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六花の龍騎兵 〜滅びの眷属と白き龍〜  作者: 枝垂桜
第二章 遥かなる旅路への門出
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第五話 嵐の前触れ

 その日の夜、夢を見た。──いや、これはそれは悪魔の記憶だ。

 辺り一帯が焼け野原になった大地。周囲へと目を遣ればドラゴンの屍が無数に転がっている。


 死屍累々と化した世界で、一歩一歩踏み締めて一人の男が進む先、横たわった巨大な影が映る。


 ──リリィ……?


 横たわる影は酷くリリィスに似ていて、白い羽毛が血生臭い風に靡いている。しかし何よりも衝撃を受けたのは、彼女の有様だった。


 全身が焼け爛れていて、恐らくは下半身に当たる場所がない。怒りが込み上げて、駆け寄ろうにもその身体は意思に反してゆっくりと歩み寄るのみ。


 間も無く、地面に伏せるドラゴンの姿がはっきりと見えてきて……そうして彼女がゆっくりと瞳を持ち上げる。


 ──リリィ、じゃない……


 近くに来たことで漸くその全貌が見えた。ドラゴンの体躯はリリィスよりも遥かに大きく、青白い瞳は彼女とは似ても似つかわない。

 このドラゴンは一体何なのだろうか。そう疑問符を浮かべる意識とは裏腹に、彼の口がひとりでに動き出した。


「龍王アフィ=ヴァエナ」


 手に持った刀の間合い、その一歩手前で止まって男がドラゴンの名を呼ぶ。そんな彼の言葉に半死のドラゴンがゆっくりと瞬きをして、口元を歪めて笑った気がする。


「ふふっ、何じゃ? とどめを刺さずに言葉遊びに興じるとは……よもや儂を愚かと断ずるのか、滅びの王」


 ゆるりと向けられた青白い瞳。その奥に映るのは、今世の彼と同じ姿形をした男だった。

 龍王の言葉に男は答えないが、そんなことは構いもせず彼女は次に男が口を開くのを黙って待った。


「いいや、寧ろ称賛されるべきだろう。本来であれば仲間意識などない龍族をまとめ上げ、俺に挑む貴様は紛れもなく英雄だ」

「お主から称賛を受けられるとは、儂も捨てたのではないな」


 くつくつと、力無く笑ってそのドラゴンは青白い瞳を男へと、そうして遠くの空へと向けた。星のない暗い空へと向けた瞳はどこか遠く、遥かなる未来を憂いているようにも見える。


