きっとこれが本当の幸せ
「やーーーっと結ばれたんですか!!」
遠くで待ってくれていたニックに二人で駆け寄ると、ニックは思わずそう叫んだ。
長かった!!と言わんばかりにため息を吐くニックに、リリーシュアとレインハルクは目を丸くする。
「どういう意味…?」
「お嬢様、気づいてなかったんですか。今日の夜会でもレインハルク様俺のこと羨ましそうにずっと見てきてたんですよ」
その言葉に、レインハルクはそーっと視線をずらした。
「その座を譲って欲しいと言わんばかりの視線でした。もうレインハルク様の嫉妬で背中が焼け焦げるかと思いましたよ」
実際ちょっと殺気は当たってました、と言いながらニックは背中をさすった。
「それは…すまない…」
無意識とはいえ殺気を飛ばしていたことにレインハルクは素直に謝った。
「いえ、レインハルク様、本当にリリーシュア様のことを想っているのが伝わってますから!普段は何でも完璧にこなしていて、どこか遠い人、っていうイメージなのに、リリーシュア様が絡むと、なんか、普通の人間なんだなって気付かされるというか…」
「えええ…!?どういうこと?」
「お嬢様、とりあえず今度レインハルク様にクッキーを作って差し上げてください」
ぱちり、とウインクを飛ばされて、リリーシュアは困惑顔だ。
「どうしてクッキー?」
「ニック、余計なこと言うなよ」
疑問符を浮かべたままのリリーシュアを見て、レインハルクはニックにすかさず釘をさす。
「懐かしい家族の味、ってやつなんだそうです」
ニックがにんまりと笑った。
「ニック……お前、最近ちょっと生意気になってないか」
「俺がお嬢様とレインハルク様の関係にどれだけやきもきしたと思ってるんですか」
やいのやいのと二人が言い合っている間、リリーシュアは再び涙が溢れそうになるのを必死にこらえていた。
懐かしい家族の味
前世では、二人に家族はいなかった。
それでも、クッキーを家族の味だと思ってくれていることが、リリーシュアにとってはたまらなく嬉しかった。
「ハルク様」
「ん?」
声をかけると、愛おしいと思っていることが伝わる、優しい声が返ってくる。
「今度、ハルク様にクッキー作ります…オレンジピール入りです」
貴方が大好きだったクッキーを。
「うん…ありがとう」
言葉で伝えるだけでは足りず、レインハルクはリリーシュアの手を握った。
「本当に、ありがとう……」
レインハルクの瞳が潤んでいるのを見たリリーシュアの瞳にも、やっぱり涙が浮かんでいた。
二人とも泣き虫ですねえ、と言おうとして、自分までもらい泣きしそうになっていることに気がついたニックは、口を噤んだ。
♦︎ ♦︎ ♦︎
多くの人を混乱の渦に巻き込んだ夜会が終わり、王家はついに信用を失った。
国王は仕事を放棄するようになり、クーデターが起こる前に国王の座は王弟へと移った。
リリーシュアは王女の病気の治療のために力を使ったきり、レインハルクの計らいによってその力を教会に渡すことはなかった。
レインハルクは、王弟のもとで魔術師として働くようになった。
王弟と魔術師の魔術の使い方について考えが一致したようで、魔術師の扱いについて対応を変えるために動くようになったのだ。
「リリー」
レインハルクが、リリーの手を絡めとる。
「ああ、こうして隣で君の手を握れていることが奇跡みたいだ」
まるで体温があることを確かめるように手をぎゅっと握った。
「リリーが訓練場に来て声をかけてくれたとき、本当はすぐに抱きしめて好きだと伝えたかった。ずっと、待っていたと…」
レインハルクは、大切そうに握った手とは反対の手で、髪をくしゃりとかきあげた。
「リリーの隣にいるのは自分であるべきじゃないと、そう思った時から覚悟はしてたんだ。本当はニックに俺の役目を任せるつもりでもあった。でも…駄目だったな…」
レインハルクの顔が苦しそうに歪んだ。
「君が他の男と楽しそうに話しているのを見るだけで、どうにかなりそうだった」
「…っ」
リリーシュアは、その熱に吸い込まれそうな感覚を味わった。
「ずっと、息をするのも苦しかった。魔力暴走まで起こしかけたんだ…」
