1.『放っておけない』
この世界に「アウター」と呼ばれる者達が出現して数年が経った。
「アウター」とは、異能力に突然目覚めた人達のことである。その由来も、条件も、全く不明。人々はある日突然、世界の理の外にあるような異能力に目覚めてしまうのである。
超常的な能力を手にするのは、ある人にとっては憧れかもしれない。しかし、現実は物語のように甘くはなかった。
異能の力を持つ「アウター」は大多数の人々にとって恐怖、そして弾圧の対象となり、数多くの「アウター」が死んでいった。
そして弾圧された「アウター」達による一斉蜂起が起こり、世界が混乱に陥る。この「アウター」達による武装蜂起は「アウター」側、一般人側双方に多大な被害を出しながら鎮圧された。そして、同じ悲劇を繰り返さないよう「アウター」達を保護する国際組織「outer protection organization」通称「O.P.O」が設立、「アウター」に関する問題の対処や、保護に努めるようになる。「O.P.O」には「アウター」も少なからず所属し、同じ「アウター」を助ける、という基本理念のもと活動する。「O.P.O」の活動によって「アウター」達による被害は抑えられ、世界は平和に保たれるようになった――“表向きは”。
―――都内某所―――
『....ザザッ、赤坂、情報によれば「リベレーター」どもはその付近の街に潜伏しているようだ』
「....ほんと手間かけさせてくれるわね」
薄暗い路地でその女の子は呟く。歳は中学生ぐらいだろうか。燃えるような赤髪をツインテールにまとめ、不機嫌な表情を隠そうともしていない。
その女の子は誰かと通話しているのか、耳に手を当てながら話す。
「いつも通りやらせてもらうわ。文句ないわね?」
『ああ、だがくれぐれも無茶はするなよ。まだお前は子供なんだからな』
その言葉に女の子は皮肉げに笑うと何かを言おうとした。だが、それを下卑た声が遮る。
「おいおい、女の子がこんな人気のない所に一人でいちゃあぶねえぜぇ?」
女の子が耳から手を離し声の方へ振り向くと、男が数人、女の子の方へ向かって歩いてくる。男達は女の子を品定めするような目で、ゆっくりとその肢体を見回した。
「悪くねぇ...いや、上々だ。勝ち気そうなその顔も中々そそるじゃねえか」
「お嬢ちゃん、悪いがここは俺らの縄張りでよぉ、踏み込んだからにはタダで返すわけにはいかねえなぁ。とりあえず...1000万払ってもらおうか」
「おい、なんだよそのバカみたいな数字!」
「うるせえ、どうせ逃がすつもりないんだからこんなのテキトーで良いんだよテキトーで」
男達はそう言いながら女の子の周囲を囲み、退路を塞ぐ。ニヤニヤと笑いながら言う男達に女の子は冷たく返す。
「....そんなお金、持ってないわ」
「そりゃ残念だぁ。だったら...」
そう言いながら男は女の子の手を掴む。微動だにしない女の子を見て、男達は恐怖で動けないものだと思い、優越感に浸っていた。
しかし、その顔はすぐに怪訝なものへと変わる。女の子は焦った表情も、恐怖の表情も浮かべることなく男達を冷たく見返していたからだ。
「本当に私で良いの?」
女の子は淡々と男達に呟くと、通信機から声が入る。
『赤坂、やり過ぎるなよ』
「それは保証できないわね。だって――」
女の子は笑う。すると、その身体を取り巻くようにゴオッ!!と炎が何処からともなく噴き出した。
「な、なんだぁ!?」
「ひいぃ....!!?ま、まさかこいつ....!!?」
男達はそれを見て恐怖におののく。女の子はそんな男達の問いに答えるかのように返す。
「私は――化物だもの」
路地裏に男達の悲鳴が響き渡った。
――――――――――
『ねえ、聞いた?この近くの路地裏で火事があったって』
『聞いた聞いた。なんでも路地裏でヤンキー達が火遊びしてたのが燃え広がったんじゃないかって』
『その火事でヤンキー達は重傷だって。自分達の出した火で燃えるなんてバカよねー』
クラスメイトが近くで起きたちょっとした事件のことを話しているのが耳に届きながら、私は次の授業の準備をしていた。
「しーろーはー!!お願いしますノート見せてーー!!」
「きゃっ!?」
そんな私の後ろから誰かが抱きついてきた。突然のことで驚いてしまったけど、声で誰かは分かる。
「み、美海ちゃん....いきなり抱きつくのはやめて...」
「えー?だって白羽、抱き心地良いんだもん。ほーれ、すりすりー」
抱きついてきた相手に抗議するとその相手――友達の美海ちゃんは、顔を私の背中に擦り付けてきた。
これが美海ちゃんなりのスキンシップだと分かってはいるけど、困ってしまう。と言うか、く、くすぐったい....
