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六花の龍騎兵 〜滅びの眷属と白き龍〜  作者: 枝垂桜
第二章 遥かなる旅路への門出
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第六話 再臨の竜騎兵

 翌朝、まだ日が昇り出す前にシュクアは起きた。横で寝るリリィスに突かれて起こされ、何があったのかとガテムの方へと目を向ける。


「嵐が近づいている。荷物をまとめたら、進むぞ」


 老兵の言葉に素直に頷くとシュクアは荷を纏めて馬に蔵をつける。軽く力を加えて外れないことを確認すると、その背中に飛び乗った。


「さぁ、行こう。嵐が到着する前に草原に出たい」


 二人が走り出し、その後ろでリリィスが飛び立つ。間も無く頭上を厚い雲が覆い始めて、開けた視界の遥か遠くで強大な暴風雨が壁のように見えた。

 頬に冷たい風が当たり、自然の脅威に思わず目を見開く。遠くで迸る稲光は幻想的でありながら、その恐ろしさに畏敬の念を抱く。


「……これは凄い……」


 前世でも様々な経験をしてきたと自負はしているが、それほどまでに自然の脅威を目の当たりにしたのは初めてだ。

 いつもは高い建物などに隠れて見なかったソレが、本来のあるべきだ姿を現す。──よもやすれば、彼が元いた世界でも経験したことがないほどの大嵐だろう。


「ああ。儂もこの規模を目の当たりにしたのは初めてじゃ」


 それよりもと、彼は嵐の壁に目が釘付けになったまま続ける。


「リリィスを降ろした方がいい。雲の上を飛べるならまだしも、アレでは上空のどこまで続いているかも分からぬ」


 シュクアも同意見だった。さしものドラゴンとは言えど、自然の脅威に晒されてはひとたまりもあるまい。

 老兵の言う通り雲の上に出ればその限りではないだろうが、あの規模では下手すれば宇宙まで飛ばされかねない。


「すぐ降りてくる」


 リリィスに降りるよう言うと、その旨を老兵と伝える。彼は横目で一度だけシュクアを見たかと思うと、再び嵐の方へと目を向けた。

 間も無く二人の背後にリリィスが着地したのち、改めて嵐の方へと向けてやれば暴風雨の爪が確実に伸びてくるのが見て取れた。


 地面の草を薙ぎ倒して、灰色の壁が迫ってくる。馬の足を止めて衝撃に備える二人の背後、リリィスは翼をピッタリと身体に貼り付けて身を低く保つ。


「──っ!?」


 衝撃は想像以上で、強烈な暴風雨の壁が叩き付けられると同時、シュクアは思わず馬から転げ落ちそうになる。

 なんとか倒れまいと踏ん張る足元で、馬もふらつきながら身を低くして耐えた。


 ──なんて力だ……


 細めで前を凝視するも殆ど先が見えない。前を見ることは諦めてガテムとリリィスの様子を見ようと、横から後ろへと頭を向けた。

 ガテムはなんとか馬の上にしがみついて耐えているが……次に後ろへと目を向けた時、思わず目を見開いた。


「大丈夫かリリィ!」


 後ろで控えていたはずのドラゴンがひっくり返っていたのだ。何とも滑稽な光景ではあったが、それを笑えるほどの余裕はない。

 吹き飛ばされた衝撃で広がった翼を風に攫われて、白い影が更に後方へと投げ出される。苦しげな呻き声が聞こえて、再び地面に打ち付けられたリリィスを見てシュクアが顔を顰めた。


 次の瞬間より一層強い風がシュクアの後頭部を殴りつけたかと思えば、地面に横たわるリリィスの横腹を撃ち抜いた。

 彼女は風に争わず地面を転がることで何とか吹き飛ばされずに済んでいるが、またしても後方へと一人ではどうにかならない様子だ。


 ──仕方ない、か……


 風に耐えるので精一杯の馬から飛び降りると、シュクアも吹き飛ばされないように慎重にリリィスへと近づいていく。

 一つ言葉を口の中に含み、術式を構成する。流石に嵐をどうにかする力はない為に、彼はリリィスの眼前に二本の黒結晶を作り出した。


 地中の奥深くまで根を張った黒結晶をすかさず掴み、リリィスはそれ以上飛ばされないように踏ん張っている。


「無事か!?」


 なんとか近くまでたどり着くと、リリィスは目を向けて返事する。見たところ目立った怪我は負っているようはないものの、未だに翻った翼が風に攫われていた。


 ──どうする……?

