貴族冷麺 ~ひやし令嬢はじめました~
2024/09訪問 | 1回目
★★☆☆☆ 2.1 ¥50,000~¥4,000,000 1人
貴族令嬢が経営する中華料理店があると聞き、小生はX(旧Twitter)で仲間を集って早速店に向かう事とした。しかし友人は集まらない。それは誰も貴族令嬢に興味がなかったからのか、中華料理に興味が無かったのか、フォロワー3人の自分自身に問題があったのか。
ちなみに小生のフォロワー内訳は父と母、そしてペットのミケである。
やむなく単身オートバイで店に向かったが、そこは人里離れた辺境の地にあった。センターラインのない田舎道をひたすら走るが車は少なく、たまに観光バスとトラックが制限速度ギリギリで通り過ぎるのみである。
「むむむ、アレでござるか?」
ゴブリンと冒険者が戦ってそうな山道を抜けると見えてきたのは豪華なお城。やはり日本に貴族は存在するらしい。ゴシック調に建築されたそれは、貴族の城というより魔王の住処か悪魔の教会か。正門と思しき入り口には「冷やし中華はじめました」の張り紙が。てかもう秋だぞ。
ゴ…ゴ…ゴ…ゴ…
無言で衛兵が門を開ける。オートバイはそこに停め、徒歩で城内に入ると出迎えのメイドにお約束のカーテシーで挨拶された。なお小生はメットのシールドを少し上げて返礼。これは古代ローマの騎士に遡れるバイク乗りの正式な挨拶である。
「お客様いち名ごあんなーい」
メイドが高らかに声をあげると、広い廊下にずらりと並ぶ従者が一斉に頭を下げた。この先が食堂らしい。小生は高まる胸を押さえつつ、赤い絨毯を踏みしめ部屋の前に進み、扉を開ける。そこにいたのは金髪ロールの貴族令嬢と、黒い燕尾服の老執事だった。
「よくいらしてですわ、ホーホホホホ!」
出た、貴族令嬢の高笑い。やはりこうでなくては。すごいぞ、貴族は本当にいたんだ、父さんは嘘つきじゃなかった! 飛行石を手に感動で震える小生に執事は着席をすすめた。
ロココ調の椅子に大理石をあしらった円形ダイニングテーブル、その中央は回転式で、動かしてみれば回る回る。西洋風の食堂でそこが唯一の中華を感じさせた部分だった。
「なにを召し上がるのかしら、ホーホホホホ!」
「で、では冷やし中華を……」
「お任せあれですわ、ホーホホホホ!」
小生の注文を受け貴族令嬢と老執事はやけに豪華なオープンキッチンに入る。しかし見てみれば調理のほとんどは老執事が行っており、貴族令嬢は錦糸卵を震える手でゆっくりと切っているだけであった。調理を終えた老執事が令嬢を心配そうに見ている。
「爺や、怖いわ、怖いですわ」
「お嬢さま、ゆっくりですぞ、ゆっくり切るのですぞ」
「ひぃぃぃ、刃物なんて持ちたくないですわ」
「お嬢さまが言い出した事ではありませんか」
「だって、やってみたかったんだもの」
「お嬢さま、左はネコの手、ゆっくり押すように……」
ざく。
「ぎやあああああああああああああ!」
「お嬢さまあああああああああああ!」
逃げ帰ろうとした小生は老執事になだめられ、やむなく供された冷やし中華を食することにした。これが意外にも美味。
手打ちと思しき麺はツルリと口に吸いこまれ、卵の香りが鼻を抜ける。油断すると喉を通過して逃げ込もうとする麺を噛み締めれば、小気味よい弾力で抵抗してくる。もっち、もっち、もっち……
ちゅるん。
飲み込むという行為を意図して止めることは難しい。ましてそれが心地よいのど越しを約束されていればなおさら。麺はまんまと喉を通り抜け胃袋へ。口内に残された余韻の切なさは、別れた恋人のSNSを見るが如し。異性との交際経験のない小生にもそれは感じ取れる。悲しみを埋め合わすべく更に麺をすすれば……
ざくん!
ここに新たな出会い。麺に絡みついたキュウリが爽やかな香りを口内に広げる。優等生タイプの元恋人を忘れさせるフレッシュなスポーツ系との出会い。キュウリの一人称は男女問わず「ボク」だ、たぶん。栄養が無いなどと陰口を叩かれてるのは嫉妬に違いない。
麺とキュウリの板挟みに悩む小生を救ったのはスープ。喉を締め付ける酸味が出会いと別れを鮮やかに洗い流す。
麺・キュウリ・酸味の効いたスープ
皿と口を行き来する箸が止まらない
回れ、回れ、冷やし中華の回転木馬 (メリーゴーランド)
後はただ繰り返す、食べ終わるまでの永劫回帰……
◇◇◇
「またいらしてよ、ホーホホホホ!」
貴族令嬢と老執事に見送られ城……いや、店を出た。お金を払おうとすると、お試し期間とのことでお代は不要と断られた。高級食材を惜しげなく使い、丁重に作られた極上の冷やし中華だった。え? なんで評価点が低いかって?
さすがにキツイっすよ、真っ赤に染まった錦糸卵は。