「お主は世界の脅威じゃ。言葉を選ばず言うのなら、害悪とも取れるじゃろう」

「事実、その通りだ。だからこそ、貴様は止めに来た」


 失った肉体が再生を始めようとするが、うまく回復できない。力を殆ど使い尽くして、それでも死ねないのは彼等が持つ高い不死性故だ。


「──しかし、止められなかった。それが結果じゃろう?」


 男は答えない。慰めの言葉もなく、ただただ無言のまま、無機質な目を死にゆくドラゴンに落とすのみだ。

 彼女の青白い瞳に映る男。特に目を引かれるのはあの時……夢に見たのと同じ反転目で、超新星を思わせるあかかがやく瞳だ。


「のう? 飽くことなく滅ぼし続けて、その先で何を望む。己の運命に従い、そのまま世界をも滅ぼすか?」

「運命は滅ぼした」


 彼の言葉に、初めて龍王が驚愕に目を見開く。運命もしがらみもなく、悉くを滅ぼし尽くして尚も彼は強大な敵を求めている。

 ただ滅ぼすために滅ぼし、しがらみなき亡霊はそれでも死にきれずに敵を求めて彷徨うだろう。だからこそ、古き龍王は彼の行く末を憂いている。


「貴様も知っていよう。我が使命は世界を滅ぼすこと。──俺がアレの騎士となった時、そう誓ったのだ」


 スッと超新星を思わせる瞳を細める。自らの力に呑まれて滅びる星の如く、彼は自ら諸共この世界を滅ぼそうと言う。


「難儀なものよのう、滅びの王。何があって、何の目的があってそんなことを……それは不可能だと、お主も悟っているであろう」


 最後にはその身を滅ぼすだけだ、と……そう言う龍王の言葉を受けてなお、男は能面のような表現を崩すことはなかった。

 長く続いた殺戮の日々、飽くことなく滅ぼし続けた男が最後に感情まで失ってなってしまったのか。そう憂う龍王に、男が一歩歩み寄る。


「かつてアレは今わの際……世界の未来を憂い、嘆いた。その願いはこの身を不死の亡霊と化し、生前のしがらみから解き放ったのだ」


 強い後悔の念が押し寄せて、龍王の瞳に映る男の顔に初めて感情らしき色が見えた。不死身となってから長く、永遠にも等しい幾星霜もの時を超えても忘れられない悔恨の念。


「俺は未来永劫、抗い続けることを宿命付けられた存在……どうして、憂い迷うことがある? 至ればくだらぬ疑問など消え失せる。故に慮る必要などないのだ」


 能面に戻った男は徐に刀を振り上げて言う。きっと自身の辿る末路も、その結果の全てを知っていながらも、その男は決して止まらない。


「何も不思議なことはない。不可能に挑み、当たり前のように敗れる……ただそれだけのことだろう? 貴様とて、よく知るところではないか」


 掲げた闇のような刀を振り下ろし、それを最後に記憶が途切れる。夢が暗転する直前、最後に彼が見たのはどこまでも男の行く末を憂うドラゴンの深い瞳だった。











 ハッとして目を覚まし、ぼんやりと見上げるのは見慣れない天井。一瞬自分がどこにいるのか分からず首を動かして、少し距離を空けて置かれた隣の寝具に寝るガテムを見て漸く思い出す。


「……夢か……」


 白いドラゴン、龍王と呼ばれた彼女がどこかリリィスに重なって……まるであの光景が、彼とリリィスに置き換わって感じる。

 嫌な目覚めと言うほどではいないが、要らないことを考えさせられる夢であることは違いない。またリリィスに会った時、この夢のことも話すべきだろうか。


 ──いや、考えすぎだ……


 深く悩む必要もないだろうと、一つ寝返りを打って再び瞼を閉じる。今はとにかく、身体を休めることの方が先決だろう。


 翌朝、特にあれ以上の夢を見ることもなく目が覚めた二人はその足で街を出る。ガテム曰く、次の街までかなり距離があるようで暫くは野宿を余儀なくされるそうだ。

 夢の件に関しては前世のことにも関わる為、ガテムの前で堂々と話題に出すわけにはいかない。またどこかで二人になれるタイミングがあった時、改めて話すのがいいだろう。


「どう?」


 夜間、野営の準備をするシュクアの横でガテムは彼が描いた魔法陣に目を通している。魔法陣が描かれた羊皮紙の裏にはそれがどんな効果を持つ術式であるかを書き示していて、老兵は忙しなく羊皮紙をひっくり返して別の紙に何かを書き足していく。


「実に興味深い。この歳になると特定の強い衝動を除いて、とは大体ことには無関心になってしまう」


 強い衝動が何を意味するのか知って、シュクアは僅かに表情を暗くする。しかしそんな彼に気がついてか、老兵は気にするなと首を振って羊皮紙の一つを拾い上げる。


「夢中になれるものが新しく見つかった。これのおかげで、少しは痛みも紛らわせることが出来るのだから」


 そう言いながら、彼はここまでの発見を教えてくれた。やはり悪魔の呪術はこちらの世界にある魔法法則には属さないようだ。

 それでもある程度の規則性はあり、ガテム曰くそれを解明出来れば魔法の本質が見られるかも知れないと言う。


 前世のことは彼に話していないが、彼の呪術は明らかに既存の法則に従わない異物。その相違点を探し出し、本質を理解できれば魔法技術に革命が起きるだろう。


「何よりも興味深いのはこの術式だ」


 そう言って取り出したのはシュクアがふと疑問に思って書き出したもの。暫くは悪魔の特権である呪術を中心に描いていたのだが、ふとそれが悪魔が元いた世界でも彼しかつかないことに気がついたのだ。

 どこの世界でもそうだと言うのなら、逆に悪魔がいた世界で一般的……ではないまでも、十分な技量を持つ者であれば扱える魔法を書き足した。


「これは転移の魔法陣か?」


 裏面にどんな効果を及ぼすか軽い説明は書かれていてるが、改めてガテムは確かめるように言う。無言のままその言葉に頷いてやれば、彼は新たな羊皮紙を取り出すとそこに幾何学模様を描いていく。


「転移の魔法は既に隔離されておる。──だが、あくまで対処となるのは生き物以外」

「何が違う?」


「生き物を飛ばそうとしたことはあったが、成功率が著しく低かった。植物ならいざ知らず、人を含めた動物は不可能と言っても良い」

「原因は分かっているのか?」


 魔法時を買い終えて、ペンを置くとガテムの鋭い瞳がシュクアを見遣る。


「厳密なのかとはわからぬが……恐らく、動き続けるのが原因なのではないかと言われている。生命活動に使われるエネルギーが術式に干渉してしまい、思うように能力を得られないのだろう」