 ──何かないか……?


 思考を巡らせるが、どうにもいい案が浮かばない。悪魔の記憶から打開策を練るが、それを実現するだけの力がないことは明白だ。


「貴方達だけで先に行くといい。嵐が止んでからでも、私は追いつける」


 地面から突き出した黒結晶の槍に捕まって言うリリィスに男は顔を顰めた。出来ることなら彼女を置いては行きたくないが、それが最善かもしれない。

 せめて風除けにシュクアは地面を踏み抜くと、草原の一部が捲れ上がって巨大な穴を穿つ。浮かび上がった土は瞬く間に風に攫われて消えてしまうが、これで風をやり過ごせるだろう。


 シュクアの気遣いに一つ礼を言うと、リリィスが地面に空いた穴の中へと飛び込む。翻った翼も畳み込んで、彼女は地中から顔だけを出してシュクアを見遣る。


「即席の対策だけど、ないよりはマシだろう」

「さあ行って、嵐が止んでから私もすぐに追いつく」


 安心させるようにそう言うリリィスにシュクアが食い下がる。


「数日止まないかも知れないぞ?」

「それでも追いつける」


 自信に満ちた声を聞き、これ以上の言及は必要ないだろうとシュクアが踵を返そうとした時……その腕にリリィスが首を伸ばした。

 右腕の皮膚が裂けるような激痛が走り、何があったのかも分からないままシュクアは穴の中へと引き摺り込ませれた。


「何を……?」


 リリィスが乱雑に噛み付いたことでズタズタに引き裂かれた腕を見下ろして、気が狂ったのかとも彼女を見上げる。

 もし乱心しているのであれば多少荒くとも、力ずくで止めるしかないと手の中に魔法陣を描いた。


「アレを見て!!」


 先程までシュクアが立っていた地点からは少しずれていているものの、その近くに巨大な影を見た。何事だと嵐の中でよく目を凝らして見れば、その正体に言葉を失う。


 ──そんな馬鹿な……!


 眼前、少し離れた地点に立つのは巨大なワイバーン。嵐の中で地面に衝突するような勢いで突っ込んできたのか、その着地地点は大きく抉れていて……何よりも例に漏れずその巨竜も風に煽られて地面を転がっていく。


「…………おいおい、どこまで行くつもりだ?」


 放っておいてもどんどん転がって離れていくワイバーンを見送って、シュクアが目を細める。腕の傷を癒して、穴から這い出すとその正体を確かめようと注視した。


「まずい。多分、アレは先日貴方が戦った個体」


 背後から聞こえるリリィスの言葉に、シュクアも同意する。今回、ワイバーンは鋼色の甲冑を纏っていて……眼前装備した巨竜は嵐の中でなんとか止まると、獰猛な視線を二人へと向けた。


「戦えるか?」


 こうなってしまった以上は仕方ないと、シュクアは腰から刀を引き抜きリリィスへと声をかける。彼女も翼を畳んだまま穴から這い出すと、牙を打ち鳴らして彼の横に立つ。

 今回は護衛の影はつけいない様子で……いや、もしかすれば嵐の中に潜んでいる可能性もある。


 油断なく周囲へと視線を走らせれば、覚束ない足取りでこちらへと近づいて来るガテムの姿しか見えなかった。


 暗い草原で時々走る稲光が両者の姿を映し出し、相対するワイバーンとその竜騎兵が纏う鎧に反射して怪しく光る。


 ──来るか……?


