中に沸々とした想いが沸き上がってくる。

「(このまま朱音ちゃんが傷つくのを見てるだけなんて...私はただ見ているだけなんて嫌...!!)」

私は強く想う。

「(私も...朱音ちゃんの力になりたい...っ!!)」

「さァ、赤髪のナイトさんよォ!!お姫様を護りきれるか見せてみろよォ!!」

人狼は地面を蹴って飛び出す。それは私の目には到底捉えられない速度でーー気付けばもう私達の目の前にいた。人狼の狙いは...私だった。朱音ちゃんが庇えば、最初の時のように朱音ちゃんにダメージを負わせられると考えたからだろう。

人狼の爪が私の身体へと迫る、私は思わずぎゅっと目を瞑りそうになるーー

「白羽にーー手を出すなぁっ!!」

朱音ちゃんの声と共に、人狼の爪は上から跳ね上げた腕と共に弾かれる。

「なにっ...!?」

人狼は驚愕した表情を浮かべる。それもそのはず、朱音ちゃんは片腕で私を抱き抱えて、使えるのは最初に重傷を負った腕のみで、正直使い物にならない状態だったからだ。

「白羽から離れろっ!!」

「ガッ...!?」

さらに朱音ちゃんは回し蹴りで人狼を蹴飛ばした。無防備になっていた身体へ強烈な蹴りを叩き込まれた人狼は衝撃で数メートル後退する。後退した人狼は、構え直しながらも朱音ちゃんを見て思わず声を漏らす。

「...おいおい、どんな手品を使いやがったてめえっ!!」

人狼が驚愕するのも無理はない、重傷を負っていた朱音ちゃんの腕が治っていたのだから。

「...あの時と同じ...白羽から温かい想いが私の中に流れ込んでくる...」

朱音ちゃんは抱き抱えている私を見た。

「白羽...ありがとう。それと...また怖い思いさせちゃうかもしれないけどーー」

朱音ちゃんが申し訳なさそうな表情で言いかけるのを、私はぎゅっと朱音ちゃんに掴まっている腕に力を込めて止める。

「白羽...?」

「...そんな顔をしないで朱音ちゃん。私はいつだって、朱音ちゃんを信じてるから」

私の言葉に朱音ちゃんは一瞬顔を赤くしかけて、首を振って気を入れ直すと

「...白羽、しっかり掴まってなさいよ!!」

「うん!」

「なにごちゃごちゃ言ってやがんだァっ!!」

人狼が突進してくる。今度は朱音ちゃん狙いだ。私を抱き抱えている腕の方へ回り込んで隙を狙う。

「つくづく卑怯な奴ね!」

朱音ちゃんは炎の矢を出して死角をカバーする。複数放たれた炎の矢を避けて、足を止めた人狼へ朱音ちゃんが炎の剣を出して踏み込む。

「はあああっ!!」

「チィっ!?俺のスピードに勝るだとォっ!?」

人狼は辛うじて身を反らして炎の剣を避ける。だけど、続けて朱音ちゃんが放った蹴り上げは避けきれずに顎に叩き込まれる。一瞬早く、人狼は自分の腕で蹴りを受け止めるが、踏ん張りは効かずに宙に浮き上がる。

「クソ...がァっ!?何だ、この力は...!?」

同時に朱音ちゃんは集中力を一気に上げる。

「捕えたっ!」

朱音ちゃんが炎を鎖のように相手に絡みつかせて動きを封じる。

「なにィっ...!?(バカな、能力の展開が早すぎる...!?)」

だが、相手も死に物狂いで鎖から逃れようと力を込める。ミシミシと音を立てて鎖はすぐにでも破られそうだ。だけど、朱音ちゃんにはその一瞬の隙で十分だった。

身動きが取れない人狼の上へ朱音ちゃんは跳び上がる。そして、炎を噴き出して一気に上から加速する。

「これで...終わりよっ!!」

「クソッ...タレがアアアァァァっ!!」

人狼は鎖を破ったが、朱音ちゃんの方が一瞬早かった。人狼の頭を掴むと勢いのまま地面に叩きつけ、最後に炎を爆発させて意識を刈り取る。人狼はそれでもなお、朱音ちゃんの首に爪を伸ばすがーーその腕が力なく地面に横たわった。

「...朱音ちゃん、ありがとう」

私は小さく呟く。朱音ちゃんは人狼を殺さなかった。戦闘中も殺さないようにしてくれていた。それは朱音ちゃん自身にも危険なことのはず、それでも私のためを思ってくれたのだろう。

「...何のこと?もしかしたらこいつが何か知ってるかもしれないから...それだけよ」

朱音ちゃんはふいっと顔を背けて呟く。そんな朱音ちゃんに私は思わずクスッと笑ってしまう。

「な、なによ。本当にそれだけよ!情報は大事だから!」

「うん、分かってるよ」

「...顔がにやけてる」

朱音ちゃんは憮然とした顔をしつつも、人狼から距離を取って私を下ろしてくれる。

「ありがとう、朱音ちゃ...」

地面に降り立った瞬間、私は緊張から解放されたからか、一気に脱力感が押し寄せる。足に力が入らず、思わず転けそうになった私を朱音ちゃんが咄嗟に支えてくれた。

「だ、大丈夫、白羽?まさか、どこか痛むの?」

「だ、大丈夫...ホッとしたら力が抜けちゃったみたい。ごめんね」

「そうなの?それなら良いけど...」

私はふらふらする意識をどうにか繋ぎ止めながら朱音ちゃんを安心させるように微笑んだ。朱音ちゃんは、心配そうな表情を浮かべながらも私が立てるようになるまで支えてくれた。