「バカ美海、やめな、白羽困ってるよ」
その時、現れた誰かが美海ちゃんの背中に容赦なく、勢いよくチョップをした。美海ちゃんは「ぐえっ!?」と悲鳴をあげて背中を押さえながら私から離れ、チョップをした相手を睨む。
「痛いな!?今、一切手加減のないチョップしたろ!?」
「あんたが調子に乗って白羽困らせるからでしょうが」
そう呆れながら呟くのは、同じく友達の舞桜ちゃん。
美海ちゃんは「だからってこんな威力のチョップ叩き込まなくても...」と恨みげに呟く。そんな美海ちゃんに舞桜ちゃんが、お説教を続けそうな気配を感じて私は口を挟んだ。
「そ、そういえば美海ちゃん。ノート見せてほしいの?」
「そう!そうなんよ!数学のノート!お願い、白羽!」
「見せなくて良いよ白羽。美海の自業自得なんだから」
「しょうがないじゃん!つい、授業中にウトウトしちゃって...一瞬の間に黒板消されちゃってたんだもん!」
「あの先生、書くの早いもんね...」
私はそう言いながら数学のノートを取り出して美海ちゃんに渡した。
「はい、でも、あんまり寝たらダメだよ?」
「ありがとう!本当にありがとうございます白羽様!」
「白羽は本当に甘いんだから...」
舞桜ちゃんに呆れながら言われてしまったが、美海ちゃんが放課後、部活で遅くまで練習してるのを知っているから、これに関してはしょうがないと思う。それに、そう言いながらも舞桜ちゃんも然り気無く、美海ちゃんに次の課題の範囲を教えてあげている。舞桜ちゃんも美海ちゃんの頑張りは知っているからだろう。だから、それ以上は何も言わなかった。それに....授業中に居眠りしたらダメなのは事実ではあるから舞桜ちゃんの言うことも間違ってはない。
茶髪をポニーテールにして、いつも元気一杯なのが青谷 美海ちゃん。
長い黒髪を背中まで伸ばして、いつもクールでちょっと厳しいところもあるけど、何だかんだ優しいのが「神奈崎 舞桜」ちゃん。
そして....私、水月 白羽。私達三人は小学校から友達で、中学校も同じ学校で、いつも一緒にいて、こんな感じの毎日を過ごしていた。
「お前ら、席に着け」
二人と話していると担任の久部先生が、気だるげな表情でボサボサの髪を掻きながら入ってきた。
「あっ...と、先生だ。白羽、ありがとね!」
美海ちゃんは写し終えたノートを私に返し席に戻る。舞桜ちゃんも小さく手を振りながら席に戻った。久部先生は全員が席に着いたのを見て話し始める。近くで火事があったことに関連して火遊びはしないように、等、連絡事項を述べた後で
「連絡事項は以上だ。それと....」先生はチラッと廊下に視線を送る。
「今日は転校生を紹介する」
先生のその一言でザワッと教室が騒がしくなる。私達が入学して1ヶ月、この時期に転校生は珍しいからだろう。騒ぐ生徒達を久部先生は「あーうるせえ、うるせえ、静かにしろ」と黙らせた。
「お前らも小学生は卒業したんだろ、このぐらいでいちいち騒ぐな、めんどくせえ」
「はい、先生!これだけは教えてください!男の子ですか女の子ですか!」
「じゃあ赤坂、入れ」
「ガン無視!?」
美海ちゃんの質問をスルーし先生は廊下に向かって声をかける。
その声と同時にガラッと教室の扉が開き、自然とクラス全員の視線がそこに集中する。緊張してもおかしくない状況だが、入った来た子は臆する表情を微塵も見せず、堂々と入ってきた。
「女の子だ...!」
「可愛い....!!」
「勝ち気そうな顔が良い...踏まれたい...」
....なんだかおかしな発言もあった気がするけど、その女の子が凄く可愛い子だったから教室は再び騒がしくなる。
「静かにしろ、二回目だ。次は課題を三倍に増やすぞ」
先生が放った一言は効果抜群だった。一瞬で教室は静かになる。それを見て先生は女の子に視線を送る。
「じゃあ自己紹介しろ」
「投げ槍すぎない!?」
先生からのお膳立てもなく、あまりにも適当なパスに美海ちゃんが思わずツッコムも、女の子はチョークを取り、黒板に字を書き始めた。
「『赤坂 朱音』」
一言。それで終わりと言わんばかりに女の子...赤坂さんは腕を組んだ。そんな赤坂さんに何も言うことなく先生は続けた。
「じゃあ赤坂、席に着いてくれ。水月...あの白髪の子の隣だ」
赤坂さんは先生の言葉に私に視線を向ける。その目が一瞬、私の髪に向けられたのはたぶん気のせいじゃない。でも赤坂さんは特に何の表情も見せることなく、赤い髪を揺らしながら私の方へ近づき、そして隣の席に座った。
「これで朝のHRを終わる。くれぐれも問題を起こすなよ」
先生はクラス全員を見回しながら言った。この後に起こることをたぶん予測しているんだろう。先生が出ていくと、案の定、赤坂さんの席は瞬く間にクラスメイト達で囲まれてしまった。
「赤坂さんどこから来たの!?」
「どうしてこの時期に転校してきたの!?」
「その赤い髪凄いね!染めてるの?それとも地毛!?」
「付き合ってる男はいる?」
等々...次々に繰り出される質問。
「(こういう時、話しかけてくれるのは嬉しいけど、ちょっと困っちゃうよね...)」
私は入学した時のことを思い出していた。自分の時も中学校から一緒になったクラスメイト達にこうやって質問攻めされて困ってしまった。だから、赤坂さんも同じように困っているだろう、と私は赤坂さんを囲んでいるクラスメイト達に声をかける。
「皆、一気に質問したら赤坂さん困っちゃうよ。落ち着いてお話しよう?」
私の言葉にクラスメイト達はハッとした顔をして、矢継ぎ早にしていた質問を止めた。一部のクラスメイトは私の時のことを思い出しているのか「ごめん」と言うように手を合わせている。これで赤坂さんも落ち着いて質問に答えられるはず...そう思っていると
「そこ、邪魔だからどいて」
赤坂さんの言葉に一瞬、教室内の空気が凍りついたように感じた。初対面にしてはあまりにも鋭すぎる言葉にクラスメイト達が戸惑っているのを感じる。何かの聞き間違いかと思うほど、その言葉は鋭すぎた。
だけど、赤坂さんは指を指しながらさらに言葉を続ける。
「聴こえなかった?あんた、それとあんた、邪魔だから退きなさい」
赤坂さんはそう言いながら立ち上がる。思わず、距離を開けるクラスメイト達。そんな様子を気にかけるでもなく、赤坂さんは何故か私の方へ近づいて来た。
赤坂さんは立ったまま私を見下ろす。
「えっと....」
「あんた、この髪は地毛なの?」
「え....?」
いきなり言われて私は戸惑う。確かにこの髪は日本では目立つだろうけど、まさか転校生から逆に質問されることになるとは思わなかった。とは言え、質問されて無視するわけにもいかない。
「地毛...だと思う、物心ついた時にはこの髪だったから...」
「ふーん...あんたハーフとか?もしかしてそれ...病気、とか?」
「ちょっとあんた!!」
「...いきなりそんなこと言うなんて常識ないんじゃないの?」
赤坂さんの不躾な質問に美海ちゃんと舞桜ちゃんが、赤坂さんと私を遮るように間に入り、赤坂さんを睨み付ける。そんな二人に私は「大丈夫」と呟き、赤坂さんに視線を向ける。二人は迷っていたが、私は赤坂さんからの視線に嫌なものは感じなかった。それどころか...だから私は真っ直ぐ赤坂さんの目を見て返した。
「私はハーフじゃない、日本人だよ。それに...病気でもないから大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
私がそう言うと赤坂さんは「別に...心配したわけじゃない」と素っ気なく返し、そのまま教室を出ていこうとした。
「ちょっと...」
「一つ、言っておくわ。私に関わらないで。放っておいて」
制止しようとした美海ちゃんに...いや、私達全員に赤坂さんはそう言ってそのまま教室を出ていった。その言葉には明確な拒絶の意思が込められていて、誰も何も言えなかった。
呆気にとられていたクラスメイト達だったが、さすがの横暴ぶりに
「何あれ....」
「感じ悪....」
「流石に引くわー...」
「ていうか今から授業始まるのにどこ行ったの?」
等と口々に言いながら席に戻る。こんな雰囲気ではもう、今後、赤坂さんに関わろうという人はいないだろう。
「.......」
「もう、好き勝手言ってどっか行っちゃって!」
「...白羽、大丈夫?」
私が黙っていると舞桜ちゃんが心配して声をかけてくれた。さっきの赤坂さんの発言を気にしていると思ったのだろう。
「私は大丈夫だよ、ただ....」
「ただ?」
「赤坂さん、孤立しちゃうかな...って....」
「それは....まあそうだろうね。でも...本人も関わってほしくなさそうだったし、良いんじゃない?」
舞桜ちゃんの言う通り、確かに赤坂さんから明確な拒絶の意思はあった、でも....