 ワイバーンが口を開いたかと思えば、奴は雷雨をも掻き消すような咆哮を放つ。ビリビリと肌に伝わるようは強烈な咆哮を受けて、お返しと言わんばかりにリリィスが吠えた。

 地面が揺れるほどの咆哮に隣に立つシュクアが身を竦めた。彼女がシュクアに牙を向くことはないと知っていながら、先程穴に引き摺り込まれた時の痛みが鮮明に思い出される。


「乗って」


 駆け出そうとするリリィスの背中に飛び乗り、彼が乗り切る前に彼女は既にワイバーン目掛けて突撃していた。

 白龍と巨竜が激突する直前、シュクアは身を翻してその背中から飛び降りる。遅れて二つの巨大が衝突して、リリィスの背中にワイバーンの翼が叩きつけられた。


「先の借りを返してやる」


 背後から吹き付ける風の勢いを借りての突撃、加えて六本の足を器用に使ってワイバーンの片翼を抑え込むとその背中に控える竜騎兵へと牙を伸ばす。

 竜騎兵の剣が口の中を切り裂くのも構わずその胴体に噛み付くが、紙一重で牙がその身体に触れられない。


 ──やはり結界バリアか……


 しかしそんなことはお構いなしと大きく首を振ると竜騎兵の身体をワイバーンから引き剥がし、そのまま地面に放り出した。

 振り回されたことと、地面に衝突した衝撃は結果バリアを持っても緩和できないのか、放り出された竜騎兵はふらつきながら立ち上がる。


「こっちは任せて」


 あの時から幾分か成長したとは言え、未だにリリィスの体躯はワイバーンの半分以下。大丈夫かと心配するシュクアを他所に、リリィスは脅威的な膂力で倍以上の体躯を誇るワイバーンを更に遠くへと弾き飛ばす。


「さて、ワイバーンを失ったあんたに何が出来るかな?」


 半分風に攫われるようにしながら、白龍と巨竜が遠ざかっていく。それを見送って、シュクアは竜騎兵と向き直った。


「未熟な嘴で囀るな若造。私は貴様はお前の祖父母が生まれるより前から、常に前線に立ち続けた」

「ほう? それは期待させてくれる」


 竜騎兵は竜族の加護によって肉体が全盛期のまま維持される。無論、老いないと言うだけで病気や怪我で死ぬのだが──


「それで、あんたは何を見せてくれるんだ?」


 問いかけるシュクアの眼前、兜の下で竜騎兵の瞳が鋭く細められた。直後、彼の胸に強烈な衝撃を受けて弾き飛ばされた。

 歯を食いしばって地面に刀を突き立てると、無理矢理に制止して勢いを殺す。──素早く顔を上げた彼の眼前、剣を振り上げた竜騎兵が見えた。


「愚鈍だな」


 振り下ろされる剣を無理なく躱し、脇から切り上げるようして刀を差し込む。当然これも透明な壁に阻まれて止まるかと思われたが、なんと彼の刀は結界バリアも鎧も諸共せずに切り裂いた。


 驚愕に目を見開くシュクアと竜騎兵。まさか二枚掛けにした防御を貫通されるとは思っていなかったのか、竜騎兵は大きく伸びのくと片手で脇を押さえている。


 ──なるほど、これが妖刀の所以か……


 大狼の時は上手く切れなかったが、あれは単純にシュクアの斬り方が悪かったのだろう。下がりながら切り、しかも間合いから外れる直前だった。

 それに対して今回、反撃カウンター気味に打ち込んだ刃は深々と敵の懐に刺さった。鎧や結界がなければ大きく脇腹を抉られていた一撃で、事実その脇腹からは血が滴っている。


 ──でも、回復はするよな……


 血は残っているが、竜騎兵はすぐに傷を抑える手を外した。再び剣を構える姿勢から傷を庇っている気配もなく、既に治癒魔法による施術は終わっていると見ていいだろう。

 しかしシュクアもそれを見越し……相手が回復するまでの一瞬、離れた地点でもつれ合う二つの影を見遣る。


「使え!!」


 嵐に負けない大声を張り上げて、リリィスの横から黒結晶を出現させる。今度は地中の浅いところから生やしており、彼女は二対四本の前足の一つを伸ばすとそれを掴むと素早く引き抜く。


「貴様っ!!」


 結晶槍を武器に戦うリリィスを見遣り、初めて竜騎兵から怒気の滲む声が放たれた。怒りに任せて術式を口にする竜騎兵が、次の瞬間何かに気がついたように大きく横へと飛び退く。


