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六花の龍騎兵 〜滅びの眷属と白き龍〜  作者: 枝垂桜
第二章 遥かなる旅路への門出
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第三話 狩人の牙が迫る時

 その日も馬を走らせて二人は当初の予定通りに南へと向かう。こちらの世界に転生してから狭い村社会でしか生きてこなかったシュクア、ひっきりなしにこちらの世界についてガテムに質問を繰り返していた。

 彼は存外に物知りで、彼の質問の殆どに答えてくれた。魔法に関連することも、本人は使えないまでも様々な知識を持ち……更には、各国の特徴やその情勢、勢力図に至るまで知っている。


「本当に物知りだな」

「伊達に長生きしておらんよ」


 険しい表情でそう言う老兵の横顔を見て、シュクアも胸を締め付けられる気持ちになった。長い年月、彼は復讐のために生きてきた……この帝国に一糸報いるために、ずっと身を潜めてその時を待ち続けたのだ。


 長い人生で様々な知る一方で、夥しい量の悲しみにも触れてきたのだろう。


「なぁ……」


 言葉を続けようとして、ふと視界に映る影に目が取られる。それは影と言うよりは何かの跡で、鞍の上で身を捻るようにしてそちへと目を向けた。


「どうした?」

「……何かの、足跡を見つけんだ」


 それがどうした、と言わんばかりに片方の眉を吊り上げるガテムにシュクアが言い募る。


「大きい足跡だ。多分、リリィよりも遥かに大きい」


 直後、老兵が手綱を大きく引くと馬の足を止めさせる。遅れてシュクアも馬を止めると、何があったのかとガテムを振り返った。


「それは本当か?」

「見間違いじゃないと思う」


「どんな形だった」

「何か、獣の足跡。熊や狼みたいな……少なくとも蹄はなくて、大きな爪を持った足跡だった」


 それを聞いた途端、老兵の顔が曇った。明らかによろしくない兆候に、シュクアの胸の中にも不安の影が押し寄せ、周囲を警戒するように忙しなく視線を彷徨わせる。


「リリィスを近くに呼べ」

「分かった」


 素早くリリィスに交信を試みれば、彼女からすぐに向かうと返事が返ってくる。そのことを伝えれば、ガテムは一度周囲を確認したのちに再び馬を走らせる。


「どうしたんだ?」

「ここは大狼の縄張りじゃ。昔来た時はなんでもなかったが、いつからか住み着いておったようじゃな」


 聞いたこともない名前ではあるが、なんとなく想像はつく。名前の通りな大きな狼で、足跡のサイズから考えるに彼等の乗る馬ぐらいなら一飲みにできるかも知れない。


「もしかすれば、もう勘づかれているかも知れん」


 老兵がそう言うや否や、木々の隙間から巨大な影が飛び出す。足音もなく、あれだけの巨大でありながらまるで気配も感じられない。

 馬も丸呑みに出来そうなほど巨大な口からは、人の足ぐらいの長さはありそうな牙が並んでいる。素早く手を貸し、魔法を発動した。


 地面が隆起して土槍がその土手っ腹を貫く直前、大狼はその大きさに似つかわしくない機敏な動きで槍を避ける。


「……冗談だろ……」


 更に三本、土槍を出現させるがそれが生成されるよりも早く大狼は身を翻すと次々に躱す。あまりにも現実離れした馬鹿馬鹿しい光景にそう声を漏らせば、横にを走る老兵が唸る。


