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六花の龍騎兵 〜滅びの眷属と白き龍〜  作者: 枝垂桜
第二章 遥かなる旅路への門出
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第十一話 追跡の獲物

 動いたのは両陣営同時だ。踏み込むシュクアが影の懐へと……それは速さではない。極限まで鍛え上げた技術であり、故にこそ速さで勝るはずの影の反応が遅れる。

 跳ね上がる様な逆袈裟。しかし流石とも言うべきか、影が超反射で刀を躱してみせた。それでも彼の技は流れるように二連へと繋がる。


 逆袈裟は袈裟へと、撃ち落とされる斬撃と踏み込み。初撃よりもなお重く鋭い一撃は影を捉え、奴に防御を取らせた。

 長剣と刀が衝突して火花が散る。その背後、足の止まったシュクアに追い縋る様に影が迫る。


 ──しかし、音をも切るような速度で白い影が黒影を弾き飛ばした。横に目に見遣れば鞭のように振り抜かれたリリィスの尾が、シュクアの背後に迫った影を大きく吹き飛ばしている。


 ──流石に効いているな……


 ドラゴンの一撃を受けて平然としていられるはずもなく、意識は失っていないようだが口から血を吐き出して未だに動けずにいる。

 止めを刺しに行きたい気持ちは山々だが、シュクアの刀が影に押され始めた。いくら超人的な身体能力を持っていてもそれは人間の中では、という話しであって人外に敵うほどではない。


 力負けし始めたと感じた直後、長剣の力のいなすように横へと逸らすと刃を滑らせてその手首を狙う。しかしこれもまた超反射で腕を引っ込めると、後ろへと跳躍して難なく躱してみせた。


 ──なら、こっちだな……


 リリィスの一撃でふらつきながらも漸く立ち上がった影。肝心のリリィスはもう一つの影に釘付けにされているが、シュクアが相手していた影は自ら距離を取った。


 素早く駆け出すと未だ足元も覚束ない影を捉える。最速で突き出した刀……しかし、一歩遅い。


「チッ……」


 人間離れだ動きで既にシュクアの背後に立っていた影が長剣を振り下ろす。走る勢いそのままに転がると紙一重で長剣を避け、そのまま未だ戦闘に参加できていない影の横を転がって距離を取る。


 ──仕留め損ねた……


 並び立つ二つの影。一つはリリィスのお陰でまともに戦える様子ではないが、それでも二対一であることには代わりない。


 ──あっちは、忙しそうだな……


 リリィスの方へと目を向けやれば、あっちはあっちで激しい攻防が続いている。流石にリリィスの身体能力が影に劣ることはないが、それでも影もまた超人的な動きでリリィスの攻撃を掻い潜っては反撃に出ていた。


 ──増援は期待できない……


 懐から短剣を取り出すとそれを正眼に構え、刀を上段に掲げた。大きく息を吐き出して、心を落ち着かせる。

 悪魔は基本的な一刀流が多いかったようだが、それでも二刀流の技量は高いのだろう。短剣と刀を構えれば、どう動けばいいのか手を取るように分かった。


 迫る長剣の一つを短剣で払い、横から迫る長剣を身を捻って躱す。反撃に刀を撃ち落とせば、影が大きく回避行動を取り……刹那、視界の端に映る別の影が突き出す長剣。

 目まぐるしい攻防、反撃の余地など殆どない。身体能力で勝る二つの影を……しかし、シュクアが粛々と捌いていく。


 二刀流、その真価は防御にこそある。両の手に武器を持つ様式スタイルは攻撃に特化しているように見えて、しかし全くの逆だ。

 二刀流にして多少手数が増えたところで刀一本あれば問題なく捌き切れる。防げないのは二本同時に振るった攻撃だけで、しかし逆に言えばそれさえ気を付けていれば一刀流と対して変わらない。