「待たせたかのう?」


 竜騎兵が先程まで立っていた場所に氷塊が落ちて砕け、それをやってのけた老兵が長剣を片手にシュクアの横に並ぶ。


「リリィスの方は善戦しているからのう」

「俺が苦戦を強いられているように見えるのか?」


 チラリとリリィスの方へと向ければ、彼女は手に持った結晶槍を横薙ぎにワイバーンの飛ぶを殴りつけているところだった。

 怯んだワイバーンの脇腹に更に一撃。苛立ちに目を血走らせた巨竜が槍を取り上げようと牙を伸ばすが、逆にその口内はと結晶槍を突き刺すと間髪入れずに側頭部へと尻尾に寄る強打。


「善戦と言うよりも一方的だな」


 これでもかと言うほど一方的に相手を甚振る白龍。竜騎兵もそれに気がついたのか、鎧の下で何か呟いたかと思えば周囲の雨粒が凝結。


「不味いぞ」


 ガテムの言葉の通り、雨粒は氷の矢に変貌……それらは無数に生み出されて白龍の方へと向けて飛んで行った。


「リリィ!!」


 必死に叫ぶが気がついたところでどうしようもない。赤い瞳が一瞬こちらを見たかと思えば、彼女は自身の翼を盾にして矢を受ける。


 続くようなにしてワイバーンが無防備な彼女へと飛びかかり、それを見た竜騎兵の口元が兜の下で歪んだとように感じた。

 しかしそれも束の間、驚愕に目を見開いたのは人間達の方で……白い翼の下から強烈な勢いで打ち出された巨大な影が竜騎兵へと迫る。


「──っ!?」


 巨大な結晶槍に撃ち抜かれるも、結界のお陰で無惨に串刺しにることはない。それでも衝撃は殺し切れないのか、矮小な人間が塵芥の如く弾き飛ばされるを見た。


 ──お返しだ……


 素早く術式を構築、リリィスの上に乗り掛かるワイバーン目掛けて地面から斜めに結晶槍が出現する。しかし巨竜は脅威的な感知能力で魔法発動前に身を翻し、大槍はその翼を貫くに止まった。


 ──それと、こっちも……


 雨粒を凝縮、竜騎兵がやったようにそれを凍りつかせると槍へと変形させる。そこに刻まれる術式は世界の法則から外れたもの。

 厚い雲から膨大な黒雷が手元の氷槍に落ちる。バチバチと黒電を内蔵した槍を打ち出し……しかし竜騎兵は今度こそ防御に受けることはせず、横に飛んで避けると氷槍はその背後に着弾。


「なんと……」


 驚愕の声を漏らすガテムの目に映るのは、着地点を軽々と抉ってもなお収まりきらない膨大な雷電。未だに黒電の燻る大穴を背後に、竜騎兵は油断なく二人を見遣る。


「ふざけた術式だ。数百年生きているが、そんな悍ましいものは見たことがない」


 チラリと背後を振り返り、黒電の被害を確認して口にしたのかその言葉。流石に容赦は出来ないと感じたのか、兜の下でその目つきが変わる。


「なら運がいい、今日は禁術の総出演オンパレードになる。せっかくだ、よく見ていけよ」


 正直言うともう何発も打てる余裕はないが、ハッタリを兼ねてそう言ってやる。流石にこれには余裕がなくなったのか、兜の下で相手が顔を顰めるのがわかった。


「それは本気か?」

「嘘に決まってんだろ」


 横で呟く老兵にそう言ってやる。嵐で相手には聞こえてはいなだろうが、シュクアは先のハッタリが本当であるように黒雷の槍を作り出す。

 それを空へと打ち出すように放てば、それは上空で引き裂かれて無数の槍に分かれると、勢いそのままに竜騎兵目掛けて降り注ぐ。


 対して竜騎兵は何かを呟いたかと思えば、無数の氷塊が槍目掛けて飛んでいく。流石のシュクアも氷に防がれて不発かと思った直後、黒雷はその悉くを喰らいつくして尚も勢いは衰えない。


「は……?」


 ──どう言うことだ……?