キーンコーンカーン
その時、授業の開始前の予鈴が鳴る。クラスメイト達は授業の準備を始め、美海ちゃんと舞桜ちゃんも席に戻ろうとする。そんな二人に私は
「二人とも、さっきは私のために怒ってくれてありがとね」
さっき二人が庇ってくれたことにお礼を言う。二人は気にしないで、と返しながら席に戻って行った。
入ってきた先生はチラッと空席の赤坂さんの席に視線を送るもそのまま授業を始める。
まるで赤坂さんがいないことは分かってた...みたいな反応も気にはなったが、それよりも私はさっきの赤坂さんの発言...いや、正確にはその時の赤坂さんの目を思い出していた。あの時の赤坂さんの目は――
「...とても寂しそうな目だった...」
赤坂さんにどんなことがあって、どんな想いであんなことを言ったのか、あんな目をしていたのか分からない。だから――まずは知りたい、赤坂さんのことを。
私はさっき二人が庇ってくれた時に、胸に感じた温かさを思い返す。私にできるかは分からない...だけど、赤坂さんにもこの温かさを教えてあげたい。何より――あんな寂しそうな目をした子を放っておけない。
私はまずは赤坂さんが戻ってきたら話をしようと決意を固めたのだった。
――――――――
『おい、どういうつもりだ赤坂』
「なにがよ」
『お前、わざわざ俺が自腹切ってまで学校に入学させたのに、なんださっきのは?しかも初日からサボりか?』
赤髪の少女、赤坂朱音はため息をついた。正直、通信を切ってしまいたかったが、そういうわけにもいかない。
「任務に必要ないもの。以上」
『バカ野郎、お前な、青春時代送れるのは今だけなんだぞ?中学三年なんてあっという間だぞ?』
「....あんたが何をさせたいのか、分かるけど私には不要よ」
通信機の向こうからため息が聞こえた。ため息をつきたいのはこっちだ、と言いたいのをこらえ、赤坂は続ける。
「だって私は...『アウター』――化け物よ。普通の子と関わるべきじゃないわ。それがお互いのためよ。『アウター』とそれ以外とじゃ住む世界が違うんだから」
『.......』
その言葉に通信機の相手は沈黙を返す。相手が何を考えているのかは分からないが、とりあえず面倒な追求を免れたので話を元に戻す。
「それで?『リベレーター』達は?」
『活動の痕跡は見つかったが、まだどこに潜伏してるかは分からないな』
「....無駄話してる暇があったら任務に集中した方が良いんじゃないの?」
『だから情報が出揃ったらこっちから通信する、その間に学生生活を満喫しとけと言ったろうが。網は張ってんだ、あとは掛かるまでやるこたねえぞ』
「ちっ....」
赤坂は舌打ちした。話を蒸し返されたのもそうだが、任務の対象が現れなければ自分の仕事がない、その間どこかしらにはいなければならないが、あまりこの周辺から離れるわけにもいかない。かと言って街中をこの時間にうろついていれば補導されてしまう。癪だが今は学校にいるのが一番無難ではある。
『お前はもっと人と関われ。『アウター』でも普通に社会に溶け込んでる奴はいるんだぞ。お前はただ人との関わりから逃げてるだけ――』
ゴオッ!!と炎が耳にあった通信機を呑み込み、燃やし尽くす。耳障りなことを言う通信機を壊した赤坂は灰となった通信機を踏みつけながら呟く。
「....人の気も知らないで勝手なことばかり...」
そして高ぶった気を静めるようにため息を吐く。思わず壊してしまったが、任務のためにはあの通信機がいる。スペアはあるが、それには教室に戻って鞄から取らないといけない。
「(任務もまだやることないし...授業を聞くだけでも暇潰しにはなるか...)」
少なくとも何もない屋上で時間を潰すよりは。そう判断した赤坂は教室の方に歩を進める。
「(それに...あれだけ言ったんだから話しかけてくる奴もいないわよね)」
―――――――――
「赤坂さん、良かったらお昼ごはん一緒に食べよう?」
私は赤坂さんの隣で、給食を抱えながらそう言った。
「.....は?」
赤坂さんが驚いた表情で私を見る。....?何かおかしいこと言ったかな?