 タイミングをずらして手数を増やしたところで所詮は一つずつ、しかも一撃が軽い。何よりも手数が増えているように見えて、片手で武器を振れば明らかに速度は落ちるもの。

 速度との落ちた攻撃、それが二本になったところで果たして本当に手数は増えるだろうか。──多少は増えるだろう。しかし一撃の威力と速度、総合的な攻撃性能は対して変わらない。


 ──あの悪魔は、よく分かっている……


 いくら力で劣る相手でも、正面から受ける必要はない。上手く力をいなし、逃がしてなれば片腕でもどうにか捌き切れる。


 白い足跡が見える。他者ひとが聞けば幻覚であることは間違いないが、しかしシュクアは迷うわずその足跡に自らの足を重ねる。

 そうすれば背後から振り下ろされた長剣が狙いを外す。続く白い線、それをなぞるようにして短剣と刀を振れば、短剣が影の長剣を撃ち落とし、反対の刀がその首に吸い込まれる。


 無論、それで届くはずもない。やはり超人的な速度で刀を躱すと、影が距離を取って体制を立て直す。

 遅れて足跡、そして白い線が映り込む。分かっている……疑う余地もなく、その通りに動けば突き出した短剣が影の腕を貫いた。


 ──一歩遅かったか……


 胸を貫くはずだったが、それでも回避できないと判断した影はその腕を犠牲に致命傷を避ける。


 ──次はもっと早く、正確に……


 無数に、絶えず視界に生まれる悪魔の技。とっても無い技量を持った剣技を体現しようと、シュクアがまた一つ一つその練度をあげる。


 一つ、長剣が皮一枚で首を切り裂く。僅かに皮が裂けたのを受けて、男が小さく舌打ちした。


 ──一瞬、遅かった……


 長剣を短剣で受け止めて、しかし力負けした短剣が沈み込んで長剣が掠めた肩から血が滲む。


 ──角度が悪い……


 相手の力をも利用しなくてはならない。角度やタイミング、こちらの力加減が全て緻密に計算されていて……それに応えられなければまた傷を負う。

 相手の力をも利用しなければならない。長剣を短剣で受けつつ前へ、腕を相手の腕に絡めるようにして重心を落とす。


 少し身を捻り、そのまま落とした重心を引き上げる。──直後、嫌な音を立てて腕の中で硬いものが折れる感触が伝わってきた。


「──っ!?」


 腕の一つを折られて長剣を取り落とした影。それを庇うようにもう一つの影から横から飛び込んでくる。


 ──両手で受ける……


 力一杯に振り下ろされる長剣。流石に片手では受けられないと短剣と刀を交差して受けると同時、それを横へと逸らす。

 長剣は狙いを外して地面を打ち、それと同時にシュクアが長剣を踏みつけた。僅かに体制を崩す影の胸目掛けて短剣が迫る。


 影の腕が、その筋肉が隆起する。シュクア諸共長剣が持ち上がるが、しかし短剣が影の胸を貫く方が早かった。


 ──一手、誤ったな……


 体制を崩して地面に投げ出されながらも、短剣は深々と影の胸に突き刺さっている。剣を捨てて回避に専念していれば避けられたはずだが、そうすれば二つの影が両方とも得物を失うことになる。

 二人揃って丸腰になることを恐れてか剣を捨てられなかったのだろう。それが剣ではなく、命を落とす選択になったのだ。


「あとは……」


 残りは一つ、そう思いそちらへと目を向ければ既に影はなかった。──焦りが胸の中に広がり、慌てて周囲へと向ける。

 いつもであれば敵を見失っても悪魔の指示は変わらず視界に映り込むはずだ。しかし今回はそれもないと焦るシュクアの眼前……ボタボタと滝のように何かの液体が大量に落ちてきた。


「……ああ、お前か」


 影の上半身を噛み砕き、そのまま下半身を前足を使って引き千切ったリリィスの姿が視界に映る。遠くへと目を向ければ、既にリリィスと交戦していたもう一つの影は身体をばらされていた。


