002
少し長いです。
翌日、僕は馬車に乗って州都フェルシアの繁華街を訪れていた。
目的地は、街の片隅にひっそりと置かれた奴隷市場である。
目立たないようになってるとはいえ、奴隷市場が昼間から大っぴらに営業していて、貴族の子供が簡単に入れるとは、前世との倫理観の違いを思い知らされる。
思う所はあるが、この世界の人々が受け入れているのだから、僕が口を挟む道理は無いだろう。貴族である自分に害は及ばないし、所詮は他人事だ。
「シリウス様。お付きの従者を、とのことでしたが、具体的にはどのような奴隷を御所望されるのですか?」
窓に広がる中世的な街並みを眺めている僕に、向かいの席から声を掛けてきたのは、今回のお目付け役として同行することになったメイドだ。
名前は確か、ヘレンといったか。
彼女は、母がストロフ家と婚約する以前の、まだ下級貴族だった頃に取り立てた平民らしい。長年の付き合いからか、母が彼女に親しげに接する様子をよく目にする。
平民上がり故に下々の事情に詳しく、武術の心得もある為、こうした外出時の同行者として抜擢されることが多い。
早い話、母から遣わされた監視役だ。
ここでの動向は全て母に伝わると考えて良いだろう。とはいえ、今回は本当に変なことをする気は無いので、取り繕う必要も無い。
「んー、勉強や研究の手伝いをして貰う予定だから、最低限一人で買い物に行ける能力は欲しいな。後は、指示に従える程度の教養があれば……」
「畏まりました。そのような条件であれば、すぐにでも見つかるかと存じます。他にご希望はございませんか? 従者には異性の容姿端麗な方をお望みになる方が多いですが、その点についてはお気になさらないので?」
「それだと高額になるだろう? 勿体ないじゃないか。助手としてこき使うんから、体力のある男性の方が良い。あ、勉強や研究の助力になれるくらい賢いか、魔力があると尚良しだ」
肩を竦めて否定しながら、更に思い付いた条件を重ねていく。
それなりの能力があれば、ただの雑用係ではなく、勉強や研究の手助けをする助手として使えるかもしれない。自分以外に物事を考えられる人が居るのと居ないのとでは、発想の幅に大きな違いが出る。
「先を見据えた非常に素晴らしいお考えだと思います。しかしながら、新たにご指定した条件に適した奴隷は、余り期待出来ないかと。体力のある男性は、すぐに有用な労働力として売り切れてしまいますし、魔力が豊かな者となりますと尚更です。また、賢明な者であれば、何らかの手段を講じて奴隷落ちを回避するでしょうし……」
メイドは次々と上手くいかない理由を並べ立てていく。その言葉に耳を傾けながら、内心で溜息をついた。まぁ、彼女の言うことは概ね正しいだろう。
この地域では農業が生活の基盤となっている。その為、労働力として体力のある者の需要が高い。
また、魔法は非常に便利なもので、あらゆる作業の効率を飛躍的に向上させる。故に、魔力の多い者も重宝される。
加えて、強大な魔法を習得すれば軍事力としても利用出来ることから、魔力量の多い者は安価な売買や買い占めは禁止されている。市場に出回っていたとしても、僕の持つ金で手に入れられるとは限らない。
「亜人は居ないかな?」
「……可能性は限りなく低いです」
何とか捻り出した案もやんわりと否定される。
この世界には、人間とは異なる種族――エルフやドワーフといった存在もいる。彼らは総じて亜人と呼ばれ、それぞれの種族固有の特性が備わっている。
その特性なども気になるので、一度詳しく研究してみたいものだが……彼女の言う通り、この辺りで有能な人材は期待出来ないだろう。
王都の奴隷市場ならもっと品揃えが豪華だと聞くので、一度は訪れてみたいものだ。
「まぁ、条件に叶う奴隷が居なかったらその時はその時だ。とりあえず一通り見てみようじゃないか」
そうしたやり取りを交わしながら、僕らは奴隷市場へと到着した。
どうやら、領主の家の者が訪問することが事前に知らされていたらしい。一般客は立ち退かされてか姿が無く、商人が付きっきりで説明を行うという、特別待遇がなされている。
早速中に入り、奴隷を物色する。
主な商品はやはり身売りされた農民の子だ。その数は想像以上に多い。