私達のクラスは給食は久部先生の方針で自由に席を取って良い...簡単に言えば「好きにしろ」スタイルだ。だから隣の私が赤坂さんと一緒に食べようとするのは別におかしいことじゃないはず。
赤坂さんから拒絶されなかった(と判断した)私は机をくっつけて赤坂さんとの距離を縮める。
「はい、これ赤坂さんの。私の取って来るね」
私は赤坂さんの分を置き、自分の分を取りに行った。クラスメイト達は、戻ってきた赤坂さんに対してあまり好意的でない視線を向けている。これでは赤坂さんも取りに行きづらいだろうし、トラブルが起こるかもしれないから赤坂さんの分は私が代わりに取りに行った。私が二回目に取りに来た時には、クラスメイトの一部の人は少し微妙な顔をしていたが、何もしていない私に何かをするわけにもいかず給食をついでくれた。
戻ると、赤坂さんは私の席から離れていた。私は再度、席を動かして赤坂さんの席に寄せる。それを見た赤坂さんは声を出した。
「...ちょっと」
「....?(ニコッ)」
赤坂さんが話しかけてきたので私は笑顔で返した。すると赤坂さんは「うっ...」と怯んでそれ以上何も言わなかった。
寄ってきた私とは目を合わせず、赤坂さんはご飯を食べ始めた。私は強く拒絶されなかったことに内心ホッとしながら、赤坂さんと一緒に給食を食べる。
「あ、今日のご飯シチューだ。私、シチュー好きなんだ~。赤坂さんは?」
「.....」
「ええと...し、シチューってほら、私の髪の色と同じだよね、だからその....親近感わくなぁ...だから好きなのかも...な、なんちゃって....あはは...」
「....」
不機嫌そうな表情で黙々と食べ進める赤坂さんに心が挫けそうになるも、諦めず話し続けていると
「....ねえ、あんたバカなの?」
「....え?」
不意に口を開いた赤坂さんに思わず聞き返す。赤坂さんはそんな私にかまわず続けた。
「普通、あんなこと言った相手に話しかけないでしょ。しかもあんた、私が質問した子じゃない。あんな質問したのになおさら...」
「あ、私のこと、覚えててくれたんだ」
「そりゃそんな見た目してれば...ってそうじゃなくて!」
「あの質問なら別に私は気にしてないけど...もしかして赤坂さん、気にしてたの?」
「はあ!?べ、別に気にしてないし、そんなこと言ってないけど!?」
気にしてないならわざわざそんなこと聴かないんじゃ...と思ったが、今それを言うとさらにむきになって否定しそう...。
「しーろは、一緒に食べよ!」
「こっち、座るね」
美海ちゃんと舞桜ちゃんが私の席の近くに座る。一瞬、赤坂さんの方に視線が向くが、二人は特に何も言わず座り、私に「しょうがないな」と言うような視線を送ってきた。なんでそんな視線を送られたのか分からない私は首を傾げる。
「....増えたし...」
赤坂さんはうんざりとした表情でそう呟く。
「あ、自己紹介がまだだったよね。私、水月白羽。こっちが小学校からの友達で――」
「ごちそうさまでした」
せっかく覚えててくれたから、名前も覚えてもらおうと自己紹介しようとすると赤坂さんは食べ終わり、席を立っていた。
「あ、赤坂さん――」
私の言葉を無視して赤坂さんは食器を片付けてどこかへ行ってしまった。追いかけたかったけど、食べるのが遅い私が食べ終わる頃には赤坂さんは何処かへ行っているだろう。とりあえず今は諦めるしかなさそうだ。
「白羽もよくやるよね~」
「?」
「普通あんなつっけんどんにしてる子に話しかけないよ?」
「赤坂さんにも同じようなこと言われたなぁ...」
美海ちゃんに言われて赤坂さんからの言葉を思い出す。
「でも、なんだか放っておけなかったから」
私の言葉に美海ちゃんと舞桜ちゃんは顔を見合わせ「やれやれ」と言ったように同時に肩をすくめた。
「ま、何か困ったことあったらいつでも言ってよ!」
「...白羽のためならいつでも力になるから」
「二人とも....ありがとう」
二人の言葉にお礼を言うとご飯を食べ終わった美海ちゃんが
「まったく、白羽はしょうがないなぁ!代わりにハグさせろー!」
「きゃっ」
ガバッと飛びかかられそうになり、思わず悲鳴を漏らすと横にいた舞桜ちゃんが美海ちゃんの横腹にグーパンチをした。
「グーで殴るよ」
「な....殴ってから言わないでよ!?しかもよりによって横!!」
喧嘩をする二人を宥めていたら残っていたシチューがすっかり冷めてしまい、二人に平謝りされてしまった。
――――――――
「はぁ.....」
私はため息をつく。結局ここ、屋上に戻ってきてしまった。
誤算だった、あれだけ言えば話しかける人はいないと思っていたのだが、まさかいるとは。あまりにも自然に話しかけてきたから思わず居眠りでもしてて聞いてなかったのかと思ったほどだ。
「水月、白羽か...」
私は去り際に聞いた名前を呟く。よほどのバカなのか....それともやっぱり思わず気になって話しかけたのがいけなかったのか。
「アウター」として覚醒すると、肉体に変化が現れる者は多い。そして最も目立つ変化と言えば髪色の変化だ。それは覚醒した能力によって色が決まることも多く、現に私の髪もそうだ。つまりは私はあの子が「アウター」なのではないかと思ってつい聴いてみたのだが....
「(話してる感じ、そうは見えなかったし...)」
髪色について聴いた時も、焦り等は全く感じられなかった。「アウター」であることを隠して生活しているなら、触れられれば少しは焦りが出るはず。その変化を見逃さない自信はある、ましてや素人相手だ。しかし、あの子にそういう気配は全くなかった。話しかけてきたのも私が「O.P.O」のエージェントだと気づいて情報を集めようとして――等色々考えていたのだが、そんな気配も全くなかった。
となると、初対面であれだけ拒絶したのに話しかけてきた理由が分からないが――
「(もしかしたら私が気づけないほどあの子が演技がうまいのか...それともただのバカか)」
私はそう考えながら前者の可能性はほぼ捨てていた。あの子にそんな腹芸ができそうにはとても見えなかった。となるとそんな子の隣の席になって運が悪かった...それしか言えない。話す切っ掛けを作ってしまったことも含めて。
「(でも...あんな風に同じ歳の子と話したの何年ぶりかしら...)」
ふとそんなことを考えてしまい、慌てて振り払う。
「(ダメよ...関わってもお互いロクなことはない。私は、化け物...決してお互いの道が交わることはない...)」
教室に戻らずこのまま屋上で過ごそうかとも思ったが、さっきあの鬱陶しい上司に午後からの授業には出ると言って黙らせたところだ。このままサボっているとまた何を言われるか分かったものじゃない。スペアはもうないからまた壊してしまったら、任務が継続できなくなってしまう。流石に私情で任務放棄する気はない。
「(まあ...授業中は話しかけてこないだろうし...)」
明らかに真面目そうなタイプだったし。合間の休み時間さえ凌げばどうにかなるだろう。
そう算段をつけた私は時間を見ながらギリギリに戻るのだった。
――――――――
「よし、じゃあ今日は隣の奴とペアを組んでお互いにモデルをしろ」
午後最初の授業は美術だった。先生がそう言うと隣同士でペアを組んで、お互いの顔を描く授業に取りかかる。
「赤坂さん、よろしくね」
私がペアを組んだ赤坂さんにそう言うと、赤坂さんはものすごーく不機嫌そうな顔をしていた。
「....ほんと、今日は運が悪い...」
「えっと....もしかして私とペア組むの嫌だったかな...?それなら、他の人と変えてもらえるように...」
「そういうわけじゃ、ないけど...」
赤坂さんはモゴモゴと否定する。私はと言うと赤坂さんのその一言で嬉しくなり思わず笑顔になってしまう。
「本当?良かった、嫌われてるのかと...」
「いや、普通そっちが嫌うはずじゃ...ああ、もう....!調子狂うわほんと....」
赤坂さんは私の笑顔を見て額を押さえていたが、ため息を吐いて紙と鉛筆を手に取る。
「もうさっさと終わらせるわ...そこ、動かないで」
「う、うん」
美海ちゃんや舞桜ちゃんの時にモデルになったことはあるけど、二人の時と違って緊張する...それに赤坂さんは私をどう描いてくれるのだろう、赤坂さんには私はどういう風に見えているんだろう、と色々考えちゃって少しドキドキする。
赤坂さんは迷いなくペンを走らせている。絵を描くの得意なのかな...?