「ええ、私」


 口の周りの血に染めて、影の死体を吐き出すリリィス。前足に握った影の下半身を踏み潰すように叩きつけ、獰猛な瞳にてシュクアを見下ろす。


「ガテムを追いかけよう」

「彼なら心配ない」


 リリィスが森の奥に目を向ければ、彼女の視線の先。馬に乗ったガテムがこちらへと向かって来るところだった。


「影を倒したのか?」

「当然じゃ。老いたとは言え、化け物風情に遅れを取る儂ではないわ」


 吐き捨てるようにそう言うと、彼は鋭い眼差しでシュクアとリリィスを睨め付けた。


「儂のことを心配するよりも、まずは自分達じゃろう。まったく、とんでもない無茶をしおって……」

「……ああ。しかし、影を二体も相手取っても余裕そうだな」


 ガテムも只者でないことは知っていたが、それであの影人を二人も相手してもまだ余裕がある。そんな彼の様子に感心していると、老兵は訝しげに眉を顰めた。


「二体……?」

「うん? 上から見た時は五体いた。俺達が三体、そっちが二体倒したんじゃないのか……?」


 そこまで言って、ふと自分が口にしていることに違和感を感じる。もしガテムの言葉が事実であって、彼が一体しか倒していないとしたらどうだろうか。


「──クソッ! やられた!」


 単純な話し、取り逃したのだ。彼等の情報を知る奴を一人、取り逃がして悠長に話しをしているのだから目も当てられない。


「リリィッ!」

「多分、無理。アレは隠密に優れている。今から飛んでいったところで見つけられないだろう」


 シュクアの言葉に身を低くしたリリィス。それを止めるように老兵が言葉を被せ、講義の視線を向ける男に彼は首を横に振った。


「チッ!」


 舌打ちを一つ、忌々しく木々の隙間へと視線を走らせて近くに潜んでいないかと探る。しかし当然とも言うべきか、何者かが潜んでいる気配なもなかった。


 それでもどうにか追跡できないものかと思考を巡らせたのも一瞬、冷静になった頭が無駄だと告げる。昂る心を落ち着かせるように大きく息を吐き出し、ゆっくりと刀を鞘に納めた。