 触れた氷も雨粒もどう言う原理は全て黒き灰燼と化し、まるで威力を殺せていなかった。土の半球ドームを作って防ごうにも、まるで抵抗感なく貫く雷槍に術者本人であるシュクアもゾッとする。

 無論、それでやれるようならとっくに戦い終わっていて、竜騎兵は素早く身を翻すと先程とは比較にならない動きで槍の雨を掻い潜っていく。


 何発か掠って所々鎧が抉れているが、それでも防御不可能の攻撃を受けたと言うのに殆どダメージはないように見えた。


「あと何発撃てる?」


 小声で問いかけるガテムにシュクアは視線だけで応じる。流石にこれ以上は難しいと判断した彼にガテムも一つ頷いて応じると、二人は同時に駆け出す。

 まずはシュクアの一撃。彼の剣も特殊な造りなのか、妖刀に触れても鎧ように切り裂かれる避けることはなく弾かれた。


 間髪入れずにガテムがその懐から剣を振り抜き……先程、シュクアに何度となく防御を突破されているからか、なんでもない老兵の攻撃に大袈裟なほどの回避を見せる。


 ──隙だらけだ……


 そんな大きく躱せば隙も大きくなる。返す刀で竜騎兵の手首を狙って切り返せば、その切先が鎧を掠めた。

 しかしどう言うわけか、今回は剣先が鎧に弾かれたような感覚が伝わる。厳密には完全に防げている様子ではないが、当たり前のように切り裂けなくなっている。


 ──防御魔法の術式を変えたか……?


 前までは結界による防御を固めていた。しかし今回、竜騎兵は鎧自体を強化する方向できたらしい。結界は貫けても、武装強化された鎧では豆腐を切るようにはいかないらしい。


 ──しかし、どちらかしか使えないか……


 ふと疑問に思うのはそのこと。いくら防ぎ切れないとは言えど、それでも結界も維持した方が確実性が上がるはずだろう。

 それが出来ないと言うことは、単純に力を使いすぎるから、同時に発動できる魔法の数に限界があることになる。


 シュクアの刀を掻い潜り、ガテムの斬撃を剣で振り払うと素早く後退して二人か距離を取る。それを確認して、シュクアがガテムに小声が語りかけた。


「あいつ、結界魔法を解いて武装強化に変えた。どうして二つ同時に発動しない?」

「お前さんの魔法が結界を引き離したのじゃろう。結界の維持にも力を使うし、結界を破られればごっそり力を持っていかれる」


 シュクアの刀と雷槍で既に何度か結界は引き剥がされている。結界は攻撃を受ける度に力を消費する上、繰り返しかけ直したと考えれば相当に消耗しているはずだ。


「心なしか相手さん、顔色ないいようには見えぬぞ」


 防御を軽々と突破する攻撃。その威圧感プレッシャーは測り切れず、強い緊張感の中で思いもよらぬ禁術などの異例イレギュラーが重なり、その度に想定していないところで大きく力を消耗してしまった。

 最初から分かっていればもう少し力を温存出来ただろう。しかし気がついた頃には結界は引き剥がされて、無駄な防御に大量の力を使ってしまっていた。


「見事な初見殺しじゃな」

「いや、初見ではないはずだが……」


 ──とは言え、ここまで上手くいっているのには変わりない。相手がこの流れを崩すような隠し玉を持っているのなら、そろそろ出してもいい頃合いだろう。


「…………」


 竜騎兵が何か呟いたと思った直後、その姿が霞む。遅れて反応したシュクアの眼前、人間離れした速度で間合いを冷たい相手が既に剣を突き出していた。

 辛うじて刀を腹でそれを受けるも、規格外の膂力に負けて後方へと弾き飛ばされる。


「ぐっ……」


 強かに背中を打ちつけて思わず呻く男の前で、その凶刃が次に狙うのはガテムだ。凄まじい読みの能力を持ってしても、身体がそれについていかなければ意味がない。

 なんとか受け流そうと持ち上げ長剣諸共大きく仰反ると、その腹部めがけて強烈な蹴りが刺さる。人間離れした脚力で撃ち抜かれ、内臓が破裂しかねないほどの威力に老兵の身体が地面に伏した。