「できたわ」
「赤坂さん...その、み、見ても良い?」
断られるかもしれないと思いつつ聴いてみると赤坂さんは意外とあっさり了承してくれた。その表情は少し得意げだ。もしかしたら絵を描くのが好きなのかもしれない。
私は赤坂さんの絵を覗き込む。その瞬間、私は思わず言葉を失った。
「ま、こんなものね。あんた髪が長いから描くのがちょっと大変だったわ」
「.......」
赤坂さんの言葉に返事をしなくちゃ、と思いながらも私は咄嗟に返事ができなかった。
私、であろう人物は顔が崩れ、まるでこの世の全ての絶望を味わったかのように苦悶のような、悲鳴のような表情を浮かべている...溶けた豆のようなものに線が四本生えていて、触手のようなものがうねうねと頭の先っぽから生えている。これはたぶん私の髪....だろう、たぶん...。
「そこそこうまく描けてるでしょ」
赤坂さんは自信満々にそう言う。いや....も、もしかしたら私って他人から見たらこう見えてるのかも...と、とりあえず声を出せ私!赤坂さんに返事してあげないと!
「うわ、なにこれ....あんた、もしかして絵へ」
その時、たまたま横を通りかかった美海ちゃんがそう言いかけたのを聞いて、私は咄嗟に美海ちゃんの口を塞いだ。
「....?なに?何か言いかけた?」
「な、何でもないよー。そ、それより上手に描いてくれてありがとね、赤坂さん。う、嬉しいよ」
「もご!もが!」
私は美海ちゃんに小声で耳打ちする。
「(赤坂さん、絵を描くの好きみたいだから言わないであげて!)」
「(わ、分かった....)」
美海ちゃんは了承して「ま、まあ良いんじゃない?うん、それじゃ!」と言って逃げるようにそそくさと戻っていった。
私は深呼吸して気持ちを落ち着かせ、今度は自分が紙と鉛筆を持つ。
「そ、それじゃ今度は私が描くね」
「....まあ、あんまり期待してないから、適当にやれば良いわ」
「が、頑張るね」
私は赤坂さんを見ながら鉛筆を走らせる。絵は得意じゃないけど、赤坂さんにせめて失礼がないように描かなくちゃ...!
私は赤坂さんを観察する。赤い髪、鋭い目、少し不機嫌そうな表情....赤坂さんは変わらず、周り全てを拒絶する雰囲気を隠してもいないけど....でも、でもやっぱりその目を見ていると、私はどうしても寂しそうで、少し悲しそうな、そんな風に感じてしまう。
「(赤坂さん...)」
赤坂さんのそんな目を変えたい――そんな風に想いながら描いていると、自分でも気づかない内にいつの間にか描き終えていた。
「あっ....」
私は描き終えたその絵を見た瞬間、思わず声を漏らしてしまう。
「なに?...もしかしてうまく描けなかったの?」
「えっと、違うけど....その...」
「...言ったでしょ。最初から期待してないって。だから気にしないで見せなさい」
赤坂さんは私の描いた絵を覗き込む。すると、その目が少し見開かれた。
「これは....」
私が描いた赤坂さんの絵は――私の願望が入ってしまったのか、とても穏やかな目をして、柔らかい表情をしていた。それは、今の赤坂さんを描いたものではなく、私がこうなって欲しい、と思い描いた赤坂さんだった。
絵を見て黙った赤坂さんを見て焦った私は慌てて謝る。
「ご、ごめんね。私、絵下手だから...か、描き直すね」
描いた絵を消すために道具を取ろうとすると、赤坂さんはポツリと何かを言った。
「....え?」
小声でよく聞き取れなかった私が聞き返すと、赤坂さんはハッとした表情を浮かべ
「ふ、ふん。なによこれ、私に全然似てないじゃない。本当に見ながら描いたの?」
「うう....ごめんなさい...。すぐ描き直すから...」
「....消す手間がもったいないでしょ。一から描き直しなさいよ」
赤坂さんはそう言うと私の描いた絵を取って、新しい紙を渡してきた。
「あ、ありがとう...」
「これは私が捨てとくわ。他の人に見られたら、はず...いい笑い者だもの」
「うっ....」
相変わらず鋭いトゲのような赤坂さんの言葉がグサグサと心に突き刺さるのを感じながら、私は鉛筆を握った。今度は余計なことは考えないように真面目に描かなくちゃ...!!