 その結果として、四散した動物の部位がそれぞれ違う場所に転移することもあったようだ。──その点、シュクアが描き出した魔法陣は似て非なるもの。


「若干似てはいるが、明らかに違う。恐らくこれは転移魔法の完成系、生物をも動かすことが出来る革命的な技術じゃ」


 並べられた二つの魔法陣を見れば確かに似てはいるが違う。シュクアには何がどうなっているのかまるで分からないが、ガテムには見えているものがあるのだろう。


「これは革命じゃ。今まで転移魔法は高等技術であるにも拘らず、無生物限定にされていた。──それが生き物を、人が世界の反対側にまで移動できると証明されたのじゃから」

「でも、その魔法陣が似ていると言うことは……やっぱり、俺の考える魔法法則とあんたが知る魔法法則に違いはないんじゃないか?」


 これで証明されたのは悪魔の世界と、この世界で魔法に関する原則が同じである可能性。──であるのなら、尚のことあの呪術の正体がわからない。


「一つ聞くが、その転移魔法が国の外に出ることは出来ないか?」

「…………やめた方が、いいじゃろう。見たところ術式に不備は見当たらないが、やはり危険すぎる」


 ガテムの説明を聞いてそうだろうなと、どこか納得してしまう。そもそも悪魔の記憶からしても、転移魔法は色々と制限が多い。


「まず記憶にある場所、それも鮮明に覚える場所にか行けぬ。加えて空間を歪めるほどの力と、膨大な力を目的の地点に繋げるための緻密な操作が必要じゃ」


 魔法陣があれば技術の問題は解決するのではないかと、そう問い掛ければガテムは首を横に振った。


「生憎と、この魔法陣には転移先の地点が定義されておらぬ。二つの空間を繋ぐだけなら十分な力さえあれば可能だが……どこに繋げるかまで定義されていないのなら、その作業は術者本人がやらねばならない」


 言ってしまえばこれは空間に穴を開けるだけの魔法陣。既存のものよりはより安定しているが、所詮はその程度でしかない未完成品だった。

 無論、シュクアには国の外への繋げ方もわからない。それはガテムも同じようで、せっかくの転移魔法も使い方が分からなければただの危険物だ。


「惜しいが、これは処分しておこう。下手な人間の手に渡ると碌なことにならぬ」


 そう言って、ガテムは自身が描いたものとシュクアが描いたもの、その二枚の転移魔法陣を焚き火に放って処分した。

 空間を操る技術、その使い方は無数に存在していて……もしそれを悪用すれば被害は想像を絶するだろう。


「相当の力があれば、街一つ消すことも出来る。ただ殺されるだけならまだしも、遺体も遺品も残らぬ……下手をすれば、名前すらもな」


 亡くなった人間の尊厳も正しく遺せないだろうと……それはあまりにも、死を冒涜する行為ではないか。


「しかし、興味深いものを見せてもらった。まだまだ研究のしがいがあるものじゃ」


 気を取り直して他の魔法陣に目を通していくガテムから視線を外して、シュクアは横で身を丸めていたリリィスへと目を向けた。


「そう言えば言い忘れていたが、日が沈む前に飛んだ時、西の空が酷く荒れていた。下手をすれば明日は嵐だろう」

「「なんだと?」」


 男の声が二つ被る。どうしてもっと早く言わないんだと、二人の視線が責めるように白龍へと向けられた。

 そんな二人の視線に耐えられなかったのか、彼女は一つ鼻を鳴らすとその頭を翼の下に潜り込ませてしまう。


「しかし、困ったのう。リリィスの言葉が正しければ、明日は草原に出ようと思っていたところなのじゃが……」

「何か問題が──」


 そこで言葉を切りハッとする。もし強い風を纏う嵐であれば、防ぐもののない草原では成す術なく暴風雨に曝されることになるのだ。


「まぁ、大丈夫でしょう?」

「どうだろうな……この季節に発生する嵐は強い。流石に飛ばされることはないだろうが、満足に進めるか。──なにより、嵐に巻かれて方向感覚を失えばまずいことになりかねん」


 シュクアも彼の言葉を受けて考える。このまま森の中で待機する選択肢もあるが、果たしてその選択が安全とも言い切れるだろうか。


「心配するべきは、竜巻か……」

「そうじゃな。もし竜巻が見えたら……いや、逃げられるとも限らぬな」


 明日に備えて体力を回復しておくべきだと、ガテムは広げた羊皮紙を素早く片付けるとさっさと横になってしまう。

 シュクアもリリィスの翼に潜り込むようにして横になると、ぼんやりとした炎の光の下で目を閉じた

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