「ハルク様…」
「お願いだから、もう俺を置いていかないで。ずっと隣にいて……」
あの日と同じように、迷った子どものような瞳で懇願されて、リリーシュアは小さく震えるレインハルクを抱きしめた。
「もう一人になんてさせません!ハルク様……」
「おかえりなさい…っ!」
いかないで、というハルクの願いは、ついに叶えられたのだった。
♦︎ ♦︎ ♦︎
「国王の近衛騎士団の副団長まで上り詰めておいて、『実は剣術より魔術の方が得意』とかおかしいですよ!異常です」
ニックは、魔術師として働き始めたレインハルクに稽古をつけてもらいながら愚痴をこぼす。
「まあ正直俺は騎士より魔術師の方が性に合ってはいるんだよな。ただ、あのときリリーを守れる術が魔術しかなかったのが嫌だったから」
もはやニックの毒舌にも気にしていない様子でレインハルクは言った。
「むしろレインハルク様から自分を守る術を身につけるために魔術を習得したいですよ…」
「俺は別に何も危害加えないだろう」
心外だと言いたげに睨むレインハルクに、ニックは口を開きかけたとき、ぱたぱたと駆けてくる足音が聞こえた。
「おとーしゃま!」
きらきらと目を輝かせながら一目散にやってきたのは、レインハルクにそっくりの銀色の髪と、リリーシュアにそっくりのローズピンクの瞳の可憐な少女だった。
「リリア!」
レインハルクは持っていた木刀をあっさりと投げ捨てて愛娘の元へと向かう。
「いい子にしてたかい?リリーも一緒に来ているだろう?」
娘の頭を愛おしそうに撫でた後、すぐさまリリーシュアの居場所を問うレインハルクに、溺愛は相変わらずだとニックは乾いた笑みを浮かべた。
「あ!ニックしゃま!」
その笑い声に気づいたリリアが、ニックを見上げて嬉しそうに笑った。
その途端、レインハルクはリリアを抱き上げてニックと視線が合わないようにしてから、ギロリとニックを睨みつける。
さながら愛しい人の仇を討つ騎士のようだ。
「これですよ!俺が自分の身を守りたい一番の理由は!!」
「お前がうちの可愛いリリアをたぶらかすからだろう!娘はどこにもやらないからな!」
リリアはどうも、ニックに懐いているようだった。が、それを気に入らないレインハルクが、こうしてニックに殺気を飛ばしまくっているのだ。
「ハルク様、お疲れ様です!」
ふわりと微笑んで現れたのは、レインハルクが溺愛する妻である。
「リリー!来てくれてありがとう」
くるりと振り返って、レインハルクが笑顔を作る。
ニックを睨んでいたとは思えないほどの変わり身の速さだ。
リリアを抱き抱えたまま、リリーの腰を抱き寄せた。
抱き寄せられたリリーシュアは、少し恥ずかしそうにしながら話し出した。
「今日はクッキーを持ってきたんですよ!リリアも作るのを手伝ってくれたの。ね?」
微笑みかけられたリリアは、こくんと恥ずかしそうに頷いた。
「おかあしゃまみたいにうまくはできなかったけど、大好きなおとうしゃまのために頑張ったの!」
そして、小さな手で紙袋をレインハルクへ差し出した。
「どーぞ!」
レインハルクは、かつて孤児院でリリーを拾ったときのことを思い出した。
そっくりな目の前の少女が、家族と幸せな時間を過ごしてくれていることが、なぜだか無性に嬉しくて。
そして、その家族が自分であるという事実が、彼を泣かせた。
「うん、ありがとうな…大切に食べるから…いや、一緒に食べような?」
いいの?と嬉しそうに聞くリリアに、レインハルクは微笑んだ。
「一緒がいいんだ」
そう言ってレインハルクは、リリーの花を魔術で作り上げてみせた。
「わああ…っ!きれいー!」
きゃあきゃあと喜ぶ娘の姿を見て、レインハルクは眩しそうに目を細めた。
「リリー、俺に、幸せをくれてありがとう」
「こちらこそです…っ、ハルク様!」
たまらなくなって、リリーシュアが呟く。
「本当に、だいすき」
「俺のほうが愛してるよ」
レインハルクは、赤く染まったリリーシュアの頬にそっとキスを落とした。
彼らが住むその屋敷の庭には、100年前から咲いているというリリーの花が一輪、日の光を浴びて輝いていた。