雑念を振り払いながら描いたおかげか、今度は赤坂さんは何も言わなかった。
ちなみに提出する時に、赤坂さんの絵を見た先生があまりの禍々しさに倒れてしまい、ちょっとした騒動になったのは...また別のお話。
――――――――――
「はあ~やっと終わったぁ...」
放課後、美海ちゃんがそう言って伸びをするのを聞きながら、私は帰り支度をしていた。赤坂さんは、帰りのHRが終わるや否や、声をかける暇もなく教室を出ていった。
「...美海はこれから部活でしょ?また、あんまり遅くまで残るんじゃないわよ」
「はいはい、舞桜、分かってるよ。あんたも今から茶道部でしょ。あんな静かーに正座でずっといるようなの、よくできるよね」
「...あんたみたいなのこそやるべきよね。少しは落ち着きが身につくかも。...今度部長に言って体験入部してみる?」
「冗談!それじゃ白羽、舞桜もまた明日ね」
「うん、頑張ってね、美海ちゃん、舞桜ちゃんも」
部活に行く二人を見送り、私は帰路につく。美海ちゃんは陸上部、舞桜ちゃんは茶道部にそれぞれ所属している。
私はと言うと...部活には入っていなかった。理由は単純で、帰って家事をしないといけないからだ。私の家は、お母さんは私が幼い頃に死んで、お父さんは単身赴任で数年前から海外へ出張に行っている。お父さんは海外へ私を連れては行きたくなかったらしく、私は日本に残ることになった。お父さんは海外へ出張に行ってから家に帰ってきたことはないから、今は独り暮らしのようなものだ。
...寂しくないと言えば嘘になるし、家事や色んなことをするのは最初は大変だったけど...美海ちゃんや舞桜ちゃんもいるし、それにお父さんのお姉さん、私にとって叔母さんにあたる人が時々、様子を見に来てくれるから(遠い所に住んでるから年に数回だけど)、今はこの生活にももう慣れた。お父さんも、一人で海外で頑張ってお仕事をしてるのだから、私がワガママを言うわけにもいかない。
私は帰り道を歩き夕飯の献立を考えながら、冷蔵庫にある物を思い出していた。そろそろ食材がなくなってきたから、帰りにスーパーに寄らないと。帰り道にスーパーがあるのはありがたい、こうして学校帰りに寄れるから。
そうして歩いていると、ふと見覚えのある人を見つける。
「あれ...赤坂さん...?」
あの燃えるような赤い髪は見間違えるはずがない。でも、今の赤坂さんは学校にいる時よりもさらにピリピリとした空気を纏っていて、怖いぐらいその表情は険しかった。赤坂さんは物陰に隠れるように立ち止まっていたが、どこかへと向かって走り出した。
「.....」
私は赤坂さんを見て、妙な胸騒ぎがした。このまま見過ごしたらもう二度と会えないかもしれない...何故かそんな風に感じた。
「...たとえ気のせいでも...あんな雰囲気の赤坂さん放っておけないよね...」
私は決意を固めると赤坂さんを追いかけたのだった。
――――――――
『赤坂、奴等が網にかかったぞ』
「....ちっ、遅すぎるのよ。そのせいで.....」
赤坂は言いかけた言葉を止めた。脳裏によぎったのはこんな私に、やたらと話しかけてくる白い髪の子の顔だ。
「(余計な時間過ごしたせいで顔覚えちゃったじゃない...)」
『おい、どうした?まさか、気になる奴でもできたか?』
「黙りなさい」
おまけに耳障りな雑音もついてくる。本当にイライラする、それもこれも全部、さっさと姿を現さなかったあいつらのせいだ。
『ま、その話は後で聴くとして...あいつらはこの先の自然公園に今はいるみたいだな』
「了解。...一応聴くけど」
『ああ、抵抗すれば生死は問わない』
通信の相手は当然のように言った。
『リベレーター』。最初は「アウター」の達の自由を求めて発足された団体で、「アウター」への差別をなくす主張を訴えるだけの平和な集団だったが、いつしか「アウター」は『人類を越えた新人類』という主張を掲げ、「アウター」が人類の支配者となるべき、という理念に基づき、テロ紛いの行動をする危険な集団へと成り果てた。噂では武装蜂起した「アウター」の一部が加わったからだとされているが...。当然、各国は彼らの存在を許しはせず『第一級テロリスト』として壊滅を図っている。国際組織である『O.P.O』も例外ではなく、一応、他の組織とは違って投降を呼び掛けたり、エージェントによっては捕縛したりしているが、基本はデッドorアライブ、生死問わずその存在をとにかく表に出さないことが重要視されている。
赤坂が転校してきたのもこの『リベレーター』達がこの街で目撃されたとの情報があったからだった。赤坂の任務は『リベレーター』がいれば生死問わず、この街から排除することだった。
『周囲の封鎖は済ませてある。幸い、奴等がいる場所も広い。思う存分暴れて良いぞ...周囲一帯が焼け野原にならない程度にな』
「努力はするわ」
通信機からの指示をもとに走っていると、あっという間に目標が見えてきた。「アウター」は個人差はあるが身体能力も普通の人間より高いことが多い、赤坂は地を蹴り『リベレーター』達の頭上へと跳んで、そのまま一人の頭を踏みつけ、地面へと叩きつけた。
ドゴッ!!と衝撃が走り、頭が地面にめり込んだ男はそのまま気絶した。運の良いことにそいつは「アウター」だったらしく死んではないようだ。
「なっ...!?」
「てめ――」
「遅い!」
男達が何かをするより早く、赤坂の周囲からどこからともなく炎が立ち上がる。炎は動こうとした男達を呑み込み、勢いのままその身体を焼きながら吹き飛ばした。
「ぐああっ!?」
「あ、あつい!?身体が、焼け、焼けるぅ!!?」
一人が公園の水場に飛び込むも炎は消えない。
「無駄よ、この炎は通常の物理法則の外にある炎...私が消さない限りその身を焼き尽くすわ」
「とめ、とめてくれぇ!!?」
「嫌だ嫌だ嫌だ!!あつい、あつい、あついぃ!!!」
転がってもがいている奴等はどうやら「アウター」ではない、一般人のようだ。『リベレーター』には、少なくはない一般人の協力者もいる。「アウター」の尊厳と権利を守るため、という表向きの理念に乗せられて入る奴等もいるという話だ。
「(反吐が出る....)」
こいつらがそうかは分からないが、その話を思い出してそのまま焼き殺してやろうかと思ったが、赤坂は指を鳴らし炎を止めた。別に慈悲をかけたわけではない、ただ単に聴きたいことがあったからだ。