「奴には力の流れが見ておるのじゃ。工夫せねれば当たらぬぞ」


 このままでは力の無駄使いだと、そう言われてシュクアは槍を出現させることをやめて馬をひたすらに走らせる。

 しかし当然とも言うべきか、大狼の方が遥かに速く、すぐ追いつかれてしまう。


「チッ……」


 もう一度魔法を練り上げ、今度は分かっていても躱し切れない量の槍を出現させようと術式を構成する。

 間も無く巨大な口が開かれて二人へとそれが迫る直前……空から落ちてきた影がその上顎に衝突して大量の粉塵を巻き上げた。


「リリィ!!」

「二人とも無事か?」


 粉塵の中から飛び出してきた白龍がチラリと二人の人間を見遣る。幸い、馬を含めて彼等には怪我もなく済んでいる。


「しかし、あの大狼。まるで堪えていない」


 次にリリィスが目を向けるのは、眼前に立つ大狼。突然として現れ、強烈な一撃を浴びせたドラゴンを警戒するように見ている。


「勝てるか?」


 馬から降りて、その手綱をガテムに持たせる。彼は何が言いたげだったが、シュクアが軽く手で合図すると一つ頷いて駆け出していく。

 彼は対人戦には慣れているが、巨大な獣は専門外だろう。得意の読みもこれほど攻撃範囲に優れていれば意味もなく、弱い魔法しか使えなければ有効だに欠ける。


「誰に言っている? 私はドラゴン。有象無象は、我が前に跪くべきだ」


 その言葉と同時、腹の奥まで轟くような咆哮が発せられる。自身の体躯の二倍はあろうと言う大狼相手にまるで怯む様子もなく、対する大狼もまた鋭く吠えた。


 衝突はどちらともなく……飛び出した大狼の牙が横跳びに避けたリリィスの首を掠めて閉じる。白龍の耳元で重々しい音を立てて上下の牙が噛み合い、それと同時に身を翻したリリィスが、その強靭な尾にて大狼の顎を打ち上げる。


 流石にこれは堪えたのか一歩、二歩後ずさると軽く首を振って再びリリィスを睨め付けた。その視線を浴びて、猫のように身を低くした白龍が低く唸る。


「動きはいいが攻撃が軽い、他の方法を考えるべきだ」


 シュクアの言葉に、リリィスは尻尾を地面に叩きつけて答える。彼女と大狼ではまるで体躯が違う。

 小柄なリリィスではその攻撃は軽く、逆に大狼の攻撃を受ければひとたまりもないだろう。


 今度はリリィスの方から仕掛ける。身を低く駆け出した白龍目掛けて太い前足が振り下ろされて、それを六本の四肢を地面に突き立てて直前で急停止。

 リリィスの鼻先を掠めて落ちた前足を狙って牙を剥き出す。しかし地面にから跳ね上がった前足は彼女の顔面を強く打ちつけた。


「……!?」


 驚愕に目を見開くシュクアの眼前、白龍の身体が大きく跳ね上げられて背中から地面に落ちた。無防備を晒したリリィス目掛けて大狼が飛び込み、細い首を噛みちぎろうと巨大な牙が迫る。

 ──だが、大狼がその瞳をジロリとシュクアへと向ければ大きく後ろへと飛ぶ。直後、彼が立っていた場所に土槍が出現した。


「凄じい勘の鋭さだな」

「……助かった」


 身を起こし、リリィスが短く息を吐き出す。


「まだ行けるか?」

「もちろん」


 彼の問いかけに彼女は上下の顎をガチンと閉じて答える。相対する大狼もまた流石にシュクアのことを無視できない脅威と捉えたのか、先程までリリィスにしか向けていなかった敵意が彼の方にも向く。


「気をつけろ、あの狼は賢い。雑な攻撃は通らなと思え」

「言われずとも」


 刀を抜き放ち、それぞれの位置が正三角形を模るように陣取る。低く唸るリリィスと、それに応じるように牙を剥き出す大狼。

 徐々にリリィスとシュクアは大狼を挟み込むに移動し始める。それを察してから、大狼は素早く双方に目を向けるや否や徐に動き出した。


 ──来た……!


 先んずはシュクアを抑えるべきだと考えたのだろう。容赦のない前足が落ちて、それを転がるようにして避けると同時、前足に刀を振る。


 ──硬い……!