 ──あぁ、またか……


 耳元で声が聞こえる、あの声だ。悪魔が何か言っているが、相変わらず何を言っているのかは分からない。

 しかしこの声が聞こえると異様に落ちき、平らな感情しか得られない。ゆるりと刀を支えに立ち上がり……不思議と視界に映す全てが遅れて見えた。


 ──右上段……


 雨粒の一つ一つすらも感知できそうな超感覚の中、ふと脳裏によぎる予知夢にも似た映像。慌てることなく半歩横へと動けば、強烈な袈裟が落ちる。


 ──剣が跳ね上がってくる……


 ゆるりと傲慢なほど緩慢な動きで持ち上げた足。その足裏に黒結晶を生成、跳ね上がってくる剣の初動を止める。


 ──そのまま踏み抜く……


 強烈な身体強化の魔法。相手が使うそれと同じかは分からないが、少なくとも肉体能力の不利ハンデは克服した。

 グッと力を入れてやれば凄まじい脚力に押されて剣が地面に着く。ゆっくりとした動きに見えたが……その実、凄まじい速度で叩きつけられた剣が盛大に土砂を撒き散らす。


「…………?」


 剣がなぞった軌道、シュクアの動いた後には未だ雨粒がなく。その空白が埋まるよりも早く一連の動作が行われたことがわかった。

 それに気がついた時、シュクアの口元に不適切な笑みが浮かぶ。力を得たこと、それを震えることの喜びが腹の底から膨れ上がってくるのを感じた。


 剣を抑え込まれて、それでも手放さなかったのは流石としかいいようがないだろう。それでも体制を崩して姿勢が低くなった竜騎兵の側頭部へ、反対の足が跳ね上がる。


 ──いったな……


 確かな手応えとともにその細身を蹴り飛ばして、流石にこれは答えたのか兜も外れてその細身が宙を舞う。

 一瞬意識も飛んでいたのか、まともに受け身も取れずに地面に転がされると数秒動かない。


 ──空白は消えたな……


 吹き飛ばされた相手を見ながらも、シュクアの関心は場違いなところにあって……雨粒が二人の動いた軌跡を消していく光景をぼんやりと眺める。


「まだ、立つか?」


 少し呆けすぎていたのか、たまたま近くに転がっていた剣を拾い上げると竜騎兵が身を起こす。流石にあれを受けてまともに立つと思わなかったシュクアも、これには驚かされた。

 いや、身体強化が肉体の耐久力も上げると言うのなら、先の蹴りを耐えるのも強ちあり得ないことではないのだろう。


 それでも相当に堪えたのか片方の手で頭を押さえながら立ち上がった竜騎兵。しかし相手が立ち上がったことよりも、シュクアは別の特徴に目が釘付けになっていた。


 金を編み込んだような長髪。端正な顔の下、手で押さえて見えずらいが翠緑の瞳が忌々しげにシュクアを睨め付けていた。


 ──女だったのか……


 確かに驚いたが、別にそれがどうしたと言うのだろうか。前世で女子供関係なく必要なら手にかけてきた。

 我ながら非道な行いだったとは思っているが……また同じ場面に出会した時、躊躇うかと問われれば否である。


「色々と試したいことはあるが……せめてもの慈悲だ。手早く終わらせてやる」


 新たな力の開花、自身の限界がどこまでなのか試すいい機会だと思う手前……不必要に相手を甚振ると言うのは、流石になけなしの良心が痛む。

 加えて今もなお地面に伏しているガテムのことも心配だ。出来ることなら今すぐにでも助けに入りたいが、相手がそれを許すとも思えない。


「っ……!!」


 一歩、シュクアが足を踏み出す。そう思った直後、既に彼は女の眼前に立っていて……しかし、相手も手練れ。

 素早く切り払った剣がシュクアの胸を掠めて、しかしそれすらも分かりきった結果だった。


 女が持つ間合いの手前、分かっていたように立ち止まると剣は的を外して明後日の方へと飛ぶ。──振り切った姿勢、身体能力の優位性アドバンテージが生きているのならそれでもどうにかなっただろう。