息も絶え絶えになっている男達を冷たく見下ろしながら赤坂は聴く。
「他に仲間は?」
「......」
「三秒以内に答えなさい、でないと一人ずつ焼き殺していくわよ」
ゴオッ!!と赤坂の操る炎が勢いを増すと、男の一人が必死に話し始める。
「じ、じらない!!俺たちはごごで人を待っでだだげなんだ!!本当だ!!」
焼けた喉を必死に動かすその必死さを見るに男は嘘はついてないようだ。となると、最初に気絶させたのが同行していた唯一の「アウター」だったようだ。
「(運が良かったわね)」
誰がアウターだったか分からない以上、奇襲で抵抗できる戦力を潰せたのは僥倖と言えるだろう。相手の能力によっては苦戦していた可能性もある。
男達に抵抗の意志はなさそうだと見て、赤坂は炎を止めた。抵抗すれば容赦はしないが無抵抗の人間をわざわざ殺す趣味はない。赤坂は通信を繋ぐ。
「終わったわ。掃除屋じゃなくて回収屋をよこしてちょうだい」
『お、早かったな。しかも回収の方か』
「ええ、運が良かったわ。最初に潰したのがアウターで――」
赤坂はそう言いながら先程の男の言葉を思い出す。こいつらは誰かを待っていたようだ、つまりここで待っていればそいつもついでに処理できるということだ。
「それと、こいつらここで誰かと待ち合わせしてたみたい。ここで待機してそいつもついでに――」
「ついでに?どうするんだい?」
「.....っ!?」
不意に聞こえた声に驚きながらも瞬時に炎を出し、戦闘態勢を取る。声がした方に視線を送ると、そこにはいつの間にか一人の男が立っていた。
「(....周囲は警戒していたはず)」
『気をつけろ赤坂。こっちにも反応が今の瞬間まで全くなかった』
もしかしたらこいつの「アウター」としての能力かもしれない。赤坂は警戒しながら男を見る。その男は、柔らかな笑みを浮かべながら倒れている男達を見ていた。
「いやあ、本当にごめんよ、ボクの到着が遅れてしまったばかりにこんなことになってしまって」
笑みを浮かべている男は謝罪するが、その声や態度にはまったく謝罪の意志は感じられない。
「まあでも....君たちのおかげでこうしてまんまと獲物が現れてくれたんだ、感謝するよ」
「何ですって....?」
まるで赤坂が来るのを待っていたかのような言い方に思わず声を出す。男はその言葉に反応してか、赤坂の方を向いた。
「やあ、初めまして。「O.P.O」のエージェント。ボクは同士達から『ドクター』と呼ばれている」
「そう、それ以上の自己紹介は不要よ。大人しく従うか、それともそこに転がってる奴等と同じ目にあいたいか、選びなさい」
赤坂は炎を出し、いつでも放てるようにかまえる。ドクターと名乗った男は降参するように両手を挙げた。
「勘弁してくれよ、ボクは見ての通り非力なんだ。できるのはただ――」
男は目を細める。何かをしようとした気配を感じた赤坂は
「動くな!!」
炎を男に飛ばした。アウターとの戦闘は迷ったらやられる、エージェントとして経験を積んだ赤坂に迷いはなかった。
しかし、迫り来る炎を前にしても男はまったく動じず、言葉を続ける。
「――こういうことだけさ」
その手にはいつの間にか、注射器が握られていた。そして、男はそれを最初に赤坂が倒した「アウター」の男に投げ突き刺す。
「(気付け薬....!?いや、この距離なら起きる前に二人ともやれる!)」
赤坂はそう確信していた。事実、普通ならどんな能力を持っていても、もう間に合わない距離にまで炎は迫っていた。
そう、“普通”なら。
注射器を刺された瞬間、気絶していた男はカッと目を見開き、その瞬間、男を取り巻くように暴風が吹き荒れる。その風は迫る赤坂の炎をかき消した。
「なっ....!?」
赤坂は驚愕する。それは通常なら間に合うはずがない速度での能力の展開だった。
「うっ...ガッ....!?あ、あああアアアアアァァァァァァ!!!??」
男は倒れたまま苦悶の表情を浮かべ、そして悲鳴をあげ、男の悲鳴に呼応するかのように風が吹き荒れ、周囲の物を薙ぎ倒していく。その様子をドクターは満足げな表情で見つめていた。
「ふむ、試作品にしては上々だな。あとは...戦闘データを...」
「あんた、何をしたの!?答えなさい!!」
赤坂は炎をドクターへ飛ばす。しかし、それはアウターの操る風によって阻まれ、ドクターには届かなかった。
アウターの男はゆらり、とまるで生気を感じさせない様子で立ち上がる。
「て....き....」
「そうだ、あれがO.P.Oのエージェント、君達の敵だ」
ドクターは男の呟きに応じて赤坂を指差す。男は虚ろな眼を赤坂へと向ける。
「(この様子は“暴走状態”が一番近い...まさか、人為的に暴走状態を...!?)」
アウターがある意味、一番恐れられているのは異能力ではなく、この暴走状態だ。アウターは、常に暴走状態の危険をはらんでいる。能力を短期間に過剰に使用したり、精神的に強く不安定な乱れが発生することが主な原因として知られているが、それ以外の事例も少なからず報告されており、その原因は未だ解明されてはいない。暴走状態になると精神喪失状態となり、本能のままに暴れ始める。それは大半が破壊衝動となり、自己を省みずに能力を撒き散らすため、周囲に甚大な被害を及ぼす。もし、ドクターのやったことが本当に暴走状態を人為的に引き起こすものならば...その技術が確立されれば、世の中にどんな混乱をもたらすか、想像に難くない。ましてや相手は目的のためならば手段を選ばない『リベレーター』だ。
『....赤坂、今本部からの指令が下った。最優先目標をドクターと名乗る人物の確保、抹殺に切り替える。...どんな手を使ってでも遂行せよ、とのことだ』
「了解」
それを聞くや否や、赤坂はドクターの元へ走る。
「(こっちの相手は今は後...!!ここでこいつは殺す....!!)」
暴走状態のアウターは判断力が著しく低下する。だから、多少の被弾は覚悟で最短距離を詰め、アウターが反応する前にドクターだけは殺す...赤坂はそう考えていた。普通の暴走状態であり、ドクターを殺すならこれが最適解...そのはずだった。
「えーじぇん...とォ...コロスゥゥゥゥゥ!!」
男が叫ぶ。それと同時に風が赤坂を捉え、ふわり、と赤坂の身体が宙に浮く。
「(なっ.....!!?早い....!?)」