 刀は肌一枚を切り裂いて止まり、まるでダメージになっていない。驚愕に固まる男の頭上、大狼が牙を剥き、それと同時に奴の脇腹にリリィスが突っ込む。


「──っ!?」


 危うく二匹の巨体の下敷きになる直前、それを避けて飛び込むようにして離脱する。そんな彼の後ろでは白龍と大狼が衝突する音が断続に響いた。

 叩き付けられ前足を翼で受けながらも前へと出るリリィス。盾に使った翼が一撃でひしゃげ、痛々しく歪むのも胃に介さず大狼の喉下へと喰らいつく。


 鋼鉄のような牙が大狼の首を掴むも、更に叩きつけられた前足がリリィスの肩を撃ち抜く。四方ある前足のうち、右側前足の一つが肩からひしゃげてしまった。

 加えてそれだけにはとどまらず、リリィスの牙が大狼の首の肉を抉って外れる。シュクアが不味いと思ったのも束の間、リリィスに覆い被さるようにして大狼が反撃にその細い首を狙う。


 迫る牙が届くと言う直前、身を翻したリリィスがすり抜けるように大狼の牙を躱した。獲物を外した牙が噛み合い、それと同時にリリィスの左前足が上下の顎を押さえ込むように鷲掴みにした。


「よしっ!」


 思わずそう叫ぶシュクアの眼前、大狼が首をめちゃくちゃに振り回して口を押さえる腕から逃れようと暴れ狂う。

 体躯の大きさで劣るリリィスが引きずられて、残った四本の足が地面に爪痕を残すも大狼の動きを抑えるには至らない。


「そのまま抑えて!」


 リリィスが拘束している隙に動きを抑えられないかと黒い結晶槍を生成。体力を大きく消費するが、それでも硬い外皮を貫くならこれしがないだろう。


 ──だが、敏感にそれを感じ取った大狼が、決死の覚悟でその身体を大きくのけ反らせた。

 抑えきれなかったリリィスがその身体ごと浮かび上がったかと思えば、彼女の身体に大狼の前足がかけられる。


 ──まさか……


 嫌な予感が脳裏を過って……直後、嫌な予感が現実になる。大狼を外して顕現した結晶槍、その穂先にリリィスの身体が叩きつける。

 嫌な音を立てて甲殻が砕けて、脇腹から深々と刺さった黒結晶が体の反対側から突き出す。


「……リリィ……」


 ただ呆気に取られて呆然とするシュクアの耳元に咆哮が轟く。苦悶に満ちた咆哮を受けて、それでもリリィスは大狼を放していない。

 血を流す口を大きく小さくあげて唸り声を上げると、左中足を伸ばして左前足と同様に大狼の顎を押さえ込む。


「それで、私が逃すと思ったか?」


 串刺しにされて、それでもリリィスはその手を離さない。鋭い鉤爪が上下の顎を貫き、ガッチリと固定する。

 再び前足が振り遅されて、腰の甲殻が砕けて……否、おそらくは腰骨も砕けたのだろう。後ろ足と尾が力無く垂れるも、寧ろ残った右中足にて自身の体を貫く黒結晶を掴んで固定すると大狼を放そうとしない。


「貴方は素晴らしい狩人だ」


 グッと力を込めれば甲殻が内側が砕けるほどに筋肉が隆起する。


「悔しいが、私では止めに至らない」


 上半身の甲殻が砕ける嫌な音が大狼の唸り声に混ざって響き渡り、それぞれの筋肉が大きく隆起きしたかと思えば、全身の大毛が逆立つ。

 体躯と体重で劣るものの、黒結晶に身体を貫かれて固定されていれば大狼でも動かせない。それを利用してリリィスが渾身の力を込めた。


 自身の外骨格を内側から砕くほどに発達した筋肉が隆起。それが波打ったかと思えば、白龍の方へと大狼がググッと引き寄せられた。

 なんとかその拘束から逃れようとリリィスを攻撃することも忘れて四肢を地面に突き立ててもがくが、大きく地を抉ってその巨大が引き摺られる。


 間も無くリリィスの胸元まで引き寄せられた巨大。その頭部を地面に押し付けるようにして沈み込ませれば、彼女の赤い瞳が呆気に取られていたシュクアへと向く。


「……シュクア……」


 囁くようにそう呟く彼女が言わんとしているか、それに気がつくと同時にシュクアの足元が光る。それを踏み抜くようなして足を踏み出せば、地面に近付いていた大狼の左右か黒結晶が飛び出す。