「...人を差し置いてイチャイチャしてるたァ、随分舐めてくれるじゃねえか」

「い...!?イチャイチャなんて...っ!?」

反射的に否定しかけた朱音ちゃんは、その言葉を発した相手に気付いて、私を後ろに庇った。

意識を取り戻した人狼の人は、ヨロヨロと立ち上がると朱音ちゃんに目を向ける。その目は少し焦点が定まってない様子ながらもーー怒りの込もった目をしていた。

「...なんで殺さねェ?情けをかけたつもりか?」

「...言ったでしょ。情報を聞き出したいだけよ」

朱音ちゃんがそう返すと人狼は唇を歪める。

「ククッ...なるほどなァ」

「あの...!」

私は人狼の人に話しかけようとする。もしかしたら、風間さんの時のように分かり合えるかもしれない。だけど、そんな私の甘い希望を人狼の人は嘲笑で打ち砕いた。

「ヒャハハハハッ!!『O.P.O』のエージェント様はーー随分甘いようだなァっ!」

「っ!!」

人狼が動く。朱音ちゃんは身構えるも、人狼は地面の砂を蹴り上げて目眩ましをする。朱音ちゃんが炎で砂を焼き払った後、人狼は姿を消していた。

「...アレだけダメージを与えたのにまだ動けるなんて。呆れたタフネスね」

「...朱音ちゃん...私のせいでーー」

私が謝りかけるのを、朱音ちゃんは私の唇に指を置いて止めた。

「むぐっ」

「白羽のせいじゃない。あいつのタフネスを見誤った私のせいよ。だから、白羽は謝らないで」

「.....」

朱音ちゃんは私を安心させるように微笑えむ。朱音ちゃんはたぶん分かっていた。風間さんの時のように、誰とでも分かり合えるわけじゃないと。それでも私の気持ちを汲み取ってくれたんだ。そんな私の甘さのせいで朱音ちゃんに負担をかけてしまっている。そのことが朱音ちゃんにとても申し訳なかった。

「...洲藤ももうすぐ来るわ。後のことは任せてーー」

朱音ちゃんは切り替えるように私に言った。だけどーーその言葉は途中で遮られた。

「あなたーー『アウター』なの?」

その言葉は戸惑いとーー恐怖に塗られていた。

ーーーーーーーー

「クソがッ...クソがクソがァっ!!あのクソガキどもォっ!!」

人狼の男は学校から少し離れた場所の路地裏で、朱音と白羽への怒りを吐き出していた。その目は殺意と怒りに染まっている。

自分の幹部への道を邪魔したばかりか、子供にーーそれも女の子に情けをかけられた男の怒りは頂点に達していた。

「こうなったら...仲間を集めてあの学校の奴等を皆殺しにしてやる...だが、あのクソガキどもはただ殺すだけじゃ気が済まねェ...!!たっぷりと恐怖を与えて、泣き叫ばせて、後悔させてから殺してやるっ...!!」

男の頭には最早ドクターからの依頼のことは忘れて、朱音と白羽への復讐でいっぱいになっていた。男は一度拠点に戻ろうと足を進めようとする。だが、そんな男の背後から声がかけられた。

「...お前か。校長先生やウチの生徒を傷つけたのは」

「あァっ!?」

口調荒く男は振り返る。そこには赤いジャージを着た、黒髪の男が静かに佇んでいた。

「誰だテメエはァっ!!」

「...俺はあの学校の体育教師ーーお前が傷つけた生徒達の...先生だ」

「そうかよーーあのクソガキどもの教師か。じゃあとりあえず...テメエに責任取ってもらって死んでもらうかァっ!!」

男はジャージの教師に飛び掛かる。クソガキ二人の学校の教師と聞いてイラついた男は躊躇しなかった。

赤いジャージを着た男ーー安藤は静かに、だが、怒りの込もった拳を握りしめる。

「...それはこっちの台詞だ。よくもーーウチの生徒を傷つけやがったなっ!!」

安藤はそう言うと同時に駆け出す。お互いの距離が縮まっていき、そして人狼が爪を振りかぶる。

「バカがっ!!真正面から来るとはなァ!!」

人狼は安藤を嘲る。安藤の動きはそこまで速くない。人狼の爪は確実に安藤を捉えた。

ザシュッ!!と血飛沫が舞い、安藤の肉を爪が切り裂く。だがーーそこまでだった。安藤は腕を掲げて、人狼の爪を受け止めていた。

「なっ...!?」

人狼は驚愕する。深く肉に食い込んだ爪は人狼の動きを封じる枷となっていた。そして、安藤はそれを待っていたかのように、拳に力を込めていた。

「これでーー逃げられねえな」

「まさか、わざと...っ!?」

人狼は爪を抜いて逃げようとする。だが、安藤は爪が刺さった腕に力を込め、それを封じる。

「歯ぁ食い縛れ。これはーー校長先生や、ウチの生徒を傷つけた分だっ!!」

「なん...だテメエはァっ!?」

男は咄嗟に相討ち覚悟で安藤にもう片方の爪を振りかぶる。だが、安藤は迫る爪にかまわずに拳を振り抜いた。

ドゴオッ!!と鈍い音を響かせて男が吹き飛ぶ。数メートル転がった男は、朱音から受けたダメージもあり、ついにその意識を完全に失った。

「...すまねえな。もっと早く、駆けつけられていれば...」

男の爪が掠り、その顔と腕からは血が流れていたが、安藤はかまわずに学校の方へ振り向く。その表情は何かを案じている様子ではあったが、すぐに気絶した人狼の男に視線を戻す。

「とりあえず...引き渡すまではこいつを見張っとかないとな」

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