赤坂は『O.P.O』のエージェントとして活動してそれなりに経験を積んでいる。暴走状態のアウターとやりあったのも一回や二回ではない。だからこそ、暴走状態のアウターにあるまじき反応の早さに対処が後手に回る。
男が手を振ると赤坂の身体は吹き飛ばされ、地面を転がる。そして間髪入れず男が手を下に振り下ろすと圧縮された空気が赤坂の身体をさらに地面に叩きつけた。赤坂は全身が圧し潰されるような痛みに思わず声を漏らした。
「がっ....!?(追撃も早い...!?それに狙いが正確....!!)」
男がさらに追撃しようと手を振り下ろすのを見て、赤坂は痛みを抑え素早く立ち上がり、炎を男へと飛ばす。しかし、炎は男の周囲に吹き荒れる風にかき消され届かない。
「(私の炎が....届かない...!!)」
そして、男は赤坂が立ち上がるのを待っていたかのように、風で地面を爆発させ勢いそのままに赤坂へ一瞬で距離を詰める。
「(反撃が早すぎる....!?)」
反応が遅れた赤坂は、せいぜい腕でガードするのが精一杯だった。
「アアアアアアァァァァァ!!!」
男は拳を赤坂の腹へ叩き込み、それと同時に風をほぼ0距離で爆発させた。それは男の腕も無事では済まない威力、だが男はまるで痛みを感じてない様子で拳を振り切った。
ガードした腕がミシミシという音を立て、激痛が走ったと同時に、背中に衝撃。公園にある木に背中から叩きつけられる。
「......っ!!」
声にならない苦悶の声をあげる赤坂。それでも身体を動かそうとした瞬間、まるでハンマーのように圧縮された風の塊が赤坂へ叩きつけられる。
ドゴオッ!!!と衝撃が三度、赤坂の身体を襲う。その一撃で、赤坂の意識は一瞬飛び、戻るもその意識は朦朧とし始める。
「(あ...ダメ...だ....これ...私じゃ...勝て...ない....)」
こちらの炎は届かず、男は反応が遅れるどころか、「O.P.O」の精鋭レベルの反応速度かつ正確にこちらを捉えてくる。それはもう、工夫や努力で覆るレベルではなかった。
「ふふ、はははははははは!!!素晴らしい....!!期待以上だ!!!ははははははは!!」
ドクターは興奮した様子でその様子を見ていた。その時、通信機から声が聞こえる。
『赤坂...本部から今指示が入った...最後まで任務を全うせよ、以上だ』
それがどういうことか、分からない赤坂ではなかった。
赤坂は震える腕を動かし通信機の映像記録ボタンを押す。ドクターの姿を捉え、その見た目を記録する。これで...私が死んでもドクターを追えるだろう。
「...この...辺に...落とし...から...見つ...けて...」
『....分かった』
赤坂は通信機を外し、最後の力でそれを後ろに放り投げた。通信機にはGPSもついている、味方が見つけるのにそれほど労はかからない。それはそうだ、そもそもこの通信機はエージェントが任務中に死ぬ前提で作られている。「O.P.O」であってもアウターの扱いなんてこんなものだった。居場所のないアウターを集め、効率的に使う場所でしかない。それでも、仕事をする戦力として扱われるだけまだマシな方だ。それで言うと今回の指揮官は一般的な「O.P.O」の指揮官としては変わった人だったが...それも結局は、死ぬまでの扱いが多少違うだけだ。根本は変わらない。
「(所詮...化け物の私達には居場所なんて....生きる価値なんてないんだから...)」
アウターの男は、確実にトドメを刺すつもりか、風を圧縮させ鋭い槍へと成形している。もう赤坂にはそれを避ける力は残っていない。
するとドクターはそれを手で制し、赤坂へ話しかける。
「もしもし?聞こえてるかい、エージェント」
「....な....に...」
「いや、なに、ボク達はあいつらとは違う。慈悲をあげようと思ってね」
ドクターはそう言うと赤坂に向かって手を差しのべる。
「君もボク達の仲間にならないかい?どうせ、君のお仲間は君を見捨てたんだろう?それが奴等のやり口だ」
「.......」
「ボク達リベレーターは志は高いが所詮はアマチュアの集まりだからねぇ。訓練を受けたプロである君は諸手を挙げて歓迎するよ。どうだい?」
「......」
赤坂が返事をしないとドクターは続ける。
「君を見捨てた奴等に復讐したいと思わないかい?「アウター」を差別するこの世の中を壊したいと思わないかい?何故、能力的に優れた我々新人類が旧人類などに迫害されないといけないのか...そんな怒りを覚えたこともあるだろう」
「.....はっ....」
ドクターの言葉に赤坂は笑う。怪訝な顔をするドクターに赤坂は言う。
「....新人類....?違う...わ、こんな....こんな力を持ってる私達は....ただの化け物....よ...。あんた達は.....化け物であることを....自覚すらしてない....ただの...バカの集まりよ....」
赤坂の言葉にドクターは眉をひそめ
「ああ....残念だよ。私達の理想を理解できないのならば君に用はない」
ドクターはアウターの男に指示を出す。
「殺せ」
「アアアアアアァァァァァ!!」
男は風の槍を投擲する。それは狙いそれることなく、赤坂の身体を確実に貫くコースだった。
「(.....思ったより....この時が来るのが早かったわね....)」
恐怖はない、幸せに生きることはもうずっと前に諦めていた。「アウター」だから、化け物だから。社会にうまく溶け込んだところで、アウターはもう普通の人とは違う。それなら、最初から希望など抱かなければ良い。そうすれば死ぬ時だって穏やかに死ねるから。
だが、そんな赤坂の脳裏には一人の顔が浮かんでくる。それは自分でも意識していない、無意識下だった。意識が限りなく混濁しているからこそ出てきたものだろう。それは、こんな自分に懸命に話しかけてきて、屈託のない笑顔を向けてくれたあの白髪の子だ。
「(ああ....ほんと....余計な関わりだったわ....)」
赤坂はそう思いながら、ふと、ポケットに入れたあの子が描いた自分の絵を思い出す。全く私に似ていないあの絵...本当に酷い絵だ。本当に見て描いたのかと思う。....でも
「(とても....温かい絵だった....)」
あの子のような子がせめて幸せに暮らせる世の中に――そう思いながら赤坂は目を閉じ、迫り来る運命を受け入れた。