「いづッ……!!」


 振り切った女の手首を掴むと軽く捻りあげる。それだけで肩の関節が外れて、痛みに顔を顰めて思わず剣を落とす。

 足元に落ちた剣を遠くへと蹴り飛ばして、反対の腕を掴み上げるとそのまま地面へと組み伏せた。


「ワイバーンを止めろ。降伏するのなら命までは取るまい」


 腕を押さえて地面に縫い付け、その背中に膝を押し込む。鎧がなければ息をすることもままならないだろうが、それでも女は肩越しにシュクアを睨め付ける。


「言っておくが魔法を使うのなら死を覚悟することだ」


 魔法を使うとなれば一瞬の時間差がある。それを相手も知っていたからこそ、身体強化を持って接近戦に挑んだのだ。

 シュクアの魔法は確かに驚異的ではあるが、接近状態であればその出始めを潰せる……そう踏んでの行動故だったはずだ。


「お前も気をつけることだ。私やワイバーンを殺すのなら、それを引金トリガーとして広範囲を焼き払う魔術が発動する」

「……そうだな。俺も出来れば殺したくない」


 彼がの言葉が意外だったのか、女は目を見開き……そうしてすぐにどこか探るような視線を向ける。


「もう二度と俺の前に姿を現さないと言うのなら、見逃しても構わない」

「例えそうだとして、私が上に報告すれば更なる刺客が送られるだろう」


 女の言葉を受けてシュクアは一つ目を閉じる。しかし考えているのも一瞬で、刀を女のうなじに当てがうと一つ呟く。


「なら、生かしておけないな」


 グッと力を込めようとした時、強烈な熱風が頬を叩く。超高温と周囲の水分が衝突して爆ぜたように、シュクアも女もまとめて吹き飛ばす。

 素早く立ち上がり、竜騎兵の姿を探すシュクアの眼前……巨大な牙が迫る。刀を一閃、その下顎をきりとばす。


「なかなかの根性だ」


 満身創痍の状態で、身につけた鎧も所々禿げている。リリィスによる一方的な蹂躙を受けて、それでも最後の力を振り絞って主人を守りに来たのだろう。

 今や下顎を失い、攻撃手段も一つ奪われた。そんなワイバーンはそのままシュクアを攻撃するでもなく彼を飛び越えると、その足にて地面に転がる竜騎兵を掴む。


「餞別くらい置いていけ」


 刀を振り上げて逃げ遅れた尻尾を半ばあたりで切り落とす。苦痛に呻くような声が響くも、ワイバーンは振り返ることすらなくそのまま飛び立った。

 無論、このまま逃すつもりもない。眼前に描くのは五つの球体魔法陣、それぞれを繋ぐように印を結ぶ。


「……射程外か……」


 しかし嵐の風に乗って飛び立ったワイバーンは既に射程外に出ていて、シュクアは一つ息を吐き出すと術式を解く。


「抜かったな」


 振り返り、間近でブレスを浴びたリリィスを見遣る。既に傷は治り始めておりその全身から赤黒い煙を上げ、高熱の傷口に触れた雨粒が蒸発する霧を纏うドラゴン。


「ごめんなさい」

「いや、いい。それよりもガテムだ」


 リリィスも無事ではないが、その長再生によってすぐに傷は塞がるだろう。故に彼は地面に転がる老兵を優先して彼の下へと駆け寄ると、容態を確認する。


「息は?」

「一応、大丈夫そうだ」


 素早く術式を構築すると、それが蹲る老体を癒さんと淡い光を放つ。


「念の為、いくつかの治癒魔法を施しておきたい。余力はあるか?」

「ええ、もちろん」


 もう力も底を尽きかけているシュクアでは重ねて治癒魔法を発動できない。故にリリィスからその膨大な力を分けてもらって、一通りの施術を施す。


「まだ目を覚さないか?」

「傷が治ったからと言って、失った体力が戻る訳じゃない。流石に馬に乗せる訳にはいかないな」


 先の戦いでいくつか地面に穴が空いている。手頃なところに老兵を移動するように頼むと、白いドラゴンは素直に従ってくれた。


「俺は先に行く」


 シュクアの言葉に白龍は困惑したような視線を向けてくる。そんな彼女へと言い聞かせるよう、彼は手短に説明した。


「いつ刺客が送られるかもわからないから、出来るだけ早く国を出たい。お前は後でガテムを連れて追ってきてくれるか?」

「分かった」


 まだ納得し切れていないだろうが、彼女が頷いてすれたことを有り難く思いシュクアも近くで待機していた馬に飛び乗る。

 ガテムが魔法で馬を近くに拘束していてくれたのだろう。幸い彼が馬に乗ったことで魔法は解けたようで、すぐにその場を離れることができそう。


「さぁ、行くぞ。もう少し頑張ってくれ」


 跨った馬にそう声をかけて、ガテムの馬も引っ張って駆け出す。強い風が頬を打つ中、先ほどの後悔が脳裏をよぎった。


「……甘かった……」

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