この一枚の便箋に
[たかが百文字]
夏もどんどん終わりへと向かっていく。
一枚の便箋に書ける文字は約百文字。
何を告げようか? 何を書こうか?
ピンピンに削った鉛筆で、貴方の名前を書く。
一枚の便箋に乗せる思いは沢山ある。
相手を心配する言葉に世間話。大切だと告げる言葉。
何を話そうか、何を乗せようか。
今日の空の模様でも書こうか?
今日の花の育ち具合の話でもしようか?
そんな詰まらない事を毎回毎回話している。
いや、一方的に書いている。
毎回読んでくれてるのかは、わからない。
いや、読んではいないだろう。
そうだ、君は今日誕生日だった。ならば、最初はおめでとうだろう。
削れていく鉛筆の粉が少し便箋に乗る。
消しゴムはできる限り使いたくない。
毎日の出来事を短い文でまとめる。
君は棒のついたアメちゃんが好きだった。
私は嫌いだけどね。
君は銀縁眼鏡が好きだった。
私は嫌いだったけどね。
そんな君は今、何をしているのかな?
遊んでいるか、仕事をしているか。
生きているか、死んでいるか。
起きているか、寝ているか。
何をしていたって良い。
別に君の人生を縛りたい訳ではないし、そんな権力を持ち合わせてはいない。
でも、君は神様に未来を縛られてしまった。
君から最後にきた手紙は約半年前。
グチャグチャの文字の手紙だった。
でも、最後の文の文字は違かった。
とてもではないが整った字。
きっと母親の文字だろう。
そこにはこう書いてあった。
『目が見えなくなってしまって、手紙を読むことが難しいです。』
と、完結にただそれだけ。
その一文に私はどれだけの衝撃を受けただろう。
目の前が滲み、涙を流したのを覚えている。
彼は、目を開かなくなった。
綺麗な瞳は閉ざされたまま、瞼の中に仕舞われた。
綺麗なアイオライトのような瞳だった。
少しずつ目が見えなくなったそうだ。
今思えばどんどん字が汚くなった。
字はガタガタになった。
真っ暗になった君の世界に、光を灯すことはできないだろう。
私は医学の知識なんて持ち合わせていない。
私は奇跡なんて起こせない。
だけど私は手紙を書き続ける。
君に愛してるを伝えたいから。
だけど私は手紙を書き続ける。
君に沢山の景色を伝えたいから。
そんな私は駄菓子屋で買った棒付きアメちゃんを口の中で
〈カラッ〉と転がした。
どうやらこれは葡萄味だったらしい。
昨日食べたのは苺味だったな…。
邪魔だなと思いながら、舐めるアメちゃんはとても甘かった。
気を取り直して鉛筆を持つ。
君を思い浮かべながら書く文は、特別なもの。
大した事を話さなくていい。
君が大切だという思いが伝わればそれで満足なのだ。
たかが百文字、さらども百文字。
相手の事を思った百文字はきっと価値がある。
さぁ、この一枚の便箋に何を書こうか?
この一枚の便箋にどれだけの思いを乗せられるか。
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