……この国、レスト王国の土地は肥沃だから、食料事情には恵まれている。加えて、今年は冷害や干ばつなどの農作物に悪影響を与える出来事は無かったはずだ。
なのにどうして、こうも困窮した農民が多いのか。
どこぞの領主が愚策を弄しているのだろう。私財を肥やすために無計画に税を引き上げ、領民を苦しめているに違いない。
これでは現在の生活水準を今後も維持できるのか心配になってくる。しかし、今それを考えても仕方がないので、兄が何とかしてくれると信じるとしよう。
そして案の定、男の割合は少なかった。満足に働けない小児しか残っていない。
参ったように視線を泳がせば、成人した男が目に入る。居るじゃないかと思うかもしれないが、彼はただの奴隷では無い。犯罪者だ。
この世界に刑務所なんて近代的なものは無いので、罪を犯して捕まった者は、保釈金の支払い、奴隷落ち、処刑、罪の重さに応じて三つの中から罰が課される。ここに居るのは、保釈金を払えなかったか、奴隷落ちする程の重い罪を犯した者という訳だ。
犯罪者の奴隷を買って大丈夫か、と思われるかもしれないが、そこはしっかりと対策がされている。奴隷が皆一様に嵌めている銀色の首輪には、隷属の魔法が掛けられており、購入者に逆らえないようになっているらしい。
前世には無かった概念に、流石はファンタジーの世界だと思わされる。それでも犯罪者を傍に置くのは憚られるので、避けられて、こうして余りがちになるのだ。
話を戻そう。そろそろ奴隷を一通り見終えるが、中々研究の手助けになりそうな人材は見つからない。妥協して雑用に専念させるべきか。
妥協するならは、それなりに成熟した女性になるだろう。成熟してる分、出費は嵩むが、そこそこ体力があって買い物や道具の手入れも一人で務められる。
犯罪者を買うのは不安が残る。
隷属の魔法が掛けられていると言うが、その魔法について僕は詳しく知らないのだ。魔法に秀でている者は自力で解除するなど、抜け道もあるという噂を聞くし、知らないものに身を預けるのは怖い。
どうすべきか迷っていた、その時だった。
「……ん、何だ?」
これまでに味わったことの無い、奇妙な気配を感じ取って、思わず声を漏らす。
奇妙といっても、それは恐怖や嫌悪感を抱かせる類のものでは無い。むしろ、胸の奥から安心感が湧き出る、暖かいものだった。
気配のした方へ顔を向ければ、裏口に通じる扉が見える。その奥に、気配を発する何かが存在しているのだろう。
「シリウス様?」
困惑した様子のメイドを横目に、僕は商人に扉の奥に何があるのかを尋ねた。
商人は、僕がその存在に気付いたことに驚いたのか、目を丸くする。そして少し戸惑った様子を見せながら、訳あって隔離している奴隷がいると説明した。
「へぇ、一目見てみたいな。案内してよ」
「し、しかしながら、ご子息様。先ほども申し上げました通り、その者は曰く付きの奴隷でございます。正直なところ、余り近付かせるのも避けたいと申しますか……」
商人はとても見せられるものでは無いと出し渋る。
貴族を相手に拒否をするとは、余程の訳ありなのだろうか。そこまで強く拒まれると、かえって興味が湧いてくるものだ。
押し問答の末、父に今の対応を報告することを仄めかすことで、ようやく渋々ながら裏口へと通してくれた。
「……何やら寒気を覚えます。この先には一体、何があるのでしょうか?」
怯えた様子で身体を震わせながら周囲を見回すメイドが、不安げに問いかける。
「それは、実際にご覧になって頂ければ……。一つ申しておくと、身体が震えるのはごく自然な反応です」
商人はどこか諦めたような声で答えた。
その会話を耳にしながらも意識を向けることなく、僕は薄暗い通路を進む。
うっすらと感じていた奇妙な気配は、足を進めるごとに徐々に強くなり、その発信源が間近に迫っている確信を持つ。
「……こちらです」
やがて案内された先には、予算ギリギリの値札を首に提げて、静かにうずくまる一人の奴隷が居た。
心暖まる奇妙な気配――便宜上オーラと呼ぶことにした――は、やはり目前の奴隷から発せられている。
しかしその気配とは裏腹に、外見は酷いものだった。
この世界では初めて見る黒い髪には艶が無く、手足は痩せこけて骨が浮かびあがっている。髪と手足で顔が隠れて、性別すら判別が出来ない。肌も白んでおり、黒い髪と相まって幽霊を想起させる。