 まずはその身体を左右からは、彼をはがいじめにするように交差した結晶槍が貫く。一際大きな咆哮が轟き、死に物狂いでもがくもリリィスの拘束は解けない。


「……終わりだな……」


 直後、リリィスの下から突き出した黒結晶がその頭部を貫く。顎下から頭蓋を突き破って現れた黒結晶を見遣り、リリィスがゆっくりと突き刺していた爪を剥がしていく。


「リリィッ!!」


 大狼が絶命したことを確認すると素早く駆け寄り、彼女の赤い瞳を覗き込む。驚いたことに白龍の目は霞んでも虚でもなく、はっきりと彼を捉えていて、その力強さは微塵も衰えていない。


「私は大丈夫」

「大丈夫なものか!」


 身体はどうなった、とまずは彼女を貫く黒結晶へと目を向けて……そうして、思わず言葉を失う。何とその傷口からは赤黒い霧が立ち上っていて、手を近づけて治療をしようにも凄じい熱気で思わず指を引っ込める。


「言ったでしょう? 私はドラゴン。この程度なんてこともない」


 引き裂かれた翼も、ひしゃげた右前足も既に完治していて……筋肉の隆起で内側から砕けて捲れた外骨格も、腰の陥没した甲殻も元の形に戻っていく。

 断続的に音を立てながら甲殻が再生して、引き裂かれた皮膚は赤黒い霧を発して瞬く間に塞がっていく。


 もう一度傷口へと手を伸ばせば、火傷するほどに熱い。まるで揺らめく炎のような熱気で、近づくだけでもそれは伝わってきた。


「黒結晶を抜いて欲しい。そうすれば回復するはずだから」

「ああ、ああ! 待っていろ、今抜いてやる」


 すぐに立ち上がると彼女の体を貫く黒結晶に手をかけ、その術式を破壊する。最初こそ破壊不可の結晶体かと思ったが、存外呆気なくそれは砕け散った。


「楽になった」

「大丈夫か? 身体の中に破片が残っていたり……」


 心配するように声をかけて、彼女の傷口を覗き込む。そうすればもう再生は始まっていて……彼が見守る中、瞬く間に傷口は塞がっていく。

 出鱈目な再生速度に目を見張っていたシュクア。そんな彼の腕を鼻先で突いて、リリィスが地面へとその目を向けた。


「見て」

「これは……」


 砕け散けた黒結晶の破片は、それぞれ影ように伸びて沈み込み、そうして跡形もなく消えてしまう。まるで影が光に照らされたように、最初から存在しないモノのように消えて無くなってしまった。


「一体何なんだ」


 悪態をつきたい気持ちをグッと抑えて、次に向き直るのは身体と頭部を結晶槍に貫かれて生き絶えた大狼。

 実にリリィスの倍以上の体躯を誇り、また知能も高かった。巨大を持ちながら一切を音を立てずに動き、その姿を目にするまで気配も感じられない。


「見事な狩人だった。殺すには惜しいが、私が生き残るには仕方のない結果だ」

「ああ、そうだな」


 同じように黒結晶の術式を解ければ、その巨大が地面に落ちる。一度近づき、改めてその全貌を目に映して息を呑んだ。


「お前、よくこんな化け物に力負けしなかったな」


 最後の最後、リリィスは腕の力だけで大狼を引き摺り込んだ。自身の外骨格を内側から砕くほどに大きく隆起した筋肉は、倍以上の体躯を持つ大狼を相手を引き摺り込むほどの膂力を誇ってきたと思う。


「普段はあまりやらない。普通に甲殻が割れるのは痛いし、外骨格の再生には体力を使う。それに甲殻を失うから打たれ弱くもなる」


 凄じい膂力を発揮するものの、失う物も多いらしい。──とは言え、普段の倍以上の筋力を引き出せるのなら使い所は多いだろう。


「うん? それならどうして、義父とおさんを助ける時には使わなかった?」

「当時私は、私はそこまで成長できていない。自分の甲殻、外骨格を突き破れるほど筋肉が発達してなかった」


 そういうものなのだろうか、と疑問は残るものの納得するしかないだろう。それに今更、過去のことを掘り返しても仕方ないと首を横に振って頭を切り替える。


「ガテムを追わないと。俺を乗せて飛べるか?」

「もちろん」


 魔法の連発で力無く言うシュクアの言葉に、リリィスはまるで疲れを感じさせない声で答えた。


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