「ようやく、分別がつくようになったのう」


 老兵の言葉にシュクアは無言を返す。今までだって頭ではわかっていたのだ。──分かっていても、心は思うようにいかない。

 生前もあった悪い癖ではあるものの、ここまで酷くはなかったはずだ。


 ──いや、生前はどうやって敵を追いかけた……


 生前の男は追跡者と揶揄されるほど存在だった。敵がどこにいようとも追いかけ、追い詰め……そして悉く滅してきたのだ。

 所々霧がかったような記憶を辿り、思い出せる範囲で生前のことを考える。


「…………」


 ゆるりと目を向けたのは先ほど仕留めた影人。近くに置いていた短剣を拾い上げ、ダメ押しと言わんばかりにその喉元へ突き刺す。

 ドス黒く濁った血が溢れかえるも、当然反応はない。間違いなく死んでいると言えよう。


「何をしている?」

「死体漁りは当然の権利だろ」


 老兵の言葉に、シュクアが答える。その声は自分で驚くほどに冷たく、抑揚もなく、感情の一切が感じられなかった。


 影人の外套を剥ぎ取り、その死体を隅々まで漁る。何か手掛かりになるものをもってはいまいかと、まさぐること暫く。

 間も無くいくつかの装備やら装飾品が地面に並べられていく。そうしてまもなく、一つの小瓶を見つけた。


 激しい戦闘を想定しているのか割れやすいガラスではなく、銀色の入れ物だった。中には液状の何かが入っている様子だが、そこから感じる違和感は拭いきれない。


「これは?」

「はて、ワシもみたことはないのう」


 水筒と言うにはあまりにも小さい。──と言うよりは、何かしらの薬品を入れていると言った方がいいだろう。

 慎重に蓋を開けて、そうして感じたのは独特な臭い。顔を離して中を覗き込み、そして思わず目を見開く。


 ──これは、水銀か……


 中に見えるのは銀色の液体。初めに脳裏によぎるのは水銀という単語だが、あれはこんな臭いはしなかった。


「何かわかる?」


 ガテムにそれを手渡せば、これもまた興味深そうに小瓶の中身を覗き込んだ。それをみた老兵が思わず目を見開き、次になんとも言えない渋い表情を見せる。


「奴はなぜ、これを使わなかった?」

「どういうこと?」


 ガテムの呟きにリリィスが尋ねる。そうすれば老兵は躊躇うように一度開いた口を閉じ、しかしゆっくりと話し始める。


「…………劇薬だ。貴重な代物であると同時に、万物を腐食させると言われる薬品。得物に塗りたくって敵を切りつければ、傷口から腐敗が進み、例え体の末端であってもそこから壊死させていく」

「それじゃ、どうして奴はそれを使わなかった?」


「おそらく、奴らは主人からお前を殺すなと言われているのだろう」

「…………」


 腑に落ちないと言った表情を浮かべるシュクアを横目に、リリィスが薬品の入った入れ物に顔を近づける。


「万物を腐食させると言った。ならば、その入れ物は特殊な加工でもされているのか? そっちの刃も似た材質にも見えるが」

「ああ。これもまた貴重な素材、どこで手に入れたのか……一介の暗殺者が持つにしては随分と高価で、過剰な装備にも思える」


 暗殺者、その言葉はシュクアにとって深い意味を持つ。生前、敵組織を壊滅するまで繰り返し人を追い詰め、殺してきた過去がある。

 その時、彼は毒物を用いることもあった。しかしある事件をきっかけに……否、シュクアの考えが浅っかとも言うべきだろう。


 ──貴重な薬品……


 生前、人を殺すのに金は惜しまなかった。元々裕福な家庭であったこと……裕福と言うにはあまりにも膨大な財産を持っていたことと、亡くなった両親の事業を形だけでありながらも引き継いだことから金銭面では困らなかった。

 困らなかったが故に、高価で貴重な薬品を使ったこともあった。──そして、それが悪さをしたのだ。


 貴重な薬品、ましては表の市場では出回らないような代物を使えばなおのこと。その薬品が貴重であり、尚且つ取引が限られていると知れば足がつかないはずもない。

 売買の取引、その記録からシュクアのことを知られ……そしていつかの夜、強襲を受けたことのだ。


「なら、それは取引が限られているんじゃないか?」


 自身の口角が歪みながら上がることがわかった。

 かつて自分がやられたことを相手にやり返すのだ。


 片腕を失った夜、道半ばで野心が途絶えると覚悟した日。生き残って朝日を拝んだ時、誓ったのだ。


 ──必ず報復して見せよう……


 生前、奴等はしくじったのだ。不意打ちをかけて、シュクアを殺せなかった。──そして今、敵は違えど相手の失態を逆手に取れば喉元に届く。


「ああ。恐らく……いや、そうか!」


 シュクアが言わんとすることを知ったガテムが目を見開く。踵を返して馬の鞍袋から地図を取り出すと、それをシュクアやリリィスにも見えるように広げる。


「先んずは海沿いの貿易を当たってみよう。交易の中心となるここの大都市、儂の古い知人がいたはずじゃ」


 何か意見はないかと、老兵が鋭い視線で二人に問いかける。それを受けてシュクアが一瞬リリィスへと目配せした。


「私は反対しない」

「同じく。闇に引き摺り込まれる恐怖、敵も味わってもらわなくてはな」


 意見が合致したと頷き頷くガテムを見遣り、男は刀の柄を強く握る。どこまで行っても結局は変わらないのだと、改めて知ることだろう。

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