分かるのは、身体の大きさからして僕と大して変わらない年頃であることくらいだ。
「うわっ、何ですかこれは……」
奴隷といっても、大半は元が平民だ。近い存在に思うところがあったのか、メイドはこれまで奴隷に対して憐憫の視線を向けていた。
しかし、今回は違った。眉を顰め、明らかな嫌悪の声を漏らしている。
その反応を意外に思いながら、僕は目の前の奴隷に視線を戻す。
彼女がそこまで嫌悪する理由が、この奴隷にあるのだろうか。確かに見た目は酷いものだが……。
「いやはや、お見苦しいものをお見せしてしまい、誠に申し訳ございません。念の為に申し上げますが、本来お目にかけるつもりは無かったのですよ? ご子息様がいらっしゃると伺い、一時的にこちらへ移していたのですが……まさか、お気付きになられるとは。しかし、ご子息様はどうやらご興味をお持ちのご様子で――」
奴隷に視線を注ぎ続ける僕の様子を見て、商人はその表情を和らげ、説明を始めた。
曰く、彼女は見ての通り訳ありの奴隷。
名も無き野盗が、どこかの森で拾ったという。身元は不明。拾われた時も、奴隷として売り渡される時も、一切喋らず、抵抗する素振りすら見せなかった。
そして何より奇妙なのは、彼女が常に纏う異質な気配だった。それに近づくだけで身体が震え、得体の知れぬおぞましさに襲われる。
その異様な気配と死人のような言動、更には黒髪黒目という珍しい容姿も相まって、彼女は呪われた子として忌み嫌われているらしい。
――おぞましい空気?
商人の話を聞いて、ふと一つの疑問が浮かぶ。
僕にとっては安心感を覚えるほど心地良いオーラが、周囲の人間にはおどろおどろしいものとして映っているらしい。話を聞く限りでは、僕以外の全員がそう認識しているようだ。
先程まで商人やメイドが妙な反応を示していた理由も、これに起因しているのだろう。
では、この違いは一体何なのか?
この奴隷は髪だけでなく瞳までもが黒いらしいが、その特徴は前居た世界の人々に酷似している。僕の身に起きた出来事が、何か関係しているのだろうか。
「ちょ、ちょっと、そんなおかしな子を紹介しないでくださいよ! ほら、シリウス様。表に戻って、誰をお買い求めになるか決めましょう?」
オーラに当てられて震え上がっていたメイドが我に返ると、商人を一喝し、奴隷を凝視する僕の袖を引っ張ってこの場から連れ出そうとする。
だが、僕はその場を離れまいと、逆に袖を引っ張り返して冷静に問い掛けた。
「呪われた子って言う割には値段が高いけど、それはどうして?」
メイドは信じられないという顔で僕を見る。
商人も訝しむ目を向けていたが、この奴隷を売る数少ない機会と見なしたか、すかさず訪問時に見せていた接待用の笑顔に切り替わった。
「それは、彼女の保有する魔力量が多いからです」
商人の言葉を受けて、彼女の魔力量を探ってみる。魔力の量を大まかに推し量る程度なら、多少魔法の心得があれば誰でも可能だ。
……なるほど。オーラや外見に意識を奪われて気付かなかったが、言われてみれば彼女が持つ魔力の量は確かに相当なものだ。
おぞましいオーラを纏った存在を手元に置いておきたくないので、さっさと安価で売り払ってしまいたいが、その魔力量の多さが原因で出来ず、扱いに困っていると。
後は、先程から商人が「彼女」と言っているから、この奴隷は女性であるらしい。
「いかがでしょう、買っていかれませんか? 今はこのような見た目ですが、強い生命力を持っていますので、すぐに死ぬことはまずありませんよ!」
「強い生命力、だって?」
考えるよりも先に、反射的に僕は聞き返していた。
商人の口から飛び出した、不老不死に繋がりそうな一言。それにより、僕の関心が更に掻き立てられる。
僕の食いつくような反応に、商人は喜びを顕に手を擦り合わせた。
「えぇ、えぇ、そうなんです! これは同業者から聞いた話ですが、彼女があまりにも扱いづらいもので、苛立ちの余り深い傷を負わせてしまったそうです。普通なら数週間も治らないような深手だったのですが、なんと、それがたった一日で完治したんです! ご覧の通り、傷痕は残ってしまいましたが……。他にも、処分しようと食事を与えなかったこともあったのですが、なかなか死なずに生き続けたとか。これは、生命力が尋常ではない証拠です! どうです、ご興味を惹かれませんか?」
「へぇ……それは確かに興味深いね」
商人の言葉に軽く同意を示す。
同業者の話と強調している割には、妙に実感が籠っているのが気になったが、今は置いておく。
目の前で話題にされているにも関わらず、奴隷の少女は終始微動だにせず、反応を示していなかった。一応、肩が僅かに上下しているので呼吸はしているようだが、それ以外はまるで石像のように動かない。
僕は彼女の傍にしゃがみ込むと、足元に落ちていた木の棒で試しに彼女をつついてみた。頭や手足を軽くつつきながら、芋虫を見つけた子供のようだ、なんて下らない考えが頭をよぎる。それでも彼女は反応を示さない。
少し強めに棒を押し当てると、わずかに身体を動かしてバランスを取る様子が見えた。どうやら意識はあるらしいが、それ以上の反応は期待できそうにない。
僕は更に数歩前に進み、彼女との距離を縮めた。お互いが手を伸ばせば触れられるほどの近さだ。
「な、何を……」
背後からメイドの震え混じりの声が聞こえる。
しかしその声を気に留めることなく、僕は彼女の腕にそっと触れてみた。
……暖かい。
やつれてはいるが、年端の少女らしい細く柔らかい腕だ。人並みの温もりが感じられる。幽霊や死人ではないことを確認し、少しだけ安心した。
ただ、その感触はあくまで普通の人間と変わらないもので、死なないと言わしめるほど強靭という印象は無い。
発するオーラのような、その異様な体質にはどんな理屈があるのだろうか。興味は尽きない。
――ふむ。
ここまで一切の反応を示さない彼女に、僕は意を決する。彼女の顎を直接掴んで、無理やり顔を上げさせた。
抵抗は無く、顔が見えるようになる。汚れで分かりにくいが、整った骨格をしているように見える。
顔を掴まれていることに気付いていないのか、彼女の視線は宙を泳いでいる。ただ、じっと見つめ続けていると、次第に彼女の瞳の焦点が僕に合ってきて――。
「何をしているんですか、シリウス様! 危ないです! 離れてください!」
良い感じのところに、突如と怒鳴り声が響いたかと思えば、いつの間にか背後まで詰め寄っていたメイドが、強い力で僕を彼女から引き剥がした。
邪魔されたことに苛立ちを覚えなくも無いが、彼女は与えられた護衛の役目を果たしただけに過ぎない。危険だったのは確かで、非は不用意に近付いた僕にある。
ただ残念な事に、引っ張られて視線と手を離した隙に、彼女はまた元のうずくまる体勢に戻ってしまっていた。
「ごめんごめん。近付かないようにするから、もう少しだけ待ってくれない?」
「……はぁ」
怒鳴ったものの全く懲りる様子のない僕に、メイドは溜息交じりの諦めた返事をする。
彼女との距離を保ちながら遠巻きに、僕は再び考えを巡らせる。彼女を買うべきか、否か。
彼女のオーラは、大衆にとってはおぞましく感じられるようだが、僕にとっては非常に心地良いものだ。それこそ、死の恐怖さえ和らげてくれるほどに。
頻繁に悪夢に魘される上、最近では死の恐怖による焦りが原因で失敗をしたばかりだ。そのことを考えると、彼女を精神の安定剤として迎えるのも悪くない選択肢だろう。
しかし、それでは本来の目的から外れてしまう。
本来の目的……雑用、出来れば助手として使うことを考えると、彼女が素直に従ってくれるかという懸念がある。
喋るどころか反応すら見せない彼女は、まるでこの世界そのものを拒絶しているかのよう。そんな彼女と、果たして心を通わせることができるだろうか。
仮に心を通わせられなかったとしても、奴隷の首輪の力を行使することで強制的に動かすことは可能だ。だが、それでは命令を出す手間が増えるだけで、効率が悪い。本人が積極的に協力してくれる方が、間違いなく物事は捗るし、僕自身も気持ちが楽だ。
普通の奴隷であれば、金や食事、良い環境を用意することで好意的に従ってくれそうだが、彼女の場合はどうだろうか……。
そもそも、僕自身の経験にも不安がある。
前世では人並みに友人と会話をしていたが、カウンセリングのような繊細な対応は、したこともされたこともない。
今世では貴族の身分故に対等に話せる相手が少ない上に、引き篭って屋敷の中で本を読むばかりの生活を送っている。心理学の本を多少読みかじってはいるが、実践に役立つかどうかは怪しい。
……辞めるべきだろうか?
しかし、こうした訳ありの奴隷を買える機会は滅多に無い。この機会を逃せば、彼女は他の市場に回され、二度とお目にかかれなくなるかもしれない。
元々妥協するつもりだったのだから、いっそ妥協するくらいなら、こうした博打に手を出してみても良いのではないか?
彼女を屋敷に連れ帰った場合、皆がどんな反応をするか、その未来を少し想像してみる。
まず父は、間違いなく怒るだろう。気味の悪い餓鬼を連れてくるなだの、金の無駄遣いをするなだの、文句を言い出すのは目に見えている。
当然、僕への評価は下がる。しかし、今の評価が不当に高過ぎるし、ここらで落としても構わない気がする。
奴隷殺しの一件で失態を犯した時も、案外大目に見られていたことを考えると、評価が多少落ちたところで研究に支障は出ないだろう。資金さえ捻出してくれればそれで良い。
次に母だが……これが一番予測しづらい。
怒る、静観する、受け入れる、どの反応も有り得そうだ。
ただ、母は奴隷を殺しただけで怒るほどのお人好しだ。皆から見放されて可哀想だったと弁明すれば、案外受け入れられそうな気がする。
最後に兄だが、これは特に何も起こらないだろう。
僕が今最も避けたいのは、家族全員を敵に回して廃嫡されることだ。
それさえ回避できれば、多少の評価の低下は問題では無い。今回の件では悪くても領主の地位から遠ざかる程度だろう。それならむしろ大歓迎だ。領主の仕事は煩わしいだけで何の魅力も無い。
……何だ、落ち着いて整理してみると、案外デメリットは少ないじゃないか。
若いうちは奇抜な振る舞いも子供のすることとして寛容に受け入れられることが多い。むしろ若い今こそが好機と言えるのではないか。
それに、どれだけ理屈を並べてみても、本能がどうしようもなく彼女に惹かれてしまっている。
「よし。この子、買っちゃおう」
「ほ、本気ですか!?」
メイドが僕の額に手を当ててくる。どうやら熱でも出して気が動転していると思われているらしい。
しかし、僕は至って正常である。
商人がしていた説明をメイドから再度聞かされ、考え直すよう熱心に説得されたが、僕は頑なに譲らなかった。
お付きとはいえ、所詮は平民の使用人。強い意志を持つ僕を止めることは出来ない。
商人も手に余るものを処理できて嬉しいのか、満足げな表情を浮かべている。
金を支払う際には、購入の動機が気になったのか少し探るような視線を向けられたが、特に深く詮索されることもなく、あっさりと売り渡された。どうやら僕への興味よりも、一刻も早くこの扱いに困る奴隷を手放したいという気持ちが勝ったらしい。
「それじゃあ、これからよろしくね?」
商人の指示に従い、首輪の隷属の契約を結び終えると、僕は奴隷の手を握り、そう声をかけた。
当然のように返事は無いが、焦るつもりはない。まだまだ始まったばかりだ。
こうして僕は、好奇心を掻き立てる不思議な奴隷を手に入れたのだった。
基本的に、一章(016まで)を毎日一話ずつ